第40章 - 5

「亡者の箱にゃあ十五人、ラム酒を一瓶、ヨーホーホー」
朝日が僅かに顔を出す早朝、調子外れの歌声に眠りの底から意識を引き上げられ俺は目覚めた。
目をこすりながらその元を辿ると、艦首の先で陽気に歌うフローゼルの姿があった。
心と耳を掻き乱す濁声に他の者達も次々と目を覚まし、非難するようにぶつくさと唸りながら起き上がってくる。
「残りは酒と悪魔が片付けた、ラム酒を一瓶、ヨー……お、やっと目え覚ましたな」
俺達の様子に気付き、けろりとしてフローゼルは振り返った。
まったく、安らかだった寝付きとは対照的な何とひどい目覚めだろうか。
「もうじきカントーだ。そろそろ準備をしておいてくれよ」
そう言ってフローゼルが指し示した先、遥か彼方に薄っすらと陸地らしき影が見え始めていた。
このペースならば昼前頃には着くだろう。気楽だった船旅も終わりだ。しっかり気を引き締めておかねば。

いよいよ陸地が間近に迫り、フローゼルはホエルオーに指示を出す。
ホエルオーは大きな了解の鳴き声を一つ上げ、速度を緩めながら徐々に陸に寄っていった。
人目を避けられそうな周りを高台に囲まれる奥まった岸を見つけ、ホエルオーはゆっくりと身を停める。
「さあ、お待ちかねのカントーだ。さっさと降りれる奴から降りてくれ」
「うむ」
促されるままに、俺はホエルオーの背から降りる。他の者達もすぐに後に続いて飛び降りた。
最後にフローゼルが降り立ち、俺達全員の姿を見渡して確認してから、やれやれと安堵と疲れの混じった息を吐く。
「言われた通り、あんたらは無事に送り届けたからな。後は――」
フローゼルはじろりと恨めしくマニューラを一瞥する。
「言葉で言っても大人しくシンオウに帰ってなんてくれねえんでしょうね」
「何なら力ずくでかかって来てもいーんだぜ?」
マニューラは不敵に口端を上げ、鉤爪をチラつかせながら睨み返した。途端にフローゼルは縮み上がって目を逸らす。
以前に余程恐ろしい目にでも遭わされたのだろうか。こやつの場合は自業自得のような気がして、あまり不憫には思わないが。


「じょ、冗談じゃねえや。もう好きにしてくれ」
「おお、そーか。悪ぃねー」
口では言いつつも、全く悪気の感じられない態度でからからとマニューラは笑う。
報告に帰ったらドンの野郎になんてどやされるやら、フローゼルはぶつぶつと呟いて、もう一度心底疲れきった息をついた。
「なーに、シンオウにはちゃんとオレの代役を置いてきた。黙ってればしばらくは大丈夫さ、たぶんな」
代役?あの妙な違和感のあったマニューラか?首を捻る俺をよそに、ロズレイドが合点が言ったように「ああ」と呟く。
怪訝に思って見やると、「いえ、なんでも」と手をひらひらと振るった。……何なのだ、一体?

――

「それで、マニューラのヤツはどうしてやがった」
「うん、とりあえず二階でニューラ達と大人しくしているみたいだ。何だかぼーっとしてて喋らないし、ちょっと様子がおかしい気もするが……」
エンペルトの報告に、ドンカラスはばりばりと頭を掻いた。

――まあ、塞ぎ込んでも無理もねえか……。あっしだって本当は、すぐにでも飛び出して直接カントーに自分の目ではっきりと真偽を確かめに行きてえ。
だが、ヤミカラス達を捨て置くことは出来ねえし、あいつにだってニューラ達がいる。
もしも、最悪の真実がそこにあっても、もう己の身を省みずに突っ走ることなんて出来ねえんだ。
なら、いっそのこと確かめねえまま、知らねえままの方がいいってことだってある……。

「どうしたんだ?」
押し黙ったままのドンカラスを不審に思い、エンペルトは声を掛ける。
「――ん。ああ、いや、ならいいんでえ。今日はあっしの奢りで、あいつらに好きなだけ飲み食いさせてやりなせえ」
「……分かった、言っておくよ」


まずはペルシアンのもとに行かねばなるまい。
ロズレイドにカントー地方のタウンマップを広げさせ、現在地を調べる。
俺達が降り立った場所はハナダの北東、25番道路から少し北に外れた位置のようだ。
「随分とまあ、カントーの最果てに捨て降ろされたものだな」
まるで密入国者のようでは無いか、俺はさっさと帰り支度を始めているフローゼルに毒づくように言った。
「実際密航みてえなもんなんだ、仕方ねえでしょうや。ここより南の方は人間の船の往来も激しくなってくるし、ギャラドスの数も増えるから下手に潜航するのも危ねえ。
それに、カントーの南からジョウトの方にかけての海域には、海の神様が住んでるんだ」
「海の神?」
そんな者がいる等という話は聞いたことがない。
尋ねるようにそっとアブソルに視線を向けるが、同じように首を傾げるばかりだ。
「ああ、でっけえ鳥か翼竜みてえな姿なんだと。俺様の爺さんからも、親父からも嫌って程聞かされた。どんな荒くれ者になろうとも、あそこの海だけは荒らしちゃなんねえってな。俺達ゃ余所者。勝手に上り込んで、神様もいい気がするわけがねえ。
怒った海の怖さは俺様も知っている。例え迷信と笑われようと、縁起でもないことは少しでもしたくねえのさ」
真剣な様子でフローゼルは語る。適当に繕った出任せを言っているようには思えない。
本当の神ではないとしても、神格化されるほど強い力を持った何かが実際に潜んでいるという可能性も否定できない。
ペルシアンと鳥達が恐れていた双子島の不可思議な吹雪、その元凶であった氷の怪鳥フリーザーも実在していた。
多少歩く距離が長くなろうと、大人しく陸路を行った方がよさそうだ。


海賊達と別れ、俺達は道筋を思案する。ペルシアンの居場所は、俺達が今いる25番道路からずっと南。
ハナダシティの更に先、ヤマブキシティの南に伸びる6番道路沿いの林の奥だ。
人間の多い街中や道路の真ん中を俺達が堂々と歩くわけにはいかない。どうにか人目を避けていかなければ。

このまま南下してハナダの東にある9番道路を横切り、岩山の脇を越えつつヤマブキの東、8番道路を渡ってから南側に周り込むのが、人目をなるべく避けた上での最短距離となるだろうか。
「わざわざ案内しねえでも大丈夫そうだな。おれっちはちょっくら別の用事があっから、一足先に御一行を抜けさせてもらうぜ」
方針が決まり出発しようとしている俺達に、プテラが声を掛ける。
「そうか。ご苦労だな」
どこに敵がいるかも知らぬ状況だ、きっと他にも伝令や哨戒の仕事があるのだろう。
特に引き止めずに俺はその姿を見送ろうとする。
「あ、そういや……」
翼を広げて羽ばたこうとする直前、プテラは不意に思い立ったように振り向いた。
「どうした?」
「あんたらの決めた合言葉はなんていいやがったっけなあ?おれっち、ちょっと忘れっぽいところがあってよぉ」
「……仕方のない奴め。ピカチュウの人生、だ」
「おお、そうだったそうだった。……んじゃ、道中つまらねえ怪我しねえように気ぃつけておくんなせえよ。次に会う時まで元気でいてくれた方が、旦那らも喜ぶだろうからな、へっへ」

プテラは勢いよく飛び上がり、俺達の上空で数回旋回してから、あっという間に西の空の彼方へと消えていった。
さて、改めて出発するとしよう。だが、その前に――
「……お前も何か野暮用とやらがあるのではなかったのか、マニューラ」
何気なく俺達に混じってついて来ようとしているマニューラに、すかさず俺は釘を刺す。
「ケッ、細けーネズミちゃんだな。オレはオレで勝手にしてるっていっただろ。いちいち気にしてねーで、さっさとそのペルシアンとかいう奴のところまで行きな。ちょっくらオレもそいつに会ってみたくなったのさ。まあ、会ったついでに何か聞くこともあるかもしれねーけど、あくまで個人的にだ。テメーらにゃ何の迷惑にもなんねーだろ?」


こやつのことだ、ここで追い払ったところでどうせ後からこっそりつけてくるだろう。
背後の方でこそこそされるくらいなら、目の届く場所に置いておいた方が幾らかましかもしれない。
「好きにするがいい」
言い捨てるようにして、俺は歩き出した。
「そうつんつんするなよ。どーせ短い付き合いなんだ、精々仲良くいこうじゃねーか、なー?」
言いながら、マニューラは傍にいたロズレイドと半ば強引に肩を組んでみせた。
わ、わ、とロズレイドは慌てた様子でよろける。

……やれやれ、頭が重くなってきた。何だか耳の先っぽがじんじん疼く。
さっさとペルシアンのところに行って、この余計な心労から解き放たれたい。

予定通り俺達は25番道路を南に跨いで、整備されていない林の中をひたすら突き進み、ハナダシティを東に迂回していった。
9番道路に差し掛かる頃には日は徐々に傾き始め、8番道路を目指してゴツゴツとした山道を歩んでいる途中で、辺りはすっかり暗くなっていた。
平坦な道ならまだしも、粗い山道を夜通しで歩き続けるのは危険な上に体力的にも厳しいと判断し、俺達は岩壁に開いた適当な洞穴を見繕ってそこで夜を明かすことにした。


翌朝、空が僅かに白み始めたような頃に俺達は出発し、ようやく八番道路まで抜けて六番道路付近に辿り着いた時には、太陽は空の真上近くにまで来ていた。
「……んで、どこにいるんだよ、ペルシアンって奴は。この中から探し出すなんてメンドーにも程があるぜ」
鬱蒼と広がる森の中を気だるげに見回し、マニューラはぼやくように言った。
「来るまでに何度かポッポが俺達の上を飛び交って行った。その内、奴の方から接触してくるだろう」
「もう来てるニャ」
突然の頭上からの声に驚いて俺は見上げると、大きな白猫が太い枝の上に座り込んでこちらをにやにやと見下ろしていた。
「くふふ、いいマヌケ面だニャ。ポッポがタネマシンガン喰らったみたいな顔してたニャー。
アンタが来る時はいっつもボクばかり驚かされて樹から落とされたりヒドい目にあってシャクだったから、今回は逆に驚かせてやろうと先回りしてやったのニャー。……おかげでちょっと疲れたけどニャ」


先程まで確かに樹の上に何も居なかった。緑と茶の中にあんな白い影があれば、いくらなんでも見落とすはずはないのだが。
音も気配もなく唐突に、まるで最初からそこにいたかのようにペルシアンは現れた。
ダークライの件で過去に神々に取り憑かれた事で、こやつにも何か神の力の切れ端が残留しているのやもしれない。
奇妙な瞬間移動のような現れ方は、洋館でのボーマンダ――ディアルガを髣髴とさせる。
ぐうたらと惰眠を貪るのが好きなもの同士、気が合いでもしたのだろうか。

「……一先ず、出迎えご苦労」
呆れの溜め息を堪えて、俺は何事もなさそうに言ってやった。
いちいち角を立てていたらこちらの身が持たん。
「ふふん、こちらこそわざわざカントーまでご足労おかけしたニャ。思っていたよりも早い到着で驚いたニャ。足もとい、翼の速いプテラを送った甲斐があった見たいだニャー」
すとんとペルシアンは枝から降り立ち、俺達を見回した。その途中、マニューラに目を留め、ヒゲをぴくりと反応させる。
「ニューラ族らしきアナタは、シンオウからのお仲間ですかニャ?ボクがペルシアン、よろしくニャ。種族は違えど猫同士、是非是非お近づきになりたいところだニャー」
目にも留まらぬ速さでペルシアンは擦り寄り、両前足でマニューラの手を握った。
「お、おう……」
さしものマニューラも少し唖然とした様子で応じる。
「いやー、ドンカラスとやらが送ってくるシンオウからの使者は、黄色いゴリラみたいのや、痩せぎすの狐みたいのや、毒々しい色した蛙や、青い円盤みたいな変な奴らばっかりだったから、アナタが来てくれて嬉しいニャー。どうかニャ、今度二匹でゆっくりと――」
「自己紹介それくらいにして、ミュウツー達の手がかりとなる情報を聞かせていただきませんか。そのために僕達は来たんですから」
二匹の間に強引に割って入り、ロズレイドは話を切り出した。その表情はどこかムスッとして、ペルシアンを睨んでいるようだ。


「……言われなくても分かってるニャ。そういえばアンタも前は見かけなかったけど、新顔かニャ?まー、どうでもいいけどニャー」
ペルシアンは不機嫌そうにロズレイドを睨み返し、蔑むように言った。
「元、ロゼリアですよ。進化した今はロズレイドって言いますがね」
「あー、あのおチビちゃんニャー。言われて見れば面影がある気がするけど、すっかり存在を忘れてたニャ」
「ほー、そうですか。体だけじゃなく、頭の中まで白くて空っぽなんですかね」
ロズレイドとペルシアンは顔を突き合せ、火花が散りそうなほど視線をぶつけ合う。
そんな二匹の様子を見てミミロップはくすくすとどこか微笑ましそうに笑い、アブソルとムウマージはぽかんとし、俺とマニューラは怪訝に首を傾げた。
ちょっとしたことですぐに熱くなるような奴でもなかったのに、最近のロズレイドの行動はどうにもよく分からん。進化した影響なのだろうか?
何にせよ、取っ組み合いに発展する前に止めねばな。
「そのくらいにしておけ。内輪でくだらぬ揉め事を起こしている場合ではないだろう」
ふん、と二匹は互いに顔を背けた。
「……口惜しいけど、そろそろ本題に入るかニャ。プテラから大体の要件は聞いてるニャ?」
「ああ。保護しているエーフィは今どうしている?」
「意識が戻った直後は怯えきって錯乱してたけど、今は大分持ち直してるニャ。ま、ついてくるニャ」


ペルシアンが案内した先は、前にピジョンが俺達を泊めてくれた大きな古木がだった。
「エーフィはあの奥に匿っているニャ」
古木の根元に空いたほら穴をペルシアンは指し示す。
「そうか。早速手がかりになりそうな話を聞かせてもらいたい」
「ちょっと待つニャ」
足早にほら穴へ向かおうとする俺を、ペルシアンが止める。
「アンタらは急に姿を見せない方がいいニャ。びっくりして、またパニックになっちゃうかもしれないニャ」
「何故だ?」
「よっぽど酷い目にあわされたんだろうニャー……うわ言でミュウツーとアンタらのコピーの事を呟いてたのニャ。先にボクが行って了解をとってくるから、ちょっと待ってて欲しいニャ」
言われるまま、俺達はペルシアンに任せてほら穴の脇で待つことにした。
少しして、エーフィの了解を得たのかペルシアンがほら穴から顔を覗かせ、ちょいちょいと手で俺達を招く。
「入っていいニャ」

ほら穴の中には乾いた柔らかい葉がたっぷりと敷き詰められ、その一番奥にエーフィは横になっていた。
その体の所々には包帯が巻かれ、痛ましい姿となってしまっている。


「君達……」
俺達に気付き、ふらふらとエーフィは首を起こした。こちらを見やる表情には微かな怯えと、どこか複雑な感情が入り混じっているように見える。
「すまない。俺の力が至らなかったばかりに」
言って、俺は顔を伏せた。大水に沈み崩落の近かった洞窟にレッド達が最後まで残ったのは、俺達の背後を守り無事に外へ逃がすためでもあったろう。
エーフィはそっと首を横に振るう。
「望んでやったことだし、謝らなくたっていい。……レッド君なら、きっとそう言う」
ぐっと目を閉じ、堪えるようにエーフィは言った。
悲痛な様子に深い罪悪感を呼び起こされ、俺はそれ以上掛けられる言葉が出てこなかった。
重苦しい沈黙が洞穴内に淀んだ。
「後ろ向きに沈んでばかりいても仕方ないのニャ。そろそろ少しは前向きになれそうな話をしようニャ」
見兼ねた様子で、ペルシアンが口火を切る。
「そのレッドっていう人間だって、まだ死んだって決まったわけじゃ無いんだニャー?思い出すのは辛いかもしれないけれど、なにがあったか皆にも詳しく聞かせてもらえないかニャ、エーフィ」
少し躊躇った後、こくりとエーフィは頷いた。

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