第45章 - 3

「……いや、気のせいかな?」
マフラー野郎は首を傾げ、再び歩み始めた。
「おいおい、やめやがれよ。オメーがそういうこと言いだすと、絶対ろくなことになんねぇんだからよ……」
あっしは何だか途端に嫌な予感がしてきて、おっかなびっくり後を付いていく。
「なーにびびってんだよ。この辺でアブねーことなんて、オレと親父達がいる限りなんもねーって――」
子ニューラが言い終える前に、何か球状のものがあっしらの方に投げ込まれ、ころころと足元へ転がってくる。それが何かと確認しようと下を見た瞬間、何か包帯状の物がぐるぐるに巻かれた球状の“それ”から大量の煙が噴出した。
「ぶわっ!?げほっごほっ」
煙に巻かれて、たまらずあっしは煙を吐き出す玉から慌てて離れる。
それが失敗だった。視界中が煙だらけの中、首に鈍い痛みが走る。
あっしは何者かに首根っこを締められ、ずるずると引き摺られた。
声を出す事も出来ず、あっしはじたばた暴れて必死に逃れようとする。
「動くな、下郎」
聞き覚えの無い声が耳元で囁き、ひたりと首筋に鋭い感覚が押し当てられた。


あっしは息を呑み、その場で体を石の様に硬直させた煙が晴れると周りは黒衣か忍者がするような奇妙な頭巾を被ったポケモンの集団に取り囲まれ、あっしはその集団の一匹に背後から捕らわれていた。
「このカラスの命が惜しくば、その者の身柄を引き渡してもらおう」
背後の奴は子ニューラを指し示して冷淡に告げ、鋭い二本の鉤爪を見せ付けるようにあっしの眼前に付き付ける。
緊迫の時――かと思いきや、子ニューラは守るように立ち塞がるマフラー野郎の脇をすり抜けて、まるで無防備に嬉しげに手を振りながらこちらへと駆け寄ってきた。
一拍置いて、背後の奴はあっしを解放し突き飛ばす。
「迎えに来てくれたのか!ただいま!」
入れ替わるように、子ニューラはあっしを捕らえていた奴に親しげに飛び付いて抱きついた。周囲のポケモン達は少し戸惑ったように、顔を見合わせる。

「――よもや、恩人ともいえる方々に何たる無礼……。誠に申し訳ございません」
かくかくしかじか事情を聞いて、あっしを人質に取った奴を先陣にポケモン達は三つ指ならぬ二つ鉤爪を揃えて跪き、深々と礼をして侘びた。
あっしらを包囲したのは里から抜け出した子ニューラを捜しに来た大人のニューラ達だった。


「――ったく、禄に確かめもしねえでよォ。あーあ、無理矢理引っ掴まれた場所がまだ痛みやがるなあ」
嫌味たらしく首元を押さえ、あっしはごねる。
「……返す言葉もございません」
「こりゃむち打ちか何かにでもなったかもしれねーなー。そのガキを助けてやったことと合わせて、どう落とし前つけてくれんのか――んギャッ!?」
跪くニューラにぐいと顔を寄せてねちねちとごね続けていると、背中にバチンと短い痺れが走った。
「もう十分だろう。その辺にしておこうか」
何すんだと抗議の目で振り向くあっしに、マフラー野郎は言った。
「だ、だってよォー」
「むち打ちには電気が効くそうだけど。まだ足りなかったかな」
頬にパリパリと青い光を弾けさせて、マフラー野郎は微笑む。
「あ、いやー、もう治ったかなー。へへ……」
あっしは首をごきごきと動かしてみせ、仕方なくすごすごと引き下がる。
ふう、とマフラー野郎は呆れたように鼻息をつき、あっしに替わってニューラ達の前に進み出た。
「もう頭を上げてくれ。余所者の俺達が、いなくなってしまった大事な子どもを引き連れていたら、かどわかそうとしていた様に見えていたとしても仕方無い話だ。丁度こんな真っ黒で人相と態度の悪いカラス君も一緒にいることだしな――」
じとりと横目でマフラー野郎はあっしを見やる。


「別に何か見返りをたかろうと思って俺達はその子を助けて送り届けたわけじゃあない。ただ一つ、確かめたいことがあってここまで来たんだ」
「それは?」
あっしをとっ捕まえていたニューラは顔を上げて聞き返す。
「コリンクってポケモンの名に覚えはあるかな?」
ニューラは顎に片手をあて、考える素振りを見せる。
それからすぐに、思い当たった様子で「ああ」と呟いた。
「先日、人間共のトラックを襲撃した際に荷台に捕らえられていた青い猫の子の事でございましょうか?」
「そう、その子だ――」
「アンタらが連れてったってそのガキに聞いたよ。どこにやったのかさっさと教えな。まさかもう食っちったなんて言ったら、アンタらタダじゃあおかないよ」
ニャルマーがマフラー野郎の横からずいと踏み出て、怒ったイノムーのような剣幕でニューラを鼻息荒く捲くし立てる。
「まあまあ、ちょっと落ち着いて、お嬢さん。……その子はこのニャルマーの大事な連れ合いなんだ。今どうしているのか教えてくれると助かるんだけれど」
ニャルマーをやんわりと後ろに押し戻し、マフラー野郎は尋ね直した。
「確かに我らが里にて丁重に保護しております。連れ合いとあれば真偽の確認を取った後、あなた方にお返しいたしましょう。此度の礼もせねばなりませぬ。我らが里まで是非にお越しくださいませ」


「勿論さ!とっとと案内してもらおうじゃないか!アイツの無事な姿を見るまで、アタシャ承知しないからね!」
「まあまあ……でも、お嬢さんはともかく、俺達までそんなご厄介を掛けるつもりは……」
息巻くニャルマーを制しつつ、少々困惑気味のマフラー野郎に対し、子ニューラがドン!と胸を張る。
「いーから来いって。どーせこの先行くアテもねーんだろ? まだあの犬っころ達がウロウロしてっかもしれねーんだしさ。おい、たいちょー!こいつらはオレの大事なだ~いじなお客なんだから、くれぐれもていちょーにおもてなしすんだぞ!」
「はい、重々承知しております、若君」
隊長、と呼ばれたニューラ――あっしを捕まえていた奴だ――が子ニューラの前で恭しく膝を折り、頭を下げる。
「わ……わかぎみぃ~~~~~??」
この小生意気なクソガキが……そのギャップに思わず嘴を尖らせるあっしを、子ニューラがジロリと睨んだ。
「んだよー、だからオレはアトのトリだっつっただろー! 里じゃあ親父以外はみんなこんなだぞ。……ま、オレもそう呼ばれんの、あんま好きじゃねーけどな」
言いながら子ニューラは、決まり悪そうに爪でばりばりと頭を掻く。
「一刻も早く、事の次第を頭領にお伝えしろ。そして、お客人を歓待する用意を致せ。よいな?」
隊長が命じると、覆面をしたニューラの中の数匹が一礼し、瞬く間に煙のように消え去った。
「これで良いでしょう。ただし、ここから里に到着するまでの間、我らは若君と客人達の供をさせて頂きます。宜しいですね?」
言うが早いか、隊長以下残りのニューラ達はあっしら――というか、子ニューラを護衛するように、前後左右を取り囲んだ。
「ちぇー!まー、しゃーねーか……おーし!そんじゃーしゅっぱーつ!」
子ニューラが腕を振り上げて号令を掛け、あっしらは更に東へと進んで行った。


目の前に広がる木々や泉の風景は相変わらず美しかったが、この状況はあまり心地のいいモンじゃなかった。
奴らの鋭い視線に一挙一動が見張られているみてえで、どうにも落ち着かねえ。
確かに腕の立ちそうな奴らにゃ違えねえから、万が一あのゲス犬どもが襲ってきたとしても安心ちゃあ安心だが。
もっとも、そんなナーバスになってんのは、殊の外繊細でデリケェトなあっしぐれえなもんで……
「……そんでさー、奴らが向かってきた時、オレはこーやって……」
子ニューラはご機嫌な様子で、横に控える隊長に対し、得意げに武勇伝を語っていやがる。
ニャルマーはむっつりと黙り込んだまま、眼だけを爛々と光らせて奴らを睨み付けていやがるし、チビ助ときた日にゃ、我関せずとばかりにマフラー野郎の背で眠り呆けていやがる。
で、当のマフラー野郎はと言えば……
「ふうん……見事なものだ。まるで隙がない……このニューラ達は、余程特殊な訓練を受けているようだね」
きょろきょろと奴らの様子を観察し、妙なとこで感心してはひとり頷いている。
「それに、あの子達が使っていた道具……似たようなものは俺も知ってるけど、あれはもっと古い知恵のようだ。とてもただの野生の群れとは思えないな。君達は、どこかで人間と関わっていたんじゃないかと思うんだけど……違うかい?」
「仰る通りです、お客人」
マフラー野郎が話し掛けると、あっしらの隣にいた幾分年若いニューラが素直に答える。
多少警戒の目が緩んでいるのも、奴の懐っこい性格に加え、子連れだという事実が幸いしているのかもしれねえ。
「詳しくは申せませんが、我らの祖先はとある人間達に仕え、とある秘密裏なお役目に従事していた、と伝えられております。ですが、それも遠い昔の話。やがて人間達は姿を消し、隠れ里はその後、残された祖先らの手に委ねられました。その中でも特に優れた者が頭領となり、その子孫も本家と呼ばれ、代々頭領の地位を受け継いで参りました」
「それじゃあ、あの子は……」
「若君は本家の血を引く一粒種。現在の頭領にとっても、我らにとっても宝の如き存在です。ですが……」
年若いニューラは何かを言い掛けたが、突然ハッとしたように口を噤んだ。


「近衛たるもの任の最中に私語は慎むよう」
肩越しに振り向き、隊長は凛とした態度で窘める。
「は、はっ!」
年若いニューラは慌ただしく姿勢を正してそそくさとあっしらから少し離れ、隊長が顔を前に戻したのを確認すると、済まなそうにそっとこちらに会釈した。
あっしとマフラー野郎は顔を見合わせ、怪訝に思って首を傾げる。
なんだか随分と頭がイシツブテみてえに硬そうな隊長サンのようだ。
さっきのニューラが言い掛けていた事も気になるが、あっしのまだ場数の足りなかった単細胞な頭はそれよりもまず、エラソーな隊長サマが――初対面で首を絞められたいざこざもあって――いけ好かねえ気に食わねえって反感反骨の念に満たされて管巻いていた。

豊かな自然を突如遮るように目の前に立ち塞がる高く険しい岩山。
その麓にぽっかりと開いた洞窟の手前で一行は立ち止まり、隊長はあっしらへと向き直った。
「これより先は氷の抜け道。は凍てつく氷に覆われた自然の迷宮にございます。脱するまでくれぐれも我らの傍を離れぬよう。それと足元にもお気を付けを。場所によっては張った氷により滑りやすくなっております。足を取られ、お怪我でもなされたら大事ゆえ」
業務連絡のように淡々とあっしらに言い終えると、隊長は横の子ニューラを丁重に横向きに抱き上げた。


「わ、ちょっ!何すんだよ!」
子ニューラはあわあわと目を白黒、集まるあっしらの視線に顔を真っ赤にしてじたじたと暴れる。
「何、とは。まだ若君一人の足で氷の道は危のうございますから」
きょとんと隊長は応える。
ははん、そーかそーか。あっしらの前じゃいっちょ前の口聞いておきながら、普段はこんな風に甘やかされてやがんのか。
このおっかねえ保護者達に囲まれた状況で口に出すことは出来ないが、脳内で散々に子ニューラをからかう。
それが余程表情に滲み出ていたのであろう、子ニューラはあっしの面を見るや、ますます顔を噴火しそうなまでに真っ赤にしてわなわなと口を振るわせた。
「い、いいよ!もうとっくに一人で平気だってば!」
隊長の腕をすり抜け、子ニューラは逃げるように洞窟へ駆け込もうとする。
「ああ、お待ちください。せめて御手を」
引き止める隊長に、子ニューラはあっかんべーと舌を出す。
「へんっ、こんな洞窟、前から何度も一人ですいすい抜けてるもんね」
「……そう、その件につきましては、頭領様より若君にお話があるとのこと」
隊長の言葉に子ニューラの足がぎくりと止まった。
「な、なあ、親父やっぱ怒ってた……?」


隊長は無言で子ニューラへと歩み寄って手を差し伸べる。
「な、な?その時になったら、たいちょーはオレの味方してくれるよな?な?」
「頭領様のお怒りも若君の身を案じているがゆえにございます。若君が反省の念を抱いておられるのか示していただかなければ、私めも助け舟は出すことは出来ませぬ」
毅然と返す隊長に、子ニューラは小さく溜息をついて渋々隊長の手を取り、繋ぐ。
「では、参りましょう」
一連の様子を傍観していたマフラー野郎はクスと陰で小さく笑った。
「さっきの若い衆が何かを言いかけてやめてしまったのは気がかりだけど、少なくともあの御目付け役さんと父親とあの子の関係は良好そうだね。じゃあ、言葉を詰まらせるようなものは一体何で、どこにあるのか……。ちょっと気になってきたな?」
そっとマフラー野郎はあっしに同意を求めるように言った。
「……知りたがりは早死にするって言うぜ」
「はは、元から長生きできるなんて思ってないよ」
「おい、また余計な厄介事に巻き込まれるなんてあっしはごめんだからな!」
人事みてえに飄々としているマフラー野郎にあっしはつい言葉を荒げる。
「いかがされました?」
振り向くニューラ達にあっしらは何でも無いと首を横に振り、その後に続いた。


白々とした霜に覆われた見るからに冷え冷えとした入り口を潜り、あっしは内部へと踏み入る。
床から壁、天井まで分厚い氷に覆われた様はまさに天然の冷凍庫だ。
骨身にまで突き刺ささるような冷気に身を包まれ、堪らずあっしは絞られた雑巾みてえに身を縮こまらせた。
息をする度に肺はずしりと重くなって感じ、鼻先から滴る汁は出る度出る度すぐさま乾いて汚い氷柱になってへばり付いた。
だのに、ニューラどもはまるで平然と歩き、マフラー野郎は少し寒そうにマフラーを鼻まで上げながらも難なく付いていく。
あっしとニャルマーはぜえぜえと白い息を吐きながら遅れまいと必死に後を追った。
「たいちょー、オレよりあいつらの手ひいてやった方がいいんじゃねーの?」
歩みが遅れるるあっしの姿に気付いた子ニューラの奴が得意げにニヤつきながら言う。
「……介添えが必要でございますか?」
振り向いて隊長は尋ねる。覆面で表情はわからねえが、子を一人背負いながらも平気で後に続いてこれているマフラー野郎と、あっしの体たらくを見比べて、呆れている風なのを声色から微かに感じた。
「い、いらねえよ……!」
その態度と自分の不甲斐無さにも腹がたって、あっしは意固地になって突っぱねた。
「左様で。里まで辿り着けばすぐに暖を用意しますゆえ。もう少しの辛抱を」

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