第45章 - 10

「それにしてもよ、よくあんなとっ散らかった連中の面倒が見れるな」
あっしは一息入れながら、にこにことガキ共を見送るニューラに、話すともなく話し掛けた。
「だってー、どんな種族でも子どもって可愛いしー、見ててすごく面白いじゃないですかー」
全くユルい物言いにこっちまで崩れ落ちそうになりながら、あっしはふと、ガキ共の中にコリンクが居なかった事に気付く。
「ん?コリンクの坊主はここじゃねーのか?」
「あの子なら今朝、頭領さまの紹介で修練所へ行きましたよー。その時、お連れの猫さんも一緒に出掛けたようですけどー」
道理で、会議の時に奴らの姿が見当たらなかった筈だ。
恩返ししてえとか、強くなりてえとか、あいつ、本気でそのつもりなんだな……と、あっしは少々感心した。
まあ、あのアマは修行になぞ付き合う訳ねえだろうから、大方、その辺で見学でもしてんだろう、と勝手に予想する。
「でも、ちょっと心配ですー。あそこの訓練は本当に厳しくて、付いていくのも容易じゃないんですよー。私なんか、生まれつき体力はないし、弱いしトロいしで、すぐに落ちこぼれちゃいましたー」
そう言って、ニューラは照れたようにえへへー、と笑った。
確かにこいつは、素早っこくて狡猾、というニューラ族のイメージとは程遠く、ぽややんとした雰囲気でどこか動作も鈍い。
ガキ相手ならそれでもいいんだろうが、本来の天分、殊に狩猟や襲撃なんか、とてもじゃねえがやっていけねえだろう。
――ひょっとしたら、これも……この里を蝕んでるという“呪い”ってやつのせいなのか――
「たいへんたいへん!先生ー!大変ですー!」
ふとそんな事を思った時、裏手の方から、橙色の小鹿が息せき切って駆け込んできた。
「シキジカちゃん、どうしたのー?」
「ちょっと目を離した隙に、ネズミちゃんが逃げちゃったの!」
……ちっとでも油断したのが甘かった……あのクソチビはマジで厄介モンだ、と、あっしは頭を抱えた。


「ええー!大変、すぐに追いかけなくっちゃ――」
途端にニューラは優しげに細めていた目を見開き、大慌てで捜しに駆けて行く。
が、すぐに糸が切れたようにその場にへたり込み、口元を押さえてコホコホと咳き込みだした。
「せ、先生!具合悪いの?」
シキジカと呼ばれた橙色の小鹿は驚いた様子で駆け寄り、心配そうに顔を覗きこむ。
「お、おいおい、大丈夫かよ、せんせ」
あっしはどぎまぎとして、ふらふらと立ち上がろうとするニューラに肩を貸した。
「大丈夫、大丈夫よー。柄にも無く急に動いたから少し噎せただけで、すぐに良くなるからー」
ニューラは心配させまいとシキジカににこりと微笑み、
「ごめんなさいね」
とあっしの肩を少し気恥ずかしそうに離れた。
「シキジカちゃん、先にみんなと途中ではぐれない様にちゃんと集まって、チビ助ちゃんを呼び戻しに行ってくれるかしらー?先生もすぐに後から行くわー」
「う、うん!」
シキジカは再び裏手へと大急ぎでぴょこぴょこ駆けていく。
「ヤミカラスさん、せっかく信用して預けてくださったのに、こんなことになるなんてごめんなさい。息が整い次第、私も捜しに行きますからー」
平気な風にニューラは言うが、黒い毛並みの上から見てもその顔色は悪く見えた。
「いいよ、つれえなら無理しないでせんせは奥で休んでな。あんなチビくれえ俺様の方でちょちょいと捕まえてくるからよ」
放って置いたら這ってでも行きそうなニューラを玄関まで押し込み、あっしはガキ共とチビ助を捜しに向かった。


まず最初にあっしはガキ共と寺子屋の周りを黄色い姿を探して見回す。
しかし、その姿もそれらしい足跡も既にどこにも無い。
踏み固められた雪道を辿って商店街の方へ向かってしまったのかもしれない。
――思い返せばあの野郎、道具屋に並べられてたガラクタに興味深々だった。
そう思い立ち、あっしはガキ共を連れ立って商店街へと向かった。
「――子ネズミちゃん?うーん、こっちじゃ見てないけど」
しかし、予想は外れ、店主から返ってきた言葉にあっしらはがくりと肩を落とす。
その後も他の店や道行くポケモン達にも尋ねて回るが、全く手がかりは出てきやしない。
あのクソチビ、手間掛けさせやがって――ふつふつ沸いて来る怒りと疲れで顔を真っ赤にして鼻息荒くひいひい言ってると、見かねた様子でガキの一匹が恐る恐る声をかけて来た。
「ねえねえ、カラスのおじちゃん。おじちゃんだったら空から里中を見渡せたりしないの?」
ぴしり、と思わずあっしの額に青筋が走る。
「誰が『おじちゃん』だ、誰が!俺様はまだそんな歳じゃねえ!」
「う、うわ、ごめん」
反射的に怒鳴り返しながらも、あっしはガキの言葉にハッとする。
――そりゃそーだ。あっしには立派な翼があったじゃねえか。
誰に命じられる必要も無く自由に空を舞い飛べる翼って奴が。
確認するようにあっしは自分の翼をぱさぱさと微かに擦り動かす。
「おう、じゃあ俺様は空からあの野郎を探すとするぜ。オメーらは精々ミイラ取りがミイラになってせんせに迷惑かけねえよう、ちゃんと固まって行動してやがれよ」
「はーい」
ガキ共に忠告し、あっしは翼をはためかせ空へ舞い上がった。


地上を離れどんどんと高度を上げるにつれて翼で切る空気が冷え冷えとしていく。
うう、さみぃ。ブルブルと羽毛が震え、鼻の穴から水滴が滲んだ。
上は下の方とは段違いの寒さだ。
あっしら鳥ポケモンみてえな空を飛ぶもんにとっちゃ冷気ってヤツは大の天敵だ。
悴んじまって翼の利きが随分と悪くなっちまうし、片翼でも凍っちまったが最期地面へと真っ逆さまさ。
里をぐるりと囲む山の天辺付近では真っ白い雪を引き連れた風が渦巻いて吹き荒れ、更に過酷な環境であろうことが目に見えてわかる。
頂上付近で鋭く突き出している凍り付いた岩達のぎざぎざとした輪郭と相まって、まるで渦巻く風が無用心に近づく獲物を絡め取る大きな舌に、尖った岩々は舌に絡まれた間抜け共を噛み千切る為の牙みてえにおっかなく見えた。
こりゃ例え里の場所を知ってたって上から来てえとは思えねえ。
天然の要塞と言ってのけた頭領の自信が尚更によおくわかった。
里から頂上までの距離の半分より少し上くらいまで到達した所でこれ以上高く飛ぶのはしんどいだけだと判断し、あっしは翼をぴんと広げて滑空の姿勢を取る。
ぐるぐると螺旋を描きながら空を滑るように飛びつつ視線を下に向ければ、ミニチュア模型みてえに小さくなった里の全景が見下ろせた。


里の中央にでんと構えているのは頭領の住む屋敷。
門から広い庭まで付いていて空から見たってその立派さが一目でわかる。
その傍に寄り添うように、というかしがみ付く様に建っているのは、頭領の屋敷の次くらいにしっかりとした造りの建物。
きっと、例のババア共が隠居してやがる場所に違いねえ。
あれを建てたであろう人間や建物自信に罪はねえだろうが住んでいる“中身”のせいで何だか瓦一枚一枚の逆立った鱗みてえな並び方やら、庭木の枝が隣の庭まで図々しく伸びている様子、目に付くもの一つ一つ隅々まで何だか業突く張りで陰険に見えて胸糞が悪い。
うさ晴らしに落し物の一つでもしてやりてえ気分だ。
ま、常日頃から品行方正なあっしはそんな粗相しねえがな。

――「おい、エンペルト。なんでえ、その目ぁ?」
「いや、別に……。気のせいだろ」
いつも手下のヤミカラス達の見ていないところでくつろいで寝転がりながら菓子を貪る威厳も気品も露ほども無い誰かさんの姿を思い浮かべつつ、エンペルトは冷たく視線を逸らす。
「ちぇっ、なんか引っ掛かるんだよなぁ。まあいいや」――


頭領の屋敷を時計の針で表して十二時の方向とするならば、大体三時ぐらいの方向に列を成すように並ぶ少し簡素な家屋の集まり、集落が見えた。
家屋の間を米粒みてえなポケモン達が忙しなく動き回っており、その中にガキ共らしい姿も確認できた。
ちゃんとあっしの言いつけを守って集団で行動しているようだ。
とっ散らかった連中だと思っていたが意外と聞き分けはいい。
ガキは好きじゃねえ筈なんだが、あっしは少しばかり感心する。
畑の方では随分とまあ仲のいいご様子で畑仕事に精を出す黄色い粒と黒い粒が見える。
しまった、すっかり慌てていたせいであいつらにも声をかけるのを忘れていた。
と、あっしは思い出す。だが、今更になって降り立つのも、あの間に割って入っていくのも中々に体力と特に精神も消耗しそうだ。
文句は後で散々に言ってやるとして、今は件のクソチビを見つけるのが先だ。
集落の中にはチビ助の姿は見当たらなく、あっしは他の場所に視線を向ける。
四時と五時辺りの方向にはだだっ広い広場付きの少し武骨な造りの建物があった。
雪が除けられ整えられた広場には真ん中が区切られた長方形みてえな線がでかでかと描かれ、その中で遠目からでも一目で分かる歌舞伎の裏方みてえな独特の覆面装束で身を包む近衛隊の誰かに監督されながら鍛錬に励むポケモン達が見えた。
あれがきっと修練所なんだろう。探せばきっとコリンクの姿もあるに違いねえ。
ちょっと興味はあるが今は優先すべきものがある。
八時の方向には里の出入り口と、周辺の雪原には疎らなうち捨てられ朽ちかけた家屋。
里に今よりもっとポケモンが増えたらあの家も住めるようにするんだろうか。
まさかこんな所まで来れるのかと思いつつチビ助を探してみるが、やはりその辺りにもそれらしい姿は見当たらない。


そのままチビ助の姿を求めて時計回りに里をざっと見回していく中で、少し奇妙なもんが目に止まる。それは方角としては十時か十一時の辺り、しかし十二時の方向とする頭領の屋敷からもずっとずっと離れて周りの山にくっ付きそうな辺鄙な場所にひっそりと佇む建造物だ。
あまり大きな建物じゃあねえが、他の場所とは違うどこか異質な造りが目をひく。
例えるなら何かを祀る寺院みてえな、そんな感じだ。
離れた場所に建っている割には長い間ほったらかしにされた様子ではなく、手入れはしっかりと行き届いているように見え、それでいてその寺院らしき建物まで行き来するような足跡はほぼ見当たらない。
ありゃなんだと見れば見るほど疑問が湧くが、それ以上に何とも形容し難い胸騒ぎが、顔に粘っこい蜘蛛の糸が一本ずつ一本ずつ絡み付いてきているような厭わしい感覚に捉われて……寺院の窓に何かの影らしきものが蠢いたような気がしたなんて見間違いだ、さっさと逃げるように目を背けた。
頭を切り替えてもう一度、目を皿のようにして里中を見回す。
すると、ようやくそれらしい小さな小さな黄色い姿を目が捉えた。
それは辺りを注意深く少し不安そうに見回しながら、四時の辺りを徘徊している。
奴の行動を推理するなら、キャイキャイうるせえガキ共に耐えかねて脱走し、何とか連れ戻されねえよう身を潜めながら人目のありそうな場所を大回りに避けて避けてマフラー野郎を探していたら、いつの間にか集落の外に迷い込んじまったってところだろうか。
あのままトボトボ歩を進めていたら、あの野郎修練所の方まで辿り着きそうだ。


あっしはチビ助の上で旋回しながら何度かカァカァと鳴いてガキ共へと合図する。
それからチビ助目掛けて翼を縮めて高度をぐんぐんと下げていき、その目の前へと勢いよく降り立った。
「――とと、やっと見つけたぜ!こんのクソチビ!」
つんのめりそうになるのを翼を大きくはためかせて立て直しつつ、あっしは思い切り一喝してやった。
チビ助は全身の毛を逆立てて飛び跳ねそうなほどに驚き、わたわたと踵を返してもと来た道へと逃げ戻ろうとする。
が、そっちの方からはあっしの合図に気付いたガキ共の一団が真っ直ぐに向かってきていた。
「カラスのおにーちゃん、チビ助ちゃん見つけたんだね!」
チビ助に気付いたガキ共からワッと歓声が上がった。
嬉しそうに駆け寄ってこようとするガキ共にチビ助はびくりと体を揺らす。
前門のガキ共、後門のあっし。挟まれたチビ助の野郎はアーボに睨まれたニョロモの如くだらだらと冷や汗を流しながらその場で硬直してしまった。
もー、どうして勝手にどこか行っちゃったの?
怪我、どこにもない?
せんせが心配してるよ。早く帰ろうよ
――等々、機関銃のように次々とガキ共から気遣う言葉が飛んでくる。


困り果てた様子でチビ助はじりじりと後ずさりを始めた。
しかし、残念ながらその背後からはあっしが迫っているのだ。
どん、と背をぶつけ、恐る恐るチビ助はあっしに振り返る。
完全なる八方塞だ。本人も確信したんだろう。
きっとあっしを睨みながらも、その瞳はうるうると震えている。
……何だかこいつの普段のふてぶてしさからは考えられない取り乱しぶりだ。
これ以上は怒る気なんてもうすっかり失せてしまって、さしものあっしも少しばかり気の毒に感じてきていた。
そういや、トキワの森でも他の子ども達と馴染もうとしなかったってマフラー野郎が言ってたような気がする。
あっしはふと思い返した。
同族相手でもそんな有様なんだから、種族のごった煮みてえなこいつらの中にいきなり放り込まれるなんて産まれてすぐの雛に強風の中で飛ぶ練習をさせるような無茶か。
仕方ねえなあ。心の中で呟いて、ぱりぱりと翼で頭を掻く。
そしてチビ助とガキ共の間にそっと割って入った。
「おう、あっしとチビ助はちょっと用事で寄ってかなきゃなんねえ所があるからよ。オメー達は先に帰って、せんせに無事にこいつが見つかったこと伝えてやってくれねえか」
咄嗟に誰かさんみてえに尤もらしく出まかせ言って、あっしは「な?」とチビ助に同意を求めた。
チビ助は戸惑いながらも小さく頷く。


そうなんだ。わかったー。チビ助ちゃんまたねー。
様々に言い残してガキ共はとりあえず納得した様子で、手を振って帰っていった。
まったく、とんだいらねえ苦労をさせられたもんだ。
ガキ共が去ってから、あっしは大きくくたびれたため息を吐く。
そんなあっしの尾羽を不意に小さな手が軽くきゅっと握った。
喋れねえなりに礼を伝えようとしたんだろうか。何となくあっしは察した。
不器用な野郎だ。へっ、とあっしは苦笑いを浮かべる。
――思いだせばあいつとの奇妙で微妙な何とも言えねえ信頼関係みてえなもんはあそこから少しずつ芽生えていったのかもしれねえ。

さて、ガキ共に先に寄って行く所があるといった手前、真っ直ぐに帰るわけにもいかねえ。
このチビ助もひき連れてどうしたものかと考えていると、空から見た時に丁度この辺りの近くに修練所があったことを思い出す。
ちょうどいい機会だ、コリンクの様子を見に行ってみようか。

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