第43章 - 3

「チッ……おめえも、やるならさっさと電気でビリビリッとやっちまえよ。何でいつまでも追っかけてんだ」
「下手に放てばあの子達まで巻き込みかねない。機会を窺ってはいるが……」
パリパリと頬から電気を漏らしながらマフラー野郎は答える。
「おいおい、このクソガキ――ニューラを助けるときには躊躇無く派手にドッカンドッカンぶちかましてやがっただろうが」
「それはあくまでこの子の傍まで行ってからだったろ?俺の電撃は無差別に広い範囲を攻撃するにはいいけど、一点を狙い撃つのには不便だ。当ててはいけない対象が同じ射線上にチラつく中、しかも走りながらじゃあ、ね」
マフラー野郎は歯痒そうに眉をひそめる。それを聞き、子ニューラの耳がピクリと動いた。
「うわ――!」
前方から、ガキの悲鳴が上がる。見ると、走り疲れて足でももつれさせたのか地面に倒れこんだ癖毛のガキを、ぶかぶか帽子のガキが懸命に助け起こそうとしていた。
その隙に、牙を剥き出したゴルバットとラッタが容赦なく迫る。
「――ッ!イチかバチか、やるしかないか」
ギリ、と歯を噛み鳴らし、マフラー野郎は激しく電流を迸らせる。
「まったぁ!それなら得意だ、オレに任せろ!」
唐突に得意げに子ニューラが叫ぶ。「はぁ?」と怪訝に振り向くあっしの顔の横すれすれを、微かな風を切る音が二度過ぎ去った。
間髪入れず、再び前方から、今度はガキのものじゃない濁声の叫び声が上がる。
見れば、ゴルバットとラッタが頭を痛そうに抱えて悶絶し、近くに野球ボール大の氷塊が二つ転がっている。
「見たか!親父譲りのゴーソッキュー!奴らの後頭部ど真ん中にストライクだぜ、ひゃはは!」


得意げにガッツポーズを掲げ、子ニューラは飛び跳ねてはしゃぐ。
『なるほど、いい腕だ。益々、旧友を思い出す』
マフラー野郎はしみじみと呟き、口端にじわりと笑みを滲ませる。
「氷の礫――!?邪魔ばかりしやがって、今度はどこのどいつだ!」
何度も何度も入る邪魔に、耐えかねた様子で団員達は振り返った。
ぶかぶか帽子のガキは急に倒れたラッタとゴルバットとあっしらを驚いた様子で交互に見ていたが、団員達の注意がうまく逸れているのを察したのか、素早く癖毛のガキを助け起こしてこっそり離れていく。
「ボロきれ巻いたネズミに子ネズミ、ヤミカラスに、青色のネコに、ニューラ……?野生にしちゃ変な組み合わせだ。どこかにトレーナーが……いや、まて、こいつら、確か報告にあった――」
「コガネの奴らが逃がしちまったってポケモンどもか?だが、報告じゃあニューラなんて無かったぞ」
あっしらを無闇に刺激しないようにしてか、ゆっくりと慎重にラッタとゴルバットの方に後退しながら、団員達は言葉を交わす。
「こんな弱そうな小型のポケモンどもを逃がすようなマヌケどものことだ、口も目も間違えるさ。それより、チャンスだ。代わりにこいつらをとっ捕まえりゃ、奴らに大きな貸しが作れる」


「そりゃいいや。うまく行けばサカキ様の目にも止まって、コソ泥なんてチンケな仕事よりもっと大きな仕事を任されるようになるかもしれねえ。
へへ、今日は厄日だと思っていたが、どうやら運が向いてきたかなこりゃ。何のつもりかしらねえが、さっさと逃げときゃいいものをわざわざ俺達の目の前に出てくるなんて、馬鹿な奴らだ」
全くもってその通りだ。団員の言葉にほとほと同意してあっしはため息を吐く。
「おら、いつまでものびてないで、起きろ」
「あいつらを捕まえる。逃げられないようにさっさと弱らせろ」
団員達は倒れるラッタとゴルバットを叩き起こし、あっしらに襲い掛かるように命ずる。
まるで財宝を前にした盗人みてえに、団員共はすっかりガキ共のことなんざ忘れて、目の前の手頃な手柄に目を眩ませている。
だが、金銀財宝ってのは大抵、屈強な警備員やら、巧妙な罠やら、恐ろしい化け物がしっかりと守っているもんだ。
迂闊に手を出せば最期――。
『おい、ガキどもは十分離れた。もう遠慮する必要なんてねえだろ』
『ああ』
言われるまでもないといったように、電流を獣の如く唸らせマフラー野郎は手を掲げる。
瞬間、青い閃光が駆け抜け、轟音が鳴り響いた。


埃が焼けるような乾いた臭いのする白煙がもうもうと立ち籠める。
団員共は何が起こったのか分からないって面をして、痙攣して転がっている自分の手駒達を暫し呆然と眺めた。
「ひ……」
団員共はまるで化け物でも見るみてえに怯えた目でマフラー野郎を一瞥し、何もかも投げ打って我先にと逃げていこうとする。
その無様な背を、ラッタとゴルバットは地に伏せたまま成すすべなく愕然と見つめ、深い失意と怒りの混じる声で呻いた。
哀れな奴らだ。
あっしも、もしも奴らの下に残っていたとしたら、いつかこんな風に使い捨てられていたのだろうか。敵ながら、少しばかり同情する。
『子分まで見捨てて、あいつらやっぱりサイテーの中のサイテーだ』
子ニューラは憤慨して言い、団員共を逃がすまいと刃物のように鋭い氷片を取り出して狙いを定める。
だが、すぐに横からマフラー野郎が氷片を子ニューラから取り上げた。
『あっ、なにすんだ。返せよぉ』
『ダメだ。人間相手にこれは怪我だけじゃあすまなくなる』
せがむ子ニューラにマフラー野郎は首を横に振るう。
『むー、だからってあんな奴ら見逃すってのか?ちょっとガッカリだぞ』
『いいや、むざむざ逃がしてやるつもりもないさ――』
出し抜けにマフラー野郎はするするとマフラーを解き始める。


『ちょっと預かってて』
マフラー野郎はチビ助をあっしらにひょいと渡し、解いたマフラーを口にくわえて、逃げる団員共に向かっていった。
マフラー野郎はマフラーを残像の如く引き摺りながら何度か木々の間を迂回し、みるみる団員共に迫っていく。
そのままマフラー野郎は奴らを追い越し、その足元を素早く横切っていった。
「なッ!?」
ほぼ同時、団員どもは何かに足を取られ――ピンとロープのように張られたマフラーだ――盛大に体勢を崩す。
即座にマフラー野郎は奴らの周りをぐるりと数回駆け巡り、仕上げとばかりに思い切りマフラーを両手で引っ張る。
瞬く間にマフラーがまるで蛇の如く意思を持ったように団員共の体を縛り上げてしまった。
「な、なんだこりゃ、ぐっ、取れねえ!」
じたばたと団員達はもがくが、人間の大人の力でもあの妙な生地はびくともしないようだ。
『無駄だ。良く鍛錬されたガブリアスであろうと、それを引き裂くには少々難儀するだろう』
事もなさげに言って、あいつは『もう大丈夫だ』とあっしらを呼び寄せる。
『おまえ、ビリビリ以外もすっげーな!なんだ今の、どーやった!?』
わくわくしながら子ニューラが問い掛ける。
『ああ、くさむすびって技のちょっとした応用というやつさ』
『で、このクソッタレ共はどうすんだ?まさか大事なマフラーをずっと縛っておくわけにはいかねえだろ』
あっしが言うと、一斉に団員共に視線が集う。


団員共はぞくりと身震いし、顔から血の気が引く。
「畜生の分際で、何をごちゃごちゃ喚いてやがる……?」
「大方、遅い昼食の分配の仕方でも相談してやがるんだろう。こいつらの体格なら一人分で腹一杯になるかもしれない、お前、先に犠牲になって来い!」
「ふざけんな、てめえが先に食われろ!」
縛り上げられた惨めな体勢で、自分だけでも助かろうと互いに押し退け合う二人を見て、あっしは心底呆れた。
こいつらの小者ぶりに対してもそうだが、少し前までこんな奴らにびびってへーこら逆らえずにいた己のなんと情けなかったことかと。
『誰がてめえらの骨の髄まで腐り果ててそうな肉なんざ食うかっつの』
ぺっ、とあっしは唾を吐き捨てる。
『見ていられないな。これ以上マフラーを汚されてもたまらない。お嬢さん、後は頼んだ』
ふう、と見るに見かねた様子で息をつき、マフラー野郎はニャルマーに声を掛ける。
『はて、あたしゃアンタほど一思いにやれる強力な攻撃手段は持ち合わせてはいないからねえ。じわじわと嬲り殺してやりゃいいのかい?』
ニャルマーは爪を見せびらかす様に伸ばして素っ気無く問い返す。
『気持ちは分からないでもないけれど、なるべく穏便に頼むよ。スリープの時みたいにさ』
マフラー野郎はにこやかながら有無を言わせる余地の無い笑みを浮かべる。
『はいはい、分かった分かった。精々、奴らには飛びきりの悪夢を見せてやるさね』
ニャルマーは諦めた様子で応じ、面倒げに尻尾を揺らしながら団員共に歩み寄っていった。


ぐっすりと眠りこける団員共からマフラー野郎はそっとマフラーを解き取り、ぱたぱたと丹念に汚れを払う。
『ったく、そんな奴らまで手間掛けて生かしてやる義理なんざねえだろうに、どれだけお優しいんだか』
たっぷりとトゲを込めてあっしは言う。
『どんな命にだって生きている意味はある、ってね。こんな奴らでも生きてさえいればいつかは変われるしれない。流れる川の水がいつまでも同じじゃないみたいに、心だって入れ替えられる。借りた言葉だけれど、俺は信じたい』
『ケッ、こんな澱みきったヘドロ沼みてえな奴らがそう簡単に変われるかっつの。生かしてやった恩も逆恨みに変えて、目覚めたらすぐに俺様達の事を報告するに違いねえや。もういい加減に用は済んだろ、さっさとこの場を離れようじゃねえか。電撃で大きな音も立てちまったし、他の人間が来るかもしれねえ』
言って、発つ準備をしようとしていると、近場の木の影からカサカサと音が立ち、何かがぬっと顔を出す。
あれは助けてやったぶかぶか帽子のガキだ。ほとぼりが冷めるまで下手に動かず身を隠していたようだ。
きっと裏には癖毛のガキも一緒に隠れているんだろう。
まあ、特に気にしなくても害はねえか。あいつらにあっしらの行動がどんな風に映っていたかはわからねえが、野生のポケモンに近付くのは危ないと親からちゃんと刷り込まれてやがるだろう。
あっしらが去ったのを見計らって、勝手に逃げていく筈だ。
しかし、どういうわけかぶかぶか帽子のガキ木の裏からそのまま姿を晒し、まるで臆する様子もなくにこやかにこちらへと向かって来ようとしていた。
「お兄ちゃん、そいつら野生のポケモンじゃないの!?危ないよ!」
木の裏から癖毛のガキも顔を出し、驚いた様子でぶかぶか帽子のガキを止める。
「この子達は大丈夫さ。危ない所を助けてくれたのを見ただろ?ちゃんとお礼言わなくちゃ」


そう癖毛のガキを制し、ぶかぶか帽子のガキは、すたすたとこちらへ歩み寄ってきた。
『おい、早く……』
『ちょっと待ってくれ。あの子が、俺達に挨拶したいそうだ』
早えとこずらかりたいあっしらを他所に、マフラー野郎はその場に踏み留まった。
『何言ってやんでえ。これ以上関わるとロクなこたぁねえぞ』
『そんなに時間は掛からないさ。それに……あの子なら大丈夫。眼を見れば分かる……』
マフラー野郎が逃げる様子を見せねえのを悟ったのか、ガキはにっこりと笑いながら近付き、あっしらの前でぴたりと足を止めた。
「あの……助けてくれて、どうもありがとう」
そう言ってガキは帽子を脱ぎ、あっしらに向かって深々と頭を下げた。
「この事は一生忘れない……俺、大きくなったら、君達……ポケモン達に恩返しするよ!」
『そうか、そりゃあいいや』
マフラー野郎が笑いながら頷くと、ガキも大きく頷いた。
「そうさ、もし、ポケモン達がピンチになったら、今度は俺が助けに行くからさ。たとえ俺一人でも……絶対に、悪い奴らからポケモン達を守る!約束するよ!!」
『ああ、その気持ち……いつまでも忘れないでくれ』
無論、人間にポケモンの言葉なんか分かる筈はねえ。
だが、そん時、確かにあいつらは――
あいつとガキとは、言葉を越えた“何か”で通じ合っていた……そんな風に見えた。
「じゃあね、いつかまた会おう!」
ガキは帽子を被り直し、癖毛のガキの方へ走っていった。
「さあ、行こうか。早くしないとみんなが心配するよ」
「う、うん……」
去り際にガキはもう一度こちらを振り向き、大きく手を振った。
それを受けて、マフラー野郎も呑気に手を振り返しやがる。
そんな様子を見て、癖毛のガキもこちらへぺこんと頭を下げ、慌ててガキの後を付いて行った。
そしてようやく、二人のガキの姿は紅葉の中へ消えていった。


――
「ふうん、その子達は今頃どうしているんだろうね」
「さてねえ、どうなってる事やら。何せ、もうかなり昔の話でやすからねえ。ま、一つだけ確かなのは、あのぶかぶかだった赤え帽子も、今ならピッタリなんじゃねえですかい」
「……赤い帽子?」
ふと何かを思い出したように、エンペルトが呟く。
「そう言えば……あの子も赤い帽子だったなあ……でも、まさか……」
「ん?何か心当たりがあるんでやすか?」
「うん、僕がボス達に初めて会った時、友達のナエトル……いや、今はもうドダイトスだけど……彼の主人になったのが、赤い帽子の子だったのを思い出してさ」
「ああ、後にたった一人でギンガ団に乗り込んでったっていう、奇特な人間でやしょ?その辺のこたぁ、トバリの連中の方が詳しいでやしょうが……まあね、あっしもその話を聞いた時、ちらっと思い出しはしやしたが、そいつぁまったくの別人でさあ」
「え?ドン、彼を知ってるのか?」
「へえ、つい先日、そいつが最年少でシンオウのチャンピオンリーグで優勝したって、テレビのニュースでさんざん騒いでやしたからねえ。でも、あん時のガキ共はそいつじゃねえや。もっと年上だろうし、帽子の形も違いまさあ。ましてや、もう一人みてえな癖毛でもねえ」
ドンカラスは杯を置き、フッと苦笑を洩らした。
「でもよ、ひょっとしたら、どこにでもそんな数寄者の一人や二人はいるのかもしれねえ。だからきっと、あのガキ共も今頃……同じようにポケモンの為に働いてくれてんじゃねえのか……へへ、そんな風に思うのも、あいつの影響かもしれねえでやすがね」
「そうか……そうだよね……でも、ちょっと意外だな」
「……何がでやすか?」
エンペルトが意味有りげに笑うのを見て、ドンカラスは怪訝な表情をする。
「いや~、ドンもニュース番組なんか見るんだ~、と思ってさ~」
「あ、あったりめえでやしょ?!仮にもあっしゃあ、ボスからシンオウの管理を任されてるんだ、人間共の動向も把握してなきゃお話にもなんねえ、ってもんでさあ!」


エンペルトの言い様に少々ムッとしたように、ドンカラスは虚勢を張った。
まあ、実際の所は、楽しみにしていた名画劇場「極道の♀たち・三世代目姐」の録画に失敗し、代わりに録られていた報道ニュース特集を仕方なく見ていたのだったが……それはさて置き。
「そうそう、それで思い出しやした。あの幽霊騒ぎの時の、髪の長え方の女の子……どうやら、その新チャンピオンと知り合いらしいですぜ。インタビューの時、隣りに映ってたっけなあ」
やり返そうと、今度はドンカラスがニヤリと笑いながらエンペルトを窺う。
「ヒカリちゃんが?」
「へえ、それにちらっとでやすが……あのお嬢さんも一緒にね」
「……え……」
またしても“急所”を突かれ、エンペルトはギクリと表情を強張らせた。
「それから、チャンピオン手持ちのドダイトス……さっき言ってた、お前さんの友達じゃねえかと思いやすが……どっしりした面構えで、なかなか良い男振りじゃねえですかい。お嬢さんと随分仲良さげで、何やらいい雰囲気でやしたっけねえ。へへへ」
「?!」
その途端、ビシィッとエンペルトが凍りついた。明らかに効果は抜群のようだ。
「そ、そそ、そりゃ……彼だって、か、彼女とは研究所からの、お、幼馴染だポチャからして……た、立ち話ぐらいは、してもおかしくないポチャからして……」
思わずしどろもどろになるエンペルトに、ドンカラスは更に畳み掛ける。
「しかしねえ、遠くのつれねえ、しかも酔った勢いで何しでかすか分からねえ男なんざより、近くにあんな頼もしそうな男がいりゃ、いくらあの気の強えお嬢さんだって、ついフラフラッと……」

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