第44章 - 21

ところが、そんな或る日――
俺はいつものようにチビ助を探し回り、どこかで見掛けなかったかと近所に住む同族達に尋ねた。
すると中の一匹が、凄い勢いで2番道路の方へ走っていくのを見た、と言う。
森の中にいる分にはまだ安心だが、外へ出られてはどんな危険が待っているか分からない。
俺は彼らに礼を言うと、指し示す方へと急いで向かった。
鬱蒼と茂る木々を抜け、草むらをかき分けていくと急に視界が開け、舗装された道路が見えた。
程なく、その道の反対側に、チビ助の小さな背中を見付けた。
“なんだ、そんな所にいたのか”
幸い、辺りに人影はない。俺はホッとしながら道路を横切り、チビ助に近付いた。
チビ助は俺を見ると驚き、道路の北へ向かって一目散で駆け出して行った。
その先にあるのは、人間の住む場所――ニビシティという街――だ
“駄目だよ、そっちに行っちゃ!戻るんだ!”
俺は全速力でチビ助を追い掛け、悪戦苦闘の末に何とか尻尾を捕まえ、引き摺りながら戻ろうと即した――
その時だった。
『そこなネズミ殿!貴殿はもしや……『黄色い悪魔』殿ではあるまいか?!』
突然、久しく呼ばれていなかったその綽名を呼ばれ、俺はギョッとして辺りを見回した。


――まさか……こんな所にまで追手が……?
迂闊だった。長らく追跡の手も途絶えていたので油断した、と歯噛みしてももう遅い。
“大丈夫だ……そこを動かないでくれ”
俺はその場に蹲るチビ助を宥めるように声を掛け、周囲を探るべく身構えた。
道路からも草むらからも物音は聞こえず、気配も感じない。少なくとも、声の主は地上にはいない。
ならば上か。俺は目線だけを動かし、辺りの木々を仰ぎ見た。
微かに感じる、見下ろすよう視線……だが、相手は余程の曲者なのか、その正確な位置までは掴ませて貰えない。
だが、上から来る、という事は、相手は空を飛べる奴だと見てほぼ間違いないだろう。
だとすれば――あの恐ろしい龍族を除けば――そのような奴の大多数に対して、俺の攻撃は有効な筈だ。
“……誰だ?その名を知っている、という事は只者ではないな”
相手からこちらの姿が見えている以上、どこへ逃げ込もうと無駄な事だ。
俺は牽制するように言い放ち、ゆっくりと体に電気を溜め始めた。
『はっはっは!やはり、そうであったか!道理で、他のネズミ達とは雰囲気が違うと思った次第である。心配は無用、どうか構えを解除されたし。折角生き永らえたこの身、むざむざと黒焦げにされてはたまらぬゆえ』
ところが、そんな俺の用心を、声の主は陽気な声で笑い飛ばした。
『今は懐かしきネズミ殿よ、よもや貴殿が生きていようとは、たとえ神でも気付きますまい!』
次の瞬間、上空からサアッと風が渦巻き、茶色い影が羽音と共に、俺の目の前へと舞い降りた。
“!!君は……何故ここに!?”


流麗に光を反射し棚引く冠羽をかき上げ、気取った笑みを投げかけるその姿はまさしく。
“ピジョット!”
驚きに跳ね出されるように俺の口を飛び出した名に、
『如何にも、ご名答』
明々朗々高らかに彼は応え、さっと翼で敬礼を示した。
もう二度と会える事はあるまいと思っていた同輩との再会。
互いに暫し喜びあった後、積もり積もった話を延々立ち話するのも難だと俺はピジョットを巣穴に招く事と相成った。
『いや全く、諸行無常かな。時の流れというのは移ろい変えるものだ、物も、ひとの心さえも』
道すがらピジョットは俺とチビ助を見てふっと含み笑う。
“あの黄色い悪魔がこんなチビ助にいいように、って?”
背中に縛り付けたチビ助が耳をぐいぐい引っ張って抗議するのを堪えながら、俺は自嘲じみて笑い返す。
くっくっとピジョットは耐え切れぬ様子で笑った。

僅かながら、縁や故あって――拝借、くすねて来たとも云う――所蔵していた酒を酌み交わしながら俺とピジョットは語らった。
忌まわしくも懐かしい部隊での思い出、俺が彼女と共に軍を離れた後の話、それから、あの“終わりの日”の事。


その話の中でピジョットは幾らか小さな希望となりえるものを示した。
オノノクスから俺を逃がした後、スカーはピジョット共に逃げ出していたという。
あの日、ピジョットは竜達が飛び交う空で自身もまた竜の一頭に付け狙われる最中、地上に多数のクリムガンの群れと、彼奴らに取り囲まれひとり奮闘する黒い影、スカーの姿を見つけた。
数少ない生き延びた同胞、どうにか救援に向かいたいが、後方に迫るボーマンダと、地上に蔓延るクリムガンの存在が邪魔をする。
その時、長引く追跡に業を煮やしたかボーマンダが必殺の流星を呼び寄せんとけたたましい咆哮をあげた。
まさに絶体絶命、全力で翼に力を込め少しでも飛来する流星群の範囲より逃れようとするのが定石。
だが、この状況を逆手にとり、ピジョットは乾坤一擲の大勝負に打って出た。


煌々と燃え落つる岩石の間を針穴に糸を通すようにすり抜けながら、共に地上へと降下していった。
流星の一つがまず初めにクリムガン一頭を押し潰し、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い出して出来た刹那の隙。
ピジョットは群れの上すれすれを滑空しながらスカーを見つけ、獲物を掻っ攫うようにその肩に足爪を食い込ませて持ち去り、次々と飛来する流星により巻き上がる土埃を煙幕代わりにその場を離脱した。

その時のスカーの暴れようはそれはひどい様子だったという。
満身創痍、誰が見てもそれ以上はもう戦える状態では無かろうに、体力が尽き意識を失うその時まで、決死の形相で自分をあの村に戻せ、行かなくちゃならないと喚き散らして聞かなかったという。
追い詰められて錯乱していたのだろうとその時は思っていたが、逃げ込んで隠れ家とした崖上の洞窟にて看病の末に意識を取り戻したスカーの口から俺とシスターの事を聞いたという。


『すまぬ、ネズミ殿。もっと早くに事情を知り私も駆けつけていれば、せめてシスター殿だけでも救えたやもしれぬというに』
口惜しげに顔を俯かせるピジョットに“いや……”と俺は首を振るう。
『かの御仁は私にとって英雄であった。私にだけでなく、多くの我らの同輩達、無論、貴殿にも偉大な功績を残したろう。英雄たる資格を持つ者は優れた武勲を誇る者のみにあらず。それを身をもってシスター殿は示してくれたのだ。
かつての我らは皆どこか欠け、歪んでいたように思う。かの御仁はその身振り口振りでもってその隙間を埋め合わせた。それはなにも特別めいたものではない。シスター殿はただ普通に我らに接した。普通に話し、普通に笑い、普通に怒り、普通に悲しみ……。
恐れ、忌み嫌われるばかりの我らに何の分け隔てなく。ただそれのみ、だがそれが大きな救いとなった』


ピジョットは己の翼に刻まれた大小数多の古傷を眺め、しみじみと語る。
『過去の私が強欲なまでに武功を求めたのは何故であったか。いつの間にか理由など無くし、ただただ楽しんでいた。己の命を、時には他者の命をも賭け金として、無謀とも言える策に賭博の如く挑む事を。それを越えた先にある大きな褒賞を得る事を。
だが、思い出した。私は英雄となりたかったのであると。意味も無く羨望の眼差しや称賛を浴びたかったわけではない。他の者達の理想・しるべとなり、導き、希望を与えたかったのだ。 そして、思い知らされた。武功なぞ無くとも、ひとは英雄に、希望の担い手になり得るのだと』
はっと我に返ったようにピジョットは目を丸め、手持ち無沙汰に揺らいでいた盃をグイと飲み干す。
『ふう、歳を食うごとに口はいらぬ湿り気とくどい苦味を帯びるものだな。折角の再会を祝う席を汚してすまなんだ、ネズミ殿。はっはっはっ』
冠羽をかき上げ、ピジョットは爽快に笑い飛ばした。


共に生き残ったというならスカーは今どうしているのだろうか。
ピジョットに尋ねる。
『うむ。生き残った私とスカー殿はまず村の様子を見に行く事と相成った。我々のような脱走兵や村の生き残りがいるやも知れんとな――』
しかし、村は跡形も無く消えていた。確かにそこに村があった筈の場所にはただ不毛の荒野が広がっていた。
あの下劣なトカゲ共に蹂躙され尽くされたのだろう、上空から荒野を見下ろしながら忌々しそうにスカーは呟いた。
背にしがみ付く手から伝わる冷気と震えに、並ならぬ無念をピジョットは感じたそうだ。
暫し呆然と当ても無く旋回していると、奇妙な車両の一団が連なって村の跡地に向かってこようとしているのが見えた。
一団の何が奇妙と言えば、上辺こそ塗装で一般の企業か何かの輸送車両を装ってはいるが、ゴツゴツとした無骨で頑丈な造りはあからさまに軍用のそれだった。
その中の一台が一団を離れ、少し離れた位置から様子を窺う自分達の方へと位置を把握しているかのように進路を変えたことにピジョット達は気付く。


狙われていると察知し撤退を考えた頃には、既に飛行ポケモンが空に放たれ、地上には岩ポケモン達が展開されていた。
編隊を組む飛行ポケモン達は的確な連携で二匹を追い詰め、少し引き離したと思えば今度は地上から岩の対空砲火が雨霰の如く飛んでくる。
やはり素人ではない。ピジョットは確信を得た。
『彼奴らは間違いなく軍属であった者達だ。飛行部隊の中には、私があの我らが最低部隊送りになる以前に所属していた部隊の顔なじみの姿があった。
微塵の躊躇なく嬉々として私に襲い掛かってきおったよ。心当たりは……省みれば山ほどに。過去のツケ、因果は必ずや回って来る。痛感した次第である。
スカー殿の機転により自身の氷と我が風の力を組み合わせる術を思いつかねばあの場は乗り切れなかったろう』
辛くもその場を凌いだ後も、奴らはピジョット達を襲った。
『何ゆえ、立場を欺いてまでに我らを執拗に狙うのか。恐らくは彼奴らにとって表沙汰にはできない後ろ暗い行為の火消し、隠蔽を図ろうと躍起になっているのだろうと思っていた。殊に貴殿も含め我らが部隊にいた者は少々……うむ、”ひと癖”あるゆえ――』
幾度の襲撃の末、さしもの二匹もとうとう追い詰められる時が来た。
三方を敵に囲まれ、後方は崖、底からは激流が轟々と流れる音が響く。
先の戦いでピジョットは片翼を負傷し、対岸まで飛んで逃れる事は出来なかった。
よもやこれまで、覚悟を決めたピジョットは一つの賭けに出る。


ピジョットが負傷していない片方の翼を高々と構えると、内側に猛烈な風が渦となって孕み出した。
それを見るや、敵陣から風や氷など物ともしない屈強な鋼ポケモン達が進み出て並び、じりじりと前進を始める。
『やけっぱちの悪あがきかよ。いいぜ、どっちが多くあのクソ共を道連れに出来るか三途の川の渡し賃でも賭けっか』
悪態をつき、スカーは両の爪を研ぎ鳴らす。
『折角であるが、ごめんこうむる。それよりもっと採算ある勝負事の方へと既に我が目は向いている』
言って、ピジョットはスカーの方へと向き直る。
翼に巻く強風がごうごうと乾いた音を立てていた。
スカーの眉間に皺が寄り、恐らくは『なんのつもりだ、クソ鳥公』
そう言を発せられるよりも早く――翼は力強く振り下ろされ、解き放たれた風の激流がスカーを飲み込んだ。
大木をもしならせると図鑑にも謳われるピジョットの突風は、片翼だけであろうと四十キログラムにも満たないスカーの体など軽々と巻き上げて吹き飛ばす。
それは遠く遠く――崖の対岸に悠々と達するまで。
『幸運を』
ピジョットは敬礼し、呟いた。

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