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第44章_1

――それは、長い長い戦争が、ようやく終結し掛けた頃の事だった。
多大な犠牲を出しながらも自国の戦況は優位に傾き、勝利はもう時間の問題とされていた。
戦闘に駆り出される回数も目に見えて少なくなり、平穏な日々が続くようになった。
自軍の兵士やポケモンの表情も明るく穏やかになり、時には笑顔さえこぼれるようになった。

――だが、周囲が和やかになっていくのとは逆に、俺自身は段々と落ち着かなくなっていった。
何か漠然とした不安のようなものが頭を掲げ、重く圧し掛かるようになっていた。
やがて、その重圧の正体が序々に明らかとなっていくと、俺は行き場のない焦燥に陥った。

――俺の人生は、常に戦いの中にあった。それは、俺の唯一の存在意義であった。
だが、その戦いが終わってしまったら、俺は一体どうなる?
利用価値を失い、用済みとなった「兵器」に、どんな未来があるというのだ……?

――そんな或る日、自国に抑留中の敵軍小隊が秘かに撤退を始め、国境付近へと移動している、という情報が入った。
先回りして彼らの行く手を塞ぐ為、俺の所属する部隊はすぐさま出動した。
移動先と予測される場所には、国境線に沿って大きな森が広がっていた。
一旦そこへ紛れ込まれてしまえば彼らの脱出は容易となり、捜索は困難になると思われた。

――自軍は大胆にも、森を全て焼き払い、敵軍が脱出する事も、身を隠す事も封ずる策を講じた。
俺は風上から火を点けるように命じられ、単独で森の奥へと向かった。
度重なる戦火によって半ば枯れ掛けた木々の中に、一際大きな老木があった。
俺は、心に巣食う、言い様のない苛立ちをぶつけるかのように、老木へ向かって雷を落とした。
老木は轟音と共に弾け散り、めらめらと面白いほど簡単に燃え上がった。
次第に燃え広がる炎の渦を背に、俺は風下へと走った。


――折からの強風に煽られて、炎は凄まじい勢いで森全体を呑み込んでいった。
森を抜けた所から程近く、瓦礫の散らばる焦土の上に、黒い影が一塊となって佇んでいるのが見えた。
件の敵軍小隊の兵士達と、そのポケモン達だった。
兵士もポケモンも燃える森を見上げ、一様に嘆き、絶望した面持ちで立ち竦んでいた。
俺は身を隠そうともせず、血に飢えた獣のようにじりじりと彼らに近付いていった。

――俺の姿を見付けると同時に、彼らは驚愕の表情を浮かべ、更に寄り集まった。
走って逃げるだけの気力も体力も、もう既に残っていないのだろう。
数人の敵軍兵士を囲み、そのポケモン達は円陣を組むような形で守りを固めた。
やがて、俺が“誰”か、という事が伝わったのか――彼らの顔は緊張と恐怖の為、奇妙に歪んだ。
しかし彼らは最後の力を振り絞るかのように、玉砕覚悟で俺に襲い掛かってきた。

――だが、どれだけ束になって掛かってこようと、策も何も無く、ただ捨て身で向かってくるだけの、しかも疲弊し体力も残り僅かな連中をあしらうなど、俺にとっては雑作もない事だった。
俺は易々と彼らの足元を掻い潜り、隙だらけの背中へ向け、勢いよく電撃を放った。
彼らは耳をつんざくような絶叫と共に、糸が切れた操り人形の如くバタバタと倒れた。
余波を受けた敵軍兵士は呻き声を上げながら、苦痛に地面をのたうち回った。
自軍の兵士達が駆け付けた頃には既に、全ての片は付いていた。

――まだ息のある敵軍兵士は捕虜として連行され、その手持ちのポケモンも没収された。
更にその周囲には、攻撃の煽りを受けたものか、野生のポケモン達も少なからず倒れていた。
恐らくは元々その森に住み、火事に追われて逃げ出してきた者達だろう。
自軍の兵士達は役得とばかりに彼らを捕獲し、次々と軍用トラックの荷台へ積み込んだ。

――そして、その薄汚れた荷台の片隅に……「あの子」はいたんだ――


――程なくして引き上げの号令がかかり、俺もトラックの荷台へと乗り上げた。
『グッド・ボーイ』どこか嘲弄めいた笑みを浮かべ、頭に伸ばされかけた兵士の手を振り払い、俺は捕獲ケージの檻が並ぶ荷台の奥へと一匹向かった。
途中、両脇からは先程捕らえられた者達の畏怖、憎悪、侮蔑、怯えの視線が向けられ、まるで暴君の凱旋の如く、皆決して言葉には出せぬが拒絶に満ち満ちた気配が俺を取り巻いていた。
だが、こんなもの、いつものことだ。
まるで気にも留めないようにして、割り切って、鼻で小さく笑い飛ばして、俺は最奥の小汚く錆び付いた鉄板に背を持たれかけさせて腰を下ろした。
このまま疲労に任せて目を閉じれば、悪魔が寝付くにはふさわしいであろう土石流の最中でシーソーをしているかのような軍用トラックの破滅的な揺り篭に暫し揺られ、それから叩き起こされて家畜小屋が豪邸に思えるような宿舎へと押し込められ、起床ラッパより喧しい顔面バッテン傷の黒猫が押し売って来る喧嘩をうんざりとあしらいながら、次の出動を待つ。
繰り返しだ。……いや、それも、もうすぐ終わってしまうのか。
あるいは、寝入った隙を見計らって、檻の中に居る誰か、どいつでもいい、が長い爪や牙や針、何でもいい、を憎いであろう俺を目掛けて放って、一息に息の根を止めてくれるかもしれない。
このまま用済みとなって、恐らくは人間の手によって廃棄されるよりも、その方が互いに幾らか気が晴れ、俺も割り切れる。そんな風に思った。
しかし、生憎、檻の中にはそんな手段と度胸がありそうな奴はいなかった。
檻の中に入れられていたのは進化前や小型のポケモン達ばかりだ。
見るからに危険と判断された者は皆、簡素な檻ではなくモンスターボールの中に封じ込められたんだろう。
その証拠に幾つかの中身が入っているらしき青いモンスターボールが檻の上の籠の中に乱雑に放り込まれていた。


「当時は最新鋭だったスーパーボール……。軍属のトレーナーの中にはこういう最新の玩具を贅沢に使って遊べることを命を賭けるに値する対価の一つとしている輩も少なからずいた。あの時は結構な高級品だったらしいけど、今もかな?」
「普通のモンスターボールに比べりゃ少しは割高だが、今となってはその辺のガキでもちょっと小遣いを貯めりゃ余裕綽々買える程度だ。それどころかもっと性能が上のハイパーボールなんてのも流通し始めてやがる」
「へえ、スーパーだって中々抜け出しにくいってのに、『かがくのちからってすげー』ってところか。人間の進歩は恐ろしいものがあるな。その内、どんなに大きくて強力な奴でも弱らせる必要さえなく、投げるだけで簡単確実に捕まえてしまうものや、既に親登録してあるポケモンまで無理矢理IDを書き換えてスナッチ――強奪してしまうものまで開発されたりして」
「へっ、風の噂じゃあ、前者は既にどっかの大企業が開発を始めているって話だぜ? 後者だってあくどい人間どもが如何にも思いつきそうなことだ。その内、どっかの悪の組織が秘密裏に実用化まで漕ぎつけたりしてな」
「うへえ、くわばらくわばら……。っと、話が脱線してしまったな――。これからこの捕まった奴らは、過酷な調教や訓練の果てに兵器と変えられてしまうのか、もしくは研究所送りにされて愛護団体が内容を聞いたら泡を吹いてひっくり返ってしまいそうな実験の材料とされてしまうのか、はたまた日頃の戦いで心身ともに飢えた軍用ポケモン達への生餌や玩具にされてしまうのか――」
「話を聞いているとよ、何だか軍隊ってのもロケット団と大差ねえんじゃねえかって思えてくるぜ」
眉間を顰めてあっしは言う。


「……長らく凄惨な戦場に身を置いていると、生死、善悪、現実感、様々な感覚が麻痺してモラルが欠如していく。個人にだけ責任があるわけじゃあない。だからといって、いともたやすく行なわれたえげつない行為の数々が赦されるわけじゃあないが……。
勿論、軍に属する者達全員がそんな風になってしまうわけではないし、俺が追い遣られた部隊は、とりわけ人間もポケモンも素行の悪い者達ばかりだったというのもある。
誰が呼んだか、最低野郎共の吹き溜まり、蛇蝎が蠢く蠱毒壷、極悪中隊バッド・カンパニー、――実際は二、三十人程度の小隊規模だったけど――嫌われ者が爪で弾き回され最期に行き着く地獄の三丁目――そんな散々様々な烙印を押された奴らの手中にいるんだ、檻とボール内の彼らに待つのはろくでもない未来に違いなかった。
だが、俺がその時、彼らに対して向けていた目はきっと、まるで食べられるためだけに生まれてきた家畜を見るかのように冷ややかな目をしていたように思う。
あまりに日常的に繰り返し見てきた光景に、俺の感覚はすっかりと麻痺していた。
その中で、ふと、無味無感情を保っていた俺の意識に介在するものがあった。俺が座る丁度隣の檻内にぐったりと転がっている、黒と白二色の布――マントかケープ状で、何も飾りの無い質素で厳かな雰囲気は、どこか聖職者、シスターの服を思わせた――で身を包んだ物体。
そこから突き出ている、まるで自分にも同じものが生えているかのように見覚えがある、ジグザグに曲がった黄色い尻尾。
自分の尻尾と見比べてみて違うのは、先端にハート型を思わせる切れ込みが入っているのと、毛色がまっ黄色の俺よりややオレンジ色がかった色をしていることだった。
何だか無性に気になって、引き寄せられるように俺はそっと檻の隙間から手を伸ばして頭側の布を捲り上げた。
その下にあったのは同族、それも雌らしい顔付き。幌の隙間から差し込む光に照らされ、彼女の顔は薄琥珀色にてらてらと煌めいて映った。


俺は釘付けにされたように、意識を失ったままの彼女の顔をぼうっと見つめていた。
……茶々を入れられる前に言っておくけれど、その時は色恋じゃあなく、同族をこんな間近でまじまじと見ることが出来るのは初めてで、物珍しかったという単純な興味に依るものだった。
鏡で長々と自分を見つめるような嗜好も暇もなかったし、戦地となった国・地方には野生の同族はほぼ全くと言っていい程見られず、居たとしても図鑑の分布にも載らないほど極少数が隠者のようにひっそりと誰にも目に付かないように慎ましく暮らしているんだろう。
戦場で兵器として見かけることも極々稀だった。交戦中に落ち着いて観察している暇など無いし、戦闘が終わった頃には大半が原形など殆ど留めていないかった。元々、俺達は激しい戦いに向くような種族じゃあない。
体格は小さく、脆く、重量級の奴らに踏み潰されただけでほぼ致命傷だ。
一応は電気ポケモンの端くれとして電撃という強力な攻撃手段を持ってはいるが、単なる兵器として扱うならばもっと気性が荒く攻撃的なエレキブルやライボルト、機械的に従順に命令をこなすジバコイルやマルマインを採用した方が一、二回りも余計な手間と暇と予算を掛けずとも即戦力として投入できて手っ取り早いだろう。
俺含め同族は僅かな数だけが実験的に投入されただけに留まり、その過半数が碌な成果を残せぬままあっという間に戦火の中に消えていった。どこぞの酔狂な少佐殿がどういうわけか俺達を甚く気に入って、同族とその進化形にあたる種族を重用していたらしいが、会う機会も同じ現場に肩を並べることも無かったな。
檻越しに彼女の姿を見ていて、なんと、か弱く小さいんだろうと思った。ふわふわとした毛皮と赤い頬は小枝に引っ掛かっただけで破れてしまいそうで、布越しにも見て分かる丸みを帯びた体の線には、身を守るごつごつとした甲殻も筋肉も感じられない。
これが、同族、傍から見た俺の姿なのか。これが本来の姿なのか。衝撃を受けた。


時が経つのも忘れてそうしている内に、宿舎に着いたのか荒いブレーキと共にトラックは停車した。
いつものように俺の持ち主の兵士がボールを片手にやってきて戻るように声を掛けようとするが、普段とどこか違う俺の様子を悟ったのか、傍らの檻の中を怪訝そうに覗き込んだ。
兵士は直ぐに彼女の姿に気づき、それから俺を見て、何か邪推したようにニヤリと笑った。
兵士は慌ただしく荷下ろし作業に当たっている他の兵士達を盗み見て隙を窺い、そっと空のボールを取り出して彼女を中に入れ、自分の懐へと忍ばせた。
兵士は声を潜め、『安心しろ。こいつは後でお前にくれてやる』と愉快そうに俺に言った。
きっと、命令と最低限の食事以外にはまるで興味を示そうとしなかった俺が急に他者に、それも同族の雌に対してどうやら関心を示しているらしいことが、たまらなく滑稽で気を良くしたんだろう。
余計な真似をと思いつつも、もしかしたら彼女と少し話をすることが出来るかもしれない、同族、それも恐らく戦いに縁の無い生活を送ってきたであろう者が一体どんな考えをもっているのか知るいい機会だと新たな興味が湧き、甘んじて兵士のそのどこか邪な厚意を受け入れてみることにした。
 ボールに戻されて暫く経ってから、俺は自室――と言えば聞こえはいいが、独房のように狭苦しく不衛生なものだ。
元々は収容所だったものを後から宿舎に改築したなんて噂もあるが、本当のところは分からない――に解き放たれた。
目の前で兵士は俺を得意げに見下ろしながら、懐を探って彼女の入ったボールを取り出した。
『精々今夜はゆっくり楽しみな』
言って、兵士はボールから彼女を解放し、下卑た笑みを浮かべて部屋を出て行った。
俺は蔑んだ目でその背を見送り、溜息をついた。こっちはただ少し話をしたいだけだ、下劣な真似をする気は無い。
彼女はまだぐったりと横たわったまま身動き一つしない。俺も暫くは黙って起きるのを静かに見守っていたが、あまりにも死んだように動かないため段々と不安になってきて、一応息を確認して見ることにした。
ゆっくりと耳を彼女の口元に寄せると、すーすーと安らかな寝息が俺の鼓膜を揺らした。


息遣いの様子からして、どこか大きな怪我をしているわけでもなく、衰弱しきって昏睡状態というわけでもなく、今はただ呑気に寝入っているだけのようだった。
何だかいらぬ心配してしまったのが馬鹿らしくなって、俺は揺さぶってでもすぐさま起こしてみることにした。
起きろと声を掛けながら体を揺すると、ようやく彼女は“ううん”と呻きながら、上体を起こした。
少しばかり緊張が走り、俺は身構えた。もしかしたら急に逃げ出そうと暴れ出す可能性もゼロではない。
それと、心の隅にほんの少しだけ、浮ついて落ち着かないような、奇妙で不思議な何ともいえない期待感のような、そんなものもあったかもしれない。
彼女は目を眠そうに片手でこすりながら俺を見やり、
〈あら、おはようございます〉
のほほんとした調子で目覚めの挨拶をした。
そのあまりの呑気さに俺は呆気に取られて毒気を抜かれ、思わず言葉を失った。
彼女は黙っている俺の顔をまだ寝ぼけた様子でぼんやりと見つめながら数回まばたきし、突然、何かに気づいて驚いたようにぱちっと目を見開いた。
再び身構える俺をよそに、彼女は嬉しそうに目を輝かせ、
〈まあ、まあ!耳も、尻尾も、ほっぺも、まるでそっくり!でも、目付きはちょっと私よりツンツンしてるかも?〉
無邪気にはしゃぎながら、自分と俺の姿を比べ出した。
俺はまたしても呆然とし、なされるがまま彼女に体を見回されていた。
しばらくして興奮も収まったのか、彼女はハッとし、
〈ごめんなさい、とんだ失礼を。同族の方を見るのは初めてで、つい興奮しちゃって〉
気恥ずかしそうに謝って手を組んでぺこりと頭を下げた。
終始圧倒され、俺は”ああ”とこくりと頷くことしか出来なかった。


〈ところで、ここはどこなんでしょう?そして、あなたは?〉
落ち着いて自分の置かれた状況の異常に気づいたのか、きょとんと首を傾げて彼女は現状を尋ねた。
ようやくまともに話をすることが出来そうだと、俺は深々と安堵の息を吐く。
〈やだ、私ったらまた……すみません、礼儀知らずで。自己紹介はまず自分から、ですよね〉
だが、それをどうやら礼節を欠いたことで俺が気分を悪くして溜息をついたと解釈したらしく――当時の俺は、普段から無意識に仏頂面をしていただろうから、それも勘違いの原因だったろう――慌てた様子で彼女は謝り、はにかんだ。
〈私の名前はピカ――っと、こっちは同族の方に名乗っても意味無いですね。改めて、私の名前は――〉
そうして、彼女が名乗った名は――」

――言い掛けて、マフラー野郎は口篭る。
「……名前は?」
催促するようにあっしが尋ねても、マフラー野郎はふるふると首を横に振るった。
「今の俺には、あの子の名前を口に出来るような資格は無い。ただ、彼女の親代わりでもある牧師――人間だけれど、穏やかで笑顔の優しい人だった。
彼に賜ったという、電気と琥珀を意味する言葉に因んで付けられた彼女の名前はとても素敵なものだった、とだけ言っておく――

――名乗り終え、彼女は身の上も少しばかり話しだした。どこかぼうっと、おっとりとしている癖に、よく物怖じせずにぺらぺら喋り続ける奴だと思いながらも、戦いに縁の無い同族が一体どんな暮らしぶりをしているのか興味があった俺は、大人しくそれに耳を傾けていた。


何でも、彼女は小さな集落の教会――聖アルセウスを奉るものだ――で牧師をしている人間にまだ物心つかない頃から飼われていて、いつもその仕事を拙いながらも一生懸命に手伝っているらしかった。
聖職者のようだと思っていた彼女の黒いケープは、本当に“そのもの”だったというわけだ。
きっと、牧師が彼女のために特別に拵えたんだろう。
両親は既におらず、彼女が生まれて間もない頃に戦禍に巻き込まれて亡くなってしまったのだと、牧師には聞いているそうだ。
教会には同じような境遇の子ども達が大勢、人間もポケモンも問わずに居て、集落の他の人々とも助け合って暮らしているそうだった。
そういえば、俺が火を放った森の付近にそんな集落があるというようなことを作戦前に地図で説明されていた事を思い出し、心に一抹の影が差した。
大分、風上の方だったし、確か川か湖らしき水辺を挟んでいたから、大丈夫だろう。と俺は推し量った。
武装していない民間人が多く住んでいて、宗教施設があるような所を平気で巻き込むような真似は、幾ら軍部が馬鹿でもさせまい。
無残で無差別な殺し合いに思える戦争にも、最低限度のルールがあるのだ。
〈あの……どうかなさいましたか、怖い顔して?〉
黙りこくって難しい顔をしているであろう俺を、彼女が心配そうに覗き込んだ。
“何でもない、続けろ”と極力怯えさせないようにして応えると、安心したように微笑んで彼女は再び話し出した。
話を聞いている内、あの燃え盛る森に他の野生のポケモンと共に彼女が倒れていたのは、集落から森の方に大きな雷が落ちるのが見えて、もしも負傷者がいれば救助しなければと牧師や皆の心配を振り切って駆けつけてきたからだと知った。
自分の身すら省みずに他者を救おうとする神に仕える女と、己が生き残るために他者を害し続け悪魔と蔑み呼ばれるようになった男――まるで真逆の存在が出会った。

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