第41章 - 10

まだ幼いというのもあるのかもしれないが、ニューラ族の恐ろしげな噂から抱いていた印象とは随分とかけ離れた、陽気でかしましいガキだ。
マフラー野郎の言っていた通り、その種族というだけで偏見を持ってはいけないということか。
「――それから、それから、その紫風船とドロドロしたヤツもババッとやっつけちゃって、とうとう黒服どもは親父の強さにびびって逃げちゃってさ!」
すっかりと心を許した様子で子ニューラはぺらぺらと喋り続け、マフラー野郎も嫌な顔一つせずににこにこと聞き続けた。
敵対する者には容赦なく接するこいつも、子どもに対してはどうにも甘い。ここらで誰かが止めておかないと、延々と日が暮れるまで話を続けそうな勢いだ。
「んで、そのご立派なお父様方はどこに行ったのかいい加減聞かせてくれねえか?」
そろそろ本題に入らせようと仕方なくあっしは口を挟む。
「ねえ、トラックにはコリンク――あなたぐらいの青い山猫の子も乗せられていたと思うんだけど、何か知らないかな?」
待ちかねていた様子でニャルマーも猫を被った態度で横から加わった。
「ん、なんだよいい所なのに……なあ、そういえばこいつら何だ?」
子ニューラは話を遮られて少し不機嫌そうにしながら、マフラー野郎に尋ねる。
「ああ、紹介がまだだったな。この二匹は、ヤミカラスとニャルマー。俺の仲間みたいなものかな」
ふーん、とまだ警戒した目つきで子ニューラはあっしとニャルマーをじとりと見やった。
「ま、そういうわけだ。つーわけで、さっさと質問に答えな。こんな所でぼやぼやしている程、俺様達は暇じゃねえんだよ」
ぐい、とあっしは子ニューラを睨み返し、強い調子で言った。
ニューラ族とはいえこんな可愛げ残るガキなんて、少し脅してやりゃちょちょいだろう。
だが、子ニューラにまるで怯む気配は無く、尚強情にむっとして視線を尖らせた。
「やだ」


「……おい、ガキ。こちとらオメーを絶体絶命の危機から救ってやったんだ。少しぐらい感謝して、協力しやがれってんだ」
湧き上がる苛立ちを足爪で土を握り穿って堪えながら、あっしは再度凄む。
「なんだよ、おまえなんて、口からモワモワ変なの出してただけで、殆ど役に立ってなかっただろ。なのにエラソーだぞ、オッサン」
「オッサ……!?」
堪忍袋の緒が切れる間もなく散り散りに弾け飛び、びきびきと額に青筋が走っていくのを感じる。
兼ねてより老け顔気味だと同僚だった奴らにもからかわれ、気にしていたあっしにとって、その言葉は決して触れてはいけない、特大の地雷だった。

「こんのクソガキャ、ほぼ終わり掛けとはいえ、まだ青春時代を生きているぴちぴちの俺様をつかまえて、オッサンだと!?」
「ふん、どっからどう見てもむさいオッサンにしか見えないぞ。オレがクソガキなら、おまえはクソカラスだな、オッサン」
言って子ニューラはは、べーっと舌を出した。
怒り狂って追おうとするが、子ニューラはひょいとマフラー野郎の陰に隠れて盾にし、マフラー野郎もまあまあと手であっしを制した。
「馬鹿だね、ガキと本気になった言い争ってどうすんだい……。アタシに任せな」
背後でニャルマーが呆れたようにぼそりと呟く。舌打ちと共にあっしは引き下がり、ニャルマーに任せる。
「あのね、コリンクも私達の大事な仲間なの。だから、教えてくれないかな……?」
少女のような声色で少し誘惑するようにしてニャルマーが頼み込む。その様子をマフラー野郎の後ろから子ニューラは怪訝そうに見やった後、何やら近付いてくんくんと鼻を鳴らしだした。
「おまえ……結構、いい年だろ」
「なっ!?」
子ニューラの言葉に、ニャルマーは仰け反りそうなほどびくりとして飛び退いた。

「獲物の鮮度は匂いでわかるぞ。オレ知ってるもんね、そーいうの年増の若作りっていうんだよな」
ニャルマーの心に被せていた仮面に、ぴしりとヒビが入る音がここまで聞こえてきたような気がした。
「こんのクソガキャ、ほぼ過ぎ去ったとはいえ、まだ青春時代にしがみ付いているぴちぴちのアタシをつかまえて――」
「結局、俺様と同じ末路じゃねーか……」


あっしらを見兼ねた様にマフラー野郎はやれやれと溜め息をつく。
「オレ、あいつら嫌いだ!助けて、ネズミー」
駆け寄って再び後ろに隠れようとする子ニューラに、マフラー野郎は真直ぐに視線を合わせて向き合った。
「もう少し君の話を聞いてあげたいのは山々なんだけど、あの二匹が言っていることも大事なんだ。あまりここに長くいるわけにはいかないし、コリンクを助けに行きたいのは本当だ。それに君もお父さん達の待つ安全な所まで無事に送り届けてあげたい。だから、分かるところまででいいから、教えてくれないか?」
ゆっくりと言い聞かせるようにマフラー野郎は話す。子ニューラはしばらくの間悩んだ後、こくりと静かに頷いた。
「……うん、分かった」
「いい子だ」
マフラー野郎はにっこりと微笑んで、子ニューラの頭を撫でた。子ニューラは気恥ずかしそうにしおらしく俯く。
自分達の時とはあまりの態度の違いに、あっしとニャルマーは陰で「けっ」と示し合わせたように毒づいた。
「まずはコリンクのことだけど、ニャルマーの言う通り君のお父さん達が襲ったトラックに、青い毛の色をした君と同い年ぐらいの山猫が載せられていた筈なんだけど、俺達が来た頃にはもう檻が空っぽになっていたんだ。どこに行ってしまったか知らないかな?」
「そいつなら、親父達が連れてったぞ。親父達は、あの嫌な黒服共から奪い取れたものがポケモンだった時は、必ず里まで連れて帰って来るんだ。」
「まさか、そのまま食っちまうってわけじゃないだろーねッ!?」
最早、本性を隠す必要も無く、ニャルマーはがなるように問う。子ニューラはムッとして睨んだ。
「そんなことしねーよ!そりゃオレ達は獲物を襲って喰う事もあるけど、黒服共から奪い取って助けた奴らだけは、ケジメとか何とかいうので絶対殺して喰ったりしない様に皆にも親父は言ってんだ。元居た場所に帰せる奴は帰すし、帰る場所の無い奴は里で面倒見てる。だから、そのコリンクとか言う奴も絶対無事だ!」


「どうだか。アタシの知ってるニューラ共は、けじめなんて厳格なもんとは程遠いごろつき共だったよ。そんな決め事、ちょいと小腹が鳴ったら最後、コロッと忘れちまいそうなもんだね」
「親父はそんなヤツらとは違うやい!」
顔を真っ赤にしてニャルマーに食って掛かろうとする子ニューラを、マフラー野郎は間に入って抑える。
「まあまあ、落ち着いて。君の言うことはちゃんと信じているから、な」
宥められながらも、子ニューラは低く唸りながらマフラー野郎の隙間からニャルマーに怒った視線を向けていた。
「ごめんよ、大好きなお父さんのことを悪く言われたら、怒るのは当然だ。だけど、ニャルマーも、大切なコリンクが心配で、少し刺々しくなっているだけなんだ。許してあげてくれないかな」
子ニューラを宥めながら、マフラー野郎は肩越しにちらりとニャルマーを窘める様に見やった。
ふん、とニャルマーは顔を背け、それに負けじと子ニューラもぷいとそっぽを向く。
「ま、仕方ないか。今のところは」
薄く溜め息を漏らし、マフラー野郎は妥協したように呟いた。

「無事に預かってくれているのなら、俺達はコリンクを迎えに行かなきゃな。君のお父さん達が居る、その里までの道を案内してもらえると助かるんだけれど」
改めてマフラー野郎が頼むと、子ニューラは再び悩む素振りを見せる。
「うーん、里の場所は仲間以外には内緒にしないといけないんだけど……。おまえ、いいヤツだしなー……」


子ニューラはしばらくの間思案しながらマフラー野郎の顔を推し量るようにちらちら見た後、急に何か思い立ったような表情を浮かべた。
「そーだ!オレのお願い聞いてくれたら、案内してやってもいーぞ」
「お願い?」
急な申し出に、マフラー野郎は首を傾げる。
「うん!里に行く前に、ちょっと連れて行ってほしいところがあるんだ。エンジュシティってところなんだけどさ」
「ヤミカラス、知ってるかい?」
すかさずマフラー野郎はあっしに振る。
「ああ、このジョウト地方の北側にある、古びた雰囲気のでけえ町だよ。そこに一体何の用があるってんだ?」
「今の時期、エンジュに行くと、すげーキレーなコーヨーってのが見れるって親父達が言ってたんだ。知ってるか、コーヨー。フツー、木の葉っぱって緑なのに、まるで燃えてるみたいに真っ赤に染まるんだって、自然の力ってすげー!オレ、それが見てみたくってなー」
子ニューラは目を輝かせて、うきうきと語る。
「あのなあ、俺様達は呑気な観光旅行してるわけじゃねえんだよ。別にそんなもん今じゃなくても、後で勝手に好きなだけ自分で見に行くなりすりゃいいだろうが」
「今じゃなきゃダメなんだよー!オレ、大事なアトのトリが何とかで、全然里の外には遊びに行かせてもらえないし……。上手くこっそり抜け出しても、すぐにバレて連れ戻されちゃって、こんなに遠くまで来れるチャンスは滅多にねーもん。だから、なー、頼むよネズミー」


あっしから顔を背け、子ニューラはマフラー野郎に再び纏わりついて懇願する。
「でも、早く帰ってあげないとお父さん達も心配しているんじゃあないかな。話を聞くに、君は今も誰にも行き先を告げずに隠れて抜け出してきているってことだろう?」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ、少しだけ遠回りになるだけだ。それに、親父達はオレのことを心配しすぎなんだぞ。もうちょっと自由に外に行かせてくれたっていーのにさ。だからちょっとは子離れしてもらわねーとな」
諭そうとするマフラー野郎に、子ニューラは強情を張って言った。
こいつが里を抜け出たがるのは外への純粋な興味の他に、過保護な――と感じるのは当人だけで、周りからしてみたらまだまだ妥当な扱いなんだろうが――親達への反発も含まれているように見えた。
こましゃくれたガキにありがちな思い上がりってやつだな。あっしは鼻で笑う。
「ケッ、半人前にも満たねえようなガキンちょが、なーにが子離れだ。ついさっきまで蜘蛛共にビビッて樹の上でぶるぶる縮こまっていたくせによ」
冷やかすあっしに、子ニューラはムキになった様子で振り返る。
「う、うっさい、クソカラス。オレだって親父に稽古つけてもらってるし、ホントは強いんだぞ!喧嘩しても、年上のヤツにだって負けないもんね。でも、虫は……特にあの蜘蛛は、その……」
途中までの威勢はどこへやら、蜘蛛の話となると途端に子ニューラはばつが悪そうに言葉を濁した。
弱みの確信を得、あっしはにやりとほくそ笑む。
「いいのか、ぐずぐず寄り道なんてしてると、またあの蜘蛛共が出てくるかもしれねえぞ。うじゃうじゃーってよぉ」
身振り手振りも交え、あっしは子ニューラを存分に脅かす。オッサン呼ばわりへの仕返しも込めていた。
子ニューラは「う……」と言葉を詰まらせ、毛並みをぞわりと振るわせる。


思わぬ反応のよさにあっしの大人げなさにも拍車がかかり、ますます脅かしに熱がこもった。
「一度目をつけた獲物には奴らはとことんしつこいって聞くぜぇ?おや、あの木の陰で今何か、動いたような気がしたぞ……クカカ」
びくりとして子ニューラは顔を青ざめ、ますます縮こまる。
「さあ、分かったらわがまま言ってねえで、さっさと案――あたッ」
後一押しというところで、ぽかり、と頭に軽い衝撃を受ける。振り向くと、呆れた様子でマフラー野郎が拳を握っていた。
「そこまで。子どもにあまりいじわるするんじゃない」
「な、何しやがんだ。折角、もう少しで余計な手間が省けそうだってのによ。ガキだからって甘やかしすぎだぜ」
子ニューラに聞こえないよう声を潜めてあっしは言った。
「脅迫して無理矢理嫌々案内させたって意味が無いだろう。ちゃんと信頼してもらわなきゃ。君は、大事な子どもがいなくなって気が立っているであろうニューラ達を敵に回したいのかい?コリンクだって無事に返してもらわないといけないっていうのに」
ひそひそとマフラー野郎は答える。
「まず子どもから誑かして外堀を埋めにかかるってか」
「……言い方は悪いが、そういうことさ。それに、束の間の自由な冒険に少しぐらい付き合ってあげるのも一興じゃないか。程度と質の違いはあれ、自分の意思じゃなく一所に押しとどめられている辛さは、君もよく知っているだろう?」
にっとマフラー野郎は微笑んだ。それを言われると、あっしも少々弱い。
「チッ、勝手にしやがれ」


きょとんとしてあっしらのやり取りを眺めている子ニューラに、マフラー野郎はにこやかに振り返る。
「分かったよ。君をエンジュシティまで連れて行ってあげよう」
「ホントか?でも……」
一瞬、子ニューラは笑顔を浮かべそうになったが、すぐにそれを沈めてあっしに非難じみた目を向けた。
「大丈夫、ヤミカラスも行ってもいいってさ。もしも本当にまた蜘蛛達が出てきても、俺が守るから平気だ。後は、ニャルマーだけど……」
言いながら、マフラー野郎はニャルマーの方を見やった。ニャルマーは背を向けたまま、不機嫌そうに尻尾をぱたぱたと左右に振るう。
もうどうにでもしろと無言の投げやりな返答に思えた。
「……一応、妥協してくれそうだ。というわけで、出発しようか」
マフラー野郎が手を差し伸べる。子ニューラはパッと表情を晴らしてその手をとった。
「うん!やっぱりおまえって、いいヤツだな!そーだ、じこしょーかいがまだだった。オレ、ニューラ。おまえはオレのことニューラって呼び捨てにしていーぞ。特別だかんなー」
繋いだ手をぶんぶんと嬉しそうに振るいながら子ニューラは言った。
「はは、それは光栄だ。よろしく、ニューラ。俺の名はピ――」
「ひゃは、よろしくなー、ネズミー!」
マフラー野郎も名乗ろうとするが、そんな事はお構いなしに感極まった様子の子ニューラに飛びつくように抱きつかれて遮られる。
「……まあ、いいか」
苦笑してマフラー野郎は頬を掻いた。


生意気には違いねえが、ああやって無邪気にはしゃいでる姿を見ていると、あのガキにもちったあ可愛げがあるじゃねえかと思えてきた。
あっしもちょっと意地悪くしすぎていたのかもしれねえと少し省みる。
「ヘッ、精々そいつの優しさに感謝しやがれよ。後、今までのおめえの生意気な態度にも目をつむり、許してやろうとしている心の広い俺様にもな――ニューラ」
あっしが精一杯の歩み寄りをして声がけると、子ニューラの表情は急に一転してムッとしたものに変わった。
「おまえには呼び捨て許してないぞー。オレはおまえのイジワル絶対に忘れないもんね。どうしてもオレを呼びたければ、ニューラ様って言えー。いや、やっぱり強くてかっこいーニューラ様がいいかな。優しくてかわいーニューラ様もいいなー。うーん、賢くてうつくしーニューラ様ってのも捨てがたいなー」
調子付いた様子で、子ニューラはあれこれ言い出す。
「こっちが下手に出りゃ……!絶対そんな風にゃ呼ばねえよ、クソガキが!」
「あー!またクソガキって言ったな、クソカラス!」
前言撤回だ。やっぱりこいつは可愛げのカケラもねえクソガキだ。子ネズミのチビ助といい、この一行にはろくなガキが加わりゃしねえ。

――
「その子ニューラが今のマニューラだな?」
どこか可笑しそうにして、確信したようにエンペルトは言った。
「ああ、その通りでえ。その生意気が寄せ集まって出来たようなクソガキが、今のクソネコのヤツだ」


「あはは、やっぱり。その頃から今の片鱗はあったんだな。生意気だなんて、まだ子どもらしくて可愛らしいもんじゃないか」
「ま、今の奴に比べりゃ幾らかガキらしさが残ってる分マシかもしれねえな。それが、あんなになっちまったのは、いつからだったか……あれじゃまるで、親父さんの生き写し――。っと、そうそう、それより、あのクソネコにも、子ニューラの頃と決定的に変わってない所が一つだけありやした」
何か言いかけたところで、ドンカラスは突然話題を強引に変えるように切り出した。
「なんだい?」
怪訝に思いながらもエンペルトは聞き返す。
「へへ、奴は今でも虫、特に蜘蛛が大の苦手なんでえ。必死に強がって隠しちゃいるがな。いつかの酒の席で、酔ったあいつがぽろりと漏らしたんだが、なんでもガキの時にポッポの卵と間違えてイトマル共の卵を里の食糧庫までこっそり沢山持ち帰ったんだと。そうして次の日、卵の様子を見に食糧庫にいったら、そこには孵化したイトマル共が壁に天井にうじゃうじゃと……その光景は今でもたまに夢に見るらしいぜ。親父さん達にも後で大目玉食らって、それ以来トラウマなんだとよ。マヌケだよな、クハハ。今度奴が洋館に来たら、試しに蜘蛛の玩具でもいいからひょいと投げつけてやりなせえ。飛び上がって悲鳴を上げるかもしれねえぞ」
「後が怖いから遠慮しておくよ……。しかし、トラウマになっているほど苦手となると、今いざ本物のイトマルやアリアドスに出くわしたら、どうなってしまうんだろうな」
「シンオウには海を挟んだリゾートエリア辺りにまで行かないとあの蜘蛛共はいねえからいいが、もしもバッタリ本物と出くわしたりなんてしたら、泡吹いてぶっ倒れちまったりしてな。ま、なんにせよ痩せ我慢は長くは持たねえだろうさ」

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