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第46章

――「ぶぇぇっくしょいッ!」
まるで大砲のような声量のくしゃみが、日も沈みかけたヒワダタウン近郊の静寂を貫く。
一斉に騒音の元……デルビルへと非難の視線が集った。
「静かにしろ。日が暮れてきたとはいえ町のすぐ傍、どこに人間が居るかもわからんのだぞ」
苛々と声を抑えて俺は咎める。
「ちっ、出るもんは仕方ねえだろ、ピカチュウさんよ。雨に当たってからどうも調子が悪ぃのさ」
ずび、と鼻を啜りながら悪びれる様子も無くデルビルは言った。
「ヤドンが捕らわれているという井戸の場所を探り辿り着くまで、我らの存在を気取られるわけにいかん。以後気をつけろ」


へーへー、と生返事をしながらデルビルは肩を竦ませる。
その時、遠くからざわざわと話し声が聞こえ、数人の人間が灯りを手にこちらへ向かってきた。
「ほーら見なさい、あんたのせいじゃないの?」
「ん、んな訳ねーだろ……」
ジト目で睨むミミロップに、デルビルはバツの悪そうに下を向く。
だが、どうやらそうではないようだ。
人間達は我々の方になど振り向きもせず、町の北側へ歩いて行った。
通り過ぎざま、人間達が口々に「うちの子が…」「どこへ…」「もうあそこしかない」などと呟いているのをみると、町の住民達が姿を消したヤドンを捜す為に集まってきたのだろう。
恐らく、彼らの行先はヤドンの井戸に違いない。
「おい、あの後を追うぞ。見付からぬよう用心しろ」
住民達を付けるように俺達は急いで道路を横切り、向かいの藪の中へと入った。
程なくして、剥き出しの地面が掘り抜かれ、逆ピラミッド状に窪んだ場所に着く。
その中央に、梯子の掛かった、石造りの大きな煙突のようなものが見えた。
あれが、例のヤドンの井戸だろう。住民達は坂を下り、そこへ向かって行こうとする。
だがその時、不意に井戸の中から人影が現れ、梯子を降りて住民の前に立ちはだかった。
「はーい、皆さん、近付かないで下さーい」
それは若い男女の二人組だった。全身黒ずくめで、胸に「R」の一文字だけが赤く染め抜かれている。
紛う事なき、ロケット団の制服だ。
「この井戸は老朽化の危険がある為、我々が無償で調査中でーす。くー、俺って、いいひと?」
黒服共は通せんぼをするように大きく手を広げ、住民達を遮った。
「何言ってんのよ。どう見たって怪しい人に決まってるじゃない!」
下を覗き込みながら、ミミロップは憤慨して頬を膨らませる。
「あいつらジョウトの……! くそっ、勝手な事しやがって!」
 デルビルは黒服共を睨み付け、ぎりぎりと歯噛みしていた。


「どうした? お前のお友達か?」
ミミロップ達に聞こえぬよう、俺は小声でデルビルの耳元にわざと囁いてみる。
「奴らが? ケッ、冗談じゃねえ!」
デルビルは顔を顰め、ぶるぶると首を横に振る。
「ふん、どうも穏やかではないようだが、奴らに恨みでもあるのか」
「ああ、悪質な嫌がらせや、陰険な手口で仕事の邪魔をされた事なんざ、もう数え切れねえ。おまけに、何かにつけちゃ人を下品だの田舎者だのと見下しやがる、鼻持ちならねえ連中だ。てめえらこそ、サカ……ボスが行方不明なのをいい事に、好き放題やってる恩知らずのくせによ!」
溜まった鬱憤を吐き捨てるよう言いながら、デルビルは低く唸った。
つまり、現在のロケット団において実権を握っているのは、あのサカキという男ではなく、デルビルらと相反する一派なのだろう。
ある意味、それは俺にとって好都合だ。相手が共通の敵であるならば、扱いはずっと容易になる。
この地方において、まだデルビルには利用価値があるのだ。
それに、目的を同くするなら他の配下達に怪しまれる事もない。こやつに取っても好都合だろう。

それにしても……と、俺はふと思い出す。
――それならば、あれからサカキは、一体どうなったのだろうか。
悪意の核ではぐれてしまった後、俺は、サカキは勿論、ニャルマーの行方すらも知らない。
奴らもパルキア達の手によって、無事に本来の場所へ戻った事は恐らく間違いないだろうが、今まで特に知る必要もなかった故、気にも留めていなかった。
もし、あの男が裁きを受け、己の罪を悔いているとしたら、それに越した事はないが……
しかしまあ、それは今回の件とは全く関わりのない話だ。

俺達は息を潜め、黒服共が住民達を追い返すのを暫し待った。
流石に住民に危害を及ぼす訳にはいかぬが、あやつら悪党になら配慮する必要はない。
ムウマージの光で混乱させるか、ミミロップが当身を食らわせるかすれば、難なく井戸に潜り込める筈だ。
だが、住民達もヤドン並みにしぶとく、なかなか諦めようとしなかった。


「いっそ住民ごと無理矢理追っ払ってしまったらどうだ」
じれったそうにデルビルは前足で雑草を躙る。
「駄目だ」
俺は首を横に振るった。
我らの目的を果たす過程で恩も義理も無い人間が多少どうなってしまおうと関知する所ではないが、遺恨を残したり存在を気取られるような行動は出来る限り避けておきたい。
余計なものにまで敵対心を持たれては今後の行動の妨げとなる。
そう諭すと、デルビルは不服げに舌打ち一つしてそっぽを向いた。

『ああー、うるさいうるさい……ツベコベ言わず消え失せろ!』
しつこい住民達にとうとう業を煮やした様子で黒服の一人が声を荒げ、どんっ! と思い切り住民達の先頭に居た中年の男を突き飛ばす。
非難の声を上げる住民達を本性を露にした黒服の男は鋭く睨め付けた。
『人が親切でやってやってるってのに、あんまりしつこいと……』
黒服は腰のモンスターボールの一つに手をかけ見せ付けるように撫でる。
驚き竦む住民達。
「助けに入る?」
「必要ない。あの様子なら大ごとになる前にさっさと住民の方から逃げ帰るだろう。奴らの処理はそれからでいい」


ミミロップの問いにそう答えていた矢先の事だ。
『待てよ!』
唐突に人間の声が緊張走る黒服と住民達の間に割って入った。
まだ年若い、子どもの声だ。俺達も住民達、黒服共も一斉に声の方へと視線を向ける。
その先に居たのは声から感じ取れた通りまだろくに年端も行かぬ人間の男児。
黄色い帽子を被り赤いジャケットを着た……。
「あいつは確か――」
「ピカチュウが繋がりの洞窟で遊んであげた少年君」
「何が遊んでやっただ。そんな生易しいものではなかろうが」
どこか愉快そうなミミロップに俺は苦々しく言う。
きっともう出くわすような事も無いだろう、そう半ば願うように思っていたというのに。
それもよりにもよってようやく邪魔な住民達を黒服が追い払ってくれそうだという時にだ。
『大丈夫か、おじさん』
黄色帽子は黒服に突き飛ばされ腰を抜かす中年の男へと駆け寄っていく。
そのすぐ後ろをぴょんぴょんと以前戦った時よりも体が一回り大きくなった火ネズミが付いていった。
『なんだなんだ、このガキは……』
困惑する黒服を黄色帽子は睨み返し、一歩も怯まず対抗するようにぐっと胸を張る。


それから黄色帽子は黒服をびしりと指差し一言。
『おい、おっさん!』
たちまち黒服の男の額に青筋が浮かぶ。
いきなりの部外者の登場――それもまだ十歳前後の子どもだ――とそのあまりにも無鉄砲な言動に住民達はどよめいた。
黒服の男は平静を取り戻すように息を吐き、額を片手でゴシゴシと撫でる。
『あのねえ、ボク。”おにいさん”は皆さんと大事な大人の話し合いをしてるんだよ。子どもの出る幕じゃあない、邪魔しないでくれないかな?』
黄色帽子に目線を合わせて黒服は嘘くさい笑みを浮かべた。
『ふん、騙されるもんか。ずっと見てたもんね。おじさん達を無理矢理追い払おうとして、ぼーりょく振るっといて何が大人の話し合いだよ』
黄色帽子は強気な姿勢を崩さない。「そーだ、そーだ!」火ネズミも威嚇の姿勢を見せる。
わなわなと唇を震わせる黒服の男。その様子に慌てふためいているのは周りの住民、大人達の方だ。
『ぼ、坊や! おじさんは全然平気だから、もう話も終わっておじさん達も帰ろうとしていたんだよ』
中年の男が間に割って入り、黄色帽子の肩をそっと押さえて言う。
『でも、こいつら絶対何か隠して……』
『いいから! 皆で帰ろう、ね』
中年の男は黄色帽子の言葉を無理矢理遮って、黒服の方へと向き直った。
『きょ、今日のところはこれで私達は引き下がらせていただく。だがこれ以上その調査とやらが長引くなら――』
『なら、なんだ?』
『ひっ……』
最後まで言い終え切れぬ内に黒服の男に凄まれ、中年の男は黄色帽子を半ば引き摺るようにして他の住民達と逃げるように帰っていく。
火ネズミも戸惑いながらその後を追った。


黒服の男はフンと鼻を鳴らし、女の方は住民達の背中に向かって小馬鹿にするようにひらひらと手を振る。
『この町にはガンテツさんという頼もしい人が居るからね。きっと何とかしてくれるよ……』
途中、中年の男がポツリとそう嘆くように呟くのが耳に届いた。
ガンテツ……? まるで岩か鋼タイプのポケモンみたいな名前だが一体……。
「誰の事かしら……?」
同じような疑問をミミロップが投げかけた。
「さあな。我らには関わり合いの無い事だ。それよりもようやく邪魔者が去ってくれたのだ。隙を見て黒服共を無力化し、井戸に潜入するぞ」
俺達は作戦を打ち合わせ、二人居る黒服のどちらかが離れて隙を見せるのをじっと窺った。
しばらくして、黒服達は二言三言何か言葉を交わすと女の方が井戸の中へと戻って行き、男だけがその場へと留まった。言うまでも無い、絶好のチャンスだ。
俺はミミロップとマージに顔を向けて無言で頷く。
そんな時だ。
遠くの方から、カランコロンカランコロンと木が軽快に地面を叩くような音。
下駄か何かを履いた人間の足音だろうか。が、怒涛のような勢いでこちらへ、井戸の方へと近づいていた。
「今度はなんだ?」
ぎょっとして音の方を見ると、見るからに岩の如く頑固そうな顔をした白髪の老人が一人、およそ老人とは思えぬ健脚で今にも噴火しそうな程に怒りで顔面を真っ赤にしながら向かってくる。


やむを得ず俺達は再び藪の中に潜み、老人がどうするつもりなのか様子を見ることにした。
老人は肩を怒らせながらずんずんと坂の前に立ち塞がる黒服に詰め寄っていく。
黒服は先程住民達にしたように舐めきったニヤつき顔を浮かべながら通せんぼのポーズを取った。
『はいはい、爺さん。この先は井戸の調査中のため立ち入り禁止だよ』
『……話は聞かせてもろたで。おのれらとうとう町のもんに手え上げたんやってなあ』
老人は独特な訛りのある口調で黒服へとそう迫った。
今度どんな厄介な事になるかと冷や冷やしたが思わぬ助けだ。
「丁度いい。あの老人が黒服の目をひき付けている間に、井戸へと向かうぞ」
そう全員に指示を出し、そろそろと物音を立てないよう慎重に井戸へと向かう。
「でも大丈夫かな。あんなお爺さんひとりで」
途中ミミロップは少し心配そうに口論する老人と黒服を見た。
「ああ、我らが忍び込む間の時間稼ぎくらいにはなるだろう」
「そうじゃなくって、危なくない? あの黒服いざとなったら平気でポケモンけしかけそうだし」
要らぬ心配に俺は呆れて鼻息をつく。
「危険に合う前にさっさと逃げ出さなかったのならあの老人が身の程を弁えず無謀だっただけということ。それをわざわざ助ける義理はあるまい。我らは正義の味方でも人間の味方でも無いのだから」
「そうだった。あんたそういうヤツだった」
鼻で笑ったお返しとばかりに今度はミミロップが嘆息し、 レッドレッド言ってるからちょっとは心を入れ替えでもしたのかと思ったけど……、とポツリと付け足した。
「くだらねえ口論してんじゃねえや。もう井戸もすぐそこだってのに中の奴らに聞きつけられたらどうすんだ」
デルビルが苛立った様子で言う。
確かにその通り。言い返してやりたい苛立ちを飲み込んで、井戸の傍に張り付くように一時潜んだ。


耳をそばだてる。中から新たに誰かが出てくるような物音はしない。
老人と黒服がいる坂の上の様子を覗き見る。未だに老人は黒服へと食って掛かっているようだ。
黒服がとうとう我慢の限界を迎えた様子で、住民達を脅した時と同じように腰のモンスターボールへと手を伸ばすのが見えた。
その後、あの老人の運命がどうなろうと関係ない。井戸に入り込む好機。
「よし、潜入する……」そう言いかけたとき、
『この男ガンテツが、おのれみたいなチンケな悪たれの脅しに縮こまる思とんのかアホンダラァッ!!!』
大地を揺るがさんばかりの激しい雷鳴のような怒声が空気を貫き、不覚にもびくんと身震いしてしまった。
「な、何事だ?」
再び坂の上を覗き込む。
『ひ、ひぃっ……』
すると、先程の怒声ですっかり気圧され怖気づいた様子で坂を駆け下りる黒服。
『待たんかい、ワレ!』
その後をケンタロスの如き勢いで猛然と追う老人。
「ま、まずい、身を隠せ!」
慌てて俺達は井戸の反対側へと隠れる。
ドタバタと転げ落ちそうになりながら黒服は井戸の底に下りて行き、老人もその後を追う音。
それが静まるまでじっと息を潜めて待った後、全員で顔を見合わせ思わず目をぱちくりさせてしまった。
「助けなんていらなかったみたい……」
苦笑するミミロップに俺はやれやれと首を振るった。


ひとまず難は過ぎ去った。後は井戸の中へと侵入し、捕らわれているヤドン達を探らねば。
「中いるあの黒服達はどうするの? 見つけ次第どんどんやっつけちゃう?」
ミミロップの言葉に俺は「いや」と俺は否定する。
あの男女二人以外に後何人が井戸の奥に潜んでいるかわからない。
下手に手を出して嗅ぎ付けられ、スピアーの巣を突っついたように奴らとその手駒のポケモン達に出てこられては数の面であまりにも不利だ。
ここは先に捕らわれているヤドン達を黒服共のの目を盗んで探し出し解放。
その中で動ける者達には協力してもらい、混乱に乗じて一気に奴らを纏める大将を狙う。
俺は皆にそう作戦を伝える。
井戸の淵に乗り上がって中を覗き込む。枯れた底の方には微かに明かりが見え、古い木製の梯子がそこに向かって架けられていた。
急な梯子か――俺はアブソルの方を見やる。
「なあに?」
きょとんとアブソルは首を傾げた。
「お前の四足の身体つきでは急な梯子を下るのは難儀だろう。外のどこか近くに隠れて待っていてもいいのだぞ」
気遣って言うと、アブソルは首をふるふると横に振るった。
「大丈夫だよ、ちゃんと爪を引っ掛けてゆっくり降りてけば」
「しかし、中でどれだけの危険が待っているかもわからんしだな……」
「平気だってば。危険なんて旅に一緒について来た時からわかってるよ」
強情に反発を受け、俺は諦めて溜息を吐いた。
「仕方ない。ミミロップ、アブソルより先に降り、もしも体勢を崩しそうになった場合支えてやってくれ」
「うん、わかった」

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