第41章 - 6

ヘルガーの喉元を赤い閃光が駆け昇り、こちらに向けて口を開け放つ。
「散開!」
マフラー野郎が叫んだ。
直後、鉄砲水の如く迫り来る紅蓮の熱波をあっしは死に物狂いで飛んで避け、一心にワンリキーへと飛び掛った。
「くのッ!このッ!倒れろ、このやろッ!」
追い払おうと幾度も振るわれるごつごつとした灰色の拳を、あっしは寸でのところで飛んで避け逃れながら、奴の頭に纏わり付いて足の爪で何度も何度も蹴りかかった。
ぎりぎりの攻防を繰り返す内に、やがてあっしの爪は奴の瞼を掠る。
脳味噌まで硬い筋肉で出来ていそうな奴だったが、瞼までは鍛えきれていなかったようだ。堪らず奴は少し裂けた瞼を手で覆って怯む。
「――ッ!トドメだ、クソッタレ!」
ここぞとばかりに、あっしは奴の隙だらけの脳天を嘴で思い切り突く。
奴は目を白黒させながら少しの間その場でふらつき、膝から崩れ落ちるように倒れこんだ。
「か、勝った、勝てた……!」
あっしは息を荒くしながら、ぴくぴくと気絶しているワンリキーをしばらく茫然と眺めた。

――あいつらは!あいつらはどうなった!?
我に返って、あっしは倉庫を見回し、最初にニャルマーの姿を見つける。
何かを睨みつける視線の先、その足元には、顔面を引っ掻き傷だらけにされたスリープが、どういうわけかイビキをかいてすやすやと寝入っていた。
ニャルマーは安堵した様子で顔を上げて周りを見渡し、あっしと目が合う。
「おや、アンタもそいつ倒したのかい。思っていたよりもやるじゃないか」

その瞬間、あっしは少し頭がぼんやりとして、足下がくらくらとした。
まさか、まさか、あっしがこんな奴に見惚れた――!?


――「ああ、頭がいてえ……。今となったら、絶対にありえねえって断言できやす。あの時の目眩の正体は、単に直前まで奴がスリープにかけていやがった催眠術の残光がまだ目に宿っていた影響だってな。ただ、あの時ゃあっしも若かったのさ……いやいや、まてまて、今でも十分に若ぇぞ。少なくともまだまだオッサン呼ばわりされるような歳じゃねえ!なあ、エンペルト!?」
グラスを叩きつけるように置き、ドンカラスはエンペルトに声を荒げて迫る。
また悪い酒癖が始まったよ、エンペルトはドンカラスに聞こえないようにそっと溜め息をつく。
「うんうん、ドンはまだまだ”おじさん”じゃなくて”お兄さん”だよ。大丈夫、分かってるから落ち着け」
「ならいい……今度、あっしをオッサンなんて呼びやがるふてぇ奴を見つけたら、その場で磔刑にしてやる、ったく……」
――

――ありえねえ、ありえねえ、あっしはぶんぶんと首を振るう。
「おっと――。何やってんのさ。そいつに頭でも強くぶん殴られたのかい?」
「そ、そんなわけねえだろうが。こんな奴のへなちょこパンチなんざ、華麗に全部かわして余裕でぶっ倒してやったってんだ」
「ふうん……言う割には、さっきまで必死な形相と息遣いだった気がするけどねえ」
にやにやとしてニャルマーは言った。
「う……」
あっしは気恥ずかしくなり、言葉に詰まる。
「い、いいだろうが、勝ったには違いねえんだからよ。それより、あのマフラー野郎とゲス犬はどうなった!」
ニャルマーは何も言わず、くいと首で示した。その先には、じたばたと暴れて走り回るヘルガー――頭の上には、角を掴んでロデオのように乱暴に乗りこなすマフラー野郎の姿があった。


「ん!?おお!君達、足止めをするどころかやっつけちゃったか!」
暴れるゲス犬の頭の上で余裕綽々、マフラー野郎は角から片手を離してあっしらに手を振る。
「な、なにやってんだよ!?」
「待っててくれ、こっちももうすぐ片付くッ!」
マフラー野郎は離した手に拳を握り、振り下ろさんと構える。握った拳に、青白い閃光が一瞬走った。
「このネズミぃぃぃ……!いい加減、離、せ……!」
随分体力を消耗させられた様子で息をぜえぜえ吐きながら、ヘルガーは唸り声を上げる。
より大きく身を揺さぶって振り落とそうと、四肢に力を込め直した刹那の隙――
「四足獣は走るのは速くても、こんな時は不便なものだな――!」
マフラー野郎は不敵に笑み、バチバチと青白く唸る拳がヘルガーの眉間の上を捉えた。雷鳴のような轟音。
同時に全身を閃光が流れ伝い、ヘルガーは苦痛に開け広げた口からもうもうと煙を立ち昇らせながら前のめりに地に転げた。
あっしとニャルマーは驚きに同じように口をぽかんとさせて、その光景を見つめていた。
「よし、ちょっと手こずったけどこっちも完了だよ。君達、やっぱりやれば出来るじゃないか。俺より先に仕留めてしまうだなんて、凄いな」
手をぱんぱんと払いながら、マフラー野郎はにこりと俺達に笑いかけた。
「い、いや、凄いのはアンタ、じゃないか……は、はは」
ニャルマーは乾いた笑いを浮かべる。あっしは声すら出なかった。


「ぐ、ぐ……」
地で呻きながらヘルガーは俺達を睨み上げる。自慢だった群青の毛並みは、電流にあてられ無様に煤けていた。
マフラー野郎はヘルガーの顔面を片手でがしりと掴む。
「動くな。先ほどの電気は少しは加減したつもりだ。幾つか質問に答えてから、このまま大人しく俺達を見逃せ。命までは奪わない」
空いた方の手で電流を弾けさせて見せ付け、マフラー野郎は言い放つ。
押さえつけられながら、ヘルガーはぐるぐると怒りに満ちた唸り声を上げていた。
「一つ、あのコリンクはどこに運ばれた?」
「……サンドが連れて行ったのを見ただろう。もうこのアジトにはいない。今頃はトラックの中で揺られている」
「トラックの行き先は?」
「キキョウシティに買い主がいると、主人は話していた」
「行き先が分かったなら、早く助けに行こうじゃないか!」
焦った様子で、ニャルマーは言った。
「うん、そうだね。俺がこいつをおさえている内に、君達はチビ助も連れて一足先に通気ダクトの中に潜って行ってくれないか俺はもう少し聞きたいことがあるから少し遅れるかもしれないけど、必ず追いつくよ」
言いながら、マフラー野郎は片手でマフラーを緩め、チビをそっと降ろした。チビは殊更不機嫌そうにムスッとしたが、マフラー野郎に宥められ、仕方なさそうに頷いた。
「分かったよ。この中じゃ、アンタが一番頼りなんだ。すぐに来てくれないと困るよ」
ニャルマーはピチューをひょいとくわえて背に乗せると、檻の上によじ登って通気ダクトまで辿り着き、格子を外して中に入って行った。あっしもその後を追い、ダクトの入り口を潜った。
しかし、あいつの聞きたいこととやらがあっしは妙に気になり、陰から少し様子を窺ってみることにした。


「まだこのアジトに売れ残っている子どものポケモンはいるか?」
尋問は続いている。
「もういない」
「そうか。最後に一つ――最後まで売れ残っていた子の処遇は、どうしていた?」
帯電で毛並みが逆立つマフラー野郎の問いに、ヘルガーはくつくつと笑い返す。
「……新鮮な焼き立ての餌が俺の大好物なのさ。主人は定期的に、新鮮な餌を与えてくださった。主人はいつも楽しそうに眺めてくださっていたよ。俺が獲物を――こんな風に焼く様をな!」
顔を大きく跳ね上げ、ヘルガーは口を開く。しかし、その炎は喉を上がりきることなく、断末魔へと変わる。
マフラー野郎は宙へと持ち上げられながらも奴の顔面は掴んだまま、強力な電流を流し込んでいた。
「動くな、と言ったはずだ」
地に降り立ち、マフラー野郎は顔をおさえて蹲るヘルガーを冷徹に見下ろした。
「……“あの子”との約束がある。『どんな命にも、必ず生きている意味はある』――もう俺は命は奪えない。例えお前のような奴でも」
「ぐううぅぅぅ、俺の顔が、顔が熱い、熱い! 許さん、許さん、許せねえ! この痛み、屈辱、倍以上にして返してやる!地の果てまでも追い詰めて、どんな手段を使ってでも、必ず殺してやる!殺してやるぞ、ネズミィィィ!」
地獄の底から響いてくるような憎悪の声を背に受けながら、あいつはこちらへと向かってくる。

あっしは思わず息を呑み、慌ててダクトの奥へ顔を引っ込めた。
ただのネズミが強力で冷徹な兵士に変えられる……軍隊ってのは、どれだけ過酷な環境なのか。
その恐ろしさが垣間見えた気がした。


考えてみりゃ、生きギャロップの目を抜くような戦場をしたたかに生き延びるのにゃ、いかにも屈強で厳めしいポケモンなんかより、あいつの様な奴の方がよっぽど相応しいのかもしれねえ。
まさか、あんな見た目は弱っちくて可愛らしげなチビが、あんな強力な電撃を使うたぁ思わねえからな。
誰だって思わず小馬鹿にし、油断しやがる事だろう――あっしだって最初はそう思った。
そうやって、あいつは相手の意表を突き、何匹……いや、何十、何百という敵を葬ってきたに違えねえ……
「どうやら、あのネズミ……かなりとんでもない奴のようだねえ……」
ふとニャルマーも呟くが、この猫被り女だって相当なもんだ。
「てめえだって大概だろうが。あんなガキを誑かしてどうしようってんだ」
どんな魂胆があるのか知らねえが、こいつの場合、相手がいたいけな子どもなだけにタチが悪ぃ。
さっきの様子じゃ、あのコリンクってガキは、自分が騙されてる事にゃ全く気付いていねえだろう。
「うるさいね。アンタにゃ関係ないだろ……とにかく、アタシの目的にゃ、アイツが必要なんだ。アイツだってアタシがいなきゃ、とっくの昔にくたばってただろうさ。まあ、お互い様ってヤツかねえ」
そう奴はうそぶくが、いってぇ何がお互い様なんだか……
あっしは思わず、こんな奴を守ろうと必死になってたあのガキに、いたく同情してえ気分になった。
年の割にゃ芯の強え、まったく捻くれてなさそうな奴だけに、余計に気の毒ってもんだ――

――
「後で知った事だが、あのアマ、てめえじゃせいぜい引っ掻くぐらいで大した攻撃はできねえが、「ネコのて」とかいうやつを使うと、他人のどんな大技でも繰り出す事ができるらしいんでやす。きっとあの哀れなコリンクも、そいつの為に利用されてたに違えねえ」
「そう言えば、連れのムクホークやフライゴンって、決して弱いポケモンじゃない筈なのに、極端に内気だったり、自分に自信がなかったりで、折角の力や技が活かせてない感じの奴らみたいだよね」
「そうそう、それよ、そういう奴を狙って取り込むってぇのが、奴の狡賢いところなんでやんすよ。同じ欺くんでも、あいつとは全然意味が違いまさあ」


やがて、マフラー野郎もダクトに登り、あっしらの後に追い付いてきた。
それを見たチビはすぐさまニャルマーの背を降り、マフラー野郎にしがみ付いた。
「やあ、お待たせ」
マフラー野郎はチビの頭を撫で、軽々と肩に抱き上げた。
まるで、ちょっとデートの待ち合わせに遅れた、とでもいった何気ねえ風情だ。
下から響いてくる、あのゲス犬の怨嗟の声がなければ、だが。
「あの騒ぎじゃ、直に団員共が集まってくるぜ。ここが見つかるのも時間の問題じゃねえのか?」
「奴が大事にされてたポケモンなら、まず手当てが先だろうし、しばらくはそれどころじゃないだろうさ。まあ、あれだけ傷モノになれば、この先もご主人とやらが大事にしてくれるかどうかは疑問だけどね」
そう恐ろしげな事を平気で言いながら、あいつはニコニコと笑いやがる。
最早あっしは、その屈託のねえ笑顔にすら、ゾッと背筋が凍り付くものを感じていた。

――もし、あっしが奴らと同じ立場のまま、あんな電撃を浴びる羽目になってたとしたら……ただでさえ電気にゃ弱いあっしなんざ、間違いなく一瞬であの世逝きだった……
「大丈夫だって。そんな心配する事ないさ」
あっしの心中を知る由もなく、マフラー野郎は、ぽん、とあっしの背中を軽く叩いた。
途端、あっしは思わずブルっちまい、悲鳴を抑えるのに必死だったなんてこたぁ、奴は思いもしねえだろう。
「でも、そんなにグズグズしてもいられないな。俺が先を調べながら進むから、君達は後を付いてきてくれ」
そう言うとマフラー野郎はチビを背負い直し、先頭に立ってダクトの中を進み始めた。
次いでニャルマーが歩き始め、あっしはしんがりに立って後を追った。

――敵に回しゃあ恐ろしいが、味方にすりゃ、これほど頼もしい奴はいねえ――
暗がりの奥に進んでいく、小柄な黄色い背中を見ながら、こん時のあっしは、まだ……
このマフラー野郎を怖れつつも、次第に惹かれて止まねえ事に、まるで気付きもしねえでいた。


「おっと、みんな一旦ストップだ」
ダクト内をしばらく進んでいると、先行くマフラー野郎が不意に立ち止まり、あっしらを押し止めた。
何事かと思い、あっしはニャルマーの横から割り込む。
「ちょっと!あんまりくっつくんじゃないよ!」
「うるせえ、せめぇんだから仕方ねえだろうが!」
嫌そうに文句を垂れるニャルマーに、あっしは言い返す。
ダクトの中は狭く、人間だったらまるで犬みてえに四つん這いになってやっと潜り進めるぐらいの大きさしかない。
人間よりずっと小さなあっしらは這いつくばるまでもないが、横並びになるにはちときついものがある。
「はいはい、非常時なんだから喧嘩しない。例のセンサーってのはあれのことかな」
マフラー野郎が指し示した方を目で追うと、穴の無い黒塗りされたコンセントボックスみてえな小さな機械がダクトの壁面両側に取り付けられているのが確認できた。
「ああ、そうだ。団員共の話によりゃ、あの真っ黒い機械の間には普通の目じゃ見えない光線が流れてるらしい。それに何かが触れたら知らせる仕組みなんだとよ」
あんなもん、この暗がりでよくもまあ目ざとく見つけたもんだ。だが、今更もうこの程度では驚きもしなかった。
過去の訓練や経験で危ねえもんは存分に頭と体に叩き込まれ、骨身にまで染み付いてやがるんだろう。
「ふうん、よくあるタイプだね。さて、出来れば引っ掛からないに越したことはないけれど、下手に壊したりしたら異変に気付かれるかもしれないし、どうするかなぁ……」
言いながら、マフラー野郎はセンサー装置の取り付けられている高さを手で測り、あっしらと見比べだす。
その様子からして、あいつの思いついた事はあっしにも大体想像がついた。
「うん、君達もぎりぎりいけそうだ。センサーはあの一セットしか無いみたいだし、どうにか下を這い潜ってみようか」
子どもに簡単な課題を出すような調子でマフラー野郎は言った。
「へいへい、了解だ」
あっしはすんなりと受け入れる。
どうせこいつに反論したところで、大丈夫だとか心配ないとか返ってくるだけで、無駄だって事はもう理解していた。
こいつの言うことを聞いていれば、苦労はしても大体どうにかなるであろうことも。


「よし。まずは俺から行くけど、次のお嬢さんはその長い尻尾がうっかり引っ掛からないように気をつけてくれよ」
「分かってるよ。アンタこそガキを背負ったままで大丈夫なのかい?」
長い尾をくるりと自分の胴に巻き付けながら、ニャルマーは問い返した。マフラー野郎は首を捻って背を確認する。
チビ助はまたあいつの背ですやすやと寝入っているようだ。
「大人しくくっ付いて寝ているみたいだし大丈夫さ。無理に起こすと機嫌悪くしてわがままになるから反って大変だよ。その次はヤミカラスだけど……そのギザギザした帽子みたいな頭の羽毛、もう少し潰すかして低くした方がいいかな」
「はあ!? おいおい、ふざけんじゃねえ。これをビシッとキメるのに、毎朝どれだけかかってると思ってやがんだ。この髪型は俺様のポリシーだ、絶対に嫌だね!」
あっしは頭の羽毛を庇う様に覆い、首を横に振った。幾らなんでも、これだけは受け入れるわけにはいかねえ。
「ああ、もう、ぐだぐだうるさいね。アンタのムサ苦しい頭なんて、誰も大して気にして見ちゃいないよ!」
苛々した様子でニャルマーはあっしは押さえつける。
「な、何しやがる!や、やめろー!――」
じたばたと抵抗するもむなしく、あの性悪猫はあっしの頭に前足を押し付けてぐりぐりと踏み躙った。
ようやく放された時には、あわれあっしの自慢の髪型は、使い古したホウキの先みたいにみすぼらしくぐしゃぐしゃに潰されていた。
「ハハハ、そっちの方がオトコマエじゃないのさ」
げらげらとニャルマーが笑う。その後ろで、マフラー野郎も堪えきれなさそうにくすくすと笑っていた。
「ち、ちくしょう……てめえら、覚えとけよ……」
こいつら、無事に脱出出来たら、後で絶対に何か仕返ししてやる。あっしは心に深く誓った。


「それじゃ、気を取り直して行こうか。一匹ずつ慎重にだ。まずは俺から」
マフラー野郎はセンサーの少し手前で伏せ、長い耳もしっかり下に折り畳んで、じりじりと匍匐前進していく。
背中のチビも今の所は大人しくマフラーに包まれて寝ているようだし、どうにか上手く抜けられそうだ。
この調子なら、当初の予定よりも穏便に百貨店まで登っていくことができるかもしれない。
その後は人だかりを掻き分けて、外まで逃れるだけだ。
ヘルガー共と戦ったことに比べれば、ただの人間達なんて最早どうってことねえと思えた。
 緊張から少し解放されたら、思わず腹がぐうと鳴る。
そういえば、あっしがマフラー野郎の話に乗って、事を起こしたのは丁度昼の少し前だったか。どうせなら最後の昼飯を貰ってからにすりゃ良かった。
団員のポケモンに支給されるのはいつもクソ不味い安物の餌だったが、何も食わないでいるよりはマシだ。
商品――もとい、捕まっているポケモン達に餌が配られるのは、団員のポケモンよりも後回しだったから、きっとマフラー野郎達もまだ何も食っていないことだろう。
もういい大人のマフラー野郎とニャルマーはともかく、食べ盛りでもっと腹が減りやすいであろうチビの機嫌は大丈夫なのかねえ……。
じわじわと進んでいくマフラー野郎を見ながら、あっしはぼんやりとそんな風に考えていた。
そんな時、まさにセンサーの真下だというのに、マフラー野郎の背が、チビ助が包まれているマフラーの膨れが、もぞもぞと不穏な動きを見せる。
もしもチビが目覚め、何も知らずに顔を上げてしまえば――
あっしらの間に戦慄が走った。マフラー野郎も思わずぴしりと動きを止める。
しかし、動きは直ぐに治まり、あっしらはほっと胸を撫で下ろした。
この隙にとばかりに、マフラー野郎は珍しく少し慌てた様子で這う速度を上げて、まさにネズミの如くかさかさとセンサー下をくぐり、向こう側へと抜けた。
やれやれ、と溜め息をつきながらマフラー野郎はゆっくりと立ち上がる。

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