第45章 - 17

爺さんは巻物を両手でぴんと張って、あっしの眼前にずいと突きつけた。
「しかと刮目せよ」
「へ、へい……」
わけもわからず言われるままあっしは巻物に注目する。
そこに描かれていたのは今にも生きて動き出しそうな躍動感溢れるオニドリル達だ。
いや、よく見りゃ正確には”達”じゃあねえ。
複数描かれたオニドリルは流れるような一連の動作を描き表しているようだ。
宙で体と翼を横に少し捻って勢いをつけ、嘴を中心に体を回転させながら獲物に急降下――
眺めているだけで頭ん中でオニドリルの動きがまるで目の前で見てるみてえに再現される。
これなら何だか、あっしにも出来そうな気がする――!
脳内に閃きが走った。胸に奇妙な自信が沸々と沸いてくる。
「授けた技、早速試してみい」
びしと爺さんは柱の一つを尾で示す。
「おう!」
威勢よく応じ、あっしは宙へと羽ばたいて舞い上がった。
柱にじっと狙いを定め、脳裏にオニドリルの体捌きを思い起こす。


体と翼を横に捩り、首から背筋を狙いに向けてぴんと真っ直ぐにして、嘴を軸に勢いよく回転して突っ込む――!
視界が大地が世界が物凄い勢いでぐるんぐるん回る。
耳一杯に響くまるでドリルみてえに高く鋭い風を切る音。
視界は乱れに乱れ、耳も聞かず、自分でも己が周りがどうなってるのかわからねえ程だ。
だが、急降下する前に定めた狙いを信じて恐れずがむしゃらに回転し続けた。
嘴が何かにぶつかり、それを抉り砕く感触。誰かがヒューと歓声を上げる。
あっしは咄嗟に回転を止め、ブレーキをかけるように翼を扇いだ。
それでもなお勢いは殺しきれず、あっしは足で砂埃を上げながら滑るように地面に着地する。
で、出来た、決まった……!
ぱちぱちと拍手を受けて振り返ると、頭領は満足げに笑いながら粉々に砕けた柱の破片を摘まんでぷらぷらとあっしに見せた。
何だかホッとしたような、成し遂げたような気持ちになって目が回るのも相まってあっしはその場に仰向けにひっくり返った。
まさかあっしにこんなことが出来るなんて。自分でも驚くばかりだった。
いや、何よりすげえのは紙切れ一つに絵を描いただけであっしにここまでやらせたあの爺さんだ。


「爺さん、いや、ドーブルさん!」
最初に見たときはまるで耄碌爺にしか見えなかったなんて、あっしの目はなんて濁っちまってたんだろう。
己を省みながらあっしは起き上がって爺さんの方へと向き直る。
「おみそれしやした。ぜひ、ぜひともこの調子であっしにどんどん新しい技を――」
しかし、逸るあっしの視線の先にあったのは、いつの間にか用意された茶を腑抜けた面で啜る爺の姿だった。
さっきまでの覇気なんて影も形もねえ。思わずあっしはつんのめる。
「ほっほ、ワシも既に老いた身、申し訳ないが教えるのは一日一回までと決めておる。欲を張らず授けた技をしっかりと己のものにできるよう精進なされ。それに頭領様にお渡しする品の続きも描かにゃなりませんからの」
湯飲みを盆に置いて、よっこらしょと爺さんは立ち上がった。
「あんまり無理してくれなくてもいいんだぜ。俺ァ以前に描いてもらった先代の肖像で十分すぎるほど満足してんだから」
頭領はぽりぽりと頬をかく。
「いやいや、まだまだ受けた恩に対して返したりませぬ。それにあれの完成はワシの長年の夢でもありますからのお」
「そっか……。まああんまり無理しねえようにな。一旦取り掛かりだすと寝食も忘れちまうって聞いたからよ」
「お心遣い感謝いたしますじゃ。またご用があればいつでもお呼び下され」
荷物を包みなおして抱えるとぺこりと会釈をし、爺さんは少しばかり頼りない足取りで戻っていった。


「さあて――」
仕切りなおすようにポンと頭領は手を合わせる。
「いやはや、すげえ技覚えさせてもらってありがとうごぜえやす。これだけのことが出来るようになったんだ、隊長の鼻も明かせるんじゃねえですかい?」
自信満々、調子付いてあっしは言う。
頭領はハァ、と溜息をつき
「あいでッ!」
あっしの額にデコピンを強かに一発。
「調子に乗んな、たわけ。確かにでけえ一発は得た。だからってそれだけで勝てるほど甘かねえ。何せ相手はオメーが得意げに砕いて見せた棒切れと違って、ただじっと突っ立ってちゃくれねえんだ」
「う、つつ……んじゃあ、次はどうすりゃあ?」
額をさすりながらあっしは尋ねる。
「そうだな。次ぎぁいよいよ戦い方を仕込んでやるとするか。骨の髄まで叩き込んでやる。悪タイプらしさって奴をよぉ」
クックック、頭領はいつにも増して意地悪く邪に笑った。


――「おらおら、どうした。さっさと仕掛けて来な。日が暮れちまうぞ」
下から頭領が怒鳴り、煽る。
あっしは空からその姿を見下ろしながらどうしていいものか少し戸惑っていた。
「ほれほれ、この通り俺は手と自慢の爪は使えねえんだぜ? なーにビビってんだ?」
体の前でがっちりと縛られた両腕を頭領は胸を張って見せつける。
ハンデだと言う名目で、手合わせが始まる前にニューラにより縛られた頭領のその両腕。
余程縛る手際が悪かったのか、過剰なまでに包帯が巻きつけられて妙に膨らんでいた。
確かにあの状態じゃあ爪を使えないだろうし、得意の礫の投擲をすることも、こっちの攻撃をろくに防ぐ事もできねえはずだ。
「こんなひでえ骨折でもしたみてーなアワレな状態の俺に、一発でも攻撃を当てることが出来りゃオメーの勝ち。簡単だろーがよ、腰抜け野郎」
けらけらと余裕綽々な態度で頭領は挑発を続ける。
「ビードルの糞並にチンケな肝のテメーじゃ、近衛隊に認められるなんざ無理だな!里のガキ共にさえ後ろ指差されて笑われらァ!」
いい加減カチンと来て、あっしは嘴を噛み締める。
「……焚き付けたのは頭領様、アンタだ。少しくれえ怪我しても許してくだせえよ」
ぐっと頭領を睨め付け、あっしは狙いを定める。
爺さんに技を教えて貰ってから、この手合わせが準備されるまでの期間、約一日半。
あっしは寝食の間すら惜しんで授かった技、ドリルくちばしを磨くことに励んだ。
万全の状態ならともかく、あんな風に腕を縛られてちゃいくら頭領が戦い慣れしてようと、一発ぐれえ当てられるはずだ。


あっしは怒りに任せて気を奮い立たせ、ドリルくちばしを構える。
体と翼を捻って勢いをつけ、嘴を中心に回転――!
練習の甲斐あって、初めて使ったときみてえに技の威力に振り回されはしねえ。
回る視界の中でも頭領の位置、姿を冷静に捉え、一気に急降下した。
一直線に向かって行くあっしを見上げる頭領。
どう避けようとする。避けようとした方向を追って微調整できるようしっかり見張る。
だが、頭領は避ける素振りすら見せずに、
「ムキになっちゃって。ちょろいちょろい」ニヤリ笑う。
ぞく、と嫌な予感がした――時には遅かった。
頭領の両腕を縛る包帯の中から何か丸い物がポロと零れる。
即座に頭領はそれを足の甲で受け止め、あっしの方へぽいと蹴って寄越した。
一体何か確認する暇もなく、避ける事も敵わず、眼前で球体は炎を吹き出して弾けた。
「――! あぢぃッ!」
堪らずあっしは回転を解いて、雪の上に転げる。
「あったけぇだろー、火炎玉はよ。懐炉にして持つにゃちと熱すぎるけどな、ククク」
悪ガキみてえに笑う頭領を、あっしは雪にまみれながら睨む。
「ちょ、攻撃しねえってさっきは言って……!」
非難するあっしを頭領は鼻で笑った。
「手と自慢の爪”は”使わないとは言ったが何も攻撃しねえなんざ一言も言ってねえぞぉ。木偶の坊じゃあるめーし、頭に血ィ上らせて真っ直ぐ素直に向かってくる相手に何もしねえ奴が居るかってえの」
「んな……! ひ、卑怯じゃねえですか!」
「分かってねえなー……。おら、もう降参か。文句があるならどんどんかかってこいよ」


ちょいちょい、と頭領は器用に指を動かして手招きならぬ”足”招きする。
「……ぐぬぬっ、この!」
再び乗せられるがままあっしは向かっていく。
どうせあの包帯の中にゃ何か仕込めて一つ。もう何も狡い飛び道具はねえ!
飛び掛るあっしを頭領は上体を軽く反らしてひょいとかわした。
そこにすかさず追撃をかけようとあっしは身を翻す。
その時、頭領の鬣の裏辺りから、またしても何かが転がり落ちるのが見えた。
「ま、また、まだ……」
隠し持ってやがった――!
頭領は転がり出た赤い木の実を素早く踵で蹴り上げ、打ち上がった木の実は狼狽し開いたあっしの嘴の中にすぽんと飛び込んだ。
舌から喉、頭の天辺にまで突き抜けるような、焼け付く”辛味”。
「うめえだろー。生のフィラの実は。舌が当分辛味で痺れるぜ」
あっしは我慢できずに地面に降り、少しでも辛味を飛ばそうと無我夢中で口に雪をかき込んだ。
「少しは頭と舌を冷やせたか?」
頭領は悶えるあっしのツラを覗き込んで言う。
口に含んだ雪のせいで喋れねえ代わりに、あっしは抗議の視線を送った。
「そう怒るな。……卑怯。さっきオメーは言ったけどよ。忘れちゃいねーか。
自分と俺のタイプって奴を。俺達ぁ泣く子も黙る悪タイプ。嘲り、欺き、翻弄して、相手を自分のペースに引っ張り込んで叩きのめすが本分だろうが。卑怯? んなもん褒め言葉だ。
どんな手を使おうが、泥を啜ろうが、勝って最後まで生き残った奴が官軍よォ」
 釈然としない面でいるあっしに、頭領は指を突きつける。
「しばらく時間をやる。俺みてえに体のどこかに道具を仕込んだっていいし、罠を張ったっていい。
空っぽ頭をうんと絞って出し抜く手段をよおく考えときな」


そう言うと頭領はその場に座り込み、高く築いた雪壁に凭れ掛かった。
「それまで俺ぁ、ここで一休みさせてもらう。何なら、この隙に襲ったっていーんだぜ」
――んな事つっても……いってえどうすりゃいいんだ……
体の芯まで染み込むような雪の冷たさに、あっしは少しばかり冷静さを取り戻した。
悠々と休んでるように見えて、その実全く隙を見せねえ。雪壁のせいで、背後を突く事もままならねえ。
あっしがどんなに頭を捻ったとこで、相手は海千山千の強者だ。付け焼刃のシロウト考えなんざ、すぐに看破されちまう。
大体、あっしにゃ罠を張るような知恵も、道具を整えるようなアテもねえ。
……いっそ、集落まで一っ跳びして、誰かに協力を仰ぐか?
道具屋の店主に事情を話せば、何かしら使えそうな道具を分けてくれるかもしれねえ。
警戒の厳しくない今時分、恐らく畑にいるであろうマフラー野郎に尋ねりゃ、何かいい手段を教えてくれるかもしれねえ。
だが、それは絶対にしたくなかった。
あの時――せんせと約束して以来、あっしは集落にゃ一切近寄らなかったし、マフラー野郎達とも会うのを避けていた。
特訓に追われ、そんな暇すらなかったせいもあるが……何よりも、不甲斐ねえ今の自分を見せたくなかった。
こんなとこで躓いて、他人に甘えちまったら全てが台無しだ。
下らねえプライドだ、痩せ我慢だ、と言われようが、てめえの力だけで切り抜けなきゃ意味がねえ。
そうでなきゃ、あっしを信じて待っているせんせ達に合わす顔がねえ……
思わず溜息を吐くと、まだ腫れた舌がヒリヒリと痺れ、まるで火でも吹いたように感じられた。
いや、本当に火とか吐けりゃいいんだがな。けど、あっしにできるのは精々――


――そうだ……アレが使えるんじゃねえか……!?
その時、暗闇にポッと灯が点ったように、あっしの脳裏にある考えが浮かび上がった。
今まですっかり忘れていたが……上手く決まりゃ不意を突けるかもしれねえ。
しかし同時に、果たして頭領にも通用するんだろうか、という疑問も過る。
だが、どっちみち、真っ向からの正攻法じゃ勝負にもなりゃしねえ。一か八かに賭けてみるしかねえ……
あっしは覚悟を決め、くるりと頭領に背を向けて歩み出した。
「おい、どこ行くんだよ? 何かいい手でも見付けたか?」
途端に頭領は片目を開け、ちらりとこちらを窺う。
「へえ……いや、そうじゃねえんで……あの、ちょっと……」
あっしは気取られねえよう、もじもじと翼を擦り合わせ、大仰に体を揺すって見せる。
「んだよ、ちと冷やし過ぎじゃねーか? いーからさっさとそこらの陰で済ましてきな」
その様子に、頭領は思わず苦笑を漏らし、シッシッと追い払うように足先を振る。
あっしは頭を下げ、そそくさと大きな庭石の裏に回った。
無論、あっしの目的は小用なんかじゃねえ。だが、これでいい。そう思わせなきゃいけねえ。
――相手を欺くのが悪の本分てえのなら、その通りにやってやろうじゃねえか。
そう、あっしが『弱っちくて情けねえ、卑屈なカラス』だってのを利用してでもよ……
あっしは憤りを抑えるようにじっと息を潜め、そのまま時が過ぎるのを待った。


「おいカラ公、どんだけ掛かってんだよ。まさか野グソでも垂れてんじゃねーだろーな?」
やがて、痺れを切らしたように頭領が声を掛けてくる。
「……ははーん、そーゆー事か」
しかし、あっしが何も答えずに黙ったままでいると、それを合点したかのように頭領が動き出す気配がした。
庭石の向こう側から、こちらへ近づいてくる微かな足音が聞こえる。
不意に足音が止まり、空を切るような音と共に、黒い影が飛び出してくる。そして、
「……何やってんだテメー……?」
頭領は、思わず気の抜けたような声で呻いた。
恐らく頭領は、あっしがどっかに隠れてるか、急に不意打ちを食らわせるかと踏んでたに違えねえ。
だが、あっしが逃げもせずにじっと蹲ってるのを見て、肩透かしを食ったように眉を顰める。
「おいおい、テメーが休んでる暇はねーだろ。まさか、もう諦めたとか抜かすんじゃねーだろーな?」
半ば呆れたような顔をしながら、頭領は大した警戒も見せず、そのままあっしに近付いてきた。
だが、次第に辺りに漂う『異変』に気付いたのか、途中でふと足を止める。
「ん? 何か薄暗えな。まだ日暮れにゃ間があるハズだが……曇ってきたか?」
首を傾げながら、頭領は怪訝そうに空を見上げた。
――今だ!
あっしは顔を上げて目一杯息を吸い込み、頭領目掛けて勢いよく黒煙を吐き出した。

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