第40章 - 6

奴らとの戦いは、まるで醒めない悪夢のようだったとエーフィは話す。
何度も何度も、普通ならばしばらく立てないような痛手を負わせたとしても、奴らはすぐに起き上がったという。
善戦もむなしく、レッド達はどんどんと追い詰められ、カビゴンが最終手段である自らを犠牲にする大技――自爆を決断するに至った。
「では、俺達が脱出中に感じた衝撃と閃光は……」
「そう、カビゴンの起こした爆発……」
特殊な光の物理障壁を張れるエーフィは矢面に立って爆風を受け止めレッドを守ろうとしたが、崩れ行く洞窟の中でやがて気を失ってしまう。

「おぼろげな意識を彷徨う中……一つだけはっきりと頭に聞こえた。奴の、ミュウツーの声。“この人間の命は暫し預かっておく。私を止めたくば追って来い、ジョウトまで!”」


エーフィがその声の内容を発した瞬間、エーフィにミュウツーの姿が被って見え、頭の中に様々な映像がフラッシュバックするように雪崩れ込んでくる。
上空から見た人間の都市部、町の中心を横切るように延びる鉄橋、可笑しな円盤みたいなものが天辺についた塔、鮮やかな垂れ幕の下がった大きなビル。
そこから視点は地下へと潜り、地下道を人目を忍ぶように駆け抜ける影の姿を写したところで、まるでテレビを消すように映像はぷつりと途切れる。

直後、体が強烈な疲労感に襲われ、そのままふらりと木の葉の上に前のめりに倒れた。
「ど、どうしたニャ!?」
「ん――?おい!」
驚いた様子のペルシアンとマニューラの声が響く。
「少しふら付いただけ、問題はない……」
言いながらふらふらと俺は起き上がる。ミミロップ、ロズレイド、アブソル、ムウマージも同じように倒れていたらしく、呻き声を上げながら起き上がってきた。
「お前達にも見えたか……?」
俺が問うと、ミミロップ達は弱々しく頷き、ペルシアンとマニューラは訝しそうな顔をした。
どうやら直接ミュウツーと関わった者だけが先程の映像を見させられたようだ。
「ごめん……奴の残留思念……逆流して、止められなかった……」
エーフィはがくりと顔を俯かせ、辛そうに肩で息をする。
「無理をするんじゃないニャ、エーフィ。ピカチュウ、アンタらには一体何が見えたんだニャ?」
「ああ――」
俺はペルシアンに見えたものを話す。


「ふうむ」
ペルシアンは尻尾をぱたぱたとさせて頭を巡らせている素振りみせる。
「どこか分かりそうか?」
「いーや、悪いけどさっぱりだニャ。ジョウトに追って来いって言っていた以上、ジョウトにある場所なんだろうけど、残念ながらボクもジョウトのことは詳しくないんだニャー。鳥達も中々あっちには行けない事情があってニャ。だけど、知っているかもしれないヤツを一匹知ってるニャ。覚えてないかニャ、自分の事を元人間だって言い張る、人間の言葉を話す胡散臭いデルビルのことを」
そういえば、奴も俺達に紛れてちゃっかり崩落を逃れていたのか。
あの時はレッドの安否とアブソルの容態が気がかりで、奴にまで気をかけている余裕は無かったが。
「ヤツも今ウチで預かっているのニャ。本当に人間だったのなら人間の都市にはそこそこ詳しいはずだニャ。連れてこさせるから一応聞いてみるといいニャ」
ペルシアンはほら穴を出て鳥達を呼び寄せ、指示を出した。しばらくして大きな鳥の羽音が響き、何かを半ば落とすように乱暴に置いていった。
「もっと丁寧に降ろせ、アホ鳥め!」
人間の言葉で文句を叫ぶ声が聞こえてくる。
「届いたようだニャ」

――
「ああ、そりゃきっとコガネシティだ、任務――いや、旅行で何度も行ったから間違いねえ。垂れ幕のビルはコガネ百貨店、塔はラジオ塔、町を横切る鉄橋はリニアの線路のことだろうな。地下通路もあるぜ」
そこがジョウト地方のどこかにある都市である事と、特徴的な建物の事を簡潔に伝えると、デルビルはすらすらと一致する場所を当て嵌めて答えてみせた。


「ではミュウツー達は、そのコガネシティという所に居るのか?」
「でも、百貨店やラジオ塔やリニア線路……って、どう考えても人間の多い街ですよ?地下通路にしたって、恐らくは人間が通行する為に作られたものでしょう?」
俺の言葉に、ロズレイドが異を唱える。
確かに、カントーで言えばタマムシやヤマブキ、シンオウで言えばコトブキやトバリのような、人間が言うところの、都会的で拓けた場所には違いない。
「ミュウツーだけならともかく、そんな所に人質も含め、大勢のポケモンが隠れていられるでしょうか?エレキブルさん達がギンガ団の跡地を利用しているのとは訳が違うんですから」
「ふむ……ならば、お前はこれをどう捉える?」
「そうですね……」
暫し沈黙した後、おもむろにロズレイドは考えを述べた。
「時間的に見て……例えテレポートを使ったとしても、そんな即座に移動できるとは思えません。もしかしたら、我々が見た風景は……ミュウツーの記憶の中の景色かもしれません」
「奴の記憶?」
「あくまで僕の推測ですが、ミュウツーは……過去にジョウトへ行った事があるのではないでしょうか。いくら強者とは言え、自分が全く知らない場所では、戦闘において優位に立つ事は難しい筈です。既に奴らは何らかの策を講じた上で、我々を誘き寄せようとしているのだと思います」
「ならば、コガネシティの風景を見せたのも、奴の罠だというのか」
「そこまでは分かりませんが、僕達にとって厄介な場所である事は、まず間違いないでしょう」
「ヒューヒュー!ちったあ戦略家らしくなってきたじゃねーか。ロゼちゃんてば冴えてるぅ~!」
マニューラに囃し立てられ、ロズレイドは急に照れたように頭を掻く。
「まあ、それはいいとしてだニャ……」
ゴホン、と咳払いをし、今度はペルシアンが二匹の間にどっかりと割って入る。
一体こいつらは、いちいち何をしておるのだ?


「そのジョウトまで、一体どうやって行くつもりニャ?アンタなら何か知ってるかニャ?」
ペルシアンがそう言って向き直ると、フン、と鼻を鳴らし、小馬鹿にした様にデルビルは答える。
「ああ、当たり前だろ。大まかに言や、手段は三つだ。まず、例のリニアだが……」
「待て。そんなものにポケモンが乗れる訳なかろう」
「せっかちな野郎だな!最後まで聞けよ!」
俺が口を挟むと、デルビルはムッとしたように吠え立てた。そう言う貴様こそ、実に短気な野郎だ。
「ポケモンどころか、今は人間だって乗れやしねえよ。仲――いや、誰かが発電所に忍びこんで何やらやらかしたせいで、リニアへの送電が止まっちまってる。ま、当分は運行できねえだろうな」
「……やけに詳しいな」
ドスを効かせつつジロリと睨むと、デルビルはギョッとしたように身を竦ませた。
まあ、これまでの態度や言動からして、こやつの正体について薄々感付いてはいるが……
今は配下の手前、黙っていてやる事にする。

「……次に陸路だが……こいつは容易な事じゃねえ。あの山のおかげで、人間様だって立ち往生だ」
気を取り直したように言葉を続け、デルビルは首を西の方へ向けた。その遥か彼方に、雲を突くような高峰が霞んで見える。
「あれはシロガネ山だニャ。この国で一番高い山、と言われているニャー。あの辺は強いポケモンが多いし、伝説の火の鳥が住んでいる、とも言われているニャ」
だからこそ、迂闊に鳥達も近付けられない、とペルシアンは言う。
「それを越えて行くんだ、余程のツワモノか、丸っきりの馬鹿じゃなきゃ無理ってもんだぜ。となると、残るのは海路だ。クチバシティからアサギシティまで、定期便の船が出ている筈だ」
無論、俺達がその船に乗れる訳はないが、シンオウに使いを出せば船足は確保できる。
だがフローゼル達は、ジョウトの海……いや、そこに住む海の神とやらを、異常なまでに恐れていた。


海に暮らす者達は、特に迷信にはうるさいという。
たとえ脅しを掛けたところで、奴らが首を縦に振らなければどうにも仕様がない。
「まあ、他はともかく……海なら、ボクにもちょっと当てがあるのニャ」
俺が考えあぐねていると、ペルシアンが文字通り、助け舟を出してきた。
「当てだと?海にまでお前の仲間がいるのか?」
「そうニャ。昔、セキチクシティにサファリパークがあった事は知ってるかニャ?」
「何とはなく聞いた事はあるが……それがどうした?」
「今は別の施設に改装したとかで、住処を追われて逃げ出したポケモンが大勢いるニャ。その連中の主格だったストライクから聞いた話ニャんだが……」

話をまとめると……
その剣豪として名高いストライクは、或るポケモンと勝負する為、遥々シンオウに使いを出したらしい。
だが、待てど暮らせどそのポケモンも使いも一向に現れず、その間にサファリも閉鎖されてしまった為、他のサファリのポケモンと共にペルシアン達の世話を受け、セキチクシティの周辺を根城にしていた。
そんな折、付近の海岸線を回遊していた水ポケモンの中に、そいつらを乗せてシンオウから来た、と言う若いホエルオーが見つかり、現在は彼の庇護下にあるという。

「奴らは今頃、セキチク近くの海岸に居る筈だから、詳しく話してみるといいニャ。それにしても……オスとオスの約束を反故にするニャんて、無礼なポケモンもいたもんだニャー。シンオウって事は、ひょっとしてアンタらにも関わりがある奴だったりするのかニャ?」
そう言われても、俺達にはとんと心当たりが……
……いや、何か……
すっきりキレイさっぱり、スカッと爽快に忘れている事があるような気もするが……


これだけ思い出そうと頭を捻っても搾り粕程も記憶の一片が出てこないということは、俺にとってどうでもいい事だったのだろう。
頭に入る記憶の容量というのは、目に見えずとも限りが有る貴重ものだと俺は思う。
今まで食べたパンの数や、踏み付けた雑草の数を一々記憶していたらあっと言う間にごちゃごちゃになって、必要なものが引き出しにくくなってしまう。
俺達ポケモンが何か良い技を閃いた時、トレーナー共は必要ない技を一、二のポカン――あの衝撃は今でも身震いする――と忘れさせてから覚えさせるだろう。
誰だってそうする。俺だってそうする。

「ボーッとして、どうしたニャ?やっぱり知ってるヤツなのかニャ」
ペルシアンに声を掛けられ、はっとして俺は引き戻される。
「いや、まったく知らぬな」
「ふぅん、その様子じゃ、ホントに知らないみたいだニャ。ま、ボクも関係ない、しかもオスのポケモンなんて正直どうでもいいんだけれど、ストライクのヤツ未だに根に持ってて、会うたびに探せ探せうるさいんだニャー。ミュウツーのことで大変で、あまり鳥も割けないから困っててニャ」
何よりタダ働きさせようってのが一番気が乗らない所ニャ、ぼそりとペルシアンは呟く。
今、こいつの魂胆がちらりと尻尾を覗かせた気がする。助け舟だと思っていたものが、実は何か曰く付きの船では無いかつついて確認した方が良さそうだ。
「それで、俺達に押し付けようというのか」
「その通りだニャ。シンオウから来たと知ればストライクもアンタらに船足の条件として捜索を頼んで、ボクは面倒からオサラ――」
ペルシアンはしまったと口を塞いだ。
……思った通りだ。セキチク行きもどうやらおいそれと乗っていい話じゃないらしい。
余計な厄介事を背負わされるのは好ましくない。もう一度考える余地がありそうだ。


陸も空も行けない、残るは海。とはいえ、その海だって安全だという保証は無い。
海の神というのがやはりどうも引っ掛かる。火の無い所には煙は立たぬ。
地方間を繋ぐ定期船があるくらいなのだから、カントーの南の海路は人間の往来が活発だというのは事実だろう。
「でも他にどうするんだニャ?鳥は出せないし、人間の船は乗れないし、リニアだって止まってるニャ」
無理矢理鳥を出させても、ロズレイドがロゼリアだった時と違いムウマージだけで運べなくなった以上、運ぶ鳥の数も増やさねばならず、以前より人目に付きやすくなる。
船は乗れない、止まったリニアなど問題外……
いや、まて――

「リニアの線路というのは、カントーまでどのように繋がっているのだ?」
俺はデルビルに尋ねてみる。
「コガネの中央から東へ向かってほぼ真っ直ぐ、ヤマブキにある駅まで直通なハズだが。それがどうした?」
「うむ。ロズレイド、ジョウト地方とカントー地方の地図を繋げて並べてみてくれないか」
「あ、はい」
ロズレイドは自身の道具袋から二枚の地図を取り出し、広げて並べる。
俺はコガネの位置をデルビルから聞き、その中心からヤマブキまで指で真っ直ぐなぞってみた。
「真直ぐ通っているなら線路はトキワの付近にも通っている筈だが、それらしきものを見かけたことは無いぞ」
再びデルビルに目をやる。
「そりゃそうだ、その辺りの線路は地下を通っているからな。人間様の力をナメんなよ」
「どこまで地下が続くのだ?」
「あー、確かシロガネ山脈の内部を通り抜けて、ジョウトの三十番道路と三十二番道路の間くらいからまた地上に――」
そこまで言って、デルビルは合点がいったという顔をする。


「へへ、なるほどなぁ。リニアが止まっていることを逆に利用するってか。嫌いじゃねえぜ、そういうの」
ニヤリとデルビルはほくそ笑んだ。
不法侵入、人間にとって犯罪であろう行為にまったく躊躇の無い反応からして、真っ当に生きてきた人間ではあるまい。
こいつの正体をより一層確信する。が、今はその過去を存分に利用させてもらおう。

「発電所のトラブルはいつまで続きそうな気がする?あくまで予想でいい。お前は感が良さそうだからな」
「そうだな、大事なパーツを盗まれたらしいから、犯人が見つかって隠し場所が分かるまでどうしようもねえだろ。あの辺の管轄の警察は結構無能らしくてな。昔、ハナダで泥棒に入っ、入られた家のすぐ裏に犯人が隠れていても、変なガキの邪魔が入るまでは見つからなかったって聞いたことがある。犯人が自首でもしねえ限り、どんなに早くても一週間以上は見つからねえよ」

――途中、休み休み歩いたとしても送電再開まで十分な猶予がありそうだな。
「見込んだ通り、良い見立てだ。では駅と線路の警備や管理体制はどうなっていると思う?」
「ああ、前に忍び込んだことがあるイタズラ好きな友人がいたが、ザルもいいとこだったらしいぜ。止まっちまって誰も利用しない今、夜なんてがらがらだろうさ。原因が発電所にあるって分かりきっている以上、整備の連中もすることが無くて暇こいてるだろうぜ。送電が解決しだいすぐにでも運転を再開したいだろうから、内部を厳重に閉鎖してるなんてこともないだろう。もしあっても破ろうと思えば破れる程度のものだろうさ」
煽てにまんまとのり、べらべらと得意げにデルビルは喋りだす。
「ふむ。どうやら船足はもう必要なさそうだな。まさか人間に近年掘られて出来た人工の地下トンネルに伝説の何やらが住み着いているなどあるまい。ストライクの件は引き続きお前の方でよろしく取り計らってもらおうか、ペルシアン」
ちぇっ、とペルシアンが諦めるように舌打ちするのが聞こえた。ミミロップ達にも特に異論は無さそうだ。
「決行は夜。ヤマブキの駅から線路内へと忍び込み、地下からジョウトを目指す。空、海、陸は十分に経験している。今度は地下を味わってみるのも中々におつな物ではないか」


空はまだ明るく、日が沈むまで少し時間がありそうだ。出発の準備をするがてら、今のうちに日の光を堪能しておこう。これからしばらくの間、太陽を拝めないのだから。
「何も出来ないのが、くやしい……。どうか、レッド君を……」
洞穴を立とうとする俺達に、エーフィは懇願する。

「受けた恩には報いる。必ずやお前の主を救い出そう。それまで養生せよ、エーフィ」
マントを翻し、俺は言った。
「まっかせて!あんな奴らすぐにぶっ飛ばして、取り返してくるわ」
ミミロップは力強くぐっと指を立てる。
「あの人……レッドさんには僕達も何度も助けられました。今度は僕達の番ですね」
ロズレイドが確と頷く。
「もしものことがあっても、マージのおともだちにして、つれもどしてきてあげるよ~」
くすくすとムウマージは笑う。
「ピカチュウ達がいれば、大丈夫。ボクの時みたいに助けてくれるから、ね?」
にこりとアブソルは微笑んでみせた。

「ありがとう、君達……」
目を潤ませ、エーフィは震える声で言った。

「ジョウトには俺も連れて行け。俺もあの化物共を、その傍にいるであろうフーディンの野郎を追わなきゃならねえ」
洞穴を出た所で、デルビルは俺に告げる。俺は何も答えず、じろりと訝しむ視線をデルビルに向けた。
「俺を連れて行けばきっと役に立つぞ。お前ら、ジョウトのことはほとんど何も知らねえんだろ?だが、俺は何度も行った事があるからお前らよりは確実に詳しい。人目につかない裏道も色々知ってる」
「お前とあのフーディンは仲間だったのだろう。また手を結ばんとも限らん」
「冗談じゃねえ、あんなイカれた奴のところにほいほいついて行ったら、これ以上体に何をされるか分かったもんじゃない。奴に会ったら思い切り締め上げて、人間に戻る方法を吐き出させるんだ」

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