第45章 - 8

「ところで、その第一の目標を果たした後は?」
マフラー野郎が言うと、頭領はくるりと上機嫌で振り返った。
「おいおい、聞いちゃいますか、それをよぉ。俺はこの里を、その領地をこんなチンケなままで収めておくつもりはねえぞ。
これからもどんどんと外の血も受け入れて領地も勢力も大きく広げていくつもりさぁ。人間共の手なんかを一々びくびく気にする必要が無くなる位によォ。
そして行く行くは世界征服ができるぐれえの大組織さ。その暁にはどんな贅沢でも幾らでもし放題の好き放題、たまんねえだろ、ヒャッハッハッハ!
勿論、お前も付き合ってくれるだろ?それなりの地位は約束してやるぜ」
酒の勢いもあるんだろうが、頭領はまるで子どもみてえに目を輝かせながら恥ずかしげも無く大言壮語な話を広げたら小一時間は語り出しそうな勢いでぶちまける。
「……そこまでは付き合いきれないな」
呆れ直した様子でマフラー野郎は嘆くように言った。
「ちぇっ、つれねえな」
いじけた風に頭領は言って、ヘヘッと冗談めかして笑う。
傍で聞いていてあっしも内心なんて馬鹿馬鹿しいと思う反面、『世界征服』どこか頭領の馬鹿でかい話に少し惹かれる様なものを感じていた。
そう不覚にも思っちまったのは俺以外にも確実にもう一匹。
マフラー野郎の背のチビ助だ。どこまで理解出来てるのかわからねえが、マフラーの中からいつもよりピンと耳を立てているのをあっしは見逃さなかった。


「さあてと。話は大体決まったしもう夜も遅え。細かいことは明日にして、今日の所はそろそろ御開きとするかい」
ぐっと大きく伸びをして、頭領は欠伸混じりに言った。
頭領は手を打ち鳴らして女中達を呼び付け、あっしらを客間に案内するよう伝える。
「今日の所はゆっくり休めよ。時が来たらきりきり働いてもらうからな」
「老骨に鞭打って励むさ。精々お手柔らかに」
去り際、頭領にかけられた言葉にマフラー野郎は自虐的な苦笑を浮かべて返した。
「なあにが老骨だ。まだまだ現役バリバリだろうが、ヒャッハッハ!」
上機嫌な頭領の高笑いに見送られ、あっしらは宴会場を後にした。

「どうぞ、こちらへ」
女中達の案内であっしらは途中でばらばらに別れ、それぞれ個室へと通された。
部屋には人間用の布団がわざわざ枕まできっちりと用意されており、今までのあっしの生き様からは考えられないまるで雲の上の出来事みてえな至れり尽くせりの扱いにあっしは心の中で感嘆し打ち震える。
「では、ごゆるりと」
三つ指ならぬ二つ爪をついて女中は丁寧にお辞儀をし、そっと襖を閉めた。


女中が去った途端、あっしはもう辛抱堪らずに布団へと素早く飛び込むように潜り込んだ。
小汚いダンボールの上や、モンスターボールの中に押し込められてる時と違って、温かで、ふわふわで、足から羽の先まで自由にのびのびと伸ばせて、まるで雲にでも包まれてるみてえな最上の心地だ。
人間ってやつはいつもこんないいもの使って寝てやがるのか……!
存分に感触を堪能し興奮も少し落ち着いてきて、あっしは布団で一匹、今後の身の振り方に付いて少し考えた。
客人として持て囃されている今の内はいいが、里の一員として長らく居なきゃならねえ中で、一体あっしに何が出来るんだろうか。頭領が言ってた様に宿賃代わりにロケット団の内情を教えると言っても、下っ端団員の一ポケモンでしかなかったあっしが知ってることなんて本当にたかが知れている。
だからと言って戦いの場について行ったって、今のあっしなんかじゃあかえって足を引っ張ることになりかねない。マフラー野郎とここまで来るのだってあっしには這う這うの体だった。
「……ああ、やめだ、やめだ!」
あっしは叫び、布団で顔を覆う。
幾ら考えたって頭の中のもやもやは増えるばかりで取れやしない。
酔いと疲れに任せ、逃げるようにあっしはまどろみの生温い泥濘へと意識を投じた。


翌朝。
「おい、起きろー!」
けたたましい騒音と共に飛び込んで来た声と、直後ドスドスと腹部に感じた衝撃にあっしの意識は強引に現実へと引きずり出される。
目を開けると、目の前には子ニューラの憎たらしいにんまり面。
何しやがる、このクソガキ――怒鳴りかけた所で頭領の顔がはたと浮かび、ぐっと喉の奥へと押し込む。
「何のつもりだよ、うるっせーな……」
苛々を抑えながらあっしは尋ねた。
「皆で作戦会議とオメーらを改めてしょーかいするんだって親父達がまってるぞ。オメーだけ女中のみんなが声かけても中々起きてこないから、ガツンと目え覚まさせて来いってわざわざオレがジキジキに呼びに来させられたんだぞ、まったく」
ぷんぷんと頬を膨らませて子ニューラは答える。
「おーおー、そりゃありがたいこって」
おざなりに言い返すとあっしは布団から這い出て、頭領が待っているという会議の場へと少し重い足取りで向かった。


「いよぉ、重役さん。たっぷり休めたかい?」
頭領はようやく現れたであろうあっしの姿に気付くと、気さくに笑いながら言った。
会場にはマフラー野郎以外にもニューラ他配下達が既にずらり控えており、その視線が一斉に向けられてあっしは穴があったらすぐにでも入りてえ気分だった。
あっしはへこへこ周りに頭を下げながらマフラー野郎達のもとまで辿り着く。
揃った所で頭領はあっしらの事を配下達へと改めて紹介し、里の一員としてしばらく暮らす事と、ロケット団への抗戦にも参加する旨を伝えた。
それからロケット団への今後の対抗策に話を移そうとしていたところで、入り口の襖が勢いよく開かれて大きな音を立てる。
開かれた先に居たのは年老いたニューラ――最初に屋敷に来た時に入り口で突っかかって来たあのババアだ――とその側近だ。
どよめく声にも構わずに年老いたニューラは眉間に深々と皺を寄せてずけずけと踏み入り、頭領へと詰め寄っていった。


「これはこれはお義母さま、本日もご機嫌麗しゅう」
さして驚く様子もなく、頭領は全く感情の伴わねえ棒読み口調で挨拶を述べた。
「ふざけるでない!うぬにそのように呼ばれるなど虫唾が走るわ!」
老ニューラが一喝し、ドンと床を踏み鳴らすと、ざわめいていた場は水を打ったかのように、しん、と静まり返った。
「わしらとの評議を無視し、勝手に宴会など催した上、またしても無謀な算段などしておるのか!あまつさえ、このような得体の知れぬ余所者を里に入れ、重きに用いようとは何事じゃ!」
かの大音声で吠えながら、老ニューラはあっしとマフラー野郎を鋭く指差した。
「ほー、ずっとお引き籠りあそばしてる割にゃ、随分とお耳が早いこって。まー、こちとら、昨夜からそこのオバハン共が屋敷の周りを探り回ってた、っつー報告は受けてるがな」
皮肉っぽい笑みを浮かべつつ、頭領は老ニューラの後ろに控える側近達を見遣った。
「何を言う!ご老公の憂いも知らず、この我らを曲者扱いするか!」
「貴様こそ姫様を誑かし、うまうまと頭領の座を奪った不届き者ではないか!」
側近達が罵るのも意に介さず、老ニューラが睨みを利かすのにも動じず、頭領は堂々とした態度で啖呵を切る。
「アンタらがどう喚こうと勝手だが、先代は基より、皆からも正式に頭領と認められた以上、俺の決定は絶対の筈だ。俺が受け継いだのは地位だけじゃねえ。この里の安全と未来の発展を願う、彼女の意志、責任、覚悟、その全てだ。
そして、こいつらは、その未来を担う跡取りを救った大恩人、しかも俺の知己でもある。厚く遇するのは当然だろーが。俺はともかく、こいつらを貶めるような真似しやがったら、いくらアンタでもタダじゃおかねーぜ!」
一歩も引かねえ頭領に、老ニューラはぎりぎりと歯を噛み鳴らし、わなわなと体を震わせながらも努めて冷静を装った。
「……ならばその旨、他の長老達の前でも納得のいくよう説明願おう。評定の席は改めて設けておる。たとえ頭領と言えど、年長者を敬うもこの里の倣い。このわしが直々に出向いたからには、否とは言わせぬぞ!」
「ケッ、お迎え付きで強制連行って訳かよ」
頭領はチッと舌打ちし、どっこいしょと面倒くさそうに腰を上げた。


「悪ぃが、ちとお呼ばれだ、一旦解散するぜ。続きはまた帰ってからだ」
頭領がサッと手を挙げて合図すると、部下たちは一斉に頭を下げ「御意」と答えた。
「戻ったら連絡するからよ。ま、それまで散歩でもしてこいや」
頭領はマフラー野郎とあっしにそう言い残すと、老ニューラ達と共に会場を出て行った。
「ちょ、ちょっと待てってば、親父!ばっちゃん!」
「いけませぬ、若君!大人の邪魔しては……これ、若君!」
子ニューラは只ならぬ雰囲気の頭領達を止めようと慌てて飛び出し、更に隊長がその後を追う。
やがて、部下達は波が引くようにぞろぞろと退出し、あっしとマフラー野郎もそれに倣うように会場を後にした。
「やれやれ、折角盛り上がってたのにな……ふふ、それにしてもスカーの奴、随分と立派になったもんだ」
「ああ……それにつけてもあの糞ババア……いちいちムカつくぜ」
どこか嬉しそうなマフラー野郎に対し、あっしの気分はすっかり苦り切っていた。
確かに頭領の度胸に感銘するもんはあったが、それよりも、あっしらを見下す老いぼれへの憤りの方がデカかった。
「仕方ないな。言われた通り、しばらく散策でもするとしようか。この里の事をもっと知っておきたいしね。君はどうする?昼寝でもしてるかい?」
「嫌味かよ……まあ、俺様も別にするこたねえし、テメーの御供でもしてやろうか」
「じゃあ取り敢えず、昨日の集落へ行ってみるか。ああ、調度いい、あの子に案内を頼もう」
そう言ってマフラー野郎が呼び止めたのは、やはり件の若いニューラだ。
――今思えば、最初に奴がこのニューラに声を掛けたのは、単に隣にいたから、というだけじゃねえ。
恐らく奴は、覆面の一群に遭遇した時から、その一匹一匹の特徴や挙動を密かに観察し、容易に情報を引き出す為、最も若くて好奇心の強そうな――悪く言や、ちと未熟で口の軽そうな――こいつに当たりを付けたんだろう。


「はい、喜んでご案内しますよ」
予想通り、若いニューラは二つ返事で同意し、あっしらは連れ立って屋敷を出た。
集落へと向かう道すがら、マフラー野郎はそれとなくあの糞ババアの話題に触れる。
「最初に話した時、君が懸念してたのは、あのご老体の事だろう?」
「はい……先程ご覧になったように、頭領様との仲はもう最低最悪で……」
「やっぱりね。あの御姑さん相手じゃ、いくら鉄面皮のスカーでも苦労が絶えないだろうな。まあ、お孫さんの方は可愛がられてるみたいだからまだいいけど」
「いえ、でも……正確に言えば、若君はご老公の孫ではないんです」
若いニューラはふと辺りを見回し、見知った者がいない事を確かめると先を続けた。
「ご老公は本家の外戚で、先々代様――若君の実の御祖母の従姉妹であり、先代様の大伯母に当たる御方です。先々代様がご病気で若くして亡くなり、他に御兄弟もおられなかった為、まだ幼かった先代様の親代わりとして、ご老公が長年、後見役を務めておられました。
その為、里の者は誰も――頭領様は除いてですが――頭が上がらないんです。もっとも、近頃は体調が思わしくないとかいう理由で、別宅に隠居しておられますが」
「どこがだよ。到底くたばりそうにねーぐれえピンピンしてんじゃねーか」
「はあ……正直なところ、頭領様も、私たち近衛隊の者も、半ば信じてはいないんですけど……」
そう言って若いニューラは溜息を吐いた。
成程、そんな経歴がありゃあ、あの天を衝くようにエラソーな態度も、無理はねえのかも知れねえ。
もっとも、この状況じゃどう見ても老害としか思えねえが。
だがその時、マフラー野郎の方は、このニューラの話から別の事を考えていたらしい。
「先代の統領……スカーの奥さんも、体が弱かったとか言ってたな。頭領の家系は短命なのか……?」
ふと呟いた奴の言葉に、あっしは何故か、妙に引っ掛かるモンを感じた。


「我らのずっと祖先の犯した所業への罰、呪い――」
呟きを耳にしたニューラは更にぐっと声を潜めて囁く。
谷の隙間から注ぐ日差しが逆光となり、振り向いた表情はどんよりと陰を孕んで見えた。
「……年長者方はまことしやかにそう囁きます。病弱の傾向があるのは頭領様の家系だけではないんですよ。最初は殿方に広く蔓延し、先々代の頃には遂にメスにもその兆候が現れ始めたと。
今の頭領様は『呪いなんざあるわけねえだろう』って一蹴してますけれど。『こんな狭い所でいつまでも寄り固まって閉じこもってるから、気も体も血も溜まり淀んでおかしくなるんだ』って」
「この里でオスのニューラを全然見かけないのって、みんなその”呪い”で床に伏せるなりして表に出られないような状態だから?」
マフラー野郎に問われ、ニューラはしまったと言いたげに表情を一瞬強張らせ、逃げるように顔を背けた。
「今の話はどうかご内密に。ほらほら、そんなことよりもう到着ですよ!」
一転して明るい調子で言って、ニューラは足早に集落へと入っていく。
「おいおい、この里にいて俺様達も大丈夫なんだろうな?罰だの呪いだのなんて俺様も馬鹿馬鹿しいと思うが、オスがまずなりやすい奇病とか疫病の類でも流行ってるんじゃあ……」
またひとりで難しい顔をしているマフラー野郎に、あっしはおっかなびっくり小声で耳打ちする。

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