第45章 - 2

――あっしみてえな所謂悪タイプとかって呼ばれる捻くれたポケモンにゃあ、念力だの何だのの胡散臭いエスパーの技は効果が無いって奴でさぁ。
逆に脳みそまで筋肉で出来てそうな格闘タイプの単純な奴らには効果が抜群なんだと。
いつだったかにテレビでやってたトレーナー講座だか何だかをボーっと見てかじった程度の知識でやすがね。
ま、あのクソ猫のことだからそんな事は露知らず、あっしごと平気で巻き込むつもりだったろうがな――

ゴーリキーが吹き飛んだのを確認し、子ニューラは朦朧としているスリーパーの腹を蹴りつけて突き飛ばす。
止めとばかりに子ニューラはテニスボール大の氷塊を投げつけ、スリーパーの眉間でごつんと鈍い音を響かせた。
「ひゃっはー!大成功っ!」
片手を突き上げ、飛び跳ねるようにして子ニューラははしゃぐ。
汗やら何やらでぐしゃぐしゃになったあっしの面に気づくと、むふーと自慢げな鼻息一つして勝ち誇ったように笑みを浮かべた。
礼を言う気に何てとてもなれず、あっしは決まり悪く舌打ち一つして、げほげほと咳き込んでいるニャルマーを仕方なく助け起こしに向かう。


「うう……あの変態ヤローめ……。アタシがガキじゃないってわかったら、まるで容赦しちゃくれないね」
差し出したあっしの羽に乱暴に爪を引っ掛け、悪態を付きながらニャルマーは起き上がった。
「互いに悪運が強えみてぇーだな。今の内にさっさとずらかるぞ」
「ああ」
羽を素気無く振り払ってニャルマーは頷く。
「ネズミ置いて逃げるなんてヤだよ。オレもあの悪そーな犬をブッ倒すの手伝って来るもんね」
だが、子ニューラの方は調子付いた様子でまるで言う事を聞こうとしない。
あっしは額にびきびきと幾つも青筋が浮かぶのを感じた。
「騙まし討ちが偶々一回上手く行っただけで、調子に乗ってんじゃねーや。あのゲス犬にゃんなもん通用しねー。オメーみてえなガキが割って入った所で、足を引っ張るだけだっつの」
「ふんっ、だっさく逃げまわってただけの奴がエラソーに言うなよなー」
「ぐっ……」
率直なガキの反論に、あっしは思わず言葉を詰まらせる。
こんなガキよりも、きっとあっしは弱い。何の役にも立てねえ。
胸に鋭く根深く嫌な現実が突き立った。


こんな口で言ってもわからねえクソガキを腕ずくで引きとめて無理矢理引っ張っていく事さえあっしにゃ難しい。
だからってむざむざ行かせりゃマフラー野郎の足を引っ張るのは受けあいだ。
もしもコイツの身に何かありゃ、ニューラの里まで穏便に辿り着くって策が台無しになっちまう。
そもそも何であっしがこんなぐらぐら崩れ掛けてんのが目に見えてわかるような危ない橋ばっかり渡らされなきゃなんねえのか。
頭を抱えそうになっていると、不意に燃え盛る炎の奥から短い叫び声が聞こえ、直後ゲス犬が体から電流の青い残光を迸らせながら転げ出てくる。
後を追うようにマフラー野郎はひらりと炎を飛び越えて姿を現し、あっしらの姿に気付いて駆け寄ってきた。
「遅せえよ、馬鹿野郎!」
緊張の糸が少し緩み、あっしは叫びつけるように言った。
「や、すまない。さすがにもう油断してくれなくて少し手こずってね」
マフラー野郎は地に呻きながら伏すスリーパーとゴーリキーの姿を見渡して感心した顔をする。
「まあ、慌てて駆けつける必要も無かったみたいじゃないか。しっかりニューラの事も守ってくれたみたいだしさ」
「ちがう、ちがーう!逆にオレがこいつら守ってやってくらいだぞ!」
「ええ?」


真偽を求めるようにマフラー野郎はあっしに視線を向けた。
否定する事も出来ずあっしは舌打ちして目を逸らす。
「へへ、聞いてよネズミ!そのナガッパナの変な奴、大人しくしてたらオレには何もしないって言うからさー。わざと大人しくして様子みてたんだ。
そしたらその糞カラスとムキムキヤローがうわーってやってきて、ナガッパナがよそ見したから思いっきりアゴをグーでドーンってやったんだ!
そしたらそしたらナガッパナがフラフラーってなったから、前に親父がやってたこと思い出して、ミヨーミマネでナガッパナの腕をガシッてやって、グイってムキムキヤローに向けたらドカーンってなって、大成功!」
身振り手振りで興奮しながら子ニューラは己の武勇伝を語る。
「その後、すぐにネズミの手伝いに行こうとしたんだけど、糞カラスに邪魔されてさー」
じとりと子ニューラはこちらを睨む。
ぴしぴしとあっしは自分の口端が強張るのを感じた。
「慌てて駆けつけて正解だったかな」
マフラー野郎は苦笑して呟いた。
「さて……」
マフラー野郎は言って、痺れを振り払い起き上がろうとするヘルガーに目をやる。
「まだ続けるか?」
限界まで溜め込んだ電流を唸らせながら、マフラー野郎は尋ねた。
当然だと言う様にヘルガーは牙を剥き、炎を引き出さんと喉を震わせる。
その時、遠くから幾つもの声と足音が聞こえてきた。


人間の声だ。それに混じってポケモン達の鳴き声も聞こえた。
大勢の人間がポケモンを引き連れてこちらへ来ようとしている。
まさかゲス犬の援軍だろうかとあっしは肝を冷やした。
しかし、当のゲス犬もやってくる音に警戒するような素振りを見せる。
それから何か察したようにゲス犬は舌打ちし、突然紫色のきたねえ煙を吹き出した。
「君達、口を塞げ!煙から離れるんだ!」
マフラー野郎に従うまま慌ててあっしらは口元を覆い、見るからに毒々しい煙から後ずさって逃げる。
その隙に四足の影が煙の中を駆け抜けて地面に転がっている二つの影に順に素早く噛み付くと、影達は悲鳴と共に次々飛び起きた。
「必ず追い詰める。これで終わりと思うな……!」
忌々しげに捨て台詞一つ残し、煙と共に掻き消えるようにヘルガー達は去った。
「参ったね」
マフラー野郎は呟き、溜息一つ零す。
「オレ、知ってるぞ。あーいうの三流の捨て台詞っていうんだよな」
へへん、と嘲って言う子ニューラに、マフラー野郎は苦笑した。
ほっと胸を撫で下ろしかけたのもつかの間、大勢の声はすぐそこにまで迫ってきていた。
人間達はポケモンに何やら配置を指示し、『放水』『消火』等の言葉が口々に飛び交うのが聞こえる。
「消防団か何かかな?仕方ない、火の後始末は彼らに任せることにして俺達も行こうか。このまま頭から水を被せられたり、放火の濡れ衣を着せられたりしたらたまらない」
あっしらは存在を悟られぬよう、そそくさとその場を離れた。


場を脱したあっしらは、子ニューラに先導されながら再びスリバチ山の山道を進み始める。
「もー、あんなヤツらに狙われてるんだったらもっと早く言えよなー。だったらオレもさっさと連れてってやったのにさー」
頭の後ろに手を組み、ふてくされたように子ニューラのやつは言った。
「だから俺様は寄り道なんざしたくねえって言ったじゃねえか」
苛々と言い返すあっしを、「まあまあ」とマフラー野郎が宥める。
「まさかコガネから遠く離れたこんな山奥まで追ってくるなんて、正直俺も想定外だったよ。見上げた執念深さだ」
奴らが追いついて来てやがるんじゃねえかって胸騒ぎは抱いていたが、まさかそれが的中しちまうとは思いたくなかった。
「しかし何を手がかりに追ってきたって言うんだい?まさか誰か発信機でも取り付けられてるんじゃあないだろうね。特に奴らの飼いポケモンだったアンタとか」
ニャルマーは疑惑の目をあっしに向ける。
「まさか。下っ端の珍しくもねえポケモン如きに、んな上等なモン一々取り付けねーよ」
否定しつつも何となく落ち着かなくなり、あっしは自分の体中をごそごそと探りながら見回した。


「うーん。アジトから脱出する前に、奴らに何か付けられていやしないかそれとなく皆の体は探らせてもらったから、発信機の類は無いと思うけど」
しれっとマフラー野郎は言う。
「じゃあ奴が犬の端くれだからって、アタシらの微かな匂いを地面に鼻こすり付ける様にして辿りながら、遠路遥々山奥まで追ってきたってのかい?幾らなんでも正気じゃあないよ」
あの野郎が蛇みてえに這い蹲って臭いを探りながら進む想像するとひどく無様で滑稽だ。
だがそれだけに末恐ろしかった。あの自尊心の塊が、普通なら下っ端のデルビルにでもやらせるような醜態を自ら晒し、自慢の毛並みが泥にまみれる事も厭わずにそんな手段を取ったのであれば。
きっと何倍にも逆恨みの炎を燃え滾らせてやがることだろう。
「臭い……あ、それならオレ、いーモン持ってるぞ!」
子ニューラはいそいそと何かを取り出し、「じゃん!」とあっしらに掲げて見せた。
それは、人間の握り拳より一回り小さいくらいの球状の物体だ。
表面には布か何かがぐるぐるに巻かれ、花火の導火線みてえのが一本だけ飛び出している。
「なんだそりゃ?」
あっしが尋ねると、子ニューラは自慢げに鼻を鳴らして導火線を噛んで引き千切り、玉を地面に叩きつけた。すると玉から湿気を帯びた煙が勢い良く拭き出して、あっしらの周りに立ち込めた。


「げほっ、ごほっ、おい、何しやがった!」
咳き込みながらあっしは怒鳴る。
「ふふん。キレイハナの花粉とマリルの油、後は何だっけ……を色々混ぜて作った、オレの親父達特製秘伝の道具だぞ。こいつにかかればどんなネバつき汚れも、しつこい臭いもバッチリさよならだ。名付けて『せんたくだま』!オレはそー呼んでる」
煙が収まると、なるほどまるで鼻でも急に詰まったのかと思うほどに辺りからは臭いが消え失せていた。思い切り自分の体に鼻を近づけて嗅いでみても、汗の臭い一つしねえ。試しに近くのニャルマーに鼻を近づけてみても同じく。
直後に思い切り引っ叩かれ、頬が少し腫れただけだ。
「すげーだろー。里に着いたら他にも色々見せてやるよ」

スリバチ山の山道を抜けて、小さな人間の集落――チョウジタウンらしきものが段々と近づいて見えてくる。空はもう殆ど明るくなっていた。
早起きの人間ならばとっくに活動を始めてやがる頃だろう。
「あの町をどーにか抜けるか避けて44ばんどーろまで行けば、もーすぐだぞ!」


チョウジタウンはコガネやエンジュに比べたら随分と小さな町だ。
建物も人間の数もずっと少ない。時間は早朝。もう目覚めている人間も少しはいるだろうが、殆どは足も目も衰えた老人連中だろう。
仮に出くわしても簡単に撒けるはずだ。そうあっしらは判断し、下手に迂回はせずさっさと町中を突っ切る事にした。
途中、土産物屋らしき建物の軒先下に忍び込むと、ふわりと甘く香ばしい匂いが鼻をくすぐった。
「お、いかりまんじゅうの良い匂いがするぞ。人間のばっちゃんが焼いてるんだけど、結構ウマイぞ。ちぇー、急いでなきゃ一つ貰ってくのになー」
子ニューラは物欲しそうに指をくわえて排気口から立ち昇る煙を見上げた。
「盗みは感心しないな。あまり俺も強くはいえないけれど」
「盗んでないもん。最初はそのつもりだったけど……。いっつもな、里からこっそり抜け出してきた時に会いに来ると、ここのばっちゃんはまんじゅうを一つわけてくれるんだ。
人間だし、息が”ひゅーひゅー”ってうるさいちょっぴり変なばっちゃんだけど、オレは好きだぞ。”ノラ”とか”クロ”とか勝手な名前で呼ばれるのはちょっとやだけど。
最近さ、変な奴らがこの場所を売ってくれとかしつこくばっちゃんに言いに来るんだけど、オレあいつら嫌いだ。もし買いとられて、ばっちゃんがいなくなっちゃったらオレやだなー……」
子ニューラは名残惜しげに視線を送りつつ、土産屋を離れた。


チョウジを抜けたあっしらは44番道路道路へと踏み込んでいった。
豊富に生い茂る草木の葉には新鮮な朝露が煌めき、そこかしこに湧き出している泉は柔らかな朝の日差しを湛え揺らめく。
豊かな自然、新鮮な空気。
先の襲撃でささくれ立っていたあっしの心は少しばかり和ませた。
「もうすぐ、もうすぐだー」
子ニューラは鼻歌交じりに、その辺で拾った木の枝を陽気にくるくると振り回しながらずんずん先を行く。
「おい、あんまり浮ついてスッ転ぶんじゃねーぞ」
あっしは何となく苛立ち、その背に野次を飛ばした。
「へーきだってのー、この辺はとっくにオレの庭みてーなもんだしな」
子ニューラは足取り軽やかに緩めることなく44番道路を東、東へと進んでいく。
だが、そんな温い一時はまたしても崩れ去っちまった。
あっしの前を進んでいたマフラー野郎が一瞬立ち止まり、片耳をピクリと揺り動かす。
「っと、どうしたんだよ?」
ぶつかりそうになるのを踏み止まって、つんのめりそうになりながらあっしは尋ねる。

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