第41章 - 7

「いやはや、チビ助のおかげでちょっとひやひやしたけれど、なんとかなったよ。さあ、次は君達の番だ……」
流石に少し疲れたのか、マフラー野郎は壁面に手をついて寄りかかり、俺達に背を向けたまま言った。
その途端に、マフラーの中からひょこりとピチューが顔を覗かせる。どうやら間一髪だったようだ。
あっしらの気苦労なんてまるで知らず、チビはふてぶてしいジト目でぼんやりとこちらに振り返る。
まったく、のんきな奴だ。それとも、マフラー野郎の背は、絶対的に安全な場所だと確信しているのだろうか。
ガキってのは、そういうのには特に敏感な生き物だからな。
ま、何にせよとりあえずの危機は脱した。後はニャルマーの奴がしくじらねえのを祈るだけだな。
だが、あっしの安堵はまたしても長くは続かなかった。
チビ助のやつが、自分の直ぐ目の前にある、妙な黒くて小さな機械――センサー装置をまるで楽しい玩具でも見つけたかのような目つきで、興味深そうにしげしげと見つめていた。

「お、おい、まさか、やめ――」
「ちょ、ちょっとアンタ、それは駄――」
あっしとニャルマーが制止するより早く、チビはマフラーから体を乗り出して手を伸ばし、ぺたりとセンサーに触れた。

「あ……」
「う……」
「え?」

凍りついたように固まるあっしらに、怪訝そうにマフラー野郎が肩越しに振り返る。ダクトの外から鳴り響いてくる警報。
チビは悪びれた様子も無くきょとんと首を傾げる。すぐに状況を理解したのか、マフラー野郎は苦笑いを浮かべた。
「は、はは、ウチの子がごめんな。……君達、思い切り走る準備はいいかな?」
「こ、この、馬鹿野郎!」


駆け出すマフラー野郎の後を追いながら、あっしは怒鳴る。
こいつらのやることなすことが一から十まで平穏無事に済むなんて、一抹でも期待したあっしが馬鹿だった。
「ま、まあまあ。途中で脱走がバレてしまうのは覚悟の上だったんだし、大方最初の予定通りじゃないか。このままダクトで百貨店まで上がったら、人混みに紛れて脱出だ」
これじゃ完全に踏まれただけ損じゃねえか、ちきしょう。ボサボサに掻き乱された頭をあっしは恨みがましく撫で触った。
何人もの慌ただしい靴音が外から聞こえてくる。あっしらは無我夢中でダクトを上に横にと駆け抜けていった。
そんな中、チビ助は何やら思い出したようにマフラー野郎にごにょごにょと耳打ちする。
「え、お腹が空いたって?今は忙しいからちょっと待っててくれ、な!」
少しは反省しているのかと思いきや、マフラー野郎の代弁にあっしとニャルマーは思わずずっこけそうになる。
「だ、誰のせいでこんなことになってると思ってやがんだ、ちきしょう!」
チビ助は不機嫌そうに頬をむくれさせ、ぷいと顔を背けた。
どこまでジコチュウなクソガキだ。あっしはぎりぎりと嘴を噛み締める。
絶対に無事に逃げ延びて、その根性叩きなおしてやる。あっしの心にまた一つ誓いが刻まれた。

走り続ける内、ダクトの奥の方から、大勢の雑多な奴らががやがやと騒いでやがるような音が僅かに聞こえ始め、徐々に近づいて大きくなってくる。地上の百貨店はもう近い。
「あそこから出られるかもしれない。ちょっと確認してみよう」
下側から明るい光の差し込んでくる箇所を見つけ、あっしらは忍び寄って格子の隙間からそっと様子を窺った。
外には大小老若男女様々な人間共が買い物袋らしきものを手に行き交っているのが見える。
「よし、ここから外に出る。覚悟はいいね?」
「ああ、もう好きにしやがれ」
有無を言わさず心構えだけを確認するマフラー野郎に、あっしは溜め息混じりに答えた。
「あんな大勢の人間の前に出て、本当に大丈夫なんだろうね?」
少し不安げにニャルマーが言う。
「大丈夫、普通の人間は急な異常事態には案外何も出来ないものさ。大勢になればなるほど余計にね。じゃあ、いくよ――」


真下に人間がいないタイミングを見計らい、マフラー野郎は格子を蹴り落としてそのまま飛び降りる。
あっしとニャルマーもすぐさまその後を追って降り立った。
直後、周囲から人間達のどよめき声が上がり、視線が一斉にあっしらの方に集まる。
「ど、どっちに逃げりゃあいい?」
マフラー野郎を横目で見やり、あっしはぎこちなく問う。
「シッ、まだ下手に動かない。じっとしていれば、普通の人達の方はしばらくは大丈夫さ。逃げ出すのは、出口へのルートと、待ち構えている団員がいないかをしっかり確認してからだ」
マフラー野郎は冷静に周囲に視線を走らせながら言った。確かにこいつの言うとおり、殆どの人間達はあっしらを遠巻きにしてざわめくばかりで、今のところ何かしてくるような気配は無い。
しかし、その後ろから数人、人垣を強引に押し退けながらこっちに向かってこようとする奴らの姿があった。
全員共通して、目立たない地味な色の長いコートに身を包んでいる。
「あからさまな格好だね。それにしても思っていたよりも、奴らの動きが早いな。この分だと、既に正面の出入り口はあんな風に変装してる奴らが待ち構えて封鎖しているかもしれない。そうなるとその横を全員無事にすり抜けていくってのは難しいな……」
「じゃあ、どうすんのさ。あの青いゲス野郎の時みたいに、戦って倒していくっていうのかい?」
焦った様子でニャルマーは言った。
「それはちょっと厳しいかな。一般の人達を巻き込みたくはないしね。うーん、仕方ない。ここはプランBで行こうか、ヤミカラス?」


「あ?」
マフラー野郎が唐突にあっしに話を振る。まったくの寝耳に水だ。そんなもん、あっしはまったく知らねえ。
「プランB?初耳だね。何か他にも事前に立てた作戦があったのかい?」
ニャルマーがあっしに期待の目を向ける。しかし、あっしはぶんぶんと首を横に振るうしかなかった。
「ねぇよ、んなもん!俺様だってまるで何も聞いちゃいねぇぞ、どういうつもりだ!」
あっしはマフラー野郎に詰め寄る。
「当然だよ。言ってなかったんだから。この作戦は君の存在が重要だ、ヤミカラス。まずは団員達から逃げつつ、とりあえず最上階を目指そうか」
悪気無くにこやかに答えながら、マフラー野郎は階段を指し示した。
こいつという奴は……いつも重要なことを直前まで黙ってやがって……!
だが、文句を言うのは無事に逃げ切れた後だ。今は団員共が迫ってきている。あっしは怒りをぐっと飲み込み、渋々頷く。
「ま、アタシは無事に脱出さえ出来りゃなんでもいいけど……。苦労してるねえ、アンタ」
ニャルマーは呆れ、同情するようにあっしに囁いた。

「それじゃあ、一気に駆け抜ける。立ち止まるなよ!」
マフラー野郎の号令であっしらは一斉に階段を目指して駆け出した。
団員達の怒号と一般人達の驚きの悲鳴を背に浴びながら、マフラー野郎達は人間と人間の合間を縫うように駆け抜け、あっしはその頭上を飛んで越えていく。
それにしても、奴が言っていた、あっしが重要で、最上階を目指す必要がある作戦――何だかとても嫌な予感がする。


「おい、上まで行ったら、俺様に何をさせようってんだ!」
あっしは階段に沿って飛び続けながら、マフラー野郎の横に並んで問いただす。
「なあに、着けばわかるさ。今は話すより走る!」
マフラー野郎ははぐらかすように言うと、途中の踊り場を滑り込むように勢いよく体を切り返して、一足先にひょいひょいと段を駆け上って行った。
あっしは壁に激突しそうになりながらもどうにか寸前で向きを変え、その後を追っていった。
また絶対ろくでもないことを企んでやがるのは間違いねえ。あっしは確信していた。
このままほいほいとついて行って、本当に大丈夫なんだろうか。
だが、下からはあっしらを追う団員達の足音が着実に迫ってきている。
百貨店内には、どこかから逃げ出してきたポケモン達が店内を走り回っていると注意喚起するアナウンスも鳴り響いていた。
随分な大騒ぎになっている。
こうなってしまっては、もう敵はロケット団員だけではない。
きっと百貨店の従業員達も、あっしらの姿を見つけたら騒ぎを収拾するために捕らえにかかってくることだろう。
もし捕まってしまえば、変装したロケット団員共がぬけぬけと飼い主と名乗り出てきて引き渡されてしまうに違いねえ。
深く考え込むような暇は、あっしには与えられなかった。

「あ、あと、どれくらいだい。流石に、もう、限界、だよ……」
ぜえぜえと息を荒げながら、ニャルマーは尋ねる。
「もう少しでえ。ここまで来たんだ、諦めんな!」
足が遅れがちになり始めたニャルマーを、あっしは叱咤した。百貨店は六階建てだと聞いたことがある。
今上る階段の途中に貼り付けられた階数を示すプレートには『6F/R』と刻まれていた。
最上階の屋上はもう一踏ん張りだ。
最後の一段を越え、あっしらははほうほうの体で縋りつくように最上階まで辿り着く。
だが、その極狭い空間の先には希望ではなく、関係者以外立ち入り禁止のプレートが掛けられている、硬く施錠された扉が待ち構えていた。


「ど、どうするんだよ!結局、行き止まりじゃねーか!」
あっしはマフラー野郎に掴みかかり、叫びつける。
「くたびれ損だって言うのかい……」
ニャルマーは力なくへたり込んだ。
あっしらを追って階段を駆け上ってくる足音は、もう直ぐそこまで来ている。地下の牢屋の鍵束なんて今更何の役にも立たないし、合う鍵を下から探してくるなんて余裕なんて当然あろうはずもない。
先に進むことも、後戻りも出来ない八方塞がりだ。
「行き止まりって、たかがあんな薄そうな扉がたったの一枚だろ?」
きょとんとした様子でマフラー野郎は答えた。
「ああ?薄いったって、中々しっかりしてそうな材質の扉じゃねえか。ガキ用の牢屋の鍵すら壊せなかったお前にゃ――」
あっしが言い終えぬ内に、青い稲光が瞬き、衝撃音と共に黒焦げになった扉が外側に大きく倒れこむ。
「やっぱり大した事ないじゃないか。”出来ない”と、”やらない”じゃ大きく違うんだよ、ヤミカラス。君は少し試しもしない内に文句を言いすぎるきらいがあるな。さあ、ドアも開いたし屋上に出ようか。百貨店の人達には申し訳ないことしたけど、非常時だし仕方ないね」
少し恐縮した様子で、マフラー野郎は倒れたドアを踏み越えて外に向かっていく。
「……ここまでやれるなら、牢屋も自力で壊せただろうが。なんでわざわざ、俺様をここまで巻き込みやがった」
「チビを助けるまで派手な事はして騒ぎを起こしたくなかったし、外から開けるにも電撃じゃあ中の子が危ないだろ?それに、話してみれば君は悪い奴じゃなさそうだったから。誰かの道具として生かされるのではなく、己の力で生きていく明日が欲しい――その理想、少し手助けしたくなったのさ」
マフラー野郎は横顔だけこちらに向けて、口端を少しだけ上げて笑った。それはこれまであいつがあっしに対して向けた笑顔の中で最も微かなものだったが、最も含みの無い純粋な温かみを感じた気がした。
あいつの背中越しに差し込む久方ぶりの外の光は、少しばかり目に染みた。


屋上には室外機や貯水タンクらしきもの以外には何も無く、あっしらの他には誰もいなかった。
「さあ、ここが最上階だろ。どうするつもりなのか、いい加減言いやがれ」
敵の足音は近い。
だが、あっしは慌てず騒がず、マフラー野郎に問いかけた。前述の言葉で、この時のあっしは心底マフラー野郎を信用しきっていた。
「ああ」
言って、マフラー野郎はあっしの足をがしりと掴んだ。
「ん?」と心の中では違和感と疑問符を浮かべつつも、あっしはマフラー野郎を信じて黙って行く末を見守ることにした。
「よし、お嬢さんはピチューを背負ったまま俺の背に負ぶさって、離れないようにしっかりとマフラーで体を結び止める」
「ああ……何となく、やろうとしていることが読めたよ。だけど、こんなマフラーだけでちゃんとアタシとガキの二匹を支えられるんだろうね?」
「大丈夫、このマフラーは決して俺を裏切らないから」
「ふうん。ま、このまま奴らに捕まって最低な目に合わされるよりゃ、いっそ落っこちて一思いに死んじまった方がいいかもね」
言われるままにニャルマーはピチューを背負い、マフラー野郎に負ぶさってマフラーの長い裾で全員を結びつけた。
「お、おい……まさか……」
この辺りでようやく、あっしはマフラー野郎のやろうとしていることが薄々わかり始めた。
あっしはそそくさとその場を離れようとするが、既に片足はしっかりと握られていることを思い出す。
「さて、いよいよ、君の重要な出番さ、ヤミカラス!」
高らかにマフラー野郎は告げる。
「おいおいおい! 待て、無茶苦茶だ、無理に決まってんだろ!」
あっしはじたばたと暴れるが、ネズミとは思えねえような力で引き寄せられ、とうとう両足を掴まれてしまった。
優しい言葉にうっかり丸め込まれたようになっていたが、こいつが無茶苦茶ばかりする野郎だってことは、何一つ変わっていねえんだ。
黙って行く末を見守っているなんて、どんな無茶をさせられるか分かったもんじゃねえ。
完全な自殺行為だ。あっしは前言を心底後悔した。


あっしを掴んだまま、マフラー野郎はフェンスの無い屋上際に向かって走っていく。
「やめろ、やめろぉ!無理心中だこんなもん!」
翼をがむしゃらにばたつかせ、あっしは振り払おうと暴れ続ける。
「大丈夫大丈夫、君と同じくらいの大きさしかないポッポだって、『そらをとぶ』って秘伝の技術があれば、十歳くらいの人間の子ども一人くらいなら飛んで運ぶことが出来るんだ」
「あっしはそんなもん知らねえよ!」
「出来ないとやらないは違うって言っただろ、ヤミカラス。俺とニャルマーとピチュー、三匹合わせても十歳の子どもよりはずっと軽いはずだ。やってやれないことは無い!」
背後からは、とうとう屋上まで追いついて来た団員達と、繰り出されたポケモン達の相当数の怒号と足音が響いてくる。
少しでも立ち止まれば、あっと言う間に囲まれてしまうだろう。
「飛んでいる姿を思い描け。自分の力を信じろ。理想を己の力で掴み取るんだ、ヤミカラス!ユー・キャン・フラァァァイッ!」
「ひ、ひいいいぃぃぃ――」
屋上際ぎりぎりを踏み切って、マフラー野郎はあっしを掴んだまま宙へと飛び出した――。

ああ、ろくでもねえ人生だった……。あっしは今までの生き様が走馬燈のように蘇る。
だが、頭の中に巡るのは、殆どがどれもこれも、代わり映えのねえあの薄暗い倉庫でのクソッタレた日々だけだ。
暗雲のように立ち込める記憶の群の中で、たったの一時間にも満たない程度しか一緒に居ないってのに、このマフラー野郎達とここまで逃げてこられた一生に比べたら一瞬でしかない記憶は、暗闇を裂く雷の如く青白く輝いて見えた。


こいつのやる事なす事全部が無茶苦茶で、あっしが生きてきた中で最も危ない思いをしてきたはずなのに、不思議と一番生きている実感がした。
それもいよいよここで終わりだってのか。

――いや、まだだ、まだこんな所で終わらねえ!
あっしは諦めて閉じかけていた目と羽をこじ開けて、確と広げる。翼にかつてない程の力が宿り、空気を大きく巻き込み始めるのを感じた。

背後から迫る耳障りな羽音と甲高い鳴き声。団員が放った蝙蝠ポケモン――ズバット共だ。
だが、あっしは臆せず、漲る翼を力強く宙に叩きつける。
解き放たれた力は一陣の突風となって吹き荒れ、纏わりつくズバット共を吹き飛ばし、あっしらを大空高く押し上げていった。
ずしりと全身に圧し掛かってくる重圧。翼がみしみしとへし折れそうなほどに軋んで痛む。
それでもあっしは嘴を噛み締めて堪え、翼を広げ続けて、上昇していく突風へと喰らい付いた。
やがて突風は緩やかにほどけ、穏やかな流れへと変わっていく。あっしは数回羽ばたいてバランスを取り、水平に流れていく風の一つへと乗った。
「少し荒っぽいが実に見事なフライトだった、やるじゃないか!かつての友たちの勇姿を思い出すようだよ。
手さえ離せれば、拍手の一つでも送りたいんだけどね」
マフラー野郎が晴れ晴れとして言った。てめえのせいでひとがどれだけ苦労したのか分かっていないような呑気な口ぶりに、あっしはかちんときて足元を睨む。
にこにこと微笑むマフラー野郎の背で、ニャルマーは放心したように呆然としていた。
チビの方は……いつもの調子だ。
「別に離してくれてもいいんだぜ。てめえという奴ぁ、何度も何度も無茶ばっかりさせやがって――」
「まあまあ、そう腐るなって。今は文句を言うより先に自分の力で成し遂げたことを、周りを見てごらんよ!」
「ああん?」
あっしは声を荒げながらも、奴に促されるまま周りの様子に目を向ける。
その瞬間、吐き出そうとしていた文句は全て喉の奥へと引っ込み、代わりに出たのは感嘆の溜め息だった。
目の前一杯に広がっているのは、まるでミニチュア模型みてえにちっぽけになって見える街、森、川、海、山
――空は、世界ってのは、なんてだだっ広いんだ!


思えば、こんなに空高く飛んだのなんて初めての経験だった。
鳥の身に生まれておきながら情けねえ話だが、今までは精々で二階建ての家ぐらいの高さ――確か、元飼い主の下っ端野郎と誰かの家にコソ泥に入った時だったか――ぐらいまでしか飛んだことはなかった。
あっしが眺めることが出来た空は、立ち並ぶ建物の影や、張り巡らされた電線に切り取られたものばかりで、世界なんてもんはとても狭くて、平坦なもののように感じていた。
「どうだい、これが君の掴み取ったものさ。多少の無茶をする価値はあったろう?」
得意げにマフラー野郎は笑う。あっしは「けっ」と毒づき、ばつの悪さを誤魔化した。
「まったく、生きた心地がしなかったよ……。それより、折角広く周囲を見渡せるんだ。何かコリンクの手がかりになりそうなものがないか探してみておくれよ」
「そうだね、景色を楽しんでばかりもいられない、少し地上に目を凝らしてみようか」
既に気を取り直した様子でニャルマーは言い、マフラー野郎もそれに応じた。
マフラー野郎が異質すぎるせいで目立たねえが、この女の肝の据わり方と順応性も相当普通じゃねえ。
一体、どんな生き方をしてきやがったのか知らねえが、きっと相応の修羅場を潜り抜けてきたんだとは想像できる。
こいつらと比らべたら、あっしはなんてまともで普通なことか。度胸も、経験も、体力も――。
「――むむッ!」
早速、何か見つけた様子でマフラー野郎が声を上げる。
「十一時の方向、鉄橋の側を走る怪しい車影を発見だ」
マフラー野郎が指した方を見やると、建造中の鉄橋――完成したらジョウトとカントーを繋ぐリニアのレールになるらしい――の側を、一台のトラックが走っているのが確認できた。
一見、工事用の資材を運ぶトラックのように見えるが、それにしては荷台は妙に厳重な覆いが施され、どうにも不自然だ。
「ちょっとあのトラック、追ってみようか――って、あれ?何だか、少しずつ高度が下がってないかい、ヤミカラス?まだ降りるには早いぞ。お、おい、ヤミカラス……何だか、ちょっと顔色悪い……?」
所詮、正式に伝授されたわけじゃねえ付け焼刃の飛び方。その内ガタが来るのは、必然だった。

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