第43章 - 5

人通りを避けた山林の中に庇のように突き出した岩壁を見つけ、あっしらはその下で野営を張ることにした。
マフラー野郎の指示のもと、全員で手分けをして周辺から木の実等の食料と、枯れ葉や小枝を拾い集めていく。
「ひゃは、くらえッ、オレ式リーフストーム!」
「ぴゃッ!?」
あっしが面倒ながら地道に小枝を拾い集めている脇で、早々に飽きたのか、子ニューラが折角集めた葉っぱをチビ助にバサバサと浴びせてじゃれ出す。
「おら、遊んでんじゃねえ!ちゃんと手伝いやがれってんだ」
「ちぇっ、うっさいなー。分かったよ」
あっしが怒鳴ると、渋々と子ニューラは散らかした葉っぱを片し、抱え直した。
そんな様子を横目にニャルマーは溜息をつき、マフラー野郎はクスと微かに笑みをこぼす。
「よし、もう十分集まったかな」
持ち寄った食料と、中央にこんもり積まれた小枝と木の葉を、マフラー野郎は満足げに見回して言った。
「ちょっと離れていてくれ」
言って、マフラー野郎は指の間に電流を弾けさせ、小枝と木の葉の山に火を灯す。
火は徐々に大きく燃え上がり、あっしらは食料を分け合って火を囲んで座り込んだ。


飯も食い終わり、焚き火の暖かな火と光の傍、あっしは心の底からほっとする。
空は黒一色に染まり、辺りはすっかり闇に沈み込んでいた。子ニューラはチビ助を枕にしてぐーすかと寝息を立て、チビ助はその下でうんうんとうなされている。
マフラー野郎は仕方なさそうに苦笑して子ニューラを起こさないように慎重にチビ助の上からどけ、解いたマフラーをそっと二匹に優しくかけてやった。
ニャルマーの奴も顔を伏せ、体を丸めて寝入っているようだ。
「君も今日は色々あって疲れているだろう、ヤミカラス。ゆっくり休むといい。火の管理は俺がやっておくからさ」
余った小枝を火にくべながらマフラー野郎は言った。
あっしは揺らめく炎を見つめ少し思い悩んだ後、意を決して口を開く。
「オメエってさ、今までどんな生き様をしてきやがったんだ?軍隊に飼われてただとか、ネズミとは思えねえ腕っ節とか、肝の据わり方とか、言い方はわりぃがマトモじゃねえ。そろそろ少しくれえ身の上を話してくれてもいいんじゃねえか。こっちゃ何もわからねえまま散々無茶に付き合わされたんだからよ」
マフラー野郎は枝をくべる手をぴたりと止め、押し黙った。俯いて炎を見下ろす顔に、深い影が落ちる。
暫しの沈黙。焚き火の中の木がぱちりと大きな音を立てて弾けた。
マフラー野郎はゆっくりと顔を上げる。
「そうだな。少しばかり語らおうか」
自嘲めいた笑みを口元に浮かべ、マフラー野郎は呟くように言った。


駄目で元々のつもりだったが、まさか本当に話す気になってくれるたぁな。
仄かな期待と、少しばかりの不安を抱いてあっしはマフラー野郎を見やる。
「それじゃあ、まずは君から頼むよ、ヤミカラス。君が今までどんな風に生きてきたのか」
「はあ?何で俺様が?」
唐突な言い分に困惑するあっしに、マフラー野郎はわざとらしくとぼけた顔をする。
「自己紹介は自分からって言うだろう?何事においても、何かを得るには何かを与えなくちゃあならないものだ。俺だけ話すって言うのはフェアじゃあない。お嬢さんも、そう思わないかい?盗み聞きのような態度はあまり感心しないな」
言いながら、マフラー野郎は地面に丸まって寝息を立てるニャルマーを見やった。
眠りこけているとばかり思っていたニャルマーの耳が、ぴくりと反応する。
「……お見通しかい」
観念した様子でニャルマーは緩慢に起き上がる。
「本人の意に反して耳や尻尾の動きは正直なものさ。それに警戒心の強そうな君が、出会って日の浅い奴らの前で堂々と寝るなんて真似をするとは端から思ってないし、鎌を掛けたらズバリってとこ」
ニッとマフラー野郎は笑いかける。
ニャルマーは呆れたように鼻で息をつき、『はいはい、参った、参った』と白い尾先を振るった。
「じゃあ、早速、ヤミカラス君からどうぞ」
まるで学校の先生のようなもったいぶった口調で、マフラー野郎はあっしを指す。
視線が集い、あっしは駄目な落第生徒の如く、「う……」と答えを詰まらせる。


あっしのそれまでの人生なんざ、自慢げに誇ることもない、楽しげに語らうことも出来ない、無い無い尽くしの素寒貧でスカポンタン――てめえで言ってて涙がちょちょぎれそうな有様だ。
「どんな生き様っつったって、百貨店ん中でオメエらが見てきたもんが、俺様の全てだよ。物心ついた時からあの黒ずくめのクソッタレ共にびくびくへこへこ生き長らえてきた。それ以上、語ることなんざ何にもねえ……マジでよ」
吐き出た言葉の苦さに嘴の端が曲に歪み、枯れ枯れとした吐息が漏れた。
「でも、君はこれから幾らでも変えることが出来る。それに誇ることも楽しかったことも何も無いなんて、本当かい?例えば、あの筋肉の権化のようなワンリキーを一羽で倒した、恐ろしい犯罪組織のアジトからまんまと逃げおおせた――十分に誇ることができる武勇伝だろう?
皆で眺めたあの見事な紅葉、やいやいと騒ぎ合いながら野営の準備をしていたあの瞬間、ちっとも楽しくなかった?君は気づいていないだけ、気づこうとしていないだけさ」
屈託の無い笑顔を浮かべてマフラー野郎は言った。
その顔には何だか奴自身の他にも、別の誰かが重なって見えた気がした。
「……ケッ、べらべらと恥ずかしげも無く良く口の回る奴だ」
あっしは気恥ずかしさを払うように悪態をつき、そっぽを向く。
「さあ、お次はお嬢さん、君の番さ」
お呼びがかかり、ニャルマーはさながら窓からそろりと抜け出そうとしていた所を見つけられた泥棒みてえに、ぎくり、と体を揺り動かす。


「ふー……過度な馴れ合いはご免蒙りたいんだけどねえ。アタシの柄じゃあないよ」
「まあまあ、お嬢さん。今の俺達は一種の運命共同体だ。互いに腹積もりを幾らか明かし合って、一定の信頼を得ておくのはきっと無駄にはならないはずさ」
マフラー野郎はいつものどこか含みのある笑顔をニャルマーに向ける。
「やれやれ、ったく……火を囲んでジブンガタリなんざ、ガキのキャンプファイヤーじゃあるまいし……。でも、まあ、いっか。少しくらい。このまま寝付けそうも無いし。だけど、聞いて後悔すんじゃあないよ」
ニャルマーは渋々といった具合に口を開く。
「前にも言った通り、アタシの生まれはシンオウさ。もっと小さいガキの頃は、母親と二匹っきりでどうにか生き繋いでいた。父親がどこの誰かなんてわかりゃあしない。良い母親とは言えなかったが、種族的としてお世辞にも強いとは言えないアタシらニャルマーが、強かに悠々と生き延びる方法と手段を色々と学ばせて貰ったよ」
「ってえと?」
あっしはその悠々生き延びる方法とやらを、いずれ来るかもしれない一羽での野生暮らしの参考にさせて貰おうと興味津々で尋ねる。
「真似しようって?一つだけ特別に教えてやるが、アンタみたいな雄にゃあ無理さ。……いや、雄でもやりようによっちゃあいけるのかもしれないが――クク、アンタのムサい面じゃあねえ」
「ど、どういう意味でぇ!」
憤慨するあっしを、ニャルマーは鼻で笑う。
「強い雄、特に大きな群れのリーダーなんかを狙ってね、媚び取り入るのさ。その手段は――うぶなボウヤじゃああるまいし、詳しく言わなくたって大体、分かるだろう?」
「あ……お、おう……」
あっしは何となく意味を理解し、少し赤面して押し黙る。


「ふん……ま、その生き方にも限界があってねえ。年老いて、誰からも見向きもされなくなっちまったら仕舞いさ。母親の最期は、それはもう惨めなもんだった。置いていかれた悲しみよりも、人目を忍ぶように辺境のこれまた隅の穴倉で冷たく転がっていた”それ”に、己の行く末が重なって見えた絶望感の方が勝ったよ。アタシはあんな最期、ゴメンだ、絶対に。だから、アタシは何としても――」
初めて見るような愁いを帯びた顔でニャルマーは最後に何か言い掛けるが、ハッと取り直して押しとどめる。
「フフン、聞いて後悔したかい?だから他人様の過去なんて気軽に根掘り葉掘り詮索するもんじゃあないのさ」
誤魔化すようにニャルマーは普段の小憎らしい調子でからからと嘲った。
「じゃあ、あの山猫のガキ――コリンクの奴は一体どういうつもりで連れまわしてやがったんだ?強そうにも、大きな群れのリーダーにも見えねえが」
「あのまんまじゃあ、そうだけどね。あれからルクシオを経て、レントラーにまで成長すりゃあ中々のもんさ。アイツはシンオウでまあまあの規模の群れを持ったレントラーのご子息様の一匹でねえ。
その群れじゃあ、獅子は我が子を千尋の谷に落とす――自分のガキ共を一匹ずつ武者修行に送り出して、無事に帰ってきた奴を次代のリーダーとして育てるなんて古臭ーい風習をいまだに引き摺っていてんのさ。
人間が大昔より更にのさばり始めた昨今で、まったく無茶だよねえ。前々からその群れに目星を付けていたアタシゃ、偶然、アイツが人間のトレーナーに捕まりそうになっているところに出くわして、こっそりと陰から救ってやったわけさ。
群れのリーダー、上手く行けば次期リーダーに近付くためのダシにするつもりでね。途中までは上手くいってたが、ヘマしちまって人間、それもロケット団なんかに二匹揃って捕まっちまったもんだから、大番狂わせの台無しさ」


この女、態度や言動からしてカタギじゃねえことは分かりきっていたが、蓋を開けてみりゃ予想していたよりももっとひでえ黒さだ。
あっしは絶句し、コリンクの何も知らない純朴そうな笑顔がふと暗い夜空に見えた気がして、心の中で涙した。
ああ、きっとこんなこと知ったらアイツ、海より深えトラウマになるのは間違いねえ。
一生モンの雌不信になったっておかしくねえ。傍らから見てるあっしだってなりかけてる。
「おっと、これについちゃ煩わしい細かい事は言いっこなしさ。別に痛め付けたり、取って食おうって分けじゃあない。寧ろ守り、支えてやっているくらいだ。
行く行くアイツはアタシに安全な暮らしを与えるようになり、アタシもまたアイツが求める理想のアタシを与える――。持ちつ持たれつさ。誰しもが、アンタみたいに自力で自分の身を容易く守れるような力を持っている訳じゃあないんだよ、ニイさん」
顔を微かに顰めるマフラー野郎に、せせら笑うようにニャルマーは弁明する。
「ふーむ、思っていた以上に君は厄介そうだな、お嬢さん。コリンクに関して色々言いたいことは山のようにあるけれど、今はやめておこうか。下手に暴いても彼を傷つけそうだし……難しいな」
やれやれ、とマフラー野郎は溜息をついて嘆く。
「そうそう、今のアタシらは運命共同体。余計な不和は後回しにした方が賢いよ」
くく、とニャルマーは意地悪く笑った。
「それに、アンタだって人のことをいえないんじゃないのかい?」
「え?」
マフラー野郎が首を傾げると、ニャルマーはすやすやと寝入っているチビ助をちらりと横目で見やる。


「アンタとそのガキの間柄だって、何だか一癖二癖ありそうじゃないのさ」
ニャルマーは口端を邪に歪め、マフラー野郎をずいと見下ろす。
「さあて、アタシらの話は終わったんだ。そろそろアンタの話を聞かせてもらおうか。他人様の生き様にさんざケチ付けてくれたんだ。お礼にアンタのもじっくりと査定してやるよ、ねえ、ヤミカラス」
「おうよ、聞きてえ事は山ほどある」
あっしは同意してマフラー野郎に詰め寄る。
「……はは、お手柔らかに頼むよ」
マフラー野郎は乾いた笑みを浮かべた。
それから一拍置いて、マフラー野郎は覚悟を決めるように息を整えた後、もう一度改めて口を開く。
「俺が産声を上げたのは、某国の軍が所有する施設の一つだった」
あっしはハッとしてマフラー野郎を見上げる。
「そうだ、ヤミカラス。俺もまた、君と同じように、生まれる前から運命を決められた身だったのさ」
マフラー野郎は力なく苦笑する。
「物心がついた時には、濃い硝煙と炎、生臭い臭い漂う戦場に立たされていた。山のように大きく屈強な重量級達――主にドサイドンや、ボスゴドラ等、怪獣型のポケモン達だ。奴らの足音と咆哮はいまだに時折、夢にうなされる――が闊歩して大地を揺るがし、空を飛び交う竜達が雨霰の如く無数の流星や燃え盛る火炎を降り注がせていく。まさにこの世の地獄だ。だが、俺はその地獄を幾度も生き延びた。淡々と命ぜられるまま、目の前の敵を討ち続け、生き残り続けた。自軍を勝たせるため、同胞を守るため、国のため、そんな使命感は一切無く、それが生まれてきた意味ならば果たすまで、と割り切っていた」


あっしはしばし絶句した。流石のニャルマーも、顔を引き攣らせ俯いている。
同じ人工的に造られた身の上でありながら、あっしのチンケな運命とはまるでケタ違いだ。
いくらロケット団が悪辣な連中とはいえ、命まで落とすような任務はそう滅多にあるもんじゃねえ。
だが、こいつは……常に死と隣り合わせの地獄の縁を、否応なしに歩かされてきたって訳だ……マフラー野郎の黒い目に映る赤い炎が、まるで燃え盛る戦火のようにも見えた。
「そうやって生き延びていくうちに、いつしか敵軍の間で、俺はかなり名の知れた存在となった。勿論、良い意味じゃなく、悪い意味で、だけどね。根も葉もない噂が、トサキントの尾ヒレのように広がっていったもんさ。俺が歩いた後には草木一本残らないだとか、電撃で山を打ち砕いただとか、たった一匹で重量級ポケモンの大群をなぎ倒し、不利な戦況を覆しただとか、伝説の雷鳥、サンダーの化身だとか……」
「そ、そうなのか……?」
思わずあっしの声は裏返った。奴の身のこなしや機転、あの強力な電撃……
ホントにそんなモンが乗り移ってたとしても、ちっとも不思議はねえように思われた。
「まさか……そんな高貴なポケモンが、醜い争いになど加担する筈ないだろう?でもまあ、他の事については、当たらずとも遠からず、って感じかもしれないな。
そのうちに、同胞のポケモン達ですら俺を怖れ、避けて通るようになった。相手が赤ん坊だろうと年寄りだろうと、小型だろうと同族だろうと一切容赦はしない、余りにも血も涙もない、冷酷無比、残虐非道な奴だと、散々陰口を叩かれた。
揚句、『黄色い悪魔』なんていう、有難くない渾名まで頂戴したぐらいさ」
そう言って肩を竦めるマフラー野郎の表情は、仏さんとまではいかなくとも、悪魔などとは程遠いぐれえ穏やかだ。
だが、ふとした瞬間に、深い闇のようなモンが滲み出るのだけは隠せねえ。
「けれど俺自身は、そんな噂など別段気にも留めなかった。殺らなければ、自分が殺られる――ただそれだけの事が理解できないなど、何て愚かな連中なんだろう……そう思っていた」

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