第44章 - 23

だが、それはピジョットが元来目指していたものとは程遠い生き様だ。
ピジョットが目指すは英雄。ひとりでも出来うる限り余さず救う道を模索し、導いてこそ英雄。
一キロ先まで見通すピジョットの目は、遠方に希望の光が僅かにチラつくのをその目に捉えていた。
『攻撃すんなって、どうすんのよう。ここまで着て今更、大人しく捕まるのなんてイヤンッ!』
カイリキーと他の者達は戸惑い、文句をいう。
じりじりと敵はタラップを渡り、こちらへと迫っていた。
『私を信じろ。すぐに希望の追い風は吹くッ!』
言って、ピジョットは思い切り高鳴いた。
希望の光“達”へとにより正確な位置を知らせる為に。
ばたばた、ばたばたと遠くから幾つもの微かな足音が響いてくる。
足音はどんどんと大きくなり、何かが近付いてくる。
希望の光。それは警察官達が携えた懐中電灯から伸びる光の筋だ。
倉庫街からの異音を聞きつけた市民からの通報があったのだろう。
何人もの警察官がウインディを筆頭とした屈強な警察犬達を引き連れ、不審な船の下へと向かってきていた。
黒服達は我先にと早々に撤収を初め、”奴ら”もピジョット達が構える船上には戻れず、仕方無しに黒服達と共に散り散りに逃げていく。
『追い風来たれりッ!脱するぞ!』
翼を広げ、ピジョットは高らかに号令を出す。
『おうッ!』
カイリキー達は歓声に近い声で、それに応じた。


『――そうして私と彼らは彼奴らの手から逃れた。誰ひとり欠く事無くである。人里離れた林の中にて私は彼らと無事を讃えあった。
彼らから向けられる感謝と称賛の言葉と眼差し。我が心は少しばかり酔いしれ、胸穿つ空虚な隙間が微かにであるが満たされて感じた。
皆の興奮も落ち着いた頃、今後について彼らと協議した。
私についてゆくと申し出てくれる者もいたが、其処は見知らぬ土地。
私や彼らの中にはこの地には見られぬ種も多くいるであろう。
いつまでもぞろぞろと連れ立っておれば目立ち、一目につく。
彼奴らやあの黒服の者共が聞きつければ、追っ手が放たれないとも限らぬ。
私と彼らは別れ、別々の場所で暫らく隠れ潜んだのち、そこからの生き方はそれぞれ個々の判断に委ねるとした。
何も縛るもの無き自由への解放。殆どの者達が生まれて初めての経験に、感動、期待、希望、不安、恐れ……様々な色を入り混じらせながらも、皆その目は一様にどこか輝いて見えた』


“みんな、無事にしているといいな”
『うむ、所在が分からぬものもいるが、今も何匹かとは連絡を取り合えている。カイリキー殿はこのトキワより東にあるイワヤマトンネルと呼ばれる洞穴にて、縄張りを勝ち得、ポケモン達を束ねているとのこと。
ふむ、興味があらばネズミ殿にも今度紹介してくれようか?貴殿であれば、熱烈に迎えてくれるやもしれん』
意地悪くピジョットは嘴をニヤつかせる。
“いや、折角だけれど遠慮しておくよ。話に聞くだけでも何というか少し胸焼けがする”
『はっはっ、其れは残念。』
“君は今どうしているんだ?”
『運良くこの地には我が同族達が暮らしておってな。木の葉を隠すなら森の中だと、私は群れの一つに接触することにした。
初めは余所者と警戒されていたが、この地の外の事を話す内に徐々に打ち解けてな。
殊に一羽のポッポの子と、それがこっそり連れてくる白い猫のようなポケモンの子――猫だというに、鳥は食べ物じゃなくて友達だと云う変わった奴だ――が、私を慕ってくれ、熱心に話を聞きに訪れた。
その子らの存在もあって私は群れに完全に受け入れられ、やがて地位を得、先代の長が天寿を全うし逝去した為に、今では私がその座を任されている』


ピジョットはぐいと盃を煽り、喉に宿る熱を抑え切れんとばかりに大きく息を吐いた。
『折角手にした地位と力を、己が身を守り固める事だけに執着し腐らせる気など毛頭無い。自他共に実入りある活用をするつもりである。今思案しているのは、まずはこのカントーゆくゆくは別の地方まで股に掛けて情報を探り集積し、求める者それを提供するというものだ』
“人間のやる探偵や情報屋のようなものか?”
『如何にも。鳥ポケモンの目と翼により得られる情報は膨大且つ迅速。何より私が軍で培った斥候の能力を活かせる。血生臭い争い以外でだ。譚や詩に歌い飾られるような華々しい英雄の姿には程遠い地道な役回りかもしれんが、他者を導き助けるという点においては変わらんと思うのだよ』
先の希望を見据えるように遠くを見つめながあ熱を込めて語るピジョットの目は、俺にはとても眩しく感じた。
『うむ、決めた!帰ったら早速配下達に話すとしよう。そうだ、こうしてネズミ殿と再会できたのも何かの縁。記念すべき初依頼は貴殿から賜ろう。どんな些細な事でも構わん、何か知り得たい情報があれば聞かせ願いたい!』
満ち溢れる気力に目を爛々と輝かせ、鼻息荒くピジョットは詰め寄る。
“急にそんなこと言われたってなぁ。それに、恥ずかしい話だが依頼料を払うような余裕は今の俺にはまるで無いぞ”
『私と貴殿の中だ、初回はロハで構わぬ。何でも良いぞ、さあ早く』


逸るピジョットを落ち着かせながら、俺は思いを巡らす。
急に言われても思いつかないとは一時逃れたが、彼からの話を聞いていて、ずっと気がかりな事がある。それは“奴ら”が捕獲し、厳重なガラス管に封じてこの地方にもたらしたという“正体不明”のもの。
厭に頭の中で繋がるのだ。俺がこの地方へ来る目的となった、近年になって目覚ましい成果をあげるようになったグレン島の研究所の話しと。
胸が疼いた。中を大量の虫が這って回ってでもいるかのようなおぞましいざわめきだ。
『どうなされた?』
心配そうなピジョットの声が掛かる。
“……ああ、悪い。少し酔いが回っただけだ。酒に触れるのは久方ぶりだから”
俺はそう誤魔化して言い、差し出された水をグイと飲み干した。
不穏な空気を感じ取ってしまったのか、寝かしつけておいたチビ助が小さく呻く。
慌ててそっと忍び寄り、優しく撫でてやり宥めた。
研究所の実態を細かに調べ、知ったらきっと俺はここに留まってはいられなくなだろう。
名状しがたい予感がする。今ですら呼び声が聞こえる気がするのだ、身の奥底から。
行けばただ事にはすまない。俺がいなくなれば、誰がこのチビ助の面倒を見れるのだろう。
他の同族にまるで馴染めぬこの子を。


それに、争いから足を洗い、新しい未来を目指そうとしているピジョットを、再び荒事の渦中へと引き込んでしまうような事は憚られた。
せめてチビ助を本当の両親のもとに返すことが出来るまで、最低限、チビ助がもう少しものの分別を付けられる様に成長するまで、俺は俺のまま無事でありたいのだ。
だから、今ピジョットに頼むべきは――。
『ふむ、ではこの稚児の本当のご両親を探して欲しいと?』
俺はピチューと事のあらましをピジョットに話した。
“ああ。俺も自分の足で色々な場所をあたってみたんだけれど、ろくな手がかりさえ得られなくてね。でも、空からの情報網だったらまた違った結果を得られるかもしれない”
ううむ、と何やらピジョットは少し難しい顔をして唸る。
“難しいかな?”
『少々気がかりな事があってな。件の“奴ら”と取引しようとしていた黒服達の話はしたな?
あの者達がこの地方でポケモン達の密猟を行っている、実際にその姿を目の当たりにしたという話を度々配下の者達が口にするようになったのだ。
私がニビとトキワの近辺へと訪れていたのも、黒服達の姿をこの辺りで見たという配下の話を聞いてな。事実にあれば、付近に住む者達へ警告を伝えようと思った次第である。
貴殿の種族はこの地方においても中々に希少故、もしもご両親が既に黒服達の手により――』


言いかけて、ピジョットは口を噤む。
『いや、すまぬ、あくまで最悪の可能性の話。任されよ。確固たる手がかりが得られる時まで、この不肖ピジョット、全身全霊をもってチビ助殿のご両親の捜索にあたる』
びしりとピジョットは翼で敬礼し、ハッとして『染み付いた癖は中々に抜けぬな』と苦笑した。

『此度の席、実に有意義な一時であった。招き頂き感謝する』
“ああ、またいつでも来てくれ。ポッポ達の長様をお迎えするには、少々質素でお粗末かもしれないこんなもてなしで良ければだけど”
『はっは、意地悪を言ってくれるな。我らは共に時には泥水さえ啜って生き延びてきた身。今更気兼ねすることなど何一つあるまいよ。……では、何か分かり次第、すぐに報告に参る』
“頼む”
『それから、黒服達の存在にはくれぐれも注意されたし』
“うん、明日にでも他の皆に伝えておくよ”
『しからば、御免』
ピジョットは大きな翼を羽ばたかせて勢い良く飛び立ち、あっという間に夜空の闇に溶けていく。
その姿を見送ると、俺は巣穴に戻り、酒の席の後片付けはもう明日にすることにして、静かに寝息を立てているチビ助に寄り添うようにして目蓋を閉じた。


再び日常に戻り、また暫らく俺はピジョットの報告を待ちながらチビ助と共に何事も無いを過ごしていた。
とある日の事、同族のこどものひとりが病に倒れた。
おとな達の看病もむなしく、その子は日に日に衰弱していく。
トキワの森だけで採れる木の実や野草だけでは滋養が足りない。
同族のひとりの話によれば、おつきみ山の洞窟内に生息しているパラスという虫ポケモンの背中に寄生する『とうちゅうかそう』という貴重なキノコには、長寿の薬と謳われる程の高い滋養効果があるのだという。
しかし、おつきみ山洞窟に至るまでには人が多くいるニビシティ付近を通り過ぎ、トレーナー達も多く往来する山道を踏破し、麓に住む腹を空かせた毒蛇アーボ達の目も掻い潜らなくてはならない。
トキワの森から殆ど出た事が無く、戦いの経験も無い同族達にとってはとても大きな試練だ。
苦悩する同族達に、俺は自分が採ってくると名乗り出た。
今までの旅に比べればその程度の道程、散歩のようなものだ。
受け入れてもらった恩もある。
俺はチビ助を同族達に一旦預け、急ぎおつきみ山を目指した。
留守にする間のチビ助の様子が少し気がかりではあったが、一刻一秒も早くキノコを採って帰ってくるにはチビ助の存在は少しばかり重荷だ。
半日少々ぐらいなら俺が離れていても平気だろう、一時の平穏の泥濘に浸かった俺の頭はそう高を括った。


おつきみ山の洞窟へと辿り着き、パラスの集落の一つを突き止めると、早速俺は接触を試みた。
丸っこい背中から二本の大きなキノコを突き出させた奇妙な虫達はすぐさま薄暗い洞窟の更に暗がりの中に逃げ込み、じっとりとした視線を一斉にこちらへ向けた。
俺はトキワの森から採ってきた木の実や山菜をその場に広げ、敵意は無い、どうか話を聞いて欲しいと彼らに伝える。
彼らはぎちぎちと顎をすり合わせて相談を交わし、やがてしばらくして、数匹のパラスが物陰から這い出てきた。
その背のキノコを譲って欲しい。衰弱し命の危機に瀕している同族の子がいるのだ。
俺は懸命に彼らに訴える。
パラス達は互いに目配せした後、何も言わず再び暗がりへと引っ込んで行った。
それからまた彼らはぎちぎちと何やら話し合い、程なくしてパラスの一匹がおおきなキノコを一つ抱えて現れる。


引き渡す寸前、『さよなら』とパラスは別れを惜しむようにキノコへぼそぼそと声を掛けていた。
勝手に寄生されたとはいえ、共に生まれ育った相手。パラスにとって、キノコは忌々しくも愛おしい隣人、兄弟のようなものなのだろうか。
思考までもキノコに蝕まれ、操られている故の感情なのかもしれないが……。
いずれにせよ身を切られる思いには変わるまい。
俺は丁重にキノコを受け取って包み、深々とパラス達に礼をしておつきみ山を後にした。

トキワの森に帰り着く頃には、空は黄昏に染まりつつあった。
早急に森林内に足を踏み入れた瞬間、異様な雰囲気を察する。
普段まだこのくらいの時間であれば、葉を食み足りぬ虫ポケモン達が木々と葉の間を這いずる音や、それをもう狙い疲れた鳥ポケモンがそろそろ帰る相談をしている声など、耳を澄ませば森には生きた音が溢れている。
だけど、その時は森の中が不気味なまでに静まり返っていた。
皆じっと息を殺し、隠れ潜んでいる。そんな気配だった。
胸騒ぎに駆られ、俺は一層足を速めて同族達のもとへ向かった。

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