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第45章_1

――その後は……君も知っての通りだろう、ヤミカラス。
俺と君は協力してチビ助を助け、紆余曲折あってニャルマーのお嬢さんも加え百貨店を脱出して、
連れ去られたコリンクを追う中でニューラの子と出会い、コリンクは今はその子の里に保護されていると知って、
案内してもらっている途中、今はこうして焚き火を囲って一休みしている、というわけだな。ちゃんと覚えていたかい?」
マフラー野郎は余った薪の最後をくべ入れ、茶化すようにくすくす笑いながらあっしに向けて言った。
「……ひとを鳥だからって馬鹿にするんじゃねえよ」
「はは、それは失敬」

それからしばらく、誰も何も喋れねえでいた。
マフラー野郎の顔をまともに見れなくて、俯きがちに焚き火を見つめながら石みてえに固まっていた。
励ますのも慰めるのも何だか違うし、茶化しからかう様な気にもなれねえ。
他人様の過去なんて気軽に根掘り葉掘り詮索するもんじゃあない。
ニャルマーの言葉がその時になってまた殊更重く圧し掛かる。


「あーあ、聞いてて損しちまったよ、まったく」
耐えかねた様に、ニャルマーは無理矢理ひり出したような欠伸を混じらせながらそう口火を切った。
「あ?」
あっしが横目で睨むと、ニャルマーはふんと鼻を鳴らした。
「なんだい、カラ公。まさかこんな与太話をマジんなって聞いてたっての?余程のウブか頭の中がお花畑だね、アンタ。生憎、アタシゃ現実を見てるからね。
ミューだか幻の何だかなんてうさんくさいのが話に出てきて時点で、もうまともに聞いちゃいられないってのさ」
そう言われればとあっしは少し思い直し、真偽を問うようにマフラー野郎の方を見やった。
マフラー野郎は少し目を丸くした後、一瞬考える素振りを見せ、にやりと笑う。
「まあ、俺が君達と同じ立場だったとしたら、そう考えるのが賢明だと思うね」
「ほらね」
ニャルマーはけらけらと勝ち誇ったようにあっしを嘲る。
「付き合っちゃらんないよ」
ニャルマーはそう言い捨てるとそそくさと逃げるようにあっしらの傍を離れ、木の根元で体を丸めた。
「な、なんだよ、くそっ。あー、俺様ももう寝るッ!」
取り残されたあっしは、慌ててそれに追従するようにその場にその場に丸まりこんだ。
「ああ、それがいい。火の後始末は俺が責任を持ってしておくよ」

しばらくして、中々寝付く事が出来なかったあっしは、そっと薄目を開けマフラー野郎の様子を覗き見た。
俯きがちにどこか虚空を見つめるその瞳には、いつまでも燻り続け消えやらぬ炎が映り込みゆらゆらと揺れていた。


「――おい、いつまでのんきしてんだい。さっさと起きな間抜け」
少し潜めたニャルマーの声が耳元で響き、腹の辺りを強く踏み付けられたような痛みが走る。
あっしは「ぐえっ」と思わず鈍い悲鳴を上げて飛び置き、
「いきなり何を――」
怒鳴りかけた嘴を、綿毛みてえな尻尾の先で塞ぎ込まれた。
わけもわからず、抗議の目を向けるしかねえあっしに、ニャルマーは周りを見てみろと目線で促した。
森の中はまだ真っ暗で、夜は明けてはいない。
マフラー野郎は既に背にチビ助を厳重に結び付けており、森の深い闇へ向けて火の灯った太い枝を松明の様に掲げていた。
子ニューラのヤツもその方向を見ながら、体勢を低くし毛を逆立てている。
あっしは状況が飲めず、ニャルマーに目配せした。
ニャルマーはまたあっしを小馬鹿にしたように鼻をふんと鳴らし、
「よく耳をすましてみな」
とだけ囁いた。
苛立ちながらも言う通りにあっしは闇の奥へと意識を集中する。
すると、何かが草や枯れ枝を踏み抜く音と、獣の唸り声と息遣いらしきものが微かに耳へ届く。


その何かが発する音は機会を窺うようにあっしらの周りを遠巻きに少しずつ距離を詰めながらぐるぐると周っていた。
不吉な気配にあっしの心臓はばくばくと高鳴り、全身を嫌な汗が伝った。
闇の帳を挟んだ睨み合いは暫らくの間続いた。
実際はたったの数分だったのかもしれねえが、とてつもなく長く感じられた。
不意に闇の奥で紅い輝きが瞬いた。
「離れろ!」
マフラー野郎が叫ぶ。子ニューラはその場から素早く身を翻し、ニャルマーも慌ててあっしを突き飛ばすようにして離れ、あっしは体勢を崩されかけながらも反射的に飛び立った。
刹那、闇の奥から紅色の炎が押し寄せ、元居た場所を瞬く間に飲み込んだ。
炎の輝きに照らされ、闇の奥に潜んでいた四足の獣の姿が浮かび上がる。
獣の蒼い体毛は泥や煤で随分と薄汚れ、頭部は頭陀袋のような覆面で隠されていた。
覆面に開いた二つの穴から覗く目は激しい怒りと憎悪に血走り爛々と輝いていた。


少しばかり落ちぶれた格好になっちまってはいるが、あっしはその獣の正体にすぐにピンと来た。
あっしと同じようにロケット団の下で商品となるポケモン達の見張りをしていたヘルガーのゲス野郎だ。
マフラー野郎に叩きのめされた事を相当根に持っていたようだが、気位が高いあの野郎があんな薄汚れた姿に身を窶してまで遠路遥々追ってきやがるとは。おぞましいまでの執念にあっしは薄ら寒くなって身震いした。
追ってきたのはゲス犬の野郎だけじゃない。
すぐにその後に続いて二匹の人型ポケモンが姿を現す。
筋骨隆々とした大柄のポケモン――ゴーリキーと、奇妙な振り子のような物を片手に持った長っ鼻のポケモン――スリーパーだ。
ゴーリキーはあっしの姿を見るや握る拳と漲る筋肉を震わせ、スリーパーは振り子を指先で擦り磨きながらニャルマーをじっと恨みがましく睨め付ける。どちらもその目は雪辱に燃えていた。
脱出の時、あっしとニャルマーがやっとの思いで退けたワンリキーとスリープが進化して復讐にやってきたものに違いねえ。


「あれから反省したようには見えないな」
頬から電気を微かに迸らせながら、確認するようにマフラー野郎は言った。
ヘルガーは牙を剥き出しに殊更唸り声を荒げ、ゴーリキーに首で指示する。
ゴーリキーは少し躊躇してから、ヘルガーの顔から覆面を取り去った。
その下から現れた奴のツラに、思わずあっしは息を呑む。
鼻先から目元、額にかけてその顔は醜く焼け爛れていた。
それはさながら真っ赤な隈取模様みてえに奴の顔面を彩り、憤怒の表情をより不気味で威圧的に見せた。
「うわ……。すぐに処置をしてもらえれば、そこまでひどく痕にはならない程度には加減したつもりだけれど。君の敬愛する主人様は何もしてくれなかったのかい?」
マフラー野郎はぎょっとして言い、背から顔を覗かせて見ようとするチビ助に気付いて慌ててマフラーの中に押し込めた。
「この傷はあえてだ……そうだ、あえて主人は残して下さったのだよッ!下等なネズミ如きに出し抜かれた屈辱を傷が疼く度に思い出し忘れぬよう、二度と不覚を取らぬようにな……!」
ヘルガーは強く言い返す。それはどこか自分自身に言い聞かせるようにも聞こえた。
「本当にそうかな。真に大事にしているなら、普通はすぐにでも治して――」
「黙れ! 胡桃より小さいちんけな脳しか詰まってないネズミ如きに、主人の高尚な考えが理解できるわけがないッ!」
後ろ足で地面を蹴り、大口を開けてヘルガーはマフラー野郎へと放たれた矢のように真っ直ぐ飛びかかる。


「駄目かッ……!」
マフラー野郎は舌打ちすると、マフラーの裾を闘牛士みたいに翻して迫る牙をかわし、くるりと宙に飛び退くと同時に青白い閃光を解き放つ。
ヘルガーは即座に地を転げて電流の帯をすり抜け、反撃の炎を吹き出した。
電流と炎がぶつかり合い、生じた衝撃が地面を抉りもうもうと煙が立つ。
あっしには目で追うのがやっとだった。翼がぶるっちまって、加勢に入ることなんて出切る筈が無く、煙が晴れるのを待って睨みあう二匹を上空の方から眺めているしか出来なかった。
少しずつ視界が戻ろうとする中、マフラー野郎はあっしらに指示を飛ばす。
「君達、こいつらは俺が引き受ける! 後ですぐに追いつくから、先に――」
「スリーパー! ゴーリキー! このネズミは俺だけで仕留めるッ!お前達は他の屑共を一匹たりとも逃すんじゃあない。こいつらの死骸を主人に捧げて見せ、失態を取り戻すのだ!必ずや!」
遮るようにヘルガーは怒鳴るように二匹へ命じた。
あっしに向けられたゴーリキーの力強く威圧的な目付きが、ニャルマーを見るスリーパーの怪しげな眼差しが待ちわびたと言わんばかりに輝く。
進化する前だって苦労したってのに、まさか勝てるはずがねえ。
ここはとっとと尻尾を巻いて逃げ出して、マフラー野郎に任せちまおう。


ちらりとニャルマーを見てみれば、奴も同じ考えなのだろうすぐにでも逃げる姿勢をとっていた。
だが、あっしがこの場から飛び去ろうとした瞬間、大きな風切り音がして翼の先に何かが掠り当たった。
瞬間、翼にびりびりと衝撃が走り、体勢を崩して墜落しそうになる。
どうにか持ち直した所に再び風を切る音と共に物体が飛来し、顔の横すれすれを過ぎ去っていった。
その一瞬、飛んできた物体が何だったか少しだけ見えた。
あっしを襲ったのは恐らく人間の拳大ぐらいの大きさをした岩石。
地上ではゴーリキーがこちらをじっと見据えながら片足を上げて構え、両手で掴んでいる何かを振りかぶろうとしている。
あの仕草、テレビか何かで見たことがある。
そうだ、ありゃ人間がやる野球とか言うスポーツで、投手とか言う役割の奴が馬鹿みてえな速さで球を投げ放つときにやる格好だ。
――下手に空にいたら狙い撃ちにされる!
あっしは危機に感づき、急降下するように高度を下げる。
頭の羽先を岩石の礫が掠り、幾つか抜け飛んだ羽がはらはらと宙を舞った。
「ぃ――ッ!」
声にならない情けねえ悲鳴が嘴の内から微かに漏れ、涙がちょちょぎれそうになった。


半ば墜落のような勢いであっしは命からがら着地する。
みしりと足から嫌な音がして、鈍く不快な痺れと痛みが腰にまで走った。
だが、のた打ち回っていられるような隙も余裕も無い。
あっしは嘴を強く噛み締めて堪え、次の攻撃に備えてあの馬鹿げた筋肉ダルマの方へと視線をやった。
ゲス犬の噴出す炎が草木に燃え移って広がり、辺りは火の海となりつつある。
熱気にちりちりと羽毛の先が焼けた。
状況は決して良くない。最悪だ。
でもこの炎のカーテンに遮られた中なら、揺らぐ炎や煙に邪魔されて狙いは付け辛いだろうし――奴が手に持っていた岩石を捨てたのが炎の隙間から微かに見えた――脳みそまで筋肉であろうと炎の中なんて中々突っ切っちゃ来られねえだろう。
このまま炎に紛れるようにして逃げりゃいい。
だが、そんな考えは瞬く間に砂糖菓子みてえに砕けた。
炎を掻い潜りながら恐る恐る後ろを確認した瞬間、あっしはあまりの光景に喉の奥から変な声が漏れそうになった。
ゴーリキーはまるで躊躇することなく、炎の中を突っ切りながら追って来ている。
体を蝕む火傷にはまるで目もくれず、寧ろその痛みが闘志をより滾らせる燃料になっているかのように全力でだ。
「か……勘弁してくれぇー!」
弱音を喉の奥に留めて置くことなんて最早出来ようはずも無く、無様に悲鳴と涙をぶちまけながら逃げた。
天敵に追われるアチャモの如く、地べたを駆けずり必死に逃げ回った。


あっしが逃げ回る間も電流と炎が弾け飛び交い、激しく争う音が聞こえる。
マフラー野郎はゲス犬の方にまだまだ掛かりきりだ。
あっしは藁にも縋る思いでニャルマーと子ニューラの姿を探した。
しかし、あっしがようやくその姿を見つけた時には、あの強かな糞アマもスリーパーの念力に捕らえられて窮地に陥っていた。
子ニューラの方はスリーパーの足元で顔を手で覆ってすっかり震え上がっている。
絶体絶命だ。マフラー野郎がヘルガーをどうにかする前に、あっしらが先にこいつらにどうにかされちまう。
あっしの息は切れ切れ、すぐ背後にまでゴーリキーが地を踏み抜く音が迫っている。
もうこれまでだと思った時だ。あっしとゴーリキーの接近に気付き、スリーパーが少しだけこちらに注意を向けた。
それを待ち侘びていたかのように、傍らの子ニューラがそっと顔から手の覆いを外す。
そのツラは微塵も脅えなんかねえ。にやりと不敵な笑みを浮かべている。
次の瞬間には、騙まし討ちの強烈なアッパーがスリーパーの顎の下をとらえていた。
スリーパーは堪らず目を白黒させて体をふらつかせる。
それから、集中した念力により妖しく輝くスリーパーの片手を子ニューラはすかさず引っ掴み、無理矢理あっしとゴーリキーの方へと向けさせた。
緩やかな向かい風のように微弱な見えない圧力を全身に受ける。
あっしにはその程度にしか感じない。
だが、どういう訳だか背後からは鈍器を叩き付けられたかのような短い苦悶の声が上がり、あっしの三倍はあろう巨体が跳ね飛ばされて地面を転げる音が響いた。

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