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第43章_1

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「ドンとマニューラ、二匹の出会いは分かった。でも、どうして二匹は、それとニャルマーも、ジョウトから遠路遥々シンオウまで来る事に? 逃亡者のドンとニャルマーはまだしも、マニューラにはちゃんと帰るべき里があるんだろう?」
まさかやんちゃが過ぎて勘当されちゃったとか?冗談っぽくエンペルトはそう言葉を続けようとしたが、途端にドンカラスの顔に暗い影が差したのを感じ取り、はっとして口を噤む。
「ああ、今となっては“ある”じゃあなく“あった”だがな。あっしに、あっしらにもっと力がありゃ……悔やんでも悔やみきれねえ、忘れたくても忘れきれねえ、炎の記憶……ま、追々話していくとしやしょう」

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一行に子ニューラを加えたあっしらは、里まで案内させるための交換条件である“紅葉が見たい”という願いを叶える為、一路エンジュシティを目指した。
道中、子ニューラの奴は相変わらずマフラー野郎にべったりな様子でうきうきとして話し、マフラー野郎もそれに穏やかに応じていた。
あっしとニャルマーは小煩そうにしながらも、仕方なく同行していく。傍から見りゃまるでお気楽な旅行でもしてるみてえだった。
あっしらは逃亡者の身だってのに、果たしてこんな調子でいて大丈夫なんだろうか。あっしは一羽、何ともいえない焦りのようなものを抱き始めていた。
アジトの一つからはどうにか逃げ出せたとはいえ、まだまだ安心は出来ねえ。
かつてのジョウトには、そこら中の町に表向きはうさんくさい商店やひと気のない倉庫に偽装したロケット団の小さな拠点が、害虫の巣の如く蔓延っていた。
ジョウト自体から脱出でもしねえ限りとてもじゃないが安全とは言い難い。


それにあのゲス野郎――群青のヘルガーの『地の果てまで追い詰めて殺してやる』って怨恨の言葉が頭の隅にこびり付いたまま取れなかった。
奴の執念深さは筋金入りだ。底辺の存在だと完全に見くびっていたネズミにしてやられたことで、山の如く高いプライドもずたずたに傷つけられ、面目を晴らす為により一層執拗さに拍車がかかることだろう。
まさか殆ど何も手がかりも無いままあっしらの後など追っては来れまいと思ってはみても、拭い去れきれない胸騒ぎがあった。
「なー、ネズミぃ。オレ、もう歩き疲れたー。おんぶしてよー」
そんな事も露知らず、呑気に子ニューラは駄々をこねだす。
余程甘やかされて育ったのか、それとも逆に普段厳しくされている事による反動なのか、どちらにせよ何てわがままなクソガキだ。
怒鳴りつけてやろうかとあっしが考えている傍で、マフラー野郎は苛立つ風もなくやんわりと首を横に振るった。
「そうしたげたいのは山々だけれど、エンジュまで行きたいって言ったのは君自身だよ。自分の足でもうちょっとだけ頑張ってみるんだ。その方がエンジュまで行けた時、紅葉はもっと綺麗に見えるはずだよ。それに、俺の背中にはもう先客がいるからね」
「先客?」
きょとんとして子ニューラは首を傾げた。
「ああ、まだ紹介していなかったっけ。――起きてるだろう、出ておいでピチュー」
マフラー野郎は肩越しに自分の背中に声をかける。
ぎくり、とした様子で、背を覆うように巻かれたマフラーの不自然に膨らんだ部分が揺れ動いた。
「ほら、隠れていないで、ちゃんと挨拶するんだ」
マフラー野郎が言うと、観念した様子で渋々とチビ助はマフラーの中から顔を覗かせる。


「おお?ひゃは、なんだこいつ、ネズミよりちっちゃいネズミ!なーなー、おまえもビリビリ出せるの?」
興味津々な様子で子ニューラは目を輝かせ、足の疲れもすっかり忘れたように詰め寄っていく。
チビ助は少しびくつきながらも子ニューラをじとりと無言で暫し見据え、ふんと鼻を鳴らしてぷいと顔を背けた。
「あ! 無視すんなよ!オレはニューラ様だぞ、おまえなんかよりずっと強いんだぞー!」
むっとした様子で子ニューラはチビ助が顔を背けた方へと回り込んだ。
ぎょっとしながらもチビ助は再び鼻を鳴らしてそっぽを向き、子ニューラもむっとして先回りし、負けじとチビ助も背を向け――二匹はそんな応酬をしばらくの間繰り広げた。
「むー、おまえ、ナマイキだ!」
とうとう業を煮やしきった子ニューラはチビ助の首根っこを掴む。
「おや?」
背の違和感にマフラー野郎が振り返るより早く、子ニューラはマフラーからチビ助を引きずり出す。
チビ助は面食らった様子で慌ててじたじたと逃げようとするが、子ニューラは背後から覆い被さるようにチビ助の体を押さえつけてしまう。
「にひひ! おら、悔しかったらビリビリ出せッ!」
言って、子ニューラはそのままチビ助の幅広の左耳にがぶりと噛みついた。
「ぴゃー――ッ!?」
いつもは子どもらしからぬ横柄とも思える程の落ち着きを持ったチビ助が、初めて悲鳴を上げた瞬間だった。


「ありゃりゃ」
「おいおい、止めなくていいのかよ」
慌てるでもなく呑気に眺めているマフラー野郎に、あっしはそっと声がける。
チビ助は強情に泣くのを堪えながらも、うるうると涙を滲ませた視線でマフラー野郎に助けを求めた。
「はっは、良かったなピチュー。遊んでくれる友達が出来て」
朗らかに笑ってマフラー野郎は言ってのける。すっとぼけた態度に思わずあっしはずっこけそうになり、チビ助は愕然とした表情をしてぶるぶると首を横に振るう。
「そうだ、折角背中を降りたんだし、いい機会だ。君ももう少し一人歩き出来るようにならないとな」
思い出したようにポンと手を打ってマフラー野郎は言った。ぎくりとした様子でチビ助は目を背ける。
「トキワの同い年くらいの子達は、少しくらいお父さんお母さんと離れてももう平気だったろう?まだまだずぅっと先の話でも、君もいつかは俺の背中から離れなきゃいけない時がくるんだ。今の内から練習だよ」
ビッと指を立ててマフラー野郎はチビ助に言い聞かせる。むー、とチビ助は不服そうに唸って膨れ、上の子ニューラは興味深そうに耳をぴくんと揺らした。
「えー、オマエ、ずっと親父におぶわれてないとダメなの?ひゃは、ダッセー! よーし、んじゃ、オレさまがトクベツに鍛えてやるとするか。ついてこーい!」
子ニューラは、ぱっとチビ助の左耳から口を離して言うと、今度はチビ助の腕を掴んで強引にずるずると引っ張り歩かせる。チビ助はがっくりと脱力した様子で為すがまま連れて行かれた。


「さて、ニューラの方も自分で歩く気になってくれたみたいだし、俺達も行こうか」
けろりとしてマフラー野郎はあっしとニャルマーに振り返る。
「狙って焚き付けたのかい?」
ふう、と呆れたように溜め息をついてニャルマーは尋ねた。
「何のことだい?」
にこにことマフラー野郎は微笑んで聞き返す。
「やれやれ……アンタ、あたしの同業者として充分やっていけそうだねぇ」
「やだなあ、人聞きの悪い。俺のはあくまで躾の一環さ」
……何だかもう、あっしにはこいつら二匹が同じ穴の狢にしか見えなくなってきていた。
「おーおー、おっかねえ。だが、あんな調子で振り回させて、大丈夫なのか?」
「なーに、平気さ。男の子は少しくらいの怪我なら気にせず元気に遊んでくれた方がいいよ。あいつ、あんな目つきの上に無愛想だから、他の子も臆しちゃって全然友達が出来なくってね。あの子ニューラみたいに気にせずがつがつ引っ張って行ってくれる子は貴重だよ」
マフラー野郎は微笑ましそうに、どこか懐かしむように、先行く子ニューラとチビ助を見やった。
果たしてあんなまるでぬいぐるみみたいにぶん回されるのが、友達と遊んでいるなんて穏やかな表現をしていいものか分からないが、親が認めている以上あっしが口を挟むことじゃないんだろう。
そんなこんなありながら歩み続けている内、周りの木々の葉にチラホラと赤茶に染まったものが散見し始めてきていた。
紅葉の前線、エンジュシティはきっともうすぐ近くだ。


あっしらは手近な丘の上に登り、それらしき影を求めた。見回して探すまでも無く、特徴的な屋根が何重にも重なったような塔の姿――確か、スズの塔とかいったっけか――が直ぐに見つかり、そのたもとを目で辿ると碁盤状に並んだ古風なエンジュの町並みと、周囲を飾り立てるまるで紅蓮の炎の如く豪勢に染め上がった木々が視界へと飛び込んできた。
その壮大な景観に、乗り気じゃなかったあっしの喉も思わず『おお』と感嘆に唸る。
写真やテレビ画面を通して見るのとじゃまるで迫力が違う。
そこらのみすぼらしく茶色にしょぼくれた木々とは比べるまでも無い、優美で色鮮やかな着物で着飾った姫さんと、所々ほつれかけたような地味な服を着た田舎娘ぐらいの別次元の品と格の差だ。

――
「ま、あっしゃ後者の方、地味な田舎娘も嫌いじゃねえんだけどな。自分色に染め甲斐があるっていうかよ」
へっへ、と笑い、ドンカラスは帽子をキザに撫でる。
「……上機嫌になってくれたのはいいが、話が逸れているぞ」
「そういやエンペルト、おめえさんの“いい人”だったあのポッタイシのお嬢さんは、どちらかといや前者の方だったかねえ。ああいうタイプもあれはあれでまた……」
調子に乗って口を滑らせるドンカラスをエンペルトは無言でじとりと睨め付ける。
「おー、こわ。分かりやしたよ。お堅いねえ。束の間ぐらい先の暗い話は忘れようとさせてくれてもいいじゃねえですかい。――例の幽霊騒ぎん後にトバリでエレキブルの大将達と色んな奴らも呼び寄せて飲んだ時にゃ、おめえ、酔いと自棄に任せてあんなことしでかしたくせによぉ」
「え?」


不意を打つようなドンカラスの言葉に、何のことか分からずエンペルトは目を丸くする。
「へえ、まったく身に覚えがねえってか。あーあ、何匹泣かすことになるのやら。この色男が」
言って、ドンカラスは意味深に薄ら笑みを浮かべた。
どうせまた悪い冗談に決まっている。エンペルトはそう思いながらも、当時の記憶を懸命に探る内、どうしても思い出せない空白の期間があることに気づいた。
「う、嘘だ。僕は何もしていない、何もしていない筈だポチャ……」
何だか薄ら怖くなってきて、エンペルトは冷や汗と共に体がカタカタと震え出す。
頭を抱えて取り乱すエンペルトの横で、ドンカラスは何も言わずただニタニタと笑い続けた。
「も、もういい! 早く続きを話してくれ!」
記憶が無い以上、最早自分の知ったことじゃあない。エンペルトは開き直って震えを強引に払い退け、半ば叫ぶように言った。
「はて、どっちの?」
「ドンの過去の方に決まっているだろう、変な冗談はいい加減にしろ!」
「へいへい。そんな怒んなよ。その件の事についちゃとりあえず冗談ってことにしといてやらぁ、クハハ」
――


「ひゃー、親父たちの話していた通り、スッゲーな!なーなー、もちょっと近くに見に行こーよ」
目を輝かせ、興奮冷めやらぬ様子で子ニューラは無邪気にはしゃぐ。
「ばっか、オメー、町には人間どもが沢山いるんだよ。ぞろぞろ俺様達が降りて行ったら大騒ぎだ。こっからの景色だけでも充分だろうが」
また無茶を言い出そうとするクソガキに、あっしは言って聞かせる。
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。人間なんてオレ達よりノロマだし、こっそり進めばバレないって。それに、あのでっかい塔の近くまで行けば、人間は全然いないってさ。親父達が言ってたんだけど、あの塔の周りはシンセーだとか何とかで、フツーの人間は近寄らせてさえもらえないんだってよ。っつーわけで、お先にっ!ひゃは、おまえも来い、チビネズミ!」
子ニューラは再びマフラー野郎の背中からチビ助を素早く引っ張り出し、強引に連れて駆けて行った。
「あ……」
呆気に取られた様子でマフラー野郎は声を漏らす。
「あ、じゃねえよ馬鹿野郎。おめえなあ、大事なガキなんだったら、もうちょっとしっかりと背中に縛りつけておきやがれよな」
「いやあ、あんまり強く縛り付けると、あいつ嫌がってむずかるからさあ。仕方ない、後を追おうか」
「こんな調子であのガキに振り回され続けるのはごめんだよ……」
うんざりとニャルマーは呟く。
「まあまあ。ちゃんと約束はしたんだから大丈夫さ。強がってはいるけどあの子まだまだ小さいし、本当の親が恋しくなって里に帰りたくなる時が必ず来るだろうしね」


子ニューラと連れ去られたチビ助の後を追って、あっしらは入り組んだ古都の路地を人目を忍んで進んでいった。
まったく、あのクソガキときたら、ガキとは思えねえような足の速さと身のこなしで、振り切られないようにどうにかついていくのがやっとだ。
まだガキのニューラでもこんな調子なんだから、ロケット団員どもがニューラ達に苦汁を嘗めさせられ続けているのも無理はねえと身をもって思い知らされていた。
北東の町外れ、スズの塔へと続く道に立ち塞がる様に建つ立派な門構えをした関所が見えてくると、子ニューラは半ば引き摺るように連れていたチビ助をどっこいしょと担ぎ上げる。
そのまま子ニューラは、関所とそれを見学に来ている観光客らしき人間達の目を避けて傍にある池の方へと駆けていき、水面から点々と突き出た岩の上をひょいひょいと軽快にスリルを楽しむように飛び移って対岸に渡っていった。
風情を醸し出す彩りとなると共に、侵入を防ぐ堀の代わりにもなっているであろうあの池も、あのガキの前じゃまるで形無しの、アスレチック遊具みてえなあしらわれ方だ。
何ともいえない哀れみのようなものを感じながら、あっしはその上を飛んで行き、少し遅れてマフラー野郎とニャルマーは岩を飛び移って渡って来る。
途中、観光客らしき親子連れのガキ――体格からして四、五歳ってところか――に運悪く姿を見られてしまうが、親へと知らされてしまう前にあっしらは素早く林の中へと入っていった。
林の奥に進んでいると、すぐに石畳が敷かれた小道に突き当たり、子ニューラはその真ん中辺りで傍らにへとへとになって放心しているチビ助を降ろしてあっしらを待ち構えていた。


「もー、おっせーぞ。オレ、待ちくたびれちゃったよ」
あっしらに気づき、クソガキは悪びれる様子もなく逆に遅刻を責めるようにして声をかけてきた。
体力を使い切ったあっしはもう怒る気も失せ、ただただがっくりと項垂れて荒い吐息を漏らした。
「まー、いいや。それより、周り見てみろよ。やっぱ近くで見るともっとすっげーぞ、ほらほら!」
うるさく急かされ、渋々あっしは顔を上げて見る。
――「ほほう……」
すれば、成る程、周りの光景にあっしは再びの感慨の息が漏れた。
道中は子ニューラの後を追うのにとにかく必死で気にして眺めている暇など無かったが、間近で鮮明に見る紅葉した木々は殊更に圧巻に写った。
頭上一杯は当然、地面までもが落ち葉によって鮮やかな赤や橙や黄色に染め上がっていて、まるで熱くねえ炎の中にいるかのような非現実的な光景だった。
子ニューラはきゃっきゃと喜びながら降り積もった落ち葉を掬い上げ、紙吹雪みたいに撒き散らす。
火の粉のように舞い落ちる葉の中、子ニューラは両手を広げ、紅葉に負けないくらい赤い瞳の目で、木々の一本一本、葉っぱの一枚一枚まで焼き付けるように辺りを眺め回した。
「その……あの、ありがと、ここまで連れてきてくれて……」
舞い上げた葉が落ちきると、子ニューラはふと我に返ったように、ぽつり、と小さな声で呟く。
あっしは呆気に取られた。まさかこの生意気の塊にのようなガキからこんなしおらしい態度が出てくるとは。
マフラー野郎はフッと薄く微笑み、ニャルマーは少し毒気を抜くように小さくため息を吐いた。
「ああん? なんだってぇ? よく聞こえなかったな、今のもう一度言ってみな」
その場を包むこそばゆい沈黙を払うように、あっしはわざと意地悪く子ニューラに聞き返す。
「な、なんでもねーやい!」
子ニューラはばつが悪そうに顔を赤くして、拾い纏めた葉っぱの塊をあっしの顔にぼふんと投げ付けた。

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