第45章 - 13

「皆も知っての通り、こいつは元ロケット団だ。外からじゃ窺い知れねえような情報を持ってるに違えねえ。そいつが、これからの行く末を決める指標になるってこった」
いきなり話題の中心に担ぎ出され、あっしは翼の下に嫌な汗が流れ、無意識に体が震えだす。
皆の期待や不安の入り混じった視線にもう居た堪れなくなり、あっしは思わずその場に平伏した。
「い……いや、無理だ……堪忍してくれ!俺様のチンケな情報じゃ、何の助けにもならねえんだ!」
情けねえ、みっともねえのは分かっちゃいても、皆を納得させるような自信なんざ全くなかった。
あっしの一言が頭領達の命運を決め、ましてや、あのいけ好かねえババア共への沽券に関わるなら尚更だ。
「なーにブルってやがる、カラ公」
だが、頭領は平然とあっしの襟首を掴み、ぐいっと自分の傍らへ引き寄せた。
「心配すんな。そんな大それた事ぁ期待しちゃいねーよ。奴らを攻める糸口さえ見付かりゃそれでいーんだ。てめーはただ、知ってる事を片っ端から並べ立ててくれりゃいい。それが使えるか使えねーかは、この俺様が判断する。ただーし!嘘吐いたら針千本ならぬ、礫千本ノックが待ってるぜ、ヒャッハッハッ!」
「ひいいいいっ……勘弁してくれえ!」
縮み上がるあっしの喉元に、ひやりとした凍気の塊が迫ってくる。
「そこまでだ、スカー。少し脅しが過ぎるぞ。そんな風に絞められちゃ、彼だって話すに話せなくなるだろう」
半ばあっしをからかって面白がってる頭領を、マフラー野郎が押し留める。
へーへー、と手を放す頭領を尻目に、マフラー野郎は溜息をつきながら、真面目な顔であっしに向き直った。
「なあ、ヤミカラス……何でも試してみる前に諦めてしまう、その悪い癖は早く直した方がいいな。君自身が役に立たない、と思っていても、他人に取っては物凄く価値のある事だってあるんだ。それで君をどうこうしようって訳じゃない。思い付いた事を、何でもいいから口に出してみればいいさ」
「ん、んな事っつっても……」
そう言われても、どんなに無え頭を絞ったところで、浮かんでくるのはロクでもねえ思い出ばかりだ。
――淀んだ空気、手持ち共の愚痴、「商品」達の嘆き、並ぶ鉄格子、黒服共の与太話、薄暗えアジト……アジト?…………!


その時、ふと、あっしの脳裏に何やら閃くモンがあった。
「……なあ……本当に、噂でも何でもいいのか……?」
「ああ、構わねえ。言ってみろ」
頭領達に促され、あっしはようやく、恐る恐る話を切り出した。
「……こりゃあ決定したって訳じゃねえし、まだ先の話だろうが……」

それは、ジョウト支部のアジト移転の噂だった。
支部の規模がまだそれ程でもなかった頃は、地の利がいいコガネシティは何かと都合が良かった。
だが、組織が徐々にでかくなって団員が増えるに従い、デパートの間借りだけでは色々と手狭になってきた。
それに今後、活動規模を拡大していくのを考えりゃ、常に人通りの絶えねえこの場所は、余りにも人目に立ち過ぎる。
そんな訳で、どこか目立たねえ場所に、本格的なアジトを建設しようじゃねえか、という話が団員の間に持ち上がっていた。
「ほーお?そいつぁ初耳だ。で、その予定地ってのがどこか分かるか?」
「ああ、中でも有力な候補は二つだ。一つは南のヒワダタウン。もう一つは北、こっからも近え所にあるチョウジタウンだ。だが、チョウジの方でほぼ決まりだろう、てな話だ。そっちを押してんのが、ジョウト出身の幹部共らしいんでな」
「ん?どういう事だ?それと出身地と、何か関係があるのか?」
マフラー野郎は、意味が分からない、と言った様子で怪訝な顔をする。
――ああ、そうか。あっしにとっちゃ当たり前過ぎて気にもしてなかったが、いきなり言われちゃ分からねえかも知れねえ……あっしはそう思い直し、まずは黒服共の事情を説明する。
「オメーはともかく、頭領さんなら聞いた事あるんじゃねえかと思うが……ロケット団の総本部ってのはカントーにある。その他、他の地方や外国にまで活動拠点が幾つかあって、ジョウト支部もその中の一つに過ぎねえ。
その支部にゃ、勿論カントーから派遣されてきた奴もいるが、その土地の人間が団員に加わるケースも結構あるんだ。だが、表向きはどうあれ、環境の違いってやつなのか、その両者の関係は最初っから雲行きの怪しいもんらしかった」
「ふーむ、黒服なんざどれも同じかと思ってたが……で、そんで、どうなったんだ?」
意外にも、頭領達は興味深そうに膝を乗り出してくる。あっしは少々気が楽になり、そのまま話を続ける。


「奴らの仲が決定的に拗れてきたのは、ジョウト出身の幹部が支部長に抜擢されてからだ。
確か、アポロとかいったか――まだほんの若造で、色の生っ白いスカした野郎だったが――その支部長が大々的に人事改正に乗り出して、終いにゃ重要なポストの全てを、ジョウトの出身者だけで固めやがった。
ジョウトの人間ってのは概してプライドが高え上、どっかカントーの奴らを田舎者と見做しているキライがあってな。当然、カントーから来た輩は面白くねえ。何せ奴らにゃ、自分達の方がロケット団の本流だ、ってな自負があるからよ」
「ははあ、そういう事か。それで分かった。このジョウトに於いては、地元出身の奴の方が発言権が強いんだな。それにしても、そんな派閥争いなんてものは、どこの世界にでもあるんだな」
「ああ、そのおかげで、ジョウトもんとカントーもんじゃ、たとえ下っ端同士でも仲が良くねえ。任務以外じゃほとんど口も利かねえし、時にゃお互いを出し抜こうと、足の引っ張り合いまでする始末だ。俺様の元飼い主もカントーから流れてきた奴だったもんで、ジョウト連中の陰口は耳にオクタンができる程聞かされたぜ」
「ヒャハ!そりゃ面白え。そいつぁ随分と付け入る隙がありそうじゃねーか。上手く利用すりゃ、こっちが手を出さずとも、勝手に共倒れしてくれるかもしれねえ、ってこった」
何かを企むように、頭領は赤い眼をキラリと光らせた。
「ま、そこんとこの手は追々考えるとして……ん?どしたネズミ?」
ふと顎に手を当て、何かを考え込むマフラー野郎に気が付き、頭領は声を掛ける。
「いや、ちょっと思い出した事があって……ひょっとしたらその移転の話、そんなに先の事じゃないかもしれない。ヤミカラス、俺達がそのチョウジタウンを通った時、あの子が土産物屋の前で言っていた事を覚えてるか?」


土産物屋、と聞いて、あっしは反射的に饅頭の甘い香りを思い出し、ポンと翼を叩く。
「ああ、あのガ……若君様が、人間の婆さんに饅頭もらってノラとかクロとかボケとか呼ばれてるってヤツか?」
「はああー?あんにゃろー、脱走だけならまだしも、そんな野良猫みてーな真似までしくさってやがったのか?!ババア共はともかく、商店街の連中や寺子屋のガキ共まで誑し込んで、ちゃっかりオヤツを巻き上げてるくせによぉ」
頭領は思わず溜息を吐き、口をへの字に曲げる。
「ははは、かつての誰かさんの手口そっくりじゃないか。後はもう、呑兵衛にだけはならないよう願うばかりだな。でも、問題はそこじゃない」
頭領が渋ーい顔で睨むのを軽く流し、マフラー野郎はチッチッと指を振りながら先を続ける。
「あの店を売ってくれ、という人間がいるって話さ。あの時は、あんな田舎の地所を欲しがるなんて物好きもいるもんだ、ぐらいに思って聞き流していたけど……もしかしたら、そいつらはロケット団だったんじゃないか?」
そっちはすっかり忘れていたが……その意外な結びつき付きに、あっしは思わず「あっ!」と声を上げた。
「無論、これは単なる俺のカンだけど。でも、もしあの町に黒服が現れたら、その計画は進行していると思って間違いないだろう」
そうは言っても、こいつのカンが馬鹿にできねえのは、もう重々経験済みだ。
「それに、俺達があれだけ騒ぎを起こしたんじゃ、奴らもあのデパートに居づらくなっているに違いない。だとすれば、無理にでも計画を早めるかもしれない。それに加えて、あの執念深いヘルガーが乗じてくる可能性もある。念の為、今のうちからでも、あの辺りに見張りを立てて置いた方がいいかもしれないな」
マフラー野郎がそう提案するのを受け、頭領も頷く。
「成程な、これで的が絞れてきたぜ。その移転計画を邪魔できりゃ、奴らに取っちゃかなりの痛手になる訳だ。つーか黒服共め、俺達の目と鼻の先にそんなモンおっ立てようなんざ、まったくいい度胸してんじゃねーか。こりゃあ見付け次第、ちぃーっと灸を据えてやらねーとな!ヒャーッハッハッハッハッ!」


高笑いしながら上機嫌で頭領は扇子を扇ぐ。
一先ず難は逃れられたようであっしはホッと人知れず安堵した。
「んじゃあ、早速チョウジに向かう面子を決めるとするかい。あまり多くで見に行ったって徒に目立つばかりで意味はねえ。とりあえずこの中から班を二つに分けて見張りは交代交代に行なう」
気を入れ直す様に頭領は扇子を閉じて先端でトンと床を叩いた。
「まずは甲班、俺とネズミと隊のニューラから数名」
頭領がニューラ達の方を見やると、逸る様子で新米は手を挙げた。
「はい、はーい!私めをぜひぜひ甲班のお供に!」
鼻息荒く新米は立候補する。
「オメーはまだまだ危なっかしいから隊長とセットだよ」
呆れた調子で突っぱねられ、新米はしゅんとして手を下げた。
「んで、乙班は隊長と新米と残りのニューラ、それとカラ公――」
頭領の口から転げ出た思いもよらない言葉にあっしの心臓は再び飛び上がる。
「いやいや、ちょっと待て、待ってくだせえ」
慌ててあっしが止めると、頭領は小うるさそうに顔を顰めた。
「あんだ?一々やかましい野郎だな」


「お、俺、いや、自分ぁ奴らの情報を話せばもう十分なはずじゃあねえんですかい?」
頭領は怪訝そうに肩眉を吊り上げる。
「なあに言ってやがる。貴重な飛べる戦力としても存分に当てにしているぜ」
あっしはぶるぶると取れそうなくらいに首を横に振るった。
「いや、いやいやいやいや、とても役に立てるような強さはねえです」
「ああん?仮にも奴らに使われてた身なんだろうが?」
「そんなもん誰も来ないような倉庫の見張りをしていたくれえが精一杯で……」
手持ちだった時に積んだ戦いの経験なんて、精々食べ物を盗みに忍び込んでくる痩せぎすのコラッタを追い払うくれえなもんだ。
「んー?」
頭領は唸りながら、真偽を確認するようにマフラー野郎へ目をやった。
「どうだろな」
マフラー野郎は首を傾げてはぐらかす。
道中、散々あっしの無様な姿を見ていただろうに、どういうつもりだ。
はっきりと役に立たないって言ってくれた方がこの場はよっぽど助かるってのに……!
あっしは恨めしくマフラー野郎を睨んだ。


頭領は煮え切らない様子に苛立ったのかぱしんと扇子で畳を叩く。
「ああ、まだるっこしい!決めたぜ、班割りは変更!甲班はネズミと隊長と新米他ニューラ数名!」
やった、影で小さく新米がガッツポーズする。
「んで、乙班は俺と余ったニューラ。それからカラ公、オメーだ」
びしりとあっしに扇子を突き付けて頭領は言った。
「だから、無理……」
不平を漏らそうとするあっしの嘴を頭領は片手でぎゅうと押さえつけて無理矢理閉じる。
「そのやかましい口閉じて黙って聞いてろ。この里の頭領は俺だ。里にある民も物も土地も形あるもの無いもの全て頭領の財産、この俺のもんだ。それを使うも捨てるも守るも何もかも好き勝手にできるのはこの俺だけだ。
ここにいる限りオメーもその一部。俺のものを役立たずだなんだ勝手に扱き下ろす事は許さねえ。オメーの実力の程は俺がこの目で直接確かめてやる」
ニヤリと不敵に笑む頭領に、あっしはただ震えながら冷や汗を流すしかできなかった。
「そうびびんな。タマぁ付いてんだろ?まだ本格的に奴らとやりあうわけじゃあねえ。たかだか見張りだ。万が一何かあってもここに集めたのは精鋭ばかり。死ぬこたあねえよ」


有無を言わされずあっしは巻き込まれ、隊長達により出発の準備は迅速に進められていった。
その間、頭領は胡坐をかいてどっしりと構え、マフラー野郎は深く瞑想するように口を固く結び静かに目を閉じている。
あっしの方は落ち着かず手持ち無沙汰ではらはらと胸をざわつかせながらその時をただ待たされていた。
隊長達は大きな袋を抱えて戻ってくると、中から工房で見た奇妙な道具の数々を取り出して一匹一匹に振り分けていく。
準備も一段落していざ出発という時、隊長があっしとマフラー野郎の下にやって来て、何かを差し出しながら言った。
「我らの一員として戦う以上、あなた方にもこれを身に付けて頂きたい」
そう事務的な態度で手渡されたのは隊長達も被っている黒い頭巾だ。
「おいおい、こいつらにゃあ別にそんなものいらねえだろ」
「恐れながら、これは近衛に代々伝わるしきたり。この頭巾に込められているのは個を消し己を捨て影として主に付き従うという覚悟、忠義の証でございます。この方々は余所者。ニューラとは姿形背格好もまるで違いますが、であるからこそ同じ物を身に付け同族意識、団結力を高める事が必要かと存じます」
淡々と隊長に説かれ、頭領は聞き飽きている様子で耳をぱりぱりと掻く。
「だそうだ。ちょっと暑苦しいかもしれねえが、我慢してくれ」
諦めたように頭領は溜息と共に言った。


「郷に入れば何とやらだ。そちらのやり方に従おう。少し放電の邪魔になりそうだが」
マフラー野郎は頭巾をすぽんと被り、てきぱきと耳を収める位置や首元を整える。
仕方なくあっしも頭巾に嘴を引っ掛けねえように気をつけながら頭を通し、顔面に黒い幕を下ろした。
ちょっと薄暗くなって感じるが、幕越しでも周りの様子は思っていたよりもちゃんと見える。
「へっ、てめえら中々様になってるじゃねえか。じゃあ、支度もすんだところでまずぁ乙班、俺とカラ公とニューラ共、出陣だ!」
「はっ!」
ニューラ達が勇ましく応じる中、片やあっしは弱々しく肩を落とした。
大勢の女中――その中にニャルマーの姿もあった――に見送られて屋敷を後にし、頭領の後に続いて里の出口へと向かおうとしていた道すがら、ガキ共を連れて屋敷の方に向かってくるせんせに出くわす。
「おう、先生とガキ共。ぞろぞろとまあ連れ立ってどうした?」
頭領が声をかけると、せんせはぺこりと礼をしガキ共も真似してそれに続く。
「これはこれは、頭領様。ネズミ様が今日は大事なご用事でお出かけすると近衛隊の方に聞きましてー。チビ助ちゃんをお迎えにあがりましたのー」
「おお、そうか。ご苦労さん」
「頭領様達もこれからお出かけですかー?」
「その通り。ちぃと例の奴らの動きを探りになぁ――」


頭領とセンセが話す間、あっしは何となく今の格好を見られたくなくて、そっと頭領と近衛達の後ろの方で息を潜めていた。
「あれ?カラスのおにーちゃん?その格好、どうしたの?」
だが、ガキの一匹、シキジカの奴に目ざとく見つけられてしまう。
途端に連鎖するかのようにガキ共の注意が一斉にあっしへと向けられ、わらわらと興味津々な顔が周りに集う。
「カラスのにーちゃん、このえ隊にはいったの?」
ガキの癖に厳ついツラした桃色の犬――確かブルーとか言ったか、がわくわくした様子で尋ねてくる。
「いや、これは何つーか、ただの付き添いで……」
「すっげー!あの黒い悪いやつらと戦うんでしょ?」
「おにーちゃんっていがいと強かったんだー」
説明する暇も無く、ガキ共はやんやと勝手に盛り上がり出した。
「……かっこいい」
ヒメグマぼそりと言ってあっしに羨望の眼差しを向ける。
違うんだ、言いたくても今更言えるような雰囲気じゃあない。
ガキ共から集う純真無垢な憧れの目。あっしには突き刺さるように痛く感じた。

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