第45章 - 9

「大丈夫、少なくとも俺達にまで伝染するような病気なんてここにはないさ。だったら先にここに長いこと居るスカーがとうに参ってる筈だ。スカーの方はこれでもかってほど至ってぴんぴんしてたろ?」
「じゃあなんだってんだよ」
突っかかる様にあっしは聞き返す。
「うーん。やっぱりあの子が言ってたスカーの言葉通り、ずーっと長いこと外との繋がりを絶った状態で群れ存続させてきたせいじゃあないかなあ」
「それがなんで短命になっちまう事に繋がるんだ?」
ますますちんぷんかんぷんになってあっしは言った。
「違ったものを取り入れずに延々と同じものを掛け合わせ続けることは健全じゃあないんだ。生き物にとっても、思考思想にとっても。まだはっきりとはしていないし、今のところの俺の予想や見立てが合っているとすればだけれど、この地を蝕む呪いとも言うべきものがあるとするならば、それは執着とか妄執とかそんな感じのものじゃあないかなあ。神とか幽霊とかそういう目にも見えず手も届かない存在によるものじゃなくて、あくまで生きた者による、ね」
そう言い残すとマフラー野郎はあっしを置いて、
「何してるんですかー?」
と手を振るニューラの方へとさっさと歩いていった。
「やあ、ごめん。ヤミカラスが少し腹の調子が悪いって言い出してね。具合を聞いてたんだ」
「わ、それは大変。すぐに薬を用意させましょうか?」
「大丈夫、大丈夫。もう収まったってさ。な?」
振り返るマフラー野郎にあっしは釈然としない思いをしつつ頷いた。


昨日訪れた時と変わらず集落の中は活気に溢れ多くの者達が行き来している。
ニューラに先導されてあっしとマフラー野郎とついでにその背のチビ助は、前回はざっとしか見れなかった集落内の施設をゆっくりと見て回った。
まず立ち寄ったのは紐でグルグル巻きにされた奇妙な玉ころやら、固くて不味そうながちがちに乾燥した何かの種らしきものやら、何に使うのかさっぱりわからねえもんが軒先の棚に陳列されている家屋だ。
「何なんだこのガラクタ屋敷は?」
あっしが怪訝に言うとニューラは少しムッとする。
「ガラクタとは失礼な!我らの祖先の主たる人間達が遺した秘伝を祖先達が紐解き、代々伝えてきた製法により作り出された由緒ある道具達なんですからぁ。
これは草ポケモンの花粉と虫ポケモンのの鱗粉を調合して作った、投げると吸い込んだ者を昏睡させる煙が噴出す縛睡玉、そっちは解毒作用のあるモモンの実の葉を煮出した汁で染め込んだ抗菌布、それからそっちに吊るされた種は草ポケモンに分けてもらった種爆弾を乾かして作るもので――」
熱弁をふるうニューラをよそに、あっしは「ふーん」と眉唾物と思いながら傍に干されている種の一つを嘴でちょいとつついてみる。
すると、種の表面に出来た小さな穴から煙のようなものが微かに漏れ出し、ニューラの血相が変わった。
「あああ!それはまだ乾いてないから触っちゃダメェ!」


叫ぶニューラに何を大げさなとあっしが鼻で笑いかけようとした矢先、種が急変する。
中で何かが弾ける様な乾いた音を立てながら種は煙をもうもうと噴出し、空気でも流し込まれているように表面は見る見る膨張していく。
それはまるで破裂寸前の爆弾のような有様だ。――これは不味い、と本能が訴えた。
ニューラはあっしを突き飛ばすような勢いで種を引ったくり、全身全霊を込めて空高く放り投げる。
直後、炸裂音と共に種は弾け飛び、宙に白い煙を残した。
ニューラは片手で額を拭って深々と安堵の息を吐き、あっしは揺らめいて風に溶けていく煙を呆然と見上げた。
なんだなんだ、また新米が何かやらかしたのかとどよめき集まる野次馬達にニューラは
「大丈夫、大丈夫です。なんでもないですからご安心を」
とぺこぺこ頭を下げて回る。
野次馬が散っていくと、ニューラはキッとあっしを睨み付けた。
「もう!無闇に触らないでください。乾ききってない爆裂の種は危ないんですからー!」
「んな危険物を干し木の実でも作るみてえに軒先に呑気に吊るしてんじゃねーや!」
ぎゃーぎゃーと言い合うあっしらをマフラー野郎は「それくらいで」と宥める。
「なるほどねえ。人間の遺した知恵を取り入れるなんて器用なものだ」
マフラー野郎は感心した様子で呟きながら、興味深々で手を伸ばそうとするチビ助の手をぱちんと叩きつつ、並ぶ道具達を改めて見回した。
「以前までは門外不出の品だったんですけれど、先代様と現頭領様の提案で、外のポケモン達との取引の材料としても今は大いに役立っています。物珍しいし、物騒なもの以外にも便利なものが色々ありますからね。一つ一つ紹介していたら日が暮れちゃいそうだからできませんけど」


あっしらの話す声が聞こえたのだろう、家屋から一匹のニューラが暖簾を潜って現れる。
「騒がしいと思ったら新米ちゃん。また隊長さんに頼まれてお使い?」
若いニューラの顔を見て妙齢のニューラは親しげに言った。
「ううん、今日は非番だから。ここで新しく暮らす事になったひと達に集落の案内頼まれて、その最中」
砕けた調子で若いニューラは答え、あっしらを紹介するように手で示す。
「ああ、この方達が例の……」
じっと見渡す妙齢のニューラにマフラー野郎は「どうも、こんにちは」と人懐こく挨拶し、あっしは「うぃっす」と少し畏まって頭を下げる。
「このひとがこの工房を取り仕切る店主さんです。彼女とここで働く他の職工さん達の力が無ければ里の暮らしは不便になりますし、私達の外での任務ももっと大変になっちゃいます」
いつもお世話になっております、と若いニューラは店主に冗談ぽく頭を下げた。
「ふふ、どういたしまして。新入りのネズミさんとカラスさんも何かご入用があったらいつでもいらしてね」
店主はあっしらに向けてにこやかに微笑む。
「それにしても――」
店主はまじまじとあっしとマフラー野郎を眺めてから、微笑ましそうに若いニューラを見やった。
「良かったわね、新米ちゃん。活きのいい殿方とお知り合いになれるなんて滅多に無いんだから、こんな機会を逃しちゃ駄目よ」
言われて、若いニューラはみるみる顔を赤くし、ぶんぶんと首を横に振るった。
「ちょ、ちょっと、滅多なこと言わないで!そんなつもりじゃないから!さっ、ささっ、そろそろ次の場所に行きましょう、皆さん!それじゃ、店主さん!」
若いニューラに背中を押されながらあっしらは掃きだされる様にその場を後にした。


どたばたと工房から離れた後、若いニューラはホッと溜息を吐く。
「随分、慣れ親しんだ様子だったね」
「近衛隊に入ってからはしょっちゅう使い走りとして通ってますし、それ以前からも色々と店主さんにはお世話になってて、言わばお姉さんみたいなものですから。もしも、隊に入らなかったら、私もあそこで働かせてもらうつもりだったんですよ」
「それがどうして危険そうな近衛隊に何てなろうと?」
マフラー野郎に尋ねられて、ニューラは少ししんみりとした表情を浮かべる。
「ええ。確かに危険はありますが、それ以上に私にとっては大きなものがありまして。里の外への出入りは極限られた者しか許されていません。だから外への狩りや任務に出る頭領様とそれに仕える方達がとっても羨ましくて……
小さい頃からずっと憧れてたんです。おいそれと近衛に何てなれるものじゃありませんけれど、外の世界を見てみたいその一心でそれはもう頑張りましたとも。血反吐が出そうなくらい」
「へえ」
「初めて頭領様達について外の世界を見た時は、何もかも新鮮に見えて、とても広く感じて、目が回りそうなほど感動しちゃいました」
若いニューラの話を聞きながら、あっしはロケット団の元から逃げ出し、初めて大空高く飛んだ時のえも言われぬ感情の高ぶりを何となく思い出していた。
「頭領がいつも言ってる事が言葉じゃなくて心で理解できた瞬間でしたよ。私も早く皆がもっと自由に外を出歩けるようにしてあげたいって柄にも無く思ったり。――っと、すみません私の身の上なんて長々と。それじゃあ次の場所へ行きましょう」


次に案内されたのは食料品店だろうか。棚には多くの保存用に干された果物や野菜と、幾らかの瑞々しい物が飾られていた。
「ちょっと待ってて下さい」
あっしらを残してニューラは店へと入って行くと奥の店番に何やら架け合い、手に赤々としたリンゴを四つ程抱えていそいそと戻ってきた。
「はい、どーぞ。私の奢りですよ」
笑顔でニューラはあっしらに差し出す。
「こいつは爆発したりしねえだろうな」
「もう、まだ根に持ってるんですかー。爆発も毒もありませんってば、ほら」
疑うあっしにニューラは自分の分を一齧りして見せた。
「いいのかい?土地が土地だから新鮮な果実は結構貴重なんじゃないかと思うんだけど」
シャクシャクと音を立てて遠慮無しに頬張るチビ助を背に、申し訳無さそうにマフラー野郎は尋ねる。
「いえいえ、お気になさらず。外のポケモンとの取引で手に入れられる機会も手段も昔よりずっと増えましたから。これからもどんどんポケモン達が増えてきたらそれだけでは賄い切れなくなってくるかもしれませんが、それに備えて里でも栽培ができるように鋭意取り組んでいます。……まあ、全然まだまだ質も量も満足できるものじゃないんですけどね」
決まりが悪そうにニューラは頬を掻いた。


「それに関することでちょっと頼みたいことがあるんだけど」
マフラー野郎はずいと唐突に口を挟む。
その表情は少しばかりわくわくと興奮しているように見えた。
「な、なんでしょう?」
いつにない様子に少し戸惑った様子でニューラは聞き返す。
「詳しい話は畑についてからにしようかな」
そう言うと、マフラー野郎は早く早くと急かす様に畑の方へと足早に向かっていった。

「それで、頼みたい事ってなんですか?」
真っ先に畑へと辿り着いたマフラー野郎に追いつき、うずうずと畑を見回す背中にニューラは声をかける。
「うん、後でスカーの方にも話そうと思っていたんだけれど、出撃がなくて暇な間はここの世話を俺も手伝わせてもらおうと思っていてね。君さえよければだけど、どうかな?」
マフラー野郎の提案にニューラは「おお!」と嬉しそうに両手を合わせた。
「なんだ、そんなこと頼まれるまでも無く、むしろこちらから頼みたいくらい大歓迎です!」
「よかった、ありがとう。昔ちょっと齧っていてね。好きなんだ、畑いじり」
「やっぱり!昨日から何となくそんな気はしてました。うれしいなあ、楽しさをわかってくれる仲間が出来て。初めは任務でヘマした罰として嫌々やっていたんですけど、その内どんどんはまっちゃったんですよねー」


和気藹々と話す二匹を、あっしは蚊帳の外から冷めたで見つめていた。
「スカーが戻ってくるまで、早速ちょっとまた色々見せてもらっていいかな?」
「それはそれは喜んで!」
また昨日みてえに夢中で畑へと入り込んでいこうとする二匹を、あっしは「ちょっと待て」と呼び止める。
「俺様はどうすりゃいいんだよ。畑いじりなんてごめんだっての」
完全に忘れていたという顔でマフラー野郎は振り向く。
それから少し悩んで何か思いついたといった具合にマフラー野郎は手を打ち、チビ助を背中から出して抱き上げるとこちらにほいと差し出した。
「……なんのつもりだ」
同じ事を言いたげなチビ助と目を合わせながら、あっしはマフラー野郎に言った。
「悪いけど俺が戻るまで子ども達の家でこいつと一緒に待っててくれるかな。出撃にチビ助を連れて行くわけには行かないから、俺の不在に今の内からしっかり慣れておかないとね」
「おいおい、ガキの世話なんざもっと――」
「世話役のニューラの方には君が寝坊している間に既に色々話は通してあるからさ。場所は昨日も行ったしわかるだろ?君を信頼しての事さ、頼んだよ」
問答無用でマフラー野郎はあっしの背中にチビ助をずしりとおぶわせ、あっしとチビ助を置き去りにさっさと畑の奥へと行ってしまった。


「な、何しやがんだ!おい!待ちやがれ!」
喚くあっしと手をバタつかせるチビ助に、マフラー野郎と若いニューラはにこやかに手を振りながら遠ざかっていく。
「チキショー、テメーら覚えてやがれ!!」
そう毒づきながらも、あっしは背中に伸し掛かる予想外の重みに、その場から一歩も動けねえでいた。
何しろこのチビときたら、ナリは小せえくせに体重はあっしとあんま変わらねえ。
もっとも、あっしら鳥ポケモンの多くは、体の造りのせいか、見た目よりずっと軽かったりするんだが。
それにしても……あいつはいつも、こんな重荷を背負いながら戦ってたのか……と、改めて驚かずにゃいられなかった。
ともかく、いつまでもこうしている訳にもいかねえ。仕方なく、あっしは足を踏ん張って懸命に進み出そうとした。
だがチビ助の方は、マフラー野郎が自分を置き去りにした事に苛立ったのだろうか、まるで八つ当たりするように、あっし自慢の頭の羽毛をわしゃわしゃと乱暴に引っ掻き回しやがった。
「何しやがんでえ!こんクソガキャ……いでで、ででで、いでぇー!」
頭にきたあっしは振り落としてやろうかともがくが、チビ助は意外に強え力で翼の根っこにがっしりとしがみ付く。
「おいチビ!そんなに嫌ならさっさと降りりゃあいーだろーが!何処なりと勝手に行っちまえ!」
あっしが肩越しに怒鳴ると、チビ助はただじとりと一瞥し、聞く耳持たん、とでもいうようにぷいっと横を向く。
……可愛くねえ。いや、もう既に、可愛いとか可愛くないとかいう次元の問題じゃねえ。
「あーもークソッタレ!放電なんかしやがったらタダじゃおかねーぞ!」
チビの暴君に翼を掴まれて飛ぶ事もできず、あっしは情けねえ格好でヨタつきながら畦道を歩いて行く。

あっしの体力が赤ゲージに差し掛かってピコピコ鳴り出す頃――
ようやく道の向こうに寺子屋の屋根が現れ、近付くに従って俄かに辺りが騒がしくなる。
家屋を囲う雪壁の狭間から、数匹のガキが相撲を取ったり、鬼ごっこをしたりして遊んでいるのが見えた。


「あっ!昨日のカラスだ!」
「わあ、ちっこいネズミ!」
あっしらに気付いた誰かが叫ぶと、何処からともなく湧き出すようにガキ共がわらわらと寄り集まり、瞬く間にあっしとチビ助は、色どりどり、大小様々なポケモンに取り囲まれた。
そりゃあ、ネズミをオンブしたカラスなんて、滅多に見れる代物じゃねえだろう。
「かーっ!どきやがれ、こんちくしょー!こら、そこのテメー!羽根を毟るんじゃねえ!」
好奇心旺盛なガキ共の襲来にもみくちゃにされ、あっしは残りの体力まで奪われる思いだ。
「こんにちはー。ヤミカラスさん、でしたっけー?わざわざご苦労さまー」
この騒ぎが聞こえたのか、ようやく世話役のニューラが現れた。
「マ……頭領の友達から話は聞いてんだろ?早えぇとここんチビを引き取ってくれ!」
あっしはもう、縋るような思いでニューラに訴えた。
「はいはーい、じゃ、お預かりしますねー」
ニューラはやはりおっとりした調子で、あっしの背からひょいとチビ助を引き剥す。
やっと苦役から解放されたあっしは、はあ、と大きく息を吐いた。
「あー、しんでぇ……けどよ、こいつすげえ凶暴だから、テメーも気ぃ付けろよ」
「そうなんですかー?今朝会った時はそんな事なかったですけどー」
だが、あっしの思惑をよそに、チビ助は憮然とした顔はしてるものの、ニューラに抱き上げられてもじっと動かなかった。
なんだー、すごく大人しいじゃないですかー。うふふー」
……あっしに対する態度との落差に、ますます腹が立ってくる。
「みんなー、新しいお友達、ピチューのチビ助ちゃんですよー。仲良くしてあげてねー」
ニューラはガキ共の前にチビ助を下ろすと改めて紹介し、はーい、とガキ共は大声で返事をする。
「じゃあヒメグマちゃん、チビ助ちゃんを中に連れてってあげてー」
「はーい、せんせー」
眉間に三日月模様のある縫いぐるみみてえな小熊が進み出て、チビ助の手を引きながら屋内に入っていった。
少々不安はあったが、あの様子だったら何とかなるだろう、とタカを括り、あっしは玄関先の縁台に座り込み、新入りを見ようとぞろぞろと後に付いていくガキ共を眺めた。

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