第45章 - 14

「ほらほらみんな、そろそろチビ助ちゃんを迎えに行きますよー。あまり頭領様達のお邪魔になっちゃいけないしー」
「はーい」
せんせに言われて、ガキ共は少し名残惜しそうにあっしの周りを離れる。
「それでは頭領様、皆様方、お気をつけてー。お怪我等なさらぬようー」
「がんばってね!」
せんせ達が手を振って見送る。
「おうよ!」
頭領は威勢よく片手を上げて応え、
「ほら、オメーも」
ともう片方の手であっしの翼を掴んで強引に振らせた。
「いいもんだろ。期待を集めるってえのはよ」
せんせ達から遠ざかって、頭領はニッとあっしに笑いかけた。
「はあ、まあ……」
あっしは空返事する。期待を励みに出来るなんてのは、ちゃんとそれに応えられるだけの中身が備わっている時だけだ。
中身のねえ張りぼてじゃあただその重みに潰されるしかねえ。
自分から言い出したわけじゃねえとはいえ、ガキ共に嘘をついたような形になっちまった。
別にあんなガキ共になんて思われようが関係ねえ筈なのに……モヤモヤしたもんが胸に残る。
里の外に通じる真っ暗な道を通りながら、あっしの気分も依然暗中を彷徨う。


――「おいおい、まさかこんなに早く尻尾を出してくれるたあな」
チョウジタウンを望める小高い丘の上で、遠眼鏡を覗きながら頭領はほくそ笑む。
「ネズミの言った通り、すぐにでも見張りに来ておいてよかったって所だな、ほれ」
頭領はあっしを引き寄せ、遠眼鏡を宛がって覗かせる。
「土産屋だ。黄土色した瓦の屋根の家。見てみろ」
言われるがまま土産物屋を探して見てみると、その軒先で店主の婆さんと穏やかじゃあない雰囲気で口論している如何にも怪しげなコートの二人組みの姿があった。
「荒事はしばらくねえだろうとは言っちまったが、俺のガキが贔屓にしてるっていう店が目の前で脅かされてんのを黙って見てんのはやっぱ面白くねえ……なあ?」
誰にでもなく尋ねる様に頭領は言う。
答えを聞くまでも無く次に取る行動は決まっている。そんな雰囲気だ。
ニューラ達もそれを分かっている様子で、爪を研ぎ準備を整えている。
「少しだけ遊んでやろうじゃあねえか」
頭領の口が大きく弧に歪んだ。


「ちょっと待て、待ってくだせえ!それじゃ俺ぁ一体どうしたら……」
戸惑うあっしを頭領は一瞥し、ちょいちょいと爪で招き寄せる。
首を傾げながら誘われるがままあっしは頭領の傍に近寄った。
途端、首根っこをギュッと掴まれ、頭領の脇に抱え上げられる。
あっしの脳裏に嫌な予感が過ぎった。前にもこんなことがあったような……。
頭領が白い冷気が漏れ出す拳を地面に叩き付けると、びきびきと音を立てながら瞬く間に厚い氷の壁が目の前に出来上がった。
頭領は思い切り氷の壁を蹴り付けて根元から折ると、そのままの勢いでつるつると斜面の方へと滑っていく氷をあっしを抱えたまま追いかけていく。
「ニューラ共は町の傍で待機だ!俺とこいつで奴らを誘き寄せる!」
「はっ!」
頭領は駆けながら鉢金付きの頭巾を取り出して被り、斜面を滑り出す氷の板へと飛び乗った。
この強引勝手にあぶねえ事に巻き込んでくるこの感じ――!
「ヒャハハ!行くぜえええ!」
「うああああああああ――……!」
あの野郎に、マフラー野郎にそっくりだ。


氷の板はどんどんと斜面で加速し、目の前には次々と岩や木々が迫る。
それを頭領は巧みな板捌きでかわして滑り降りていった。
あっしはもう悲鳴を上げるような余裕もなく、片腕に抱え込まれて逃げる事も出来ず、嘴を噛み締めて体を強張らせていた。
順調に、このまま何事も無く下まで降りてくれ……あっしの願いも虚しく、前方に避けられようのない障害、崖にも近いような大きな段差が迫っていた。
しかし、頭領は一切速度を緩める様子はなく、迷うことなく崖際にある少し突き出した岩――突き出し方が、スキージャンプのジャンプ台代わりにでも出来そうな丁度いい反り具合だ――の方へと向かっていく。
既にあっしの中ではこれから頭領が何をするつもりなのか大体察しがついていた。
あの野郎に思考が似ているなら、これからやることは一つ。
あっしをわざわざ強引に抱えて連れて来た理由もそれだ。
ジャンプ台に近付き、頭領は脇に抱えていたあっしを頭上に掲げて両足をしっかりと掴む。
ああ……やっぱり――。
反りに合わせて板は大きく宙へ飛び出し、板を蹴って頭領は更に高く跳ぶ。
「っしゃあ!一緒に落ちたくなきゃ必死に羽ばたけ、カラ公!目標、土産屋!」
類は友を呼ぶ、って奴か。


宙に投げ出されたあっしと頭領は、そのまま放物線を描きながら土産屋の方角へ向かって行く。
だがその途中、急に引力に引っ張られるように、あっしの体がガクンと沈んだ。
あっしは懸命に体制を整えようとジタバタしたが、その甲斐もなく、急激に高度は落ちていく。
――このままじゃ墜落しちまう――
「おいコラ!誰が突進しろっつった!氷漬けにすっぞクソッタレ!!」
「ひ――――――――!!」
――んな事になったららタダじゃ済まねえ――!!!
頭領の怒声を受け、あっしは無我夢中で翼をバタつかせ、死に物狂いで落下を食い止めようともがく。
屋根瓦の波が目の前まで迫った時、ようやく風の流れを掴んだあっしは、縋るように翼に力を込めて羽ばたいた。
その瞬間――旋風が巻き起こり、スレスレで激突を避けたあっしらは、跳ね上がるように真っ直ぐ上昇した。
「ひゅー……アブねえアブねえ。おい、随分とスリル満点にしてくれるじゃねーか」
そう皮肉っぽく言いながらも、頭領はまだまだ余裕の表情で周囲を眺める。
「おー、絶景かな絶景かな。空からの眺めってやつぁ堪えられねえな。いくら俺様でも、こればっかりは自力じゃ無理だからよ。よーし、その調子だカラ公、このまま奴らの上を飛び回れ!」
「わ……わっかりやしたあああ!」
あっしは大きく迂回し、土産屋の屋根の上をぐるぐると旋回した。
何度か飛び回るうちにどうにかコツみてえなもんを覚え、飛び方も安定してきたあっしは、ふと下を眺めてみる。
「な……何だありゃ……?」
「ポケモン……だよな?」
いきなり頭上に現れた異様な物体に人間共は口論も忘れ、二人組はおろか婆さんまでが呆気に取られ、口をポカンと開けて上を眺めている。


「よし、俺はちとチョッカイかけてくっから、テメーはこのまま奴らの目を引き付けてろ。俺が合図したら東へ飛んで、そのまま町外れへ向かえ。いいな?」
「へ、へえ、承知しやした」
頭領は屋根の死角に入るとあっしの足を離してパッと飛び降り、素早く土産屋の裏手へと滑り降りた。
あっしは言われた通り、そのまま土産屋の上空を飛び続ける。
「何だ、カラスか?」
「バカ言うな、覆面してるカラスなんて聞いた事ねえぞ」
首を傾げる奴らのアホ面が可笑しくなり、あっしは奴らの頭上ぎりぎりまでヒューンとダイブした。
「うわわっ!」
「ひええええ!」
――何でえ、人間なんて、普段は威張りくさって踏ん反り返ってるクセに、いざとなりゃ大した事ぁねえじゃねえか。
奴らが首を竦めてビビる様に、あっしは腹立たしさと共に、妙な自信を覚え始めた。
気が大きくなったあっしは蹴爪を広げ、カアカア喚きながら逃げ惑う奴らを追い立てた。
「あんれまあ……こりゃどうなっとるのけ……?」
婆さんはひゅーひゅー息を吐きながら、訳も分からずただ成り行きを眺めていた。
その隙に、頭領はそっと二人組の背後に近付き、コートの襟元にストンストンと何かを投げ入れる。
次の瞬間、パパパパパンッ!と激しい音が炸裂し、閃光が奴らの背中で弾けた。
「ひっ……ひぃいいいいいいい!いででででででっ!」
「ぎゃあああああ!なっ……何じゃこりゃああああああ!」
二人は悲鳴を上げながら、まるで陸に上げられたコイキングみてえに無様に跳ね回った。


「ヒャッハッハッ!どーだ、俺様考案『かんしゃくだま』!ザマーみろマヌケ共!」
頭領は腹を抱えて大声で笑いながら、地べたをゴロゴロ転げ回る。
「……んな事までして大丈夫で?」
「なーに、コケオドシ程度のもんだから殺傷力はねえよ。ま、ちっとぐれー痕は残るがな。さ、テメーは先行っていいぜ!」
頭領が手を振り上げたのを潮に、あっしは体を翻して東へと飛んだ。
「ち、畜生!おい、こっちは後回しだ!あいつらを何とかしねえと埒が明かねえ!」
「おう!また来るぜ婆さん。安全な老後を送りたいなら、もっと利口になるんだな!」
茫然と立ち尽くす婆さんを後に、怒りで顔をマグカルゴより真っ赤にした二人組は、笑いながら飛び跳ねる頭領に襲い掛かる。
だが頭領は二人の脇を風のように擦り抜け、あっという間に町外れへ向かって走り去っていく。
「ヒャッハッハッ!来れるもんなら来てみやがれ!アンヨは上手、オツムテンテン、お尻ペンペン!」
途中、クルリと振り向いた頭領は、奴らを小馬鹿にするように自らの尻を叩く。
「ぐぬぬ……!ポケモンの分際で人間様をおちょくりやがって!」
「くっそー!とっ捕まえて痛い目見せてやる!!」
二人組は頭領を追い掛けながら、ボロボロに破けたコートを脱ぎ捨てた。
奴らがその下に着込んでいたのは、大きく「R」の赤文字が描かれた黒のツナギ……!


間違いようがねえ、ロケット団員の証。マフラー野郎の予見していた通りだ。
奴ら、本当に現れやがった。
団員達に追いかけられながら頭領は町外れの茂み近くまで来ると、あっしに向けて『来い』と腕を振るって合図し、茂みの中へと飛び込んだ。
二人組みが追いつく前にとあっしは大急ぎで降下してその後を追う。
『野郎、どこ行きやがった』
『見つけたらただじゃすまさねえぞ』
奴らの怒号を近くに感じながら、あっしは頭領の後ろに付いて草陰の中を息を殺しながらじりじりと這うように進む。
一体、このままどのくらい行けばニューラ達が駆けつけてくれるのだろうか。
奴らがあっしらを追い詰める為にポケモンを解き放つ音が聞こえた。
団員の指示を受け、ポケモン達はがさがさと乱暴に草むらとあっしの心臓を揺さぶりだす。
「――ビビるな、もう少しだ……」
あっしの様子を察したのか頭領が声を潜めて言う。
あと少し、あと少し――あっしは自分に言い聞かせて焦りを抑えながら、慎重に慎重に歩み続けようとした。
その時だ。あっしと頭領のちょうど間を遮るよう、あっしの目の前すれすれにべちょりと音を立てて薄桃色の長い何かが振り下ろされる。


何かを探るように”それ”はうねうねとあっしの目前で蠢いた。
それは何か生き物の大きな”舌”のようだった。
「ッ――!」
あっしは喉から心臓が飛び出そうになるのを嘴を思い切り噛み締めて堪える。
声を上げちゃ駄目だ。この舌の主は適当にあたりをつけて探ってるだけ、あっしらの正確な位置に気付いたわけじゃねえ。
その証拠に舌は諦めたように揺れ動きながら帰っていこうとしている。
このままじっとしていれば居場所を悟られずにすむ。
だが、無常な事にうねる舌の先が偶然、平静を繋ぎ止めるあっしの顔面を“べろり”と舐め上げる。
その感触は嫌に生暖かく、不快に湿っていて、覆面の黒幕越しでもとても生臭かった。
おぞ気が電流のように全身を駆け巡り、
「っひ、うえぇ――!!」
あっしの我慢はとうとう決壊した。
その瞬間、周りで草むらを探る音が一瞬しんと静まり返る。
そして、示し合わせたように一斉に団員とポケモン達はあっしがあげた悲鳴を目印にこちらへと真っ直ぐ向かってくるのが分かった。
しまった――あっしの顔からみるみる血の気が引いていく。


頭領は舌打ち一つして、顔の覆いに手を突っ込んで“ぴゅい”と合図を出す。
「もっと引き付けられりゃ楽に済んだってのに――。作戦変更、一旦集合だ」
あっしに告げると、頭領は追っ手に背を向け素早く駆け出した。
慌ててあっしもその後を追おうとする。が、急に足が縺れたようになって、あっしはその場へとへたり込んでしまう。
起き上がろうとしても体がピリピリと痺れて立ち上がれない。声も上げられねえ。
腰が抜けた?
まさか、マフラー野郎の無茶に散々付き合わされてきて今更こんなところで、ありえねえ。
焦りながら、生臭い唾液が付いて呼吸に邪魔な覆面を引き剥がそうと翼で触れると、翼にピリと軽い痺れが走った。
舌に舐められた時に付いたこの唾液、毒か何かが……。
はたと気づいた時にはもう遅く、すぐ背後でずしんと足音が響く。
恐る恐る這いずって振り返ってみれば、丸々と太ったピンクの巨体。
そいつから伸びる、高く高く振り翳された太く長い舌。
「う……」
悲鳴を上げ終わる間もなく、鈍器の如く重量感ある舌が勢いよく迫る光景を最後に、あっしの意識は暗く遠退いた。

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