第43章 - 4

「そっ、そんなの邪推だポチャ!彼らはそんな軽薄じゃないポチャーーー!!!」
ブチ切れた絶叫と同時に、エンペルトのヒレ状の翼がドンカラスの目前に迫る。
「クアアアアアアッ!!!!!」
どうにか間一髪で避けた途端、座っていた椅子がバキィッと真っ二つに割れた。
エンペルトは嘴の端にヒクついた笑みを浮かべていたが、その眼は全く笑っていない。
「……ねえドン、僕、最近、新しい技を習得したんだけど……試してもいいポチャ……?」
気のせいか、ふしゅるるると息を吐くエンペルトの周囲に、水のようなオーラが渦巻いている。
「ク……クハ…ハハハ……い、いや、じょ、ジョーダン、こりゃマジで冗談でやすってば!さ、ささ、飲んで飲んで!続きといきましょうか、ね?」
普段は真面目な堅物がマジギレした時ほど、手に負えないものはない……
からかうのも程々にしないと「あん時」の二の舞だ……と慌てて宥めすかし、ドンカラスは話を続けた――


――変わったガキだったな。人間の癖にあっしらポケモンに恩返しねえ……。
あっしは寝くたばっている団員共を見やった。
なさけねえ、ヤドンよりひどいマヌケ面で鼻ちょうちんを浮かべてうなされてやがる。
奴らのポケモンに対する態度は人間の中でも特に最底辺なのかもしれねえが、他の大半の人間共だってポケモンはパートナーだ家族だなんて上辺では綺麗ゴト抜かしていても、内心では薄々あっしらの事なんて何でも言うことを聞く便利な家畜としか見てねえだろう。
表向きじゃあ違法とされてるポケモンの売買なんてのがロケット団を馬鹿でけえ組織に急成長させている大きな栄養源だってのが何よりの証拠だ。
需要があるから供給があるってのが奴らが作る”社会”って群れの仕組みだとテレビの良い子の教育番組――あっしの元主人の下っ端野郎が安アパートでお決まりの安い惣菜弁当を餌みてえに口に掻き込みながらぼんやりと意味も無く眺めているのをあっしも横で見ていた――でもやっていた。
そのポケモンが団員共にどんなえげつないやり方で仕入れられてきたのかも知らず知ろうともせず、軽々と奴らに金を出して買い取って、したり顔で大事な家族だなんて言っている輩が居ると思うと、反吐が出そうになる。
「あのガキ、例え一人でもポケモン達を守るだなんてでけえ約束して、一体どう果たすつもりやら」
あっしは諦めたように苦笑する。
「何事も一つ一つの積み重ねさ。どんなに小さく頼りなく見えても、意味ある一歩だ。どんな大樹だって、それを支えているのは一本一本は細く頼りない根っこなんだから、ってね」
言って、どこか懐かしそうに、思い出すように、マフラー野郎はふと薄く微笑んだ。


「それも件の借りた言葉、かよ?」
片眉を吊り上げるようにして尋ねる。
「ああ。思えば色んな言葉を与えて貰った……。今の俺があるのも全ては”あの子”のおかげだ」
染み染みとマフラー野郎は呟く。――今思えば、その表情は穏やかながら、まるで煌々と照る炎が既に去って後は燻ぶるだけの焚き火の跡のような、あるいはたったの一枚だけ枝に遺されて木枯らしに揺さぶられている木の葉のような、物悲しさを孕んでいたように思う。
“あの子”……こいつを突き動かす“約束”とやらを交わした相手と同一人物だろうか。
口振りからして何となくそんな気がする。
しかし、一体誰のことやら。チビ助はそんな言葉を与えられる程に流暢には話せねえし……
他に、染み染みと、大事そうに思い返すような相手――あっしは、まるで頭の上で電球が灯るようにピンとくる。
「もしかして、コレか?」
あっしは片翼の羽根を小指に見立てて一本だけ立てて見せる。
途端にマフラー野郎は元々赤い頬を更に赤くさせ、「いや、まあ、その」とばつが悪そうに言葉を濁らせた。
「図星か」
ニヤリと、してやったり顔であっしは嘴を歪める。


――「何というか、昔から変わっていないんだな、ドン……」
心底呆れてエンペルトは呟く。
「へっへ、なんだ突然、今も変わらずあっしは若々しいってか?」
エンペルトは額にヒレを当て、やれやれと天を仰いだ――。

――「そうかそうか、お前にもそんな面がねえ、何だか安心したぜ、クハハハハハ」
元よりこの手の浮いた話を冷やかすのは嫌いじゃねえが、どこか浮世離れしたとこのあるマフラー野郎の普段からは考えられねえ人間臭い態度が可笑しくて、からかうのに余計に熱が入った。
まあ、よくよく考えてみりゃ、ガキ連れなんだから過去に浮いた話の一つや二つあって当然なんだが。
「なーなー、“コレ”ってどういう意味だ?」
子ニューラが二本爪の片方を立ててニャルマーに聞く。チビ助も真似して首を傾げた。
「が、ガキは知らなくていい。下品だから真似はやめなッ」
ニャルマーは気恥ずかしそうに言い、二匹の手を慌てて払い除けてやめさせる。
「ゴホン。さあさあ、もう出発しよう。さっきの子達が他の大人達にこの団員達の事を伝えてくれるだろうし、すぐにでも他の人間達がこいつらを捕らえにやってくるだろう。後は任せよう」
誤魔化すように咳払いして、マフラー野郎は早々の出発を促す。
「へーへー」
内心、笑いを堪えながらあっしは応じた。


さて、余計な厄介事に巻き込まれちまったもんだが、これでやっと心置きなく出発できるってもんだ。
晴々とした気分で再開の一歩を踏み出そうとした矢先、
「お、おい。待て、待て」
耳障りな濁った声があっしらを呼び止める。
「ぐぬぬッ――ああ、今度は何でえ!?もう人でも鬼でも竜でも何でもかかってこいってんだ!」
この期に及んでまたしても入ってこようとする邪魔に、苛々とあっしは羽根を震わせ、振り返って怒鳴った。
声の方にいたのは真っ黒な毛玉と、焦げて壊れた傘みたいな物体だ。
物体はあっしの声に驚いた様子でびくりと体を揺らす。その拍子にぱらぱらと物体から煤が剥げ落ち、中からラッタとゴルバットが姿を現した。
「おうおう、なんのつもりだテメーら。あれだけのしてやってもまだ懲りねえってのかい」
進化系が二匹とはいえ既に弱りかけ、勢いとマフラー野郎を当てにあっしは強気に打って出る。
「エラそうに……アンタは何もしてないじゃないのさ」
ニャルマーがちくりとぼやく。
「あ、オレ知ってるぞ!こーいうの確かライコウの威を借るロコンって言うんだよな?」
ぽん、と手を打って子ニューラが言った。
「おや、よく知ってるね」
マフラー野郎は感心した様子で子ニューラに頷く。
「えっへへ、親父達に習ったんだもんね」
嬉しそうにはにかんで子ニューラは得意げに胸を張る。


こいつら、言いたい放題言いやがって。ぎりぎりとあっしは嘴を噛み締める。
チビ助さえも普段からジト目気味な目付きを更に険しくして、あっしを軽蔑するように見やる。
だが、あっしが何もしていないのは全くの事実である以上、何も言い返すことは出来ない。
「ぐぐ、クソッタレ、こんな奴ら俺様だけでどうにでもなるってんだ、テメエらはそこでただ黙って見てな!オラオラ、来るならどこからでもかかってきやがれ!」
ヤケクソになってあっしは翼を広げ、ラッタとゴルバットに啖呵を切る。
「違う、違う、俺もう戦わない、戦えない。こいつも、な?な?」
ラッタはたどたどしく言って首をぶるぶると横に振るい、ゴルバットに同意を求める。
“ギィ”とゴルバットは一鳴きして頷いた。
「ああん?じゃあ、一体何のつもりだってんだ?」
内心ホッとしながら、あっしは強い調子で尋ねる。
「俺も、こいつも、飼い主どうなったか見に来た、な?な?」
“ギィ、ギィ”とゴルバットは二鳴きして頷いた。
「ヘッ、あのゲス共ならとっくに夢ン中さ。強烈な催眠をかけてやったから良くても半日は目覚めねえだろうよ」
存分に脅しかけるようにあっしは言った。
「かけたのはアタシだけどね」
ぼそりとニャルマーがぼやく。黙ってろ、とあっしが睨むと、ニャルマーはツンと顔を背けた。
ラッタとゴルバットは顔を向き合わせて何やら”チューチュー、ギィギィ”とささめく。
暫しの後、話が纏まったのか、くるりと二匹はこちらに向き直った。


「な、な、カラス、お前も、ロケット団のポケモン。でも逆らって逃げ出した、怖くないか?奴ら追ってくる、もし捕まったら殺される、な?な?」
“ギィ”とゴルバットが頷く。
「そりゃまあ――」
ラッタに尋ねられて、あっしは少し言葉に詰まる。改めて、冷静に考えてみりゃ、あっしは何とも恐ろしいことをしでかしたもんだ。
今回の団員共はとんだ三流の下っ端だったが、幹部やエリート団員の中にはもっと冷酷で頭が切れる奴がいるし、連れているポケモンだってもっと強力だ。
だが――あっしはちらりとマフラー野郎を見やる。
うっかり目が合い、マフラー野郎は挑発するようにニッと微笑んだ。
はあ、とあっしは深々と溜息を吐いた後、改めて覚悟を決めるように、すう、と息を深く吸い込む。
「ケッ、そりゃ、ちっとも怖くねえっつったら嘘になるけどよぉ。一生、奴らの言いなりになったまま、テメエらみてえにいつ使い捨てられるかも分からない日々をずっとびくびく過ごし続けて、でっけえ大空も、この燃えるような紅葉も、まだまだ計り知れねえこの世の広さと綺麗さを、自由を一度も味わわねえでくたばっちまう方が今となってはよっぽど怖ええや」
言ってのけた後、小っ恥ずかしくなってあっしはズッと鼻を啜った。
ラッタとゴルバットは再び顔を突き合わせ、話し合う。
「そか、そか、うん、うん。お前のおかげで決めた、俺も、こいつも、団から逃げだす。俺もこいつも、頑張って飼い主守れば、飼い主達も俺とこいつ危ない時、守ると思ってた。けど、違った。俺も、こいつも、もう奴らこりごり」
“ギィ!”とゴルバットは強く頷いた。


「俺様達と一緒に来るってのか?」
「いや、俺とこいつは一緒、お前等とは別々。俺とこいつ、裏切ったの、まだ知られてない。けど、お前等、知られてる。それに、数少ない方が、きっと見つかりにくい。別々の方が、お互い安全。な?な?」
“ギギィ”とゴルバットは少しすまなそうにして頷いた。
「そうかい。ま、別に無理矢理引き止めてやるような義理もねえし、好きにしやがれ。精々、すぐに捕まっちまわねえようにな」
「うん、うん、お前等、俺も、こいつも、感謝する、ありがと。お前等も、うまく逃げろ、捕まるな」
“ギィ”ゴルバットは頷き、こちらにバサバサと別れの翼を振るってから、ラッタと共に去っていった。
「彼らの幸運を祈ろう」
ラッタ達の背を見送りながらマフラー野郎はそっと呟き、チビ助を背負い上げた。
「……おう」
――「こっちだ!あそこに倒れているぞ!」――複数の人間達の声と足音が響いてくる。
「チッ、長居しちまった。おい、ニューラ、里に行くにはどっちに行きゃいい?」
「おー、まず目指すのはあのでっかいシロガネ山の方向だ!途中、スリバチ山と、チョウジタウンを過ぎてって、えーと、そこまで行ったらまたセツメーするぞ!」


てんやわんやのごたごたの末にエンジュを脱したあっしらは、子ニューラの案内に従ってまずはエンジュの東、スリバチ山方面へと向かった。
まったく、紅葉の余韻に浸る暇も無かったぜ。エンジュシティを振り返り、夕日に染まってより紅く煌々と照る紅葉とスズの塔を見やって、やれやれとあっしは嘆息を漏らす。

――「そういえばチビ助君がそのスズの塔の上に見たって言う七色の大きな鳥って、結局何だったんだろうな。
話を聞いていても変な嘘を言う子だとは思えないし、迷い込んできた癖毛の子も同じように塔の上をぼんやり見上げて、引き寄せられるかのようにやってきたんだろ?」
エンペルトは首を傾げて、問い掛ける。
「ん、後で知ったことだが――何でもスズの塔の屋上は伝説の霊鳥が舞い降りてくる神聖な場とかって云われてるそうで。その霊鳥の姿ってのが七色に輝く大きな鳥なんだとか――」
「へえ!ってことは、チビ助君達はもしかしたらその霊鳥を見たのかもしれないってことか?」
少し興奮気味に食いつくエンペルトに、ドンカラスは「いんや、ありえやせんよ」と苦笑気味に首を横に振るう。
「どうしてだ?」
「霊鳥に纏わる伝説の一つにこんな話があってな。“その姿を見た者は永遠の幸福が約束される”
……だったら、何の罪もねえ筈のチビ助がどうしてまたあんなひでえ運命に巻き込まれなきゃならねえ?
チビ助が本当にその姿を見ていて、その霊鳥が実在してやがんなら、てめえの加護なんてとんだ嘘っぱちだって、その高飛車に澄ましているであろう面をぶん殴ってやりてぇよ」――


――「なーなー、ちょっと休憩しないか?オレもう疲れちゃったよー、ネズミー」
スリバチ山の山道に差し掛かったところで、子ニューラがくたくたになった様子で愚図る。
「オメエが寄り道させたせいで無駄に疲れてんだろうが。我慢して歩きやがれよ」
本音のところはあっし自身も疲れきっちゃあいたが、これ以上こいつのワガママを通すのは癪だ。
「なあ?」
あっしはニャルマーに振り向いて同意を求める。
「今回ばかりはアタシもそのガキに賛成さね。散々走り回らされたし、奥の手だった催眠術を何回も使わされて、くたくただよ。元々そんなに体力ある方じゃないってのにさ」
気だるくニャルマーはぼやく。
「あんだよ、オメエまで……」
口では不満そうに言いながらも、それ以上反論する気も無く、あっしは判断を仰ぐようにマフラー野郎に目をやった。
マフラー野郎は、巣に帰ろうと逸るポッポやオニスズメのどこか寂しげな鳴き声響く橙色と紫色の入り混じった空を見上げ、暫らく思案する。
「うん、確かにこのペースだと山道の途中で夜遅くになってしまいそうだな。夜の山は危険だ、疲れきった体じゃあ余計にね。そうだな、適当な場所を見繕って一晩野営しようか」
「やったぁ!」
マフラー野郎の決定に、子ニューラは飛び跳ねてはしゃぐ。
ちぇっ、またクソガキの思い通りか。だが、ま、あの団員共もしっかりお縄になっただろうし、しばらくは追っ手の方も大丈夫だろうか、あっしは疲れに任せて楽観的に考えることにした。
その日の晩は、空に月が無い不気味な程に闇の濃い夜だった。

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