第45章 - 18

――数多のそれはそれは無茶で過酷な特訓を乗り越え、とうとうやってきたその日。
あっしの近衛隊入りが認められるか否かの試験が行なわれる日だ。
何か儀式めいた物があるわけでもなく、方法は至って単純。
頭領様やババア共、もといご老公様方の御前で近衛隊の誰かと試合を行い、お偉方を守るに足りる力があると認めさせりゃあいい。
執り行われる場は修練場の広場。邪魔な巻き藁やら的は撤去され、広場の周囲は龍の紋様が描かれた幕でぐるりと囲まれていた。
道場の方を見ると、設けられた席の上で扇子を扇ぎながら上機嫌でこちらを見守る頭領の姿があった。
……結局、あのひとにゃあただの一度も勝てなかった。
とっておきの秘策のつもりだった“あれ”に乗じた不意打ちだって身代わりですかされ、それに気付かねえあっしが浮れたとこを上からぐしゃり。
『まあまあ考えたようだが……最後まで気ぃ抜くな、たわけ』
踏まれた頭の天辺が、あの時の頭領の言葉と共にひりつく。
最後の最後まで敵を疑い、あらゆる手段と可能性を考え、裏の裏を行け。
まだまだ抜けきれねえ臆病さを慎重さと狡猾さに発展させろ。
手合わせを通じて何度も骨の髄まで叩き込まれたその成果、あの席からぜひとも御覧頂こう。
頭領の他の観衆は子ニューラと近衛隊の面々、修練所の教官に見習い達。
ご老公共の姿はねえ。体調不良の為、欠席らしい。体のいいボイコットだ。
まあ、かえって奴らには居て貰わない方がやりやすくていいってもんだ。
ニューラの黒一色の中にぽつんと黄色い一点。マフラー野郎も見物に来てるらしい。
ついでにあいつの度肝も抜いてやろうじゃあねえか。
ぐっと気合を込め、あっしは試験の相手となる者が現れるのを待った。


程なくして道場の中から歩み出てきたのは、近衛隊の隊長だ。
「へーぇ、こりゃ良い。隊長サン直々に相手してくれるんですかい?」
あっしは言葉に少し棘を含ませて問う。
「いや、私はあくまで審判だ。お前との試合はこの者が行なう」
淡々とした調子で隊長は答え、そっと横に退いた。
「はいはーい。どうも」
背後から現れ、愛想よく手を振るのは近衛隊の新米。
「なんだ、試験っつーからちょっと身構えてたが、おめえが相手かよ」
何だか拍子抜けしてあっしは言う。
「なんだとはなんですかー。私だって近衛の一員、選りすぐりなんですからね」
あっしの態度に新米はムッとして口を尖らせた。
「余計な口は慎んで、ふたりとも位置につけ」
隊長に叱られ、「すみません」と新米とあっしは頭を下げて定位置へと並んで向かう。
「……少し提案があるんですけど」
途中、隊長から少し離れた所で、新米がそっとあっしに耳打ちした。
「あ?」
釣られて声を潜めて聞き返す。
「この試合、よかったら負けたげてもいいですよ?」
「はあ?」
思わず素っ頓狂な声が出て、新米は慌てて「しー!」とあっしの嘴を抑えた。
「トドメは刺さない摸擬試合とはいえ、打ち所悪くて互いに怪我なんてしたら、互いに損じゃないですか」


一体どういうつもりだろうか。試合前から油断を誘う作戦?
怪しみながらもあっしは耳を傾ける。
「私は隊のひとが増えても別に不満も損もないですし。……寧ろ後輩が出来たら私への負担が減って得?――ってな感じなんで、後でお礼としてカラスさんの夕飯分の配給を少し私に分けてくれでもすれば、良い感じに苦戦しているように見せつつ頃合を見て降参しますよー。どうです?」
本気かこいつ……?疑う視線に新米はニコニコと笑顔で返す。
まあ、確かにこいつが言うように、こいつにとってはこの試合に勝っても負けても特に何の損も得も無いのかもしれない。下手に本気を出して怪我をするだけ損、か。
ずる賢く利用できるもんは何でも利用しろ。頭領の教えが頭を過ぎる。
「……いいぜ。のってやるよ」
「さっすが。話が分かりますね。うまくやっていけそうですよー。じゃあ簡単に試合の流れを決めて――」
これもその一環、という事にするのもありか。
仮に後で騙まし討ちを企てての持ちかけ話だったとしても、表向きは能天気に乗ったふりをしておいて裏の裏まで備えておけばいい。
悪らしく、狡猾、慎重に。
いつもより少し膨らんで重い翼の具合をそれとなく確かめながら、心の中でほくそ笑んだ。


「お前達」
密談を交わすあっしらの背に不意に隊長の声が掛かる。
あっしと新米は同時にびくりと肩を揺らし、「はい」と振り向いた。
「何をもたもたとしている」
「ああ、いやー、ちょっと互いに正々堂々の戦いを誓い合った所でして」
「ほう?殊勝な事だ。済んだのならば急げ」
あっしと新米は言われるままそそくさと逃げるように配置に向かう。
「待て」再び、出し抜けに隊長が呼び止める。
急げと言ったり止めてみたり、何なんだ。焦りと共に少し苛立ちを覚えながら、新米と共にあっしは振り返る。
「ヤミカラス殿はそのまま配置へ。新米、お前には少し話がある」
「は、はあ……」
やっぱりばれていたか?それとも最初から何か共謀が……?
耳を欹てながらあっしは気付かれない程度に歩を緩める。
微かに聞き取れたのは少しの単語、”昇給”、”審査”……?
八百長の相談がばれた様子では無さそうだが、何故今そんな話を?何だか嫌な気配がする。
話を終えて、数メートル離れた向かい側の配置に付いた新米の目付き。
気だるげだった先程とは打って変わり、やけにやる気に満ち溢れギラギラとしていた。


審判である隊長の右手がすっと上がる。
あの手が振り下ろされ、銅鑼が鳴らされた瞬間、試合開始だ。
新米と話した手筈では、試合開始直後に新米が氷の礫をわざと外すように投げ放ち、あっしはそれをぎりぎりで避けるふりをしながら詰め寄る――となってはいるが……。
じっと新米のツラを見てみれば、相変わらず美味しそうな獲物を狙うような目でこちらを見ている。
こりゃあ――
隊長の手が振り下ろされ、銅鑼の音が空気を震わせる。
交渉は決裂だ!
地を蹴り一瞬で間合いを詰めてきた新米の右爪の鋭い一撃を紙一重で体をそらしてかわし、続く左爪の追い打ちは翼を思い切り羽ばたかせた風圧で怯ませて防ぎ、その勢いのままあっしは宙へと逃れて一旦距離を取った。
チッ、と新米が舌打ちする。
「まさかかわされるなんて。意外とすばしっこいですねェー……」
「テメェー、随分筋書きと違うじゃあねえか」
観衆達の声に紛れさせながらあっしは言う。
「筋書きってなんですかね?試験を兼ねた大事な試合なんですから八百長なんてダメですよ」
両手に取り出した鋭い氷の礫をくるくると回しながら新米はすっとぼける。
「ぬけぬけとまあ……。夕飯の分け前はもういらねえってのかい?」
「どうせ選ぶなら一回で終わっちゃう得より、その後もずっと続く得です、やっぱり。私の明るい未来とお腹一杯豪華なご飯のため――近衛隊入りなんてすっぱりきっぱり諦めて、大人しく負けちゃってください!」
――”昇給”、”審査”そういうことか。飛んでくる礫をかわしながらあっしは閃く。
隊長の野郎、あっしらの企みにやっぱり気付いていて買収を買収で返して来やがった。


こちとら最初からねじくれ邪道に戦う準備は入念にしてあるんだ。
やる気を余分に注入されちまったのはちと厄介だが……
それも空回りさせてやりゃ足を掬う取っ掛かりに出来るかもしれねえ。
七、八、九、十、ワンテンポ遅れて十一本目。
礫を冷静に見切り、無駄に消耗しねえよう最小限の動きを心掛け空中で避け続ける。
選りすぐりを自負するだけあって確かに鋭く速い。
だが、頭領のあの嵐みてえな怒涛の連投に比べりゃてんで大したこたあねえ。
「臆病なカラスさん、ちょこまか逃げてばっかりでどうしました?そんなに怖いのなら、じっとしてれば痛くないようにすぐ終わらせてあげますよ」
下から新米が罵る。口調と息遣いに微かな苛立ちと疲労が感じ取れた。
「へい、そっちこそどうした自称選りすぐり。こちとら随分手加減して飛んでやってるっていうのに、一向に当てられる気配がねえぞ。投擲の訓練サボってんじゃあねえのか。未来の後輩達の前でとんだ大恥だな」
十四、五本目をひょいと首をそらしてかわし、余裕綽々な態度で空から見下しながらあっしは言ってやる。
新米の眉間がぴくりと揺れた。


先程より数と勢いを増し飛んでくる礫。数は増えたが投げ方が幾らか雑になり、かえって避けやすい。避けるついでに身振り手振りで馬鹿にしてやれば、尚更ムキになって狙いが乱れる。
「いい加減に、降りて、仕掛けて来たらどうですかッ!」
新米が叫ぶ。ぜえぜえと息は目に見えて荒い。
「へへん、やーだよ。くやしかったらそっちから来いよ、来れるもんならなぁ」
べえ、とあっしはガキみてえに舌を出す。
臆病者!下手糞!次々飛び交う礫と罵詈雑言。
見るに耐えないであろうあっしらのやり取りに観衆達は唖然とし、頭領は扇子を広げくつくつと笑う。
マフラー野郎は苦笑を浮かべ、隊長も頭巾で表情はわからねえが片手で頭を抱えていた。
どんなに無様を演じて笑われようがいい。最後には勝ちゃあいいんだ、勝ちゃあ。
あっしの度重なる挑発と、観衆達の目に耐えかねた様子で新米はわなわなと体を震わせる。
「なるべく大怪我はさせないようにと思っていたけど――やめました!」
どすん、と新米は冷気を纏った拳で地面を叩き付ける。
地面から氷の柱が勢いよく迫り出し、新米は瞬時にそれに飛び移って勢いを付けて宙へ、あっしの方目掛けて爪を構え飛び上がってくる。


骨にまで食い込んで切り裂いてしまいそうな凶暴な鋭さの鉤爪。
それに更に迫り出す柱と奴自身の跳躍の勢いを乗せた一撃。
翼で防いだってまともに受けりゃあ大怪我どころか翼ごと持っていかれかねねえ。
ただの翼でまともに直で受ければ、だ。
迫る鉤爪。あっしは逃げもせずに翼を交差させて受ける。
瞬間、固い物同士がぶつかり合う無機質な音。衝撃で翼にびりびりと痺れが走る。
ぎょっとした顔をする新米。たかだかチンケなカラスの翼なんて、爪の一振りで容易く叩き斬れると思っていやがったろう。
重力に負け落下を始める新米の体を蹴り付け、あっしは飛び上がる。
奴にこれからできるのは落ちていくだけ。その間はほぼ無防備のはず。
あっしは新米の頭上を取り、狙いを定めて翼を振るった。
黒い羽が数本あっしの翼から飛び出て、ただの羽じゃあねえ鋭さで空気を裂きながら、こちらを見上げ地面に背を向けながら落ちる新米を追う。
新米は表情を険しく歪め、羽を爪で切り弾いた。とほぼ同時、牽制か氷の礫が一つ放たれ、あっしは追撃をやむなく中断しそれを紙一重かわす。
さすがの身のこなし、この程度じゃあまだ終わらせちゃくれねえか。
その間に新米はくるりと地面に着地し、試合は仕切りなおし――と思いきや、新米は不意に手を上げ「ちょっと待った!」と声を張り上げる。
一体どうしたのかと群集がざわめく中、新米は地面に付き立っている黒羽をひょいと爪先で抜いて摘み上げる。


訝しげな顔で爪で羽にしちゃあ妙に尖ったそれをゴシゴシと引っ掻くと、黒い塗装が削がれて金属質な銀色の光沢が露になった。
「おかしいと思った……!ただの羽じゃあない。隠し持ってた凶器だ!隊長、いえ、審判!これ、ありなんですか?」
新米はビシリと隊長に羽を見せ付け、あっしは素知らぬ風に顔を背けた。
その通り、あれはあっしが予め仕込んでおいた凶器の一つ。
鋼の体を持つ怪鳥エアームドの刀のように鋭い羽を短く加工したものを、光沢で隠し持ってるのがバレねえようあっしの手で黒塗りしておいた代物だ。
――硬く鋭くそれでいて軽いエアームドの羽は非常に貴重なものらしいが、全てはこの日の為に道具屋の店主に頭を下げ、出世払いで譲ってもらったのさ。
隊長は手渡された刃を頭巾の黒幕越しにまじまじと見つめた。
それからスゥと息を吸い込み何かを言いかけようとしたところで、「おい」と今度は頭領の物言いが入る。
「これは見事な”はがねのつばさ”じゃあねえか、カラ公よ。凶器なんかじゃあねえ、れっきとした鳥ポケモンの技だ。そうだよなあ?」
扇子で口元を隠しながら頭領はわざとらしくたずねる。
「お褒めに与り恐悦至極。ええ、ええ、全くもってその通り。手前自慢の”はがねのつばさ”でごぜえやす」
あっしはにやり笑い返してそう言った。
「た、隊長ぉ、いいんですかぁ?」
縋るように言う新米。隊長は深々と溜息をつく。
「…………問題ない。試合続行だ」


クッと新米は唇を噛み締め、あっしを睨み付けながら再び体制を整えた。
「……そういう事なら、ちゃっちゃとカタを付けさせて貰います!」
一歩踏み込みながら、新米はシャッシャッと爪を擦り合せるように大きく腕を動かした。
その動きが徐々に早まり、爪がきらりと光った瞬間、突如切っ先が襲い掛かってくる。
咄嗟に頭を下げてかわすが、ザシュッと頭羽根のてっぺんが削がれ、辺りに黒い羽毛が散る。
「クアアーッ!何しやがる!」
自慢の頭の形を崩され、あっしが思わず怒鳴ると、新米は悪びれずに鼻で笑う。
「ふふんっ、決まってるじゃないですか!要は、何も隠せないようにぜーんぶ毟り取りゃいいんです!」
「趣味悪ぃぞテメー!野郎のヌードなんか誰が喜ぶってん――」
そう言い掛けた時、訓練生の一団からキャーッ!と黄色い歓声が上がり、ヒューヒュー口笛が鳴る。
そうだった。
頭領とマフラー野郎を除きゃ、観客は全てメスだったっけ……
だがそれも、隊長がジロリと一睨みすると、途端に水を打ったように静まり返る。
「皆の期待に応えて、素っ裸の赤っ恥かかせてやりますから!」
勢いを付けて矢継ぎ早にズバズバと切り込み、その度に細けえ羽毛が宙に舞う。
まあ、それでもまだ想定の範囲だ。よく目を凝らしていりゃ、全て避け切るのも可能だろう。
だが、あっし自身は打たれ強え方じゃねえ。このまま長引いて体力が落ちりゃ、ちとヤバい事になる。
油断して一撃でも食らう前に、あっしはとっておきの『隠し玉』を出す事にした。
「クハハハハッ!テメーこそ、好いた男の前で醜態晒さねえよう気ぃ付けるこったな!」
すれ違いざま、あっしは不敵に笑いながら新米に言い放った。

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