第45章 - 16

――「んじゃ、目え逸らさずによぉく見とけよー」
数メートル先から頭領は片手を振り上げてにこやかにあっしに声をかける。
掲げられた手には刃物の如く鋭い氷の礫。もう片方の手にも既に何本も同じ物が用意してある。
「……んー……んんんー!」
勘弁してくれ!そう叫びたいが嘴に布を巻かれて唸り声にしかならない。
嘴だけじゃあないあっしは体を縄でぐるぐる巻きにされた上、地面に突き立っている丸太の先に打ち付けられた板切れの中心に縛り付けられていた。
まるでダーツのマトみてえにだ。
「テメーは肝が小さすぎんだよ、カラ公」
掲げた手を頭領は素早く振り下ろす。
それに思わず反応してびくりとあっしが目を閉じた瞬間、顔のすぐ横で”カツン”と木の板を穿つ乾いた音が響いた。
「目え閉じんな、しっかり飛んでくるのを見てろって言っただろうが。
いいか。多少の臆病さは生き残んのに大切だ。
だが、敵前で今みてえにビビッて目え閉じちまったり、腰が抜けて動けなくなっちまったらそのまま無様に死ぬだけさ。
まずはテメーのビビリ根性、徹底的に叩き直す。何が何でもな、ヒャハハ!」
二本、三本、四本……頭領が投げ放つ氷の礫はあっしの体の周りすれすれを縫うように精確に次々突き立っていった。


何でこんな事になっちまったのか――頭が少しばかり前のことを走馬灯のように思い出す。
頭領の強引な決定を隊長は渋々ながらも了承してくれた。ただし、条件を付きでだ。
頭領様の手ほどきを受けたからといってそのまま近衛隊入りなんて特例は認められない。
入隊の前に正式な試験を受けてもらう。
なあなあで済ませようとしていた頭領を今度は隊長が押し切ってそう告げた。
未熟な腕で再び頭領様の手を煩わせるなど言語道断。
最低限足手まといにならず共に戦うに値する実力があると、この目でしかと見定めるまで入隊は決して許しません。
強い調子であっしに釘を刺し、若君の護衛に戻らさせていただくと言い残して隊長は去った。
再び作戦が開始されるまでの間。猶予はあまり長く残されてはいない。
こりゃあ参ったね。少しばかり、いや、だいぶ荒っぽいのも必要だ。
困ったような仕草と口振りで、だがそれとは裏腹に内心楽しんでいる様子で呟く。
その後、しばらくして特訓を早速始めると頭領に呼び出され、何をするのかもわからないままホイホイと付いて行って、しばらくじっとして目を瞑っていろと言われるがままにしていた結果が――。

今のあっしのこのザマだ。


あっしと板の境を狙い、ぎりぎり当たらねえようにはしてくれているのわかる。
しかし頭で分かってはいても、鋭い氷の刃が目にも止まらぬような速さで自分に向かって飛んでくるのは吐きそうなほどおっかねえ。
だのに目を逸らさず見てろだなんてあのいかれた頭領様はのたまってくれる。
そうしている間にまた一本。もう何本目かもわからない刃が頭上へと突き立つ。
今まで瞬間移動でもしてきたみたいな速度で突き刺さってきていた礫の軌道が、その時ほんの少しだけ見えた気がした。
さしもの頭領も投げ続けて少し疲れが見え始めたんだろうか?
「親父ー、オレもそれやりたーい」
縁側で隊長に寄りかかってくつろぎながら眺めてる子ニューラの奴が呑気にぬかす。
「駄目駄目、今やっと肩が温まってきたところなんだからよ」
すっぱりおねだりを断って、絶好調な様子の頭領の手からすかさずあっしに投げ放たれる礫。
――右。脳裏にそう浮かんだ瞬間。右頬紙一重の位置に礫が突き刺さる。
やっぱりだ。礫が描く煌く道筋が微かに見える。
頭領が疲れてきているんじゃあない。あっしの目が段々と慣れてきているんだ。
次は左。頭領は投げはなった直後に半ば無意識に軌道を目が捉え、瞬間的に頭が突き刺さる大体の予測地点を割り出す。
刃が刺さったのは左頬すれすれ。また当たりだ。
その次は左足元。その次の次は右脇腹。次々と予測は当たる。


「ちったぁ掴めて来たかよ、おい」
礫を休まず放りながら、頭領は笑う。
「俺もオメーも体が石や鉄で出来ているわけじゃあねえ。一発いてえのを貰っちまったら下手すりゃお陀仏だ。だから、目を逸らすな。相手の形、動き、癖をしっかり目に焼き付けろ」
白い冷気が漏れる口元にそっと手をやり礫を補充するとすかさず投げ放って頭領は言う。
「一度も掠りすらさせねえ覚悟で見切れ。死んじまったらおしまいだ。だせえ思いしようがまずぁ無傷で生き残り続けろ。たっぷり経験つんで勘を研ぎすましゃ、どんな野郎が相手でもぱっと見ただけで大体何してきやがるのかわかるようになってくる」
頭領の構えと手の動きからして、狙いは右頭上すれすれと感じて視線をやると同時、どんぴしゃでその位置に礫が突き刺さった。
……あっしとしちゃあ非常に滅茶苦茶で納得がいかねえ方法だが、確かに何となく効果は出ている気がする。
補充分も全て投げ終えたところで、頭領はふうと大きく息をついて額を拭った。
ようやくこの拷問じみた特訓だか、特訓に見せかけた拷問から解放されるんだろうか。
安堵しようとした矢先、頭領は縁側で暇そうにしている子ニューラをちょいちょいと手招きして呼び寄せた。


ぼそぼそと何やら頭領が吹き込むと、子ニューラは目を輝かせてこっちを向く。
……おいおい、まさか。あからさまに嫌な予感がするが、文句を言おうとしても嘴はグルグル巻きに封じられている。
「頭上あたりな。”一応”当てねえように注意するんだぞ?」
「わかってるってー。よーし、見てろよー」
ふんふん、と鼻息を荒くしながら、子ニューラの奴は両手を合わせてフーと息を吹き込み、見るからに硬そうな拳大のごつごつした礫を作り出した。
「ビビルなよ、クソカラスー。オレだって、とーてきは得意だもんねー」
言って、子ニューラは礫を両手に抱えたまま片足を振り上げ、随分と気合の入った投球フォームを取る。
おい、馬鹿やめろ。むー、むー、と塞がれた嘴が虚しく鳴る頭領なら何歩か譲ってともかく、コイツのしでかす事は一切合財まるで信用ならねえ。
お構い無しと言った様子で礫を握った片手を大きく振りかぶり、投げ放たれる一投。
「あり?」
大きく作りすぎたのかものの見事に礫は子ニューラの手からつるりと少しずれ、それでも尚こっちに飛んでこようとする礫の弾道は――こりゃ顔のど真ん中、直撃だ!


すぐさま察知して、頭を必死に逸らす。
刹那、板が大きな音を立ててひび割れ、少しひしゃげた。
頭を逸らした拍子に嘴に巻かれた布が突き刺さっていた礫に擦れて切れ、自由になる。
「殺す気か馬鹿野郎ォ!」
その瞬間、溜まっていた鬱憤が噴火するように飛び出した。
「ありゃりゃ。わりー、わりー。ちょっと失敗しちゃった」
大して悪びれてない様子で子ニューラはぺこりと謝る。
「クク、フフ……どうだ、しっかり目を逸らさねえ大切さ、これで身に染みてわかったろ?とりあえず一段階目はこれで合格としようか」
笑いを堪えきれない様子で拍手しながら、頭領はそう告げた。
「そいつぁ、ありがてぇこって……」
縄を解いて貰いながら今度こそ終わりかと安堵の息を吐こうとした矢先。
「次はどうしようかなー……楽しみ楽しみ、クク」
嬉しげな呟きが背後から聞こえて、苦い感覚と共に息を呑み戻した。

その後やらされた事も、無茶苦茶な事ばかりだった。
逆さに吊るされたまま飛んでくる物を避けさせられたり、足を縛られたままひとりで坂を滑り下ろされたり、しまいにゃ甘い蜜を全身に塗りたくられてスピアー達の縄張りに放り込まれたり他にも数え切れないほど様々……。
何度も死ぬ思いはしたが、度胸、咄嗟の逃げ足、土壇場で生き残る術は嫌でも身に付いた。

――それらをようやく乗り越え、いよいよ避けて逃げるだけじゃなく立ち向かう術を、戦う技術をあっしは学ぶ事となった。


――「まずはテメーの強さを見とかねーとな。具体的な指導はそれからだ」
頭領はテストと称し、何本かの柱をおっ立てた庭先にあっしを先導した。
丸太や藁束、土塊や岩、金物、氷……その種類は様々だ。
「手段は何でも構わねえ、試しにこいつらをへし折ってみろ。反撃はしてこねえから、思い切ってぶつかって行け」
「へ、へい!」
あっしは意気込みながら飛び上がり、勢いをつけて柱に立ち向かい、嘴で突いたり翼で叩いたりし始めた。
藁束は一打ちでなぎ倒れ、太え丸太の柱なんかも意外と簡単にポキリと折れる。
土の柱は何度か羽ばたくと崩れ落ち、氷の柱も手こずったが何とか叩き割る事が出来た。
だが、岩や金属なんかにゃまるで歯が立たず、何度足掻いてもびくともしねえ。
どうにか掠り傷を付けるのがやっとの事で、攻撃してるあっしの方が擦り傷だらけになった。
「よーし、そこまでだ」
縁側で腕組みしながら眺めていた頭領が立ち上がり、倒れた柱や傷の様子を確かめる。
「ふーん、見掛けに寄らず、意外と力はありそうじゃねーか。だが、戦いってのは腕っぷしだけじゃねえからな。
ただ力押ししてるだけじゃ、いずれ頭打ちになっちまう。ちったぁココも使わねーとよ」
頭領はちょいちょい、と自分の頭を指差す。
「モノにゃ相性ってモンがある。無論、ポケモンにも相性がある。それを見極めて攻撃を繰り出さなきゃ、勝てる勝負も勝てねえし、不利な条件に見えても一発逆転できる事もある。その為にゃ、持ち技は多けりゃ多い程いい。だが、テメーはどーも、いい年こいてロクな技ぁ覚えちゃいねえみてーだな」
あっしは手前の努力不足や不真面目さを見透かされたようで、内心ギクリと冷や汗をかく。
「まーその鳥頭じゃ仕方もねえが。決め技をモノにするにゃ実戦で覚えんのが一番なんだが、今はそこまでの余裕はねえ。
それに、種族によって使える技ぁ違うし、俺が教えられるモンもあるが、それにだって限りがあるしな。
特に、空飛んでるよーな奴の技なんざ、俺にゃどーする事もできねーしよ」


「ええ!?そ、そんな……だったら、どうすりゃいいんですかい?」
思わず動揺するあっしに、頭領はニカッと笑い掛ける。
「心配すんな、その為に、ちゃーんと特別講師を呼んである。おい、連れてきな」
頭領が指を鳴らすとスッと部下のニューラが現れ、裏庭へ続く木戸を開けた。
その後ろから、丸い帽子のようなもんを被った、白い犬みてえなポケモンがのそり、と入ってきた。
「おう、じーさん。大分元気そうじゃねーか」
「はい、それもこれも、全て頭領様のおかげですじゃ」
その年老いた犬ポケモンは抱えていた布包みを脇に置き、頭領に深々と頭を下げた。
「このじーさんはな、若え頃から世界中を巡り歩いてきたっつー旅の絵描きだ。病気で行き倒れてるとこを俺達が見付けてよ、今はこの里で療養がてら働いて貰ってるって訳だ。ま、俺と似たよーな境遇だな」
「この屋敷の離れにてお世話になっております、ドーブルと申す者ですじゃ。以後、お見知り置き下され」
「へ、へえ、ども……」
挨拶を交わしながら、あっしは釈然としねえ思いで、そのドーブルと名乗る老ポケモンをつくづくと眺めた。
――こいつが講師……?
どこか間の抜けた面構えに、だらしなくダラリと垂れた舌。締りのねえ胴体から伸びた、不釣り合いに細い手足。
いやに太く長え尻尾の先は筆のような房になり、まだ乾き切らねえ絵の具がこびり付いていた。
どう見ても頼りになりそうにゃ思えねえ、全く風采の上がらねえしょぼくれた爺さんだ。
第一、今回の事とこの絵描きと、一体何の関係があるってんだ?
「仕事中に邪魔して悪ぃが、話は部下が伝えた通りだ。どーだ、何とかなりそうか?」
だが、あっしの懸念を余所に、頭領は爺さんに首尾を尋ねる。
「ふむ、この御仁ですか。成程、なるほど……」
今度は爺さんの方が一頻りあっしを見回し、ひとりごちながら頷いていた。


「……――見えたッ!」
突如、爺さんは電流でも走ったように体を身震いさせ、半分寝ぼけたような目をカッと見開いた。
「な、何だ……?」
爺さんのいきなりの豹変にあっしはたじろいで少し後ずさる。
締まりの無かった顔つきは一変して眉間には深々とした皺が刻まれ目付きも射抜くような鋭い物へと変わり、しょぼくれたボロ雑巾みてえだった尻尾の先からは活火山の如くだくだくと虹色の体液が染み出している。
「おー、来た来た」
困惑するあっしをよそに頭領は爺さんの状態を把握している様子で言った。
あっしの様子なんてお構い無しに爺さんは脇に置いた布包みを逸る手つきで開け、包まれていた巻物の一本を手に取って勢いよく地面に広げる。
それから体液の滴る己の尻尾をむんずと掴み、敷かれた白紙の巻物を獲物でも狙うように見据えた。
真剣での斬り合いでも始まる前のような緊張の糸をぴんと張り詰めた一拍の間の後、
「ちえりゃああああああー――――ッ!」
豪快な奇声と共に爺さんは尻尾を巻物に叩き付けた。
尾を掴む手はまるで剣豪のような卓越した腕捌きでびゅっびゅと音を立てて風を切り、筆先が電光石火の速さで色とりどりの軌跡を残して白紙の上を縦横無尽駆け巡る。


「あ、あの、爺さん。こりゃどういう趣向で……?」
気迫と変貌振りに気圧されながらも、恐る恐るあっしは爺さんに声をかけた。
爺さんはぎろりと鋭い眼光をこちらに向け、尾でバチンとあっしの頭をひっ叩く。
「あ痛ッ!ちょ、いきなり何を」
「やかましい!気が散る、黙っておれい!」
あっしを一喝し、再び爺さんは作業へと戻る。
先程までとはまるで別人だ。あっしは縮み上がって口を噤む。
絵の具を頭から滴らせるあっしを見て、頭領は堪えきれない様子でくつくつと笑った。
「へっへ、びびったろ?この爺さん、普段はまるで耄碌爺みてえ――」
そう言い掛けた頭領の顔面で勢いよく飛んできた絵の具の塊が弾ける。
「だぁれが耄碌ジジイだって?若造めが!」
「――……だが、一度筆握ってスイッチが入りゃこの通りよ」
駆けつけたニューラが持ってきた手拭いで頭領は顔を拭いながら、最早慣れきった様子で動じずに言った。
「……それで、これが一体あっしの技とどういう関係が……?」
また爺さんに怒鳴られねえよう声を潜めて頭領に尋ねる。
「まあ黙って見とけって。ぼそぼそ小煩えとまたぶっかけかまされちまうぞ」
鋭い視線を爺さんの方から感じ、あっしはこくこくと頷いて黙って成り行きを見守る事にした。
程なくして――。
「仕上がった――!」
誇らしげに声を上げ、爺さんは巻物を旗の如く高らかに掲げた。

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