第41章 - 2

話に一旦の一区切りをつけて酒を呷るドンカラスを前にして、エンペルトはその内容に少し動揺しながらも何とか整理して理解しようと頭を捻る。

「――ええと、つまり、ドンとマニューラはジョウトの出身なんだな?」
「……ああ」
盃を飲み干し、ドンカラスは答える。
「聞いていて正直驚くことばかりだポチャ……。ドンも昔、人間のもとに、それもよりによって、あの悪名高いロケット団の所に居たなんて」
「あいつら、あっしの種族やズバットみたいな柄の悪い奴ばかり決まってコキ使いやがるでしょ?その殆どが薄汚い裏の経路で秘密裏に養殖され、“道具”として仕入れられて、団員共に支給された哀れな奴らなんでさあ。その実、あっしもそのクチでやして……」
ドンカラスは力無く苦笑して言った。
「……合法と非合法の違いはあれど、僕達は似たような境遇に生まれていたんだな」
「そういやおめえさんも人間の研究所生まれだったな。だからあっしら、気の合うところがあるのかもしれやせんね、クハハ。――話を戻しやしょうか。あっしが行かされたのは、ジョウト支部。碌な仕事も任されねえ雑用ばかりの下っ端も下っ端な団員のもとでやした。ま、そのおかげで、堅気の罪のねえポケモン達を痛めつけるようなひでえ仕事に、あっしが駆り出されることは殆ど無かったってのが不幸中の幸いってやつでしょうかね」
「マニューラもそうだったのか?」
「いんや、アイツぁあっしらみてえな養殖と違って、根っからの野生生まれ野生育ちでさぁ」
「そんな接点の無さそうな二匹がどうして出会った?」
「その辺は順を追って話しやしょう。事の発端は、商品として捕らえられ、カントーから密輸されてきたピカチュウ族達の一匹でやした。その日、あっしは下っ端のヤローに倉庫番を言い付けられていたんでさぁ――」


「マニューラさん!待って下さい!マニューラさん!」
遥か彼方に遠ざかっていく赤い鬣を、ロズレイドは必死で追った。
「お願いです……戻ってきて下さい!話を聞いて下さい!……マニューラさーん!!」
ぜいぜいと息を切らしながらも、有りったけの大声で呼び掛ける。
だが、聞こえないのか、聞こえない振りをしているのか――マニューラは決して振り返らない。
いくらロゼリアだった頃よりマシとは言え、足の速さではとても敵うものではない。
二匹の距離は一向に縮まらず、逆に開いていくばかりである。
そしてとうとう、その後姿すら完全に見失ってしまう。
「マニューラさん……」
鬱蒼と茂る森の中で、ロズレイドはひとり途方に暮れた。

右も左も分からない見知らぬ土地。何処かに敵の目が光っているかもしれない危険。
しかし、それ以上に彼を打ち拉いだのは、マニューラが呼び掛けに応えてくれなかった事だ。

僕なら大丈夫、僕になら応えてくれる……と思っていたのは、ただの思い上がりだったんだろうか……
様々な不安と絶望に駆られ、いっそ、元来た道を戻ろうか……とも考えていた時――
「よいのか?このままでは、二度とあの者に逢えぬ事になってしまうやもしれぬぞ」
――突然、後方から、誰かが語り掛けてきた。
まるで心を見透かされているような言葉に、ロズレイドは恐る恐る振り返る。
「あ、あなたは……?!ディア――」
「ボーマンダだ」
何時の間にかロズレイドの背後に、何の気配も物音もなく――青い竜が佇んでいた。
「何故、あなたがここに……」
「質問は後だ。あの者を追う気があるならば、お前に我が背を貸そう」
驚愕するロズレイドに対し、ボーマンダは前足を折り、身を屈めた。
「で、でも……」
余りにも恐れ多い行為、と躊躇するロズレイドに、ボーマンダは更に促する。
「お前の足では、到底あの者に追いつけまい。暗くなれば余計に見つけ難くなるぞ」
「あっ……はい!では……失礼します」
理由も分からぬまま、ロズレイドは恐縮しながら、おずおずとボーマンダの背に跨った。
「ちゃんと掴まっておれ。振り落とされても知らぬぞ」
ボーマンダは赤い翼を羽ばたかせ、木々の間を縫うように宙へと舞い上がった。


森を抜けると高度は急速に上昇し、周囲の全容が眼下に広がる。
思わず目が眩みそうになり、ロズレイドは必死でボーマンダの首にしがみ付く。
「目を回している暇などない。しっかり探すがよい」
「は、はい……あの……ディ……いえ、ボーマンダさん」
「何だ?」
「どうして、あなたのような方が……このような事を?」
「あの者を守ってくれ、と頼まれたのだ」
当然の疑問に対するボーマンダの回答は、実に簡潔で明瞭だった。
「誰にです?ドンカラスさんですか?まさか……ひょっとしてペルシ……」
「いや、あのしなやかな肢体がなかなかに魅力的な娘……ゴ、ゴホンッ……もとい、あの者の配下からだ」
「じゃあ、ニューラさん達が……」
普段は悪態をつきながらも、やはり彼らもマニューラを慕っているのだ、とロズレイドは安堵する。
「でも、それなら……何故僕を……」
「前にも話した通り、お前達の世界の行末に、我らが力を用いて関与する事はできぬ。だが、一介のポケモンとして、これくらいの協力はしてもよかろう。何しろ、真にあの者を守れるのは……今のところ、お前だけのようだからな」
「僕が……マニューラさんを?」
ボーマンダの意を図りかね、ロズレイドは思わず溜め息を吐く。
「そんな……無理です……マニューラさんは僕よりずっと強いんです。僕なんか、足元にも及ばない。むしろ、僕の方が守られてばかりで……僕の力程度じゃ何の役にも……」
「何者かを守るのに必要なのは力だけとは限らん。事によれば、目に見える力を遥かに凌駕したものだ。それを我々や、我が主に示したのは、他ならぬ……お前の主、そして、この世界に生れしお前達……。……そうではなかったか?」
その言葉に、ロズレイドはハッと胸を突かれる思いがした。
『……僕が、僕だけが、マニューラさんにできる事……誰にも負けない事……それは……』
閊えが取れ、頭から不安や迷いが引いていく、その時――
木々の合間を進んでいくマニューラの姿が、ロズレイドの視界に入った。

「あっ!あれです!あそこにマニューラさんが!」
「よし、では下りるぞ」
ボーマンダはロズレイドの指差す方向に大きく旋回し、徐々に高度を下げていった。


二匹は先回りするように、マニューラが向かっていると思われる方向の僅か前方に着地した。
「後はお前に任せよう。あの者を救えるかどうかは、全てお前の裁量次第だ」
「すみません……あなたには、何とお礼を言ったらいいのか……」
「礼などいらぬ。ただ、ひとつだけ約束して貰おう。ここで私に会った事は誰にも話すな。只の通りすがりのポケモンが、ほんの気まぐれで手を貸した、それだけの事だ」
「は、はい!お約束します!本当に……有難うございました!」
ロズレイドは深々と頭を下げた。
そして、再び顔を上げた時――竜の姿は忽然と消えていた。

――
「あら、まあ……面倒臭がりの不精者が自ら出張るとは、珍しい事もあるものですわ」
周囲の木々がグニャリと曲がり、歪んだ空間の隙間から、煌びやかな乳白色の蛇が姿を現す。
「貴様か。異空間から覗き見とは、余り良い趣味ではないな」
その声に振り向きもせず、ボーマンダは呟く。
「……役を退いたとはいえ、我が神体に願を掛けられれば無下にもできまい」
「そう言えば宴の時、あの小娘に言い寄られ、随分と鼻の下をお伸ばしになられておりましたわね」
「だっ……だ、誰がいつ、そのようなものを伸ばしておった?!」
「ほほほほほ、大いに結構ですわ。役目ではなく、あなた自身の感情に従った行いなのですから」
艶然と嘲笑するミロカロスに舌打ちしながら、ボーマンダは誤魔化すように話の矛先を変える。
「……時に、あやつはどうした」
「さあ……大方、何処かであの方を見守っておりますでしょう。文字通り、陰ながらに」
「だろうな。口では反発しながらも、なかなか親離れができぬ奴よ」
「それは、我々とて同じではありませんか。されど、ここは古より存在する悠久の地……土地神とも言うべき者も数多くおりましょう。彼らを刺激せぬよう気を付けねば」
ミロカロスはふと、遠くに高くそびえる、古い木造の塔に目を向けた。
その屋根の先端に、虹色の光が微かに瞬き、薄いベールのように靡いている。
「もっとも……我々が関わるまでもなく、悠に一波乱ありそうですが」


森を進む最中、前方十数メートル先の木の陰に自分を待ち構えるように潜む気配を、マニューラは鋭敏に察知する。
気付いている事を気取らねない程度に僅かに歩を緩め、手の内にいつでも投げ突き立てられるよう氷の刃を忍ばせながら、その正体を思案する。
コピーの軍勢の者だろうか。ピカチュウ達と行動を共にし、スピアーを迎撃してしまったことで、奴らには既に敵として顔が売れてしまっている可能性が高い。
あるいは、腹を空かせた地元の野生ポケモンが、舌なめずりをしながら狙っているのかもしれない。
この辺りに棲んでいそうな比較的危険なポケモンというと、オオタチやアーボックぐらいであろうか。
――後は、アリアドス。オオタチはコラッタのような小型の獲物しか狙わないし、アーボックの長い巨体はあんな細い木陰に隠すことなど出来ないだろう。
アリアドスは……。
毒々しい赤と黒の縞模様の体と、蠢く黄色と紫の六本足を頭に思い浮かべてしまい、マニューラは思わず顔を少し強張らせる。
――平気だ、もうあんなガキの頃のようなヘマなんてしない。一匹でも簡単にやれる。
既にばれている事に気付かず続けている待ち伏せ程、間抜けなものはない。
あんなばればれの気配を発している輩など、いずれにせよ大した相手ではないだろう。
こちらから強襲を仕掛け、一瞬で確実に仕留める。
マニューラは意を決し、余計な考えも振り払うように、目にも留まらぬほど素早く音も無く地を蹴った。
何者かが潜む木に至る前にマニューラは跳躍し、木と木を飛び移るように蹴りつけて裏側へ回り込む。
その勢いのまま爪で斬りかかろうとした寸前、潜んでいた者の正体――ロズレイドの姿を目の当たりにし、マニューラは咄嗟に狙いを外す。
首元に触れるぎりぎりの所に鋭い刃のような爪が深々と突き立ち、びくりと息を呑んでロズレイドは身を竦めた。

「オメー、なんで――」
呟きかけたところでマニューラはハッとしてロズレイドの首根っこを押さえ、
「“ピカチュウの”?」
と、合言葉を確認する。
「じ、“人生”……」
返ってきた応えに少し気抜けしたような息をつき、マニューラはロズレイドから手を離した。


「一匹で先回りしてやがったのか……?こそこそ隠れて何のつもりだ、テメー。ネズミちゃんに言われて連れ戻しにでも来たか?」
咳き込むロズレイドに、冷ややかな視線を向けながらマニューラは言い放つ。
「す、すみません……まずはあなたに謝りたくて……」
「謝る?」
マニューラは思い当たらずに怪訝に首を傾げた。
「あの状況で内通者を疑うようなことを言えば、あなたが一番に怪しまれてしまうのは十分に予想できたのに、軽率でした。こんなことになってしまったのは、僕のせいです」
体を震わせて深刻に謝るロズレイドとは対照的に、マニューラは「そんなことか」と呆れたように鼻を鳴らす。
「別に、オメーが何も言わねーでも、遅かれ早かれオレは追い出されるか、自分から出て行っただろうよ。元々、オメーららとオレとじゃ追う相手が違うんだからよ。寧ろ出て行く良い切っ掛けになったぜ」
「追う相手……?誰かを探していらっしゃるのですか?」
うっかり零してしまった言葉に耳聡く食いつかれてしまい、マニューラは面倒くさそうに頭を掻いた。
「あー、とにかくそういうことだ。用はそんだけか?気が済んだならさっさと帰りな。オレに戻る気はねえ」
「それならば、僕もお供します!」
「こっちはテメーがついてこられるような甘っちょろい道じゃねーの。帰った帰った」
しっ、しっ、と半ば追い払うような仕草で手を振って、マニューラはロズレイドに背を向けた。
「あなたを放って戻れなんてしません、そんな危険な道なのであれば尚更です」
強情に言い張るロズレイドを、マニューラは無視して歩き出す。
いくら振り切ろうと足を速めようと、それでも背後からは、懸命に足音がついてくる。
その内に、やれやれとマニューラは溜め息をつき、諦めたように歩を止めた。
「――忘れてたぜ、ロゼ。オメーの諦めの悪さを。このままじゃこっちが先に参っちまいそうだ。もういい、好きにしてろ。だが、テメーの身はテメーで勝手に守れよな。いざとなったら、オメーになんて気を回している余裕はねーぞ」


振り向きざま、ぶっきらぼうに怒鳴るようにしてマニューラは言う。
「はい……!決してご迷惑は、お掛けしないよう、頑張り……ます」
ぜえぜえと肩で息をしながら、ロズレイドは応えた。途端、ほぼ気力だけで保っていた体力が、緊張の糸が途切れたとともに尽きてしまったのか、ぺたりとロズレイドは膝をついた。
言っている傍からのこの体たらく。見ていて何だか自分の方まで情けなくなって、再びの溜め息がマニューラの口から漏れる。
同時に毒気まで抜け出てしまったような気がして、マニューラは決まりが悪そうにくしゃくしゃと頭を撫で掻いた。
――相変わらず、こいつを見ていると調子を狂わせられる。
「台無しじゃねーかよ。色々と」
自嘲気味にマニューラは呟いた。
「す、すみません、もう行けますので……お気になさらず先をお急ぎください」
ふらふらと起き上がり、ロズレイドは歩き出そうとする。
「いーよ。オレも余計な体力使わされちまったし、適当な所を見つけて少し休んでくぞ」
世の中は広いようで狭いものだ。それも同じ地方を、互いに探しものを求めながら歩いてなどいれば、その内またピカチュウ達とは出くわすことになるだろう。
面倒だがこいつのことはその時にでも、丁重に熨斗を付けて送り返してやればいい。
そんな風に軽く考えながら、マニューラはロズレイドに歩調を合わせてのろのろと歩を進めていった。


――
「この辺ならいいだろ」
ほどなく身を潜めて休むに丁度良さそうな大きな木々に囲まれた空間を見つけ、マニューラとロズレイドはその木陰に落ち着く。
早々にマニューラは頭の後ろで手を組んで、木の幹を背もたれ代わりに寄りかかって座り、ロズレイドは少し離れた位置の太い根へと腰掛ける。
しん、と静まり返った森の空気の中、マニューラはどこかぼんやりと虚空を見つめて黙り込み、ロズレイドもいざ二匹となったらどうにも話す言葉を見つけられず、内心でどぎまぎとしながら口を開けずにいた。
気まずい沈黙に耐え切れなくなり、とにかく何でもいいから声を掛けようと意を決してロズレイドはマニューラを見やる。
そこでふと、その黒い左の上腕辺りに、見覚えのないくすんだ色の襤褸切れが巻き付けられているのが目に留まる。
元々が何色で何の切れ端であったのか定かではないが、ぼろぼろにほつれている端側の糸先まで汚れきっていて、破れて本来の役割を失ってからもう何年も経っているのが容易に想像できる、随分と古めかしい布だ。
追いつくことに必死で今まで気付かなかったが、いつから、何故あんな汚れた布切れを巻き付けているのだろう。
ロズレイドは頭を捻る。

――そういえば、左腕は以前イノムーから僕を庇ってくれた時に大怪我をしたんだ……!
もしかしたら、その古傷が急に痛みだして、堪らずにその辺で拾った襤褸切れを包帯代わりにしているのかもしれない。
そうだとしたら、大変だ。あんな不衛生な布を巻きつけていたら、余計に悪くなってしまうだろう。すぐに替えてあげなければ。
「マニューラさん、左腕の傷が痛むんですか? 見せてください、そんな襤褸切れより新しい包帯を――」
ロズレイドはそっと近寄って、自分の道具袋から真新しい包帯を取り出し、マニューラの腕に巻き付いた襤褸切れへ手を伸ばす。
その瞬間、うとうとしていたマニューラは急にびくりとして目を開いた。


「触んな!」
半ば悲鳴のように怒鳴ってマニューラはロズレイドの手を払いのけ、飛び退いて後ずさった。
血相を変えて左腕に巻かれた布を庇うように右手で握り締め、息を荒くしてロズレイドを睨みつける。

「あ、あの、僕は――」
いつにない、今までにないマニューラの取り乱した態度に、ロズレイドは声が震えてまともに謝ることさえできず、茫然としていた。
立ち尽くすロズレイドの姿を見て、マニューラははっと我に返った表情をする。
「――わりぃ、ちょっと嫌な夢を見て寝ぼけていたみてーだ、悪かった。別に傷が痛むわけじゃない、大丈夫さ。この布切れは……大切なもんなんだ。だから……今は、少し放っておいてくれ」
マニューラはロズレイドから顔を背け、ふらふらと木に寄りかかり直して目を閉じた。
急に疲れきった様子になって寝入るマニューラの姿を、悲痛にロズレイドは見つめた。
キッサキでしばらくの間一緒に過ごして、色々とマニューラの事を知っているかのような気になっていたが、よく考えてみれば自分が見てきたのは上っ面の部分だけで、少し深い部分になればまったく知らないことばかりなんだ。
どこで生まれたのかも、どんな風に育ってきたのかも、過去のことはまったく分からない。
今回のことで、より明確にその事実を突きつけられてしまった。
あの布切れが他人に触られたくない、大切なものだと察することも出来ない。それどころか、汚い襤褸切れだと無下に取り去って捨ててしまおうとしてしまった。
ロズレイドは一匹、己の無力さに震える。

でも、ここで諦めたら――黙っていたけれど、シンオウを発ってから、マニューラさんから微かに感じる仄暗い危うげな雰囲気、先のボーマンダさんの”二度とあの者に会えなくなるかもしれない”という言葉――悪い予感が止まらない。
ここで挫けたら、きっとよくないことになる。
ロズレイドはぐっと足に力を込めて震えを抑え、確とその場に座り留まった。


「ピカチュウ族――僕らのボスと同じ種族だな」
片眉を上げてエンペルトは訝しげに呟く。
「ああ、あっしはどうも昔からあの種族にゃ縁があるようで。……話を続けやすぜ」

――カビ臭くて薄暗い倉庫にひっそりと保管された商品の見張りは、殆どあっしの日課だった。
毎日毎日、得体の知れない危なそうな薬や、どこか安っぽくて胡散臭い道具、小汚い檻にぶち込まれたポケモン共の辛気臭い顔を眺めて回るのさ、想像しただけで心が淀み腐りそうな素敵な見学ツアーだ。
そんなクソッタレた日々の中で唯一の楽しみと辛うじて言えるのは、檻の中の哀れなポケモン共に声を掛けて回ることぐらいだった。
どいつもこいつも、あっしを恨み辛み口汚く罵るか、怯えきって震えているか、あるいはもうぴくりとも動かなくなっているか、のどれかだったな。
救いようのねえ掃き溜めに、とある日から二日、三日に渡って、合計で十匹近くの黄色いネズミ達が仕入れられてきた。
何でも、カントーのトキワの森で密漁してきた奴らで、ジョウトでは非常に珍しく、人間達の間では結構な高値で取引されているそうだ。
そんな風に珍しいポケモンが捕らえられてくるのはいつものことで、別に珍しいことじゃあ無かった。
あっしはいつものように見張りの暇つぶしがてら、そのピカチュウだかぺカチュウだかいう奴らに接触してみることにした。
檻の格子の隙間から見えるのは、つまらねえいつもの反応だ。皆一様にくたばった魚みてえな目をして、ただただ絶望に暮れている。
その中でただの一匹、様子の違う奴が目に付いた。首に煤けたスカーフだかマフラーだかを巻いた、優男風の奴だ。
だが、その眼に宿る光は研ぎ澄まされたように鋭く、注意深く倉庫内を見回してやがった。
そいつはあっしに気付くと、わざとらしくきょとんとした表情を見せて鋭い眼光を押し隠した後、人懐っこくにこやかに微笑んでこう言い放った。

「やぁ、いいところに来てくれた。恐縮だけど、何も言わず大人しくここから出してくれないかな?」

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