第45章 - 6

「や、すまないね。ついつい熱が入っちゃって」
しばらくしてマフラー野郎は畑の奥から小走りで帰ってくる。
その表情は何だかいつになく活き活きして見える気がした。
「ありがとうございました。良い勉強になりました」
ぺこりと年若いニューラは頭を下げる。
「また聞きたい事があったら後で来てよ。君は呑み込みが良さそうだから」
「はい!」
マフラー野郎の言葉にニューラは嬉しそうに微笑んだ。
あっしとニャルマーは待ちくたびれた風にやり取りを眺め、隊長は苛々と、頭領の方は相変わらず何か企んでいる様子でニヤつきながら、その背の子ニューラは少しだけむくれている様に見えた。
「それでは頭領様、若君、ネズミ様、それからみなさんお気をつけて!」
手を振るニューラに見送られながら、あっしらは畑を後にして家屋へと向かう。
「昔のオメーからは考えられねえな。一体どこで覚えて来やがったんだ?」
道すがら愉快そうに頭領はマフラー野郎に話し掛けた。
「ああ、あの村で畑仕事をさせてもらっていた時期があってな」
「おいおい、そういうこっちゃねえよ」
「……?一体、何が言いたい」
マフラー野郎は真顔で首を傾げる。
「かぁー、からかいがねえ。上っ面は変わって見えても根っこは相変わらずカタブツみてえだなテメーは。まあいい。……ここで採れるモンは飲み込むのも一苦労な代物が多かったからなあ。助言は大いに助かる」


屋根から何本も氷柱をぶら下げた古めかしい家屋の前まで来ると、頭領は玄関の戸をごんごんとノックした。
子ニューラは急に慌てて頭領の背中から滑り降り、頭領の横に並び立って踏ん反り返る。
「様子見に来たぜ。元気かガキ共ー」
戸を開け、頭領は屋内へと呼びかける。
すると中から、
あ、とーりょーさま!わか……じゃなかった、おやぶんもいるぞ!なになに、お客さん?
等々と様々に入り混じった声が次々と元気よく返ってきた。
「へへ、変わらず元気そうだな」
鉄砲水みたいなその勢いに、頭領も思わず苦笑して赤い両耳を押さえる。
屋内を覗くと元は寺子屋か何かだったのだろうかそれなりに広々とした畳敷きの部屋には、世話役らしいニューラが一匹と、大小様々なポケモンのガキ共が住み着いてるようだった。
ガキ共の種族は茶色い小熊みたいのや、桃色だが厳つい顔をした犬みたいなの、それからこの辺じゃ見た事もねえオドシシとは違う鮮やかな橙色の鹿みたいなの等々、他にもまだまだいるがとにかく多種多様だ。
その中には青色の子猫――コリンクの姿もあった。
「ニャルマー!」
あっしらに気付き、一目散にコリンクがニャルマーの元へと駆け寄ってくる。


「ああ、良かった、良かった……」
抱きつく代わりに頬を摺り寄せ、コリンクは目を潤ませて涙声で呻く。
「うん、コリンク……どこにも怪我はない?」
ニャルマーはそんなコリンクを受け入れながら、ぽんぽんと尻尾で宥めていた。
だが、何でだろうか。あっしにゃあ何となくニャルマーの表情はあまり嬉しそうにゃ見えなかった。

――「もしも、森の中でまだまだ青い実をつけた若い木を見つけてだ。ずっと早く熟れないかと今か今かと見守っていたとしやしょう。
だが、ある時、熟れきった実をたわわに実らせた太く立派な木を他の場所で運良く見つけたとしたら……オメエさんはどうするよエンペルト」
「突然なんだい、ドン。そりゃ当然その場でその立派な木から実を幾つか拝借するけれど。でもその後、今まで見守っていた方の若い木が気になってまた見に帰るかな。ずっと世話をしていたなら愛着もわいているだろうし」
「まあ、それもありだな。だが、あのアバズレは今まで見てきた若い木の事なんてすっぱり頭から取り除いちまって、立派な木の方に実を喰い尽くすまで住み着く事が出来る奴なのさ。例えそれが木と違い、動いて口を聞く相手であろうがな」――


「目的のもんは見つかったみてぇだな。ちょうどいいやガキ共、オメエらも宴に来いよ」
頭領はにんまりと笑っていった。
え、いいの?やった、ごちそうだ。ガキ共はわっと沸き立つ。
「たまにゃあいいもんたっぷり食わなきゃでっかくなれねえからな。おい、隊長。こいつらの席も追加だ」
「はっ」
命を受けて隊長は口元に手をやり口笛を鳴らす。
すると、畑の方からばたばたと慌てふためくような音が微かに聞こえ、それからすぐに少し息を切らした様子で黒衣のニューラが一匹姿を現して隊長に跪く。
「は、はいっ」
「遅い。大方、惰眠にでも耽っていたな?小言は後だ、いいか――」
隊長が耳打ちすると黒衣は頷き、ついでにあっしらに愛想よく手をひらひら振ってからドロンと姿を消した。
この緩み切った気配、考えるまでも無くさっきの若い奴だ。
隊長は片手で頭を抱えて溜息を吐いた。


「みんなー、あまり粗相の無いようにねー」
世話役のニューラにおっとりとした口調で見送られ、ガキ共は「はーい」とやかましく返事をする。
屋敷に帰る途中、マフラー野郎は瞬く間にガキ共と打ち解けて、旅で見た色んな話を聞かせていた。背のチビ助は屋敷で頭領に会ってからというもの、相変わらずマフラーの中にすっぽり隠れ込んで気配を消しサナギのようにじっとしている。
コリンクは盛んにニャルマーへと話しかけるが、あっしの目にはやっぱりニャルマーの様子が変に見えた。どうもこいつも頭領に会ってから何か考え込んでいる風で、コリンクへの返答も全てどこか上の空だった。

屋敷へと戻るとあっしらは女中と門番のニューラ達にまたしても大げさに出迎えられ、大広間へと案内された。
広間にはずらりと膳が並べられ、ポケモンが作ったなんて到底信じられねえ料理の数々が豪勢に乗せられている。
あっしとマフラー野郎達は思わずガキ共と一緒になって感嘆の息や声を漏らした。
頭領は子ニューラの奴と共に最奥の上座へとどかりと座り込み、懐から取り出した男物にしちゃあ優雅な柄の扇子を上機嫌に広げる。
「改めて、ようこそ我らが里、我が屋敷へ。歓迎しよう、お客方。ヒャッハッハッハッ」


宴の間あっしらの隣には装飾品で華やかにめかし込んだニューラ達がぴったりと付き添い、酌に新しい料理の手配にと持て成した。
ちやほやとべたべたと囲まれるような状況にまるで慣れていなかったあっしはすっかりかちこちに縮こまっちまっていた。
緊張して舌が乾いて自分が今何を食ってるのかもわかんねえ体たらくで、ただ勧められるままにどんどんと酒をさっさと酔いに逃げ込まんとして呷り、呷る。
――今考えりゃ勿体ねえことしてやがったなあ……。
ほろ酔いの頭で場内を見回す。ガキ共は遠慮無しにご馳走を頬張り、ニャルマーはコリンクの目の前で酒に耽るわけにもいかないのかじれったそうに飯を口に運んでいた。
マフラー野郎は存分に持て成しを楽しんでる様子で、ニューラの酌を受けながら談笑している。
よく見りゃあいつに付き添っているニューラは例の若いニューラだ。よっぽどマフラー野郎が気に入ったらしい。
ガキ共の席の追加を伝えにいった時についでに自分にもやらせて欲しいと頼んだんだろうか。
チビ助は騒がしいのが嫌いなのか引っ込んだままだ。
マフラー野郎はそんなチビ助を気遣ってか、あいつにも後で食えそうな物をそっと脇に取り分けている。
上座で頭領は満足げにあっしらの様子を見ながら手酌し、子ニューラはどこか不貞腐れたようにしていた。
隊長は二匹の背後にて変わらず無愛想な黒衣の格好のまま影のように控えている。
ぼんやり見回すあっしに
「お注ぎいたしましょうか?」
とにこやかにあっしに付き添うニューラが声をかけてくる。
「あ、いや、すまねえ」
依然どぎまぎとしながら酌を受けつつ、夜は深まっていく――。


夜も更けて満腹も相まりガキ共がそろそろ目蓋を重そうにし始め、頃合と見てか頭領は指をパチンと鳴らして指示する。
ニューラ達はあっしらにぺこりと会釈するとコリンクと子ニューラ以外の眠そうなガキ共を連れてぞろぞろとはけていった。
あっしは残念半分、少しばかりほっとする。
頭領はうつらうつらする子ニューラを片腕で抱き上げ、もう片手に酒瓶を持ってあっしらの前に胡坐で座り、膝の上に子ニューラを寝かせた。
「よお、ちったぁ楽しんでもらえたい?」
「おかげさまで。悪いな、こんな豪勢に」
マフラー野郎は苦笑気味に答える。
「そりゃ良かった。久々にまともにもの食ったっつー面してたぜ、おめえら。――んじゃ、ま。そろそろ積もり積もった互いに聞きてえこと話すとするかい」
「そうだな」
とは言ったものの、互いに積もり溜めたものが多すぎて何から聞いたものやらと思い悩んだのだろうか、二匹は暫し黙ってどちらかが口火を切るのを待っているようだった。
そこに、静かになるのをずっと待ち兼ねていたのだろう。チビ助がもぞもぞと顔を覗かせた。
「ヒャハ!そうだよ、そうだ。まずはそいつについて聞かなきゃな」
頭領は子ニューラそっくりに目を輝かせ、チビ助の顔を覗き込んだ。
チビ助は「しまった!」と言いたげにびくりと身震いして慌ててまた引っ込もうとする。
「ああ、ちゃんと紹介しなきゃな。ほら、チビ助、挨拶」
が、マフラー野郎に引っ張り出され、抱きかかえられて頭領の眼前へと晒される。


「にひひ、何だよこいつ。目元とか昔のお前そっくりじゃねえ?」
頭領は愉快そうにぶにぶにとチビ助のほっぺたをつつく。
チビ助は不機嫌そうに睨み返しながらも為す術も無くされるがままだ。
「おい、俺はここまで目付きは悪くなかったろう。仮に似て見えても、ただの空似だ」
「いーや、こんなもんだったね。つーか空似って何だよ。親子なら似てて当然だろが。うちのヤツなんて俺そっくりだぜ。口元辺りはあいつ寄りかな?まっ、最終的にどっちに似ようと将来は有望だあな、ヒャッハッハッハッ」
頭領は子ニューラをわしゃわしゃと雑ながら愛しげに撫で回し、とどめに頬に口付けした。
酒臭いのか子ニューラはうなされながら頭領の顔を手で押し退ける。
「オメーのお相手はあの子なんだろう?オメーが生きてここにいるなら、あの子も無事だったんだよな、当然よぉ。今どーしてんだよ?俺も久しぶりにあの愛嬌ある顔を拝みたいねえ」
酔いの勢いもあってか頭領はぐいぐいと捲くし立てる。
頭領の言ってるあの子ってのはきっとマフラー野郎の話に出てきた“シスター”だろう。
だが、マフラー野郎の話によりゃシスターはもう……。
事前に話を聞いているあっしとニャルマーはとんでもねえ地雷原に踏み込んでいることがわかり、気まずく目配せする。
「いや、この子は本当に俺の子じゃあない、あるはずがない。それに、あの子は……」
マフラー野郎は伏し目がちに、苦く重々しく口を開く。
「あ?どういうこった?」
終始上機嫌だった頭領の額にびしりと青筋が浮かんだ。

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