第45章 - 7

事の顛末を聞き終えて、頭領は岩のように固く握り締めていた拳を振り上げ、床へと叩き付けた。
膝上の子ニューラがびくりと飛び起きそうになり、頭領はハッとして慌てて宥め寝かしつける。
再び寝付いたのを確認すると、一拍置いて溜まり過ぎた熱を排気するみたいに頭領は大きく息を吐いた。
「はっ、互いに男やもめかよ。情けねえな」
皮肉っぽく乾いた笑みを頭領は浮かべて、酒瓶を逆さまに勢いよく飲み干す。
マフラー野郎は無言で力無く首を振るった。
「でよ。そのガキどうするかっつぅ当てはあんのか」
「一応はピジョットの方に本当の両親の捜索を頼んではいるんだが……」
マフラー野郎の言葉の途中で、頭領は「ん?」と片眉を吊り上げた。
「そのピジョットってえのは、まさか“あの”……いや、んなわきゃねえよな」
「そうか、まだあいつの事までは話していなかったな。まさかも何も“あの”ピジョットだ」
「はあ?本当かよ!」
頭領は目を丸くして身を乗り出す。


「お前を逃がした後、例の奴らに捕らえられはしたがうまく逃げ出したそうでな。何の因果か逃げ出た先は俺達と同じこの国で、紆余曲折あって今はお隣カントーで鳥ポケモン達の大きな群れを率いているようだ」
頭領は一瞬だけくしゃりと表情を歪めた後、いつもの調子で大笑いする。
「こりゃケッサクだな。あのクソ野郎、あのままくたばったとばかり思っていたがそんな事になってやがったとはよぉ!憎まれっ子何とやらだ、くくっ」
「あいつもお前が生きてると知ったら同じ事を言うだろうな」
吉報で再び二匹の間に和やかな空気が戻ってあっしはホッとする。
仮に殴りあいやら何やらでも始まろうものなら、この場の誰も止められやしねえだろう。
「ところでスカー。お前こそどうやってわざわざこんな辺境の地にたどり着いた?」
「オメーと大体似たようなもんさ。俺達を追って来たあの妙な連中の正体と目的を色々と探る内にこのちんけな島国へと行き着いた。だが、途中で精根尽き果てちまってよ。行き倒れてる所をここの先代、こいつの母親に拾われたのさ」
子ニューラの耳をふにふにと弄くりながら頭領は語る。


「ちと気は強えがいい女だった。俺ともあろうものが心底ベタ惚れしちまう程によ。気の強さと同じぐれぇに体も丈夫だったなら、俺とこいつを置いて逝っちまうなんて事も無かったかもしれねえのになぁ……」
表情を曇らせ嘆息を漏らしかけたのを頭領は不意にぐっと抑え、掻き消すように首を横にぶるぶると振るった。
「かぁー、いけねえいけねえ。俺らしくもねえ。いつまでも過去の感傷に浸って人前で情けねえツラ晒すなんざ、あいつが生きてたら後でケツ蹴り上げられて活を入れられちまうところだ。ヒコザルみてえに真っ赤っかに腫れ上がる程によ」
言って、頭領は陽気に笑い飛ばす。
「随分と豪胆なひとだったみたいだな」
はは、とマフラー野郎は苦笑を返した。
「……ところで、おめえこれからどうするかってのは決めてんのか?」
頭領は表情を少しばかり引き締め、マフラー野郎に尋ねる。
「とりあえずは彼ら――このヤミカラスとニャルマー、コリンク達を安全な所まで送り届けるのが当面の目標になるかな」
ね?と同意を求めるようにマフラー野郎に振り返られ、とりあえずあっしは頷いた。
ふうむ、頭領は唸るように呟く。
「その具体的な場所と、送り届ける方法は?」
話に深く切り込まれ、マフラー野郎は顎に手をあてて考え込む。
「そうだな。今はまだこのジョウトから出来るだけ遠く、と言う位にしか。ニャルマーとコリンクに関しては故郷だというシンオウ地方まで送り帰したい所だが、随分と距離がある上に海を渡る必要もあるようでね。中々に方法は考えあぐねている。それに少々面倒な連中にも付け狙われていてな……」


ちら、と機嫌をうかがうようにマフラー野郎は頭領の顔を見やる。
「出来れば、スカー。お前とその部下達の協力が得られれば助かるんだが――」
その言葉を聞いた途端、待ってましたと言わんばかりに頭領は口元を弧に歪めた。
「そういうことならよ。俺からも一つ話がある」
「……話?」
何か嫌な予感がすると察したようにマフラー野郎は少し及び腰で聞き返す。
「オメーの腕っ節は俺もよぉく知っている。だからそれを見込んで俺にも是非とも協力して欲しい事があるんだよ。オメーらを付け狙ってる面倒な連中ってのは、もしかしなくても黒い服を着た人間共の事だろう」
「ああ。その通りだ」
やっぱりな、と頭領はくつくつと得意げに笑む。
「もう知っているかもしれねえが奴らの名はロケット団。お天道様のあたらねえこの世の陰で盗み殺し詐欺に密猟、そりゃもう好き勝手にやりながらぐんぐん成長して幅を利かせている糞野郎共だ」
頭領はコリンクの方を見やる。
「俺達が里で匿っているのはみんなそのガキンチョみてえにロケット団に浚われて来たり、親や仲間を殺されたりして身寄りを無くしたポケモン達なのさ。その顔ぶれを見りゃあ、あの黒服の糞野郎共の薄汚い手がどれだけ広く遠くまで伸びてんのかわかるだろ。どれだけ遠くまで逃げようと安全とは言い切れねえ――その大元をぶっ潰さねえ限りはな」


「つまり、彼らの為にも、俺にロケット団を襲撃する手伝いをしろ……という訳か?」
マフラー野郎はやれやれ、といった風に肩を竦めた。
「ヘッ、流石に察しがいいな。ま、そーゆーこった」
頭領はニヤリと笑いながら新たに酒瓶の栓を抜き、グイッとあおった。
「心配すんな。その間、テメーらはここで面倒見てやる。今更何匹か増えたとこでどーってこたぁねーしよ。オメーならもう気付いてるたぁ思うが、この里は天然の要塞みてえなもんだ。洞窟の隠し扉以外、外から侵入する術はねえ。
普段は見えねえよう隠してあるが、たとえ敵が空から飛んで来やがっても、きっちり撃退できる手筈も整えてあるしな。言っちゃあなんだが、世界中どこを探そうと、ここより安全な場所はまず見付からねえと思うぜ」
頭領にそう言われ、それもそうかとマフラー野郎は頷く。
「そんな大事に関わるとなると、かなりの長逗留になってしまうと思うけど……君達はどうかな」
暫し思案した後、マフラー野郎はあっしらに意見を求めた。
「アタシは構わないよ」
最初にそう同意したのは、意外にも一番渋るかと思っていたニャルマーだった。
「そういう事情じゃ仕方ないしね。もう危ない目に遭うのはゴメンだもの」
妙に甘ったるい声色を使いながら、ニャルマーは二匹に、というか、主に頭領に媚びるような視線を向ける。
それも恐らく、横にコリンクがいるせいだろう――あっしもそん時はまだ、そんな風に思っただけだった。
「ヤミカラス、君は……」
「どうもこうもねえだろ。オメーらと違って、俺様にゃ行く当てなんかねえんだからな」
何となくモヤモヤしたモンを抱えながら、あっしはそう吐き捨てる。
「そ~か。そーいやそのカラス、先程の話からすりゃあ、元はロケット団に居たってこったよなあ~?」
急に矛先をこちらに向けられ、あっしはギクリと固まった。
「え……いや、あの、その……そ、そうです、ハイィッ!」
一瞬の後、あっしの目前にぎらりと眼を光らせた頭領の顔が迫っていた。


「ヒィィッ……!お、俺様……い、いや、手前はただの下っ端でして……あの、ど、どうか……」
「だったらよ、テメーの知ってる事、洗い浚いブチまけやがれ。さもねえと……」
ドスの効き過ぎた声で凄まれながら鋭い三本爪を突き付けられ、あっしの体中の羽根が一斉に逆立つ。
「おいおい、彼は俺とチビ助の恩人でもあるんだ。脅すような真似は止してくれ」
その様を見て、マフラー野郎は呆れたように助け船を出した。
「ヒャーハハハハハ!!冗談だよジョーダン!こんぐれーでビビってんじゃねーよ!」
頭領は急に笑い出し、さも可笑しそうにあっしの肩をバンバン叩いた。
こっちゃあもうチビる寸前だったってのに、全くいい気なもんだ。
「だがよ、下っ端だろーがパシリだろーが、ちっとでも内部事情を知ってる奴がいるってのは好都合だ。どんな些細な噂だろーと構わねえから教えやがれ。宿賃代わりに、そんぐらいは役立ってもらわねえとな」
「は、はあ……」
まだバクバクする心臓を押さえながら、あっしはただ承知するしかなかった。
「あの……」
その時、今まで黙ってじっと話を聞いていたコリンクが、初めて口を開いた。
「ああ、ごめん。肝心の君の意見を聞いてなかったね。何か不都合な事でもあるのかい?」
「いえ、ニャルマーがここに居たいのなら、僕もそれで構わない。でも……」
やや躊躇いながらも、コリンクは真っ直ぐに顔を上げた。
「でも、あなた達に助けてもらった上に、このまま、ただお世話になる訳になんていきません。頭領さん、ピカチュウさん、お願いです!僕にも、何かお手伝いさせて下さい!」
そう言って深く頭を下げるコリンクに、マフラー野郎と頭領は思わず顔を見合わせる。
「いーんだよ。ガキがそんな気ぃ使わねーでも。他の連中と一緒に好きに遊んでていーんだぜ」
頭領は苦笑いしながらひらひらと手を振り、マフラー野郎もうんうんと頷く。
「そういう訳にはいきません。『受けた恩は必ず返せ』と父さんにもよく言われてました。だから……」
なかなか引かないコリンクに、頭領は頭を掻きながら溜息を吐いた。
「ハッ、頑固な坊主だな。テメーの気持ちは有難えが、物事にゃ分相応ってモンがあんだよ。
ちーとキツイ言い方になるが、ぶっちゃけ、テメー自身すら守れねえ青二才にゃ用はねえんだ」


はっきりと撥ね付けられ、しゅんとなるコリンクに、マフラー野郎が宥めるように声を掛ける。
「まあまあ。まずは、君に出来る事をしようじゃないか。聞いた話だと、君は修行の為に故郷を出たんだよね?」
「あ、はい。それが僕ら一族の掟だから……一人前にならない限り、帰る事はできないんだ」
「だったらスカー、彼をここで修行させられないかな?」
「ん?ここでかぁ?」
少々決まりの悪そうな頭領に、マフラー野郎はそう提案する。
「ああ、そうだ。お前の部下の鍛え方から見て、当然、彼らを訓練するような場所もあるんだろ?」
「勿論よ。元々この里に伝わる特殊な体術に格闘実戦法を取り入れた、名付けて、スカーズブートキャンプ、ってヤツさ。言っとくが、特訓は楽じゃねーぞ。いっそ、くたばった方がマシ、っつーレベルだ……ま、そんでもいいなら挑戦してみな」
「はい、お願いします!」
コリンクは途端に笑顔になり、改めて頭を下げた。
「僕、強くなります。皆を守れるぐらい強くなって、きっとあなた達に恩返しします!」
そう言って眼を輝かすコリンクの姿が、ふと、エンジュシティで出会った奇妙なガキと重なったような気がした。

頭領はそんな様子にやや微笑しながら、ずいっとマフラー野郎に向き直る。
「さて、と……つーこたぁネズミ、テメーはこの話、承諾したと捉えていいんだな?」
「ああ、俺としても乗り掛かった船だ。こうなったら、沈むまで付き合ってやろうじゃないか」
縁起でもねえ、と頭領は笑いながらマフラー野郎の杯に酌をした。
「でもスカー、どうしてそこまでロケット団に拘るんだ?」
「あん?そりゃあ、奴らの横暴非道が許せねえからに決まってんだろ」
マフラー野郎は飲み掛けの杯を置き、不意に真顔になって声を潜める。
「確かに、奴らはポケモンにとって害悪でしかない。でも、お前が単なる義侠心だけで、わざわざこんな危険を冒してるとは思えなくてね。ピジョットの話からしても、ロケット団が俺達、実行部隊の生き残りを追ってきた連中――つまり軍部と繋がっているのは明らかだ。ひょっとして、お前はそこらへんの事情について、何か嗅ぎ付けているんじゃないのか?」


マフラー野郎の眼差しに頭領はため息一つ面倒そうに酒瓶を置いた。
「……逃げるついでに俺も探っていたが件の連中の目的と正体なんざ調べりゃ調べるほどはっきり言ってさっぱりなのさ。軍用だったポケモンを血眼になって掻き集めて何かする気かと思いきや、何を切っ掛けにか急にもう用無しとでも言うように売り捌くなりして手放しだした」
頭領はお手上げだという風にひらひらと両手を振るう。
「取引のルートから奴らに繋がる何かしらの糸口を探ろうとはしたが、行き当たるのはしがないチンピラ共やしょうもないテロリスト紛いの連中ばかり。ロケット団もそんな顧客の一つだ」
話を聞きながらマフラー野郎は難しい顔をして小さく唸る。
「ロケット団との取引以後、奴らの活動はぱったりと止んじまった。鳴りを潜めているだけなのか、もうとっくに解体したのかすら知る由はねえ。ロケット団は奴らが残した最後の足跡って所だ」
だがよ、と不意に頭領は言葉を置いた。
「オメーの前でこう言っちゃあ何だが、俺はもうそんな事にさして拘っちゃあいねえのよ」
そして、自分の膝元から聞こえる小さな寝息へと目を落とす。
「初めは俺らの人生を滅茶苦茶に弄んでくれた野郎の正体を暴いて一矢でも報いてやろうと、胸に滾りぎらつくものを頼りに捨て鉢になってたが……。今はそんな風にはなれねえ事情ってヤツができちまった」


子ニューラを優しく一撫でし、頭領はマフラー野郎に視線を戻した。
「クク、それにしても、俺が義侠心で動かねえなんざ随分な物言いじゃねえかネズミさんよ。先代の頭には惚れた腫れた以上に拾われた恩義ってぇヤツがある。その先代から直々に託されたこの里を守り、もっと栄えさせるにはあんな黒ずくめの悪党共をのさばらしておく訳にはいかねえ」
昂ぶった様子で頭領はぐっと拳を握る。
「それにうちのガキにとっちゃ、今でさえこの里は狭すぎるみてえでよ。もっとコイツが、いや、うちのガキだけじゃなく他の匿ってるガキ共もだ。今やりでっかく育った時には自由に安心して里の外と行き来させられるような、安全な地へと変える。それが第一の目標であり、今の俺を突き動かしてるもんだ」
握り拳をどんと胸に打ちつけ、頭領は言ってのけた。
「……オメーが信じるかどうかは勝手だがな」
頭領は少し気恥ずかしそうにばりばりと後ろ頭を掻く。
「変わったな、お前は」
呆気に取られた感心ともつかない何ともいえない表情を浮かべてマフラー野郎は言う。
「フン、協力する気が失せたかよ?」
「いや、悪くない。良い理想だ」
マフラー野郎は杯に酒を注ぎ、そっと頭領の方に差し出す。
杯を一気に飲み干して「ケッ」と拗ねたように頭領は顔を背けた。

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