第44章 - 24

同族達は大きな古木の根元にある隠し穴の中に一同に集い、寄り添って怯え震えていた。
俺に気付いた一匹が駆け寄ってきて、今にも泣きそうな面持ちで俺に告げる。
仲間の何匹かが黒服の人間達に連れ去られてしまった。
その中にはチビ助も含まれている、と。
杭を胸に打ち込まれたように息が詰まり、心臓が激しく動悸した。
俺が出発し暫らく経った後、突然奴らは大勢でやって来て森中を漁り出したそうだ。
奴らは虫達には目もくれず、同族達を執拗に狙って捕らえてはどこかへ連れ去ってしまったという。
同族達はチビ助も連れて逃げようとしたが、恐怖と驚きでパニックになったチビ助は何かを捜し求めるように無我夢中で一匹駆け出していった。
そして、同族が追いつくよりも早く、黒服の一人に見つかってしまい、捕らえられたというのだ。
なんということだ。話を聞く間、呆然と立ち尽くした。
黒服達の存在は既にピジョットから聞いていたはずだ。
だのに、なんと迂闊だったのだろう。


積み木の塔のように、平和は不意の悪意によって容易く瞬く間に崩れ去ってしまう事を知っている筈なのに。目の当たりにしてきた筈なのに。
きっとこの森であれば大丈夫だ。俺は忠告をどこか別世界の話のように聞いていた。
頭の中で線を引いて、そう思い込んでいた。
チビ助を助けられずに済まない、と涙ながらに自分を責める同族を宥めると、パラスのキノコを託して、緩んだマフラーを強く締め直した。
“黒服共はまだ近くに居るのか”尋ねる。
同族はびくりとして、多くは去ったがまだ何人か残っていると答えた。
“そうか”頷いて、俺は出口へ踵を返す。
ざわめく同族達を背に俺は隠れ穴を発ち、黒服の姿を探した。
程なく、『大儲けだ』と浅ましく笑い合うそれらしき声を聞きつけ、木の陰からそちらを窺う。
黒い服に身を包んだ人間が二人。護衛のアーボとズバット。
既に他の者達によって運び去られたのだろう、同族達とチビ助が捕らえられていそうな檻や、大量のモンスターボールは見当たらない。
俺は慎重に出方を思案した。


このまま奴らを見張り、つけるか。
しかし、本拠地まで向かう途中で車両等、高速で移動できる手段を取られてしまえば追い切れず見失いかねない。
アーボとズバットを締め上げ、本拠地を聞き出すか。
だが、用が無い間はボールか檻へと詰め込まれているであろう奴らが大した情報を持っているだろうか。
ピジョットに協力を仰ぎにいくか。
いや、ピジョットがねぐらとするクチバシティ北東の森まで助けを求めに行っている間に、こいつらは痕跡をかき消して煙のように行方を眩ましてしまいかねない。
また尻尾を掴むことが出来るようになる間に、チビ助がどうなるか……。
ここで俺は、ピジョットが敵に窮地に追い詰められた時にとった手段を思い出した。
あえて奴らに捕まり、内部から脱出の機会を狙う。
リスクは高いが奴らの内情と実態を懐の内から知ることが出来れば、その後の対策も立てやすくなる。

決まりだ。
俺は殺気を押し殺し、天敵の存在に気付けなかった間抜けのふりをして奴らの前へと躍り出た。
抵抗する素振りをせず、不意の遭遇に脅えて立ち竦んだ様に振る舞う。
すれば、奴らはカモネギが鍋を背負って現れたかのように卑しく笑みを浮かべ、アーボとズバットを俺に嗾ける。数発ずつ尾や翼で打ち付けられ、弱ったように蹲って見せると、黒服の一人が俺に向かって網を投げて被せた。


薄暗く狭い檻の中で痛む身体を横たえて、錆び付いた鉄同士が擦れ合い軋む音と心地よい揺り篭とは程遠い雑で荒い揺れを味わう。
ひどく不愉快だがとても懐かしい感覚だった。
タイヤが大きな砂利を踏みつけでもしたのか時折の強い振動で少し体が浮き上がり、頭が床板に軽く打ち付けられる度に、火打石から弾ける火花のように過去の感覚が呼び起こされるような気がした。
随分と長い間そうしていた。トキワの森から随分と離れた地まで俺は運ばれているようだった。
やがて揺れが一旦治まると、俺の入れられた檻は覆いを被せられたまま他の積荷と共に大きな台車へと載せられ、建物の中に運び込まれていった。
覆いの隙間から外を覗き込んでみると、無数のダンボール箱やコンテナが整然と積み並べられているのが見え、其処は何かの倉庫らしいということが分かった。
積み上げられた箱やコンテナには『コガネ百貨店』と記されている。
この百貨店とやらがポケモンを密売する黒服達の雇い主、あるいは組織が世間に向ける表の顔なのだろうか?
しかし、すれ違う百貨店の作業員らしき人間達は皆一様に、何が運び込まれているのか怪しむようにしてこちらを見ていた。
台車はそんな人間達の間を足早にそそくさと過ぎ去り、奥へ奥へと進んでいった。


奥へと進む度に空気はどんよりと重く濁っていくように感じられ、不衛生で雑多な獣と黴の臭いが段々と強まって鼻をついた。
怪しげな薬品やら模造品らしき道具の収められた棚と、悲嘆と絶望に暮れた様々なポケモンが捕らえられている檻が並ぶそれらしい一画まで来ると、俺の檻に掛かった覆いは取り払われる。
とほぼ同時に檻が乱暴に振るわれ、ごろごろと俺は地面に転げ出された。
『大人しくしていろよネズミ共』
そう吐き捨てるような人間の声が聞こえ、金属製の戸が叩き付けるように閉められた音が響き渡った。
ぶつけた箇所をさすりながら起き上がり周囲を見渡す。
そこは俺の他にも多くの同族が捕らえられた檻の中だった。
皆、他の檻のポケモン達と同様に諦め切った表情を浮かべ、嘆き、震えている。
俺はすぐにチビ助を探したが、その姿はどこにも無かった。
同族達に尋ねてみれば、若く幼い者達は選り分けられ連れ去られたそうだ。
それが何処かまではわからなった。
ならば己の足で施設内を探る他ない。その前にまずはこの檻を抜け出ねば。
早速、俺は檻の戸を調べた。幾らか電気への対策は施されているようだけど、全力で壊そうと思えば壊せそうだ。
だが、そうすると随分と派手な音を立てることになる。
せめてチビ助を見つけるまでは大きな騒ぎを起こす事はなるべく避けたい。
黒服達の追跡を交わしながら闇雲にチビ助の居場所を探すのは至難の業だ。
それに思い切り放電したら同じ檻の同族達にも被害が出てしまいかねない。


もっと手際よく円滑に抜け出る手段は無いか思案していると、何か鳥の羽音らしきものを耳が捉えた。
俺は目立たぬようすぐさま同族達の中に紛れて音の方を窺った。
羽音の正体は一羽の黒い鳥ポケモンだった。鳥ポケモン達は檻から檻へと飛び移って、檻の中身を確認しているようだった。黒服達の放った見張りだろう。
チビ助の送られた先も知っているかもしれない。
しばらくの間、俺はじっくりその鳥ポケモンの動向を眺めていた。
初めは近づいてきた所を隙を見て掴みかかり、少しばかり強引に協力を得る事も手段の一つとして考えてはいたんだけれど。
観察を続ける内、それは最後の最後の手にしようと思った。
何となく面構えを見た時、そいつから少しだけ似た臭いを感じたのさ。
自分の置かれた立場に漠然と不満と疑問はあれど、その理由も抜け出す方法も分からずに雁字搦めになっていた昔の自分と似た臭いをね。
それに、ろくに食事も与えられずに弱っていた他の檻のポケモンを見兼ねて、主らしき黒服の男の目を盗んでそっと食料を分け与えている所を見かけてね。
根は案外悪い奴じゃあない。そう確信を得た。
だから次にそいつが檻を巡ってきた時、黒服の男が傍に居ない事を慎重に確かめて、接触を図ってみたのさ。

”やぁ、いいところに来てくれた。恐縮だけど、何も言わず大人しくここから出してくれないかな?”
ってね。

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