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第41章_1

暗闇彷徨うこと苦心十数時間を経て、ようやくようやっと日の目を見ることが出来る。
あの光の強さを見るにきっと外は雲一つない晴天に違いない。
暖かい陽光を頭に思い浮かべるだけで心は浮き立ち、重かった足取りも枷が外されたように軽やかになっていった。
よもや、普段気にとめることもない、あって当たり前だと思っていた日の光をこれ程までに欲し求めることになるとは。
無くしてみて初めて分かる大切さ、というやつか。

さあ、もう出口はすぐそこだ。染みる目を手で庇って少しずつ慣らしながら、俺達はトンネルを抜け、外への一歩を踏み出した。
途端に身の横を吹き抜ける壮快なそよ風。
ゆっくりと目を覆う手を取り払い、眼前にひらけた景色――真直ぐ伸びる銀色の鉄橋、その脇に広がる森と大きな入り江――に仲間達は沸き立ち、俺も思わず感嘆の溜め息が自然と漏れた。
予想していたよりずっと肉体より精神的に厄介な道のりであったが、何とか無事にジョウトへの一歩を踏み出せたわけだ。
「いやー、長かったですね。えーと、出発前の話によれば、トンネルを抜ければ三十番道路と三十二番道路の間くらいに出るんでしたっけ」
ロズレイドが地図を開きながらデルビルに確認する。
「ああ、そうだ。このまま真直ぐレールを渡って西に行けばコガネシティに着くし、レールを下りて北に行けばキキョウシティ、南にはヨシノシティが有るな」
地図を前足で示しながらデルビルは答えた。
「何はともあれ長旅ご苦労様、ご一行さん。ジョウトへようこそ」
そう言ってミミロップはくすくすと笑った。


「うむ?」
何だか唐突なまるで人事のような口振りに、怪訝に思って俺はミミロップに振り返る。
「え? え?」
私じゃない、と言いたげに戸惑ってミミロップは首を横に振るった。
「ふふん、油断しきっちゃって、まるで成長していないようね。上よ、上、上」
目の前のミミロップは口を動かしていないというのに、再び同じ声色が響く。
その声は俺達の後方、少し頭上から届いてきた。これは――ぞわりと、全身に嫌な感覚が走る。
「やっほー、数ヶ月、半年ちょっとぶりくらいかなぁ?」
その方、トンネルの入り口の上を見上げると、ミミロップとまるで瓜二つの“もの”が一匹、石垣に腰掛けて足をぱたぱたさせながら、にこにことこちらに手を振るっていた。
俺達は一斉に身構え、戦闘体勢を取る。
「やーね、そんなに身構えないでよ。今日はご挨拶に着ただけだから別に戦うつもりは無いし」
やれやれとミミロップのコピーは座ったまま手をひらひらさせた。
「……レッドは無事なのか?」
油断無く見張りながら俺は尋ねる。
「無事にミュウツー様の残していったメッセージを受け取ったみたいね。さーて、どうなのかなー、無事といえば無事なんじゃないのー?大事な人質でもあるし、利用価値のある内はね」
「貴様……」
「あはは、あんたみたいなチビに凄まれたって、全然怖くなーい。ま、私は当然この通り、今日はいないけど他のコピー共もばっちり復活、立て直しってワケで、今後ともよろしくねー」
そう告げるとコピーは余裕綽々で立ち上がり、去って行こうとする。その足元すれすれに、群青色をした直径三センチほどの小さな波紋状の光が放たれ、ぱしゃと水音を立てて弾けた。


「待ちなさい。私達の前に一匹でのこのこ姿を現して、ただで逃げられると思ってんの?」
本物のミミロップがびしりとコピーを指差して言う。コピーは足を止め、ちらりと横目で本物を見やる。
「なぁに、今の。新しい手品か何か?」
「み、水の……波動よ」
少しばつが悪そうにして答える本物に、コピーは吹き出すように笑った。
「い、今のが?きゃはは、その辺の子ニョロモの方がまだ強力なのが撃てるんじゃない?」
「う、うるさい、とにかく逃がさない!」
やる気満々な本物に対し、面倒くさそうにコピーは耳をかきあげる。
「私は忙しいからこれ以上あんたと遊んでる暇なんて無いの。伝説の何ちゃらの手がかりを探さなきゃいけないし――っと、ちょっと喋りすぎちゃった。どうしても遊びたいのなら、私の可愛いペット達の一部を紹介してあげるわ」
辺りに急に不可思議な甘ったるい匂いが立ち込め、それに引き寄せられる様に、周りの森から耳につく独特な羽音が沸き起こり、こちらへ向かってくる。
その内の一匹が、先陣を切って橋の上まで飛び上がり、一対の鋭い針を構えて俺に突きかかった。
寸での所で俺はレール上に伏せてかわし、すれ違いざまにすかさず電撃を見舞う。
直撃にたまらず襲撃者の一匹は墜落していく。しかし、所詮一匹を倒したところで、もう既に俺達は羽音の群れに取り囲まれていた。
両手と、黄色と黒の縞模様の尾から伸びる鋭い針で今にも再び突きかからんとして、殆ど感情を感じない赤い両眼で睨みを利かせながら俺達の周りを飛び回っている。
「スピアーちゃん達よ、可愛いでしょ。蜂って従順で好きよ。それじゃあ私は帰るから、精々頑張ってねー」
悠々とコピーは去っていく。後を追おうにもスピアー達に阻まれ、追う事が出来ない。
「ま、待て! クソッ」


制止など聞くはずも無く、ミミロップ・コピーは橋を飛び降りて森の奥へと消えていった。
スピアーの数は今確認できる限りでも十数匹。一匹一匹は然して強力な存在でもないが、ひとたび集団となれば下手な猛獣よりも脅威となりうる。
まるで群れ全体で一つの脳みそを共有しているかのような統制と連携の取れた動きに加え、数匹を倒したところで怯むことなく、それどころか次々と仲間を呼び寄せ襲い掛かってくるのだ。
怒り狂ったオコリザルでさえ、スピアーの軍勢を見たら途端に顔を真っ青にして逃げていく程だという。

「や、やばいんじゃないか。どうすんだ」
どんどん包囲網を狭めてくるスピアー達に、デルビルは焦りの声を上げる。
「虫、それも大群か……」
マニューラが苦々しそうに呟く。心なしかその表情はほんの少し引き攣っているように見えた。
数では圧倒的に不利。この場で闇雲に抵抗を続けていても、その内押し切られて一斉に群がられ、全身を穴ぼこチーズのようにされて終わりだ。
「一旦トンネルの奥まで逃げて立て篭もり、態勢を整えるというのはどうでしょう」
針を振り回してスピアーを追い払いつつじりじり後退りしながら、ロズレイドが打開策を一つ提言する。
「いや、時間を掛ければ掛ける程、それだけまた奴らの数は増えてくるだろう。出口に強固な防衛線を築かれてしまってはより突破はし辛くなる。状況は不利になる一方だ」
「それに、すぐにあいつの後を追わなきゃ! ほっといたら私の姿でどんな悪事をしでかされるかわからないし、ミュウツー達のもとに辿り着くための貴重な手がかりでしょ!」
迫るスピアーを拳に燃え上がる炎を振りかざして牽制しながら、ミミロップが叫ぶ。
「うむ。では一点集中で包囲を突破し、追撃を振り切るぞ。最も危険な最後尾、しんがりは俺が務めよう」
「テメーだけじゃおちおち安心して背中を任せて走れねーよ。その役目、オレもやってやる」
両手にナイフのように鋭い氷の塊を構え、マニューラは言った。


「信用できるのだろうな」
俺が懐疑の視線を向けると、マニューラは俺の頭上を過ぎ去るように氷の一片を投げ放つ。
直後、背後で小さな呻き声と、めきりと乾いた音が響く。
振り向くと眉間辺りに氷を突き立てられたスピアーが一匹、俺のすぐ近くで倒れこんだ。
ふん、とマニューラが鼻を鳴らす。
「この通りだ。余計な気を回してる余裕なんてねーだろ」
「……いいどろう、お前にも協力してもらう」
「それならば、僕も共に!」
すかさず申し出るロズレイドに、マニューラは首を横に振るう。
「いーよ。オメーの葉っぱと毒針なんて、毒を持った虫には殆ど効かないだろうが。ちんたら集中して念力を引き出す暇もねえ、オメーは気にせず前を走っていきな」
「そうですか……。分かりました、気をつけてくださいね」
しゅんとしてロズレイドは同意した。
「ヘッ、オレを誰だと思ってやがる。天下無敵のマニューラ様だぜ?オメーに心配なんかされねーでも大丈夫だっての、ヒャハハ。――んじゃ、そろそろ行くかよ。周りのぶんぶんウルセー羽音が更に増えてきてるぜ」
「ああ。ミミロップは先頭、奴らの苦手な炎で道を切り開いていってくれ。ロズレイドとムウマージは両端、中央のアブソルと、ついでにデルビルを守りながら行くのだ」
それぞれ『了解!』と、ミミロップ達は力強く答えた。デルビルは戦いに駆り出されず心底ほっとした表情をした。
その横で、アブソルは申し訳なさそうな、どこか悲しそうな表情を浮かべたような気がしたが、今は気にとめている余裕は無い。
「突破の糸口を開く」
俺はスピアーの一群に向けて電撃を放った。スピアー達は一斉に電撃を避け、包囲に一寸の隙間が開く。
「行くぞッ!」
その隙を目掛け、俺達は駆け出した。


スピアー達の包囲を潜り抜け、鉄橋を飛び降りて森へと降り立ち、俺達はコピーの向かった先に向かう。
背後からは無数の薄羽が空気をけたたましく揺らす音が怒涛の如く迫ってきていた。
だが、奴らの動きは森の不規則に並ぶ木々の枝と葉に視界と飛行を阻害され、何も障害物の無かった鉄橋の上に比べずっと鈍っている。
時折、木々の合間を巧みにすり抜けて群れを先行して襲ってくる奴らは、マニューラと俺とで着実に各個撃破し、行く手に回り込まれぬように食い止めた。

やがて、聞こえてくる羽の音と数は遠のいて減っていき、木々の密度が徐々に疎らになって、辺りにごつごつとした岩肌が目立ち始めたところで、どうにかスピアー達を振り切ることはできたようだ。
しかし、ここまでの道中で、コピーの姿は微塵も見ることはかなわなかった。
おそろしく逃げ足が速いのか、あるいはどこかに隠れていたのを見逃したのか――
「一応、地面に微かに残るあいつの波動の痕跡を辿って来たから、途中で潜んでいたとしても見逃すことは無いけれど……それもここまでみたい。まるで跡形も無く消えたか、空でも飛んで行っちゃったみたいに、ここでぱったりと途切れてるわ」
急いでいた足を緩めて止まり、口惜しそうにミミロップは足元の石ころを蹴飛ばした。
大方、飛ぶことが出来る仲間と合流し、共に空に逃れたというところだろう。何にせよ、まんまと逃げおおせられてしまったわけだ。
気抜けと疲労感が合わさり、深い溜め息が体の底から漏れ出した。


「それにしても、どうして奴は僕達を待ち伏せることができたのでしょうか。カントーからジョウトへ来る手段は数少なく限られているようですから、どこから現れるか場所の目星は大体付けられるでしょうけど、少なくとも近い内に必ず僕達がジョウトに来るという確証がないとあんな風に待ってなんていられませんよね。何か他の用事もつまっているようでしたし」
ロズレイドの言う通り、確かに偶然にしては出来すぎている。奴の口ぶりも、俺達が来ることを完全に把握していたかのようだった。

――俺達、またはカントー配下達の中に誰か、内通者がいるというのか。
あまり考えたくは無いことだが、疑念を拭い去ることも出来ない。
思い当たる疑わしい節を頭の中で巡らせて、俺はマニューラを見やった。
最も疑わしいのはこいつだ。未だ目的をはっきりとせず濁し続けたまま、俺達の後を付き纏うような行動など、逐一怪しい動きが目立つ。

「なんだ、その目。まさかオレが奴らにチクッたとでも言いてーのかよ?」
視線に気付いたのか、不機嫌そうにマニューラは睨み返してくる。俺は頷きも答えもせず、マニューラと睨み合う。
「へっ、バーカ。オレが、んなまどろっこしい真似をするわけねーだろ。オメーみてーな油断の固まり、始末したきゃとっくに直接手を下してるっての」
マニューラは鼻で笑って言った。
「そ、そうですよ。それに、マニューラさんがミュウツー達のことを知ったのはつい最近なんですから、通じるような暇も理由もないじゃありませんか」
当の本人よりも必死な様子でロズレイドが弁明に加わる。


「いいだろう、では今一度聞く。お前のジョウトへの用事とは一体何だ?」
ロズレイドに構わず、俺はマニューラに言葉を突きつける。チッ、とマニューラは舌打った。
「なんだよ、今更。どーせテメーにゃ関係のねえことだ」
「そんなことではお前を信用などできぬ。何か俺達に隠さねばならぬ後ろ暗い理由でもなければ、答えられるはずだろう」
はぐらかそうとするマニューラを逃がさぬよう食い下がった。再びの睨み合い。
周りの者達は気が気でない様子で俺とマニューラを見やる。暫しの緊迫の後、マニューラは気だるそうに息をつき、赤い鬣をぐしぐしと掻いた。
「……あー、もういーやメンドクセー。探しものついでに雑魚の露払いくらいなら手伝ってやろうと思っていたが、これじゃやってらんねえな。やっぱ一匹のがいーや」
言い捨てるようにするとマニューラは踵を返し、どこぞへと去って行こうとする。
「まだ話は終わってはおらんぞ! 止まれ、さもなくば裏切り者と見做す」
威圧に電流を迸らせて鳴らし、俺は叫びつける。
「そりゃいーや。あばよ」
しかし、マニューラは小馬鹿にするように後ろ手に手を振り、立ち止まることなく歩いていった。
「――おのれ……ッ」
俺は行き場の無い憤りを近くの岩にぶつける。青い閃光が黄土色の表面に弾け広がり、真っ黒な焦げ跡を残した。


また、ずしりと頭が重くなる。
奴と顔を突合せて言葉をまじわす度に頭がずきずきと、締め付けられる様な、あるいは内側から何かが出てこようと暴れているような、痛みに苛まれる。
ジョウトに近づくにつれ、頻度と強さが増しているような気さえする。
「ねえ、ちょっとピカチュウも言い方が悪かったんじゃない? 確かにマニューラにも怪しい面はあったけれど、何か別の事情が有るのかもしれないしさ。裏切りだなんて決め付けるのは良くないよ。今からでも後を追わない?」
少し非難めいた口調でミミロップは言う。
「うるさい……もう奴に構うな……」
俺は重い頭を片手で抱えながら、突っぱねた。
「なら、僕が行ってきます」
決心した様子でロズレイドが言い放つ。
「状況を弁えよ、ロズレイド……。今は奴になどかまけている暇などないだろう」
「本当にマニューラさんが裏切り者ならば、このまま行かせる方が不味いでしょう――そんなこと、ありえないと断言しますが。僕が監視についていれば、下手な動きは出来ないはずです」
「そうね、それがいいわ。」
熱弁を振るうロズレイドに、うんうん、とミミロップが同意する。
「お前達、勝手に決め――むぐ」
俺は異議を唱えようとするも、ミミロップの手に口を塞がれ、そのまま抱え押さえ込まれる。
「こっちは何とかしておくから、行ってらっしゃい、ロゼちゃん」
「はい……!」

貴様ら――!
もがき暴れる俺を尻目に、ロズレイドは駆けていった。


――
後ろで小煩くがなりたてる音を気にも留めていないとでも言う風に背で受け流しながら、マニューラは一行のもとを離れていく。
寧ろ良い追い風になって良かったぐらいだ。心の中で言い聞かせ、マニューラは自虐めいて一匹せせら笑う。
短い間ながらも奴との旅は、いつかあった日々を想わせる奇妙な懐かしさと、それに伴なって微かな温かみを覚えさせられた。
切っ掛けがなければ、危うくいつまでもそのぬるま湯にぐずぐずと漬かり込んでいてしまったかもしれない。
だが、己が追う仇敵はそんな生半可な覚悟で挑めるような相手ではない。
いざ対峙した時、向ける刃に一点でも錆びや曇りがあってはならないのだ。
マニューラは不意に立ち止まって、腰に下げた簡素な革の巾着袋からぼろぼろな布の切れ端をそっと取り出し、両手で包み込むようにぎゅっと握り締める。
いくら想ったところで、もうあの日々は戻らない。
ぎり、と歯を噛み鳴らし、決意を込めるように、何かを押し込めるように、マニューラは切れ端を左腕に縛り付けた。

そして、オレも――。
再びマニューラは歩みだす。
その足取りから微かな迷いは消え失せ、一歩一歩地を踏みしめる度、心身が暗く冷徹に研ぎ澄まされていくようだった。

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