第40章 - 4

見渡すドンカラスに、マニューラがひらひらと手を挙げる。
「……大体予想はつくが、一応言ってみやがれマニューラ」
「はい、センセェー。それなら”しみったれ”の”クソカラス”がいいと思いまーす!ヒャハ」
「却下だ、クソッタレ」
ビッパが椅子の上でぴょんぴょんと跳ねる。
「……なんでえ、ビッパ」
「”けつばん”の”ィ゛ゃゾ┛A”か”アネ゙デパミ゙”がいいと思うお。今度連れてこようと思ってる新しい友達の名前なんだけど」
「却下。そいつら絶対連れてくるんじゃねえぞ。次」
今度はエレキブルが手を挙げた。
「おめえさんなら信頼できそうだ。まともなのを頼みやすぜ、エレキブル」
「”きいろいイナズマ”なんてどうだ?”きいろい”と聞いたら、”イナズマ”と返すんだ。俺がいつか名乗ろうとしていた異名だが、くれてやってもいいぜ、ガハハ」
「うーん、まあ悪かぁねえが、ボスの姿やあっしらが掲げてる組織の雷紋章を見て、ぱっと連想しちまわなえかなぁ?」
「あの……」
そっとロズレイドが手を上げる。
「お、何かありやすか」
「”ピカチュウ”の”人生”なんてどうでしょう?僕が今書こうとしている、ピカチュウさんを中心に皆さんの伝記を纏めた本の仮題なんですが」
「ほほう、そんなもんを……。確かに”ピカチュウの”なんて急にふられて”人生”と返すことなんて、知らされてねえ部外者には中々出来ねえでしょうね。とりあえずそれでいきやしょうか、ボス?」
これからことあるごとにそこかしこで俺の名前がひそひそと交わされるようになるわけか……。
恐らく傍から見ていてあまりいい気分はしないだろうが、かといって良い代案も浮かばない。
「それで構わん。取り掛かれ」


配下達がバタバタと旅支度に忙しなく駆けずり回る中、俺も洋館の一室で自身の道具袋の整理をしていた。
乾かした果物やパンの切れ端等の軽くて腐りにくそうな食糧、水筒代わりの小瓶、薬効の有る様々な木の実、傷薬、包帯に、後は……
どんどんと詰め込んでいく度に袋はずしりと重くなり、心には“うずうず”としたものが満たされていった。

これから行くのは気楽なピクニックではない。そんなこと、分かりきっている。
どこに敵が潜み、罠を仕掛けて待ち構えているかも知れない危険な追跡の旅だ。気は抜けない。
だが、どんなに己に言い聞かせて戒めようとも、この言いようの無い“うずうず”は、海底火山の火口から湧き上がる泡のごとく心底からぼこぼこ溢れてきた。

やれやれ、参ったものだ。危険と野望一杯の長旅が続く中でいつの間にか培われたものなのか、それとも元々持ち合わせていた性分が開花してしまったものなのかは分からないが、俺もほとほと旅というものが好きになってしまっているらしい。支度だけでこの有様だ。
――まるで子どもだな。
俺はきゃいきゃいとはしゃぎ合いながら準備するアブソルとムウマージを横目で見やり、自嘲を込めて苦笑した。
こんなことではいずれ王座についた後も、玉座に安穏と留まっていられるのか怪しいものだ。
……そんな心配をするのは、今回の件が無事に決着することが出来てからか。

粗方必要な物を道具袋に詰め終って口を閉めようとしていると、部屋の外から誰かが口論するような声が聞こえてくる。
声色からしてドンカラスとマニューラだろうか。まあ、あやつらの他愛無い諍いなど日常茶飯事と聞いている。
挨拶代わりだとか、犬も食わない何とやらだとかで、放って置いても害は無いらしい。
気にしないようにしてマントの背中裏に道具袋を取り付けていると、程なくしてマニューラが何やら悪態を吐き捨てて去っていき、言い争いはとりあえず終結したようだ。
がつん、と壁を蹴りつけるような音が響いた少し後、
「準備は出来やしたか? 必要そうなもんは大方ホエルオーに積み込みやした。もういつでも出せやすぜ」
苛立ちを押し隠した様子のドンカラスが俺達の部屋に顔を覗かせ、言った。


「うむ。良いな、お前達?」
見回すと、ミミロップ達はオッケーとそれぞれ指や頷きで軽快に示した。
「へへっ、気合いもばっちりなようで。あっしも幾分か安心して送り出せるってもんです。んじゃ、行きやしょか」

案内されるまま洋館の裏手辺りからしばらく歩いて森を抜け、その先の水辺に待ち構えていた“それ”を前に、俺は半ばぼうっとして見上げてしまった。
「ウワッハッハッ!どうだ、すげえだろうっ!」
立ち尽くす俺の姿に鼬達のリーダー格らしい一頭が気付き、“それ”の青い背の上から、仁王立ちで勝ち誇ったように笑いかける。
「この俺様、キャプテン・フローゼル様が率いる海賊団――もとい、今はピカチュウ海軍だったっけか、ハァ……。ゴホンッ、が誇る、ホエルオーの堂々たる勇姿ッ!」
あれがフローゼルか。得意げになってみたり、急に溜め息をついてみたり、随分と気分の浮き沈みが激しい奴のようだ。
そんなことよりも、奴の乗っているホエルオーとかいう鯨ポケモンの何と大きいことか!
もしかしたらギャラドスの二倍以上は優に有るんじゃあなかろうか。ちょっとした人間の漁船のような巨体だ。
「ボス達がお待ちだろうが。さっさとこっちに適当なロープの一本でも垂らしなせえ、フローゼル」
「これほど立派なホエルオーはそうはいねえぞぉ。歳を食ってちぃっと耳の方は遠くなってきちまってるが、その分そこらのホエルオーよりでけえし、多くの経験を積んでいる。さすが俺様が選んだ……」
まるで聞こえていないふうにべらべらとしゃべり続けようとするフローゼルを、苛立った様子でドンカラスは飛び立って蹴りつける。
「てめえのくだらない自慢はいいから、さっさとボス達を乗せやがれってんだ」
「……へい、どーもすみませんでした」


「それじゃあボス、姐さん方、道中くれぐれもお気をつけて。シンオウの護りはあっしらに任せてくだせえ」
ホエルオーに乗り込んだ俺達に、ドンカラスは礼をする。
「いつも済まぬな」
「なあに、留守を護るのも重要な仕事でさぁ。帰れる場所ってぇのは、何より大事なもんですからね。ま、援軍がいるときゃいつでも使いを寄越してくだせえよ。どこへでも駆けつけまさぁ」
「……感謝する」
へっ、とドンカラスは少し照れくさそうに帽子を直す仕草をした。
「じゃーもうさっさと出るぞ。出航だ、野郎共!」
「アイアイサー!」
フローゼルの掛け声にブイゼル達が一斉に呼応し、ホエルオーは汽笛のように大きな咆哮をあげて二対の胸鰭でゆっくりと水を漕ぎ出し、少しずつ着実に岸を離れていく。
岸辺に並ぶシンオウ勢が手を振って俺達を見送る。
端からドンカラスにエンペルト、ビッパ、エレキブル達に、ニューラ達とマニューラ――んん?
何故だろう、その黒い姿に妙な違和感を感じる。
いやに顔つきがいつもよりシンプルというか、全体的な輪郭もどこかぷるぷるとブレている様な……気のせいか。
陸地も遠く離れ、ホエルオーは尾鰭を豪快に上下させどんどんと速度を上げて泳ぎだす。
さて、これからそれなりに長い船旅になることだろう。
食糧や水は幸いドンカラス達がたっぷりとホエルオーの背に積み込んでくれた。
今のところ心配するのは海に棲むポケモンの襲撃――それもホエルオーの巨体に襲いかかれるものなど早々いやしないだろう――と、後はホエルオーの上からうっかり足を滑らせて落ちてしまわないように気をつけるくらいだ。
早速だが少しばかり食糧でもお先に拝借しようか。朝から旅立つ準備に追われ、何も口にしていない気がする。
そう思って俺は他の者達が景色に気を取られているうちに、こっそりと積荷の山が縛り付けられた後部に向かい、樽の一つに手をかけようとすると、ガタガタ――とその蓋が独りでに揺れ動いた。


ぎくりとして俺は咄嗟に手を引く。一体なんだ、まさか生きた魚か何かでも入っているのか?
直後、蓋は微かに開き、その暗い隙間から赤く輝く両目が覗いた。
「ヒャハ……積荷を齧ろうとする泥棒ネズミちゃん見ーっけ」
けらけらと樽は静かに嘲笑う。

何奴ッ――叫ぶより速く、鋭い鉤爪の生えた手が樽の奥から伸びて俺の口元を掴んで塞ぎ、そのまま俺はあっという間に樽の中へと強引に引きずり込まれてしまった。
もがこうとしても手の主は暗闇の中で俺を逃がすまいとしっかりと両腕で押さえ込む。
何たる油断。まさか樽の中にこんな曲者が潜むとは。だが、俺の体に密着するなど自殺行為に等しい。
隙を見て思い切り放電を見舞ってやろうと、俺は気付かれぬよう黙ってそっと電気を蓄えた。
「もう少し沖に出るまで大人しくしてな。さもねーと新鮮なネズミの冷凍にしちまうぞ、ヒャハ」
冷ややかな吐息とともに耳元に囁く聞き覚えのある声、この笑い方。
すぐに樽の中身の正体に気付き、俺は充電を一旦止めた。

「マニューラ……か?なぜお前がここに――」
言い掛けて俺はハッとし、「”ピカチュウの”?」すかさず尋ねた。
「イカれた”人生”ってか。ヘッ、くだらねー。コピーがもう攻めてきたとでも思ったかよ」
マニューラはあっさりと答え、せせら笑うように言った。
「う、む……。だが、こんな紛らわしい密航者のような真似をして、一体どういうつもりだ。カントーへ同行したければ堂々と言えばよかろうに」
「ふん、言っても無駄さ。あのクソカラスがオレをカントーには行かせようとしねーからな、絶対に」
そうでもなかったら誰が好き好んでこんな薄汚ない樽の中にこそこそと隠れるか、マニューラは舌打つ。

「ピカチュウー?どこ行ったの、ピカチュウー!」
樽の外から、俺を探すミミロップの声が聞こえてくる。
「何にせよ、そろそろ離してもらおうか。いつまでも俺の姿が見えなければいらぬ騒ぎになるぞ」


「潮時か。ま、もう十分にシンオウからは離れただろうし、出してやっても良いぜ。オレもこんな湿っぽい樽の中からなんて、さっさとオサラバしてーとこだったしな」
ぱかりと蓋を開けてマニューラは俺を放り出し、続けて自らもひょいと樽から飛び出た。
「あ、ピカチュウ!もう、なんでそんなところに……え、マニューラ?」
俺とマニューラの姿を見て、ミミロップはきょとんとした。
様子に気付き、ロズレイドや他の者達もぞろぞろと集まってくる。
「よう、ごきげんようテメーら。おっと、めんどくせーから先に言っておくが、オレはコピーなんかじゃねーぞ」

「んで、積荷に紛れ込んで乗り込んでいたと」
「ヒャハ、そのとーり。この程度の潜入なんてちょろいもんよ」
「勘弁してくれよ、ドンの野郎にあんたはくれぐれ乗せねえように言われてたってのに。ホエルオーの体力もあるし、ここまで来て今更引き返せねえぞぉ……」
悪びれる様子の全く無いマニューラに、フローゼルは大きく溜め息をついた。
あの時、俺達が旅立ちの準備をしていた時、洋館の廊下で二匹が何やら口論していたのは、カントーに行くことを反対されたことが原因だろうか。
「どうしてそこまでドンカラスにカントー行きを止められている?」
「……さーな。何かやましいことでも隠してるんじゃねーの?知ったこっちゃねー、そんなの」
途端にマニューラは不機嫌そうに言葉を濁した。
「ま、まあ、いいじゃないですか。もう乗ってしまったのは仕方ないですよ。それに、マニューラさんがいてくれれば戦力としてとても心強いですし」
疑念の目が集うマニューラをロズレイドが庇う。
「さっすがロゼ、話が分かるぜ、ヒャハハ。……ま、延々付き纏って迷惑をかけるつもりはねーよ。オレもずっとテメーらのお守りしてるなんてごめんさ。オレにもオレの野暮用ってやつがあるからな」


野暮用?カントーに一体どんな用事がある?」
「そう言えば……マニューラさんは元々シンオウのポケモンではない、と言っていましたね?もしかして、カントーの出身なんですか?」
俺の問い掛けに、ロズレイドが口を挟む。
「そうなのか?」
そのような話は、俺にとって初耳だった。
「チッ……テメー、つまんねー事覚えてんな……」
ジロリと横目でロズレイドを睨みながら、マニューラは吐き捨てるように答えた。
「だが残念だな。そりゃハズレだ。カントーなんてとこは、見た事も行った事も食った事もありゃしねー」
「ならば、何故そこまでして行く必要があるのだ?」
「マニューラ、カントーにともだちいるの~?」
ムウマージの何気ない言葉に、マニューラはハッとしたように目を見開く。
どうやら図星か。

「……ヘッ、トモダチとか、そんな御大層なモンじゃねーが……ま、近くとも遠からずだな」
「そうか。居場所は分かっているのか?」
「さーねえ……なんせ、もーかなり昔の話だ。とっくにくたばってんじゃねーかと思うぜ」
マニューラは俺達から目を反らし、決まりが悪そうにバリバリと前髪を掻く。

昔の知り合いに会いに行く……ただそれだけの事で、ドンカラスが猛反対するとは到底思えない。
他にも理由がある事は、まず間違いないと見ていいだろう。
だが、マニューラが全くの嘘を吐いている、といった風には見えなかった。


「じゃあ、そのお友達、ペルシアンさん達に探して貰ったら?カントーの事だったら何だって知ってるんだから、すぐに見つかると思うよ!」
一連の話を聞いていたアブソルが手を叩き、目をキラキラさせる。
「おう!そーゆーこったら、おれっちが先に白猫の旦那に報告しに行ってやらあ!」
プテラもドン!と翼の先で胸を叩く。しかし、元が化石だったせいか、やたらタフで頑丈な奴だ。
「あー、いいっていいって」
マニューラは面倒臭そうに、鉤爪をひらひらさせがら押し止める。
「だからよ、オレはオレで勝手にすっから、テメーらに余計な手間ぁ掛けさせねーよ。テメーらはコピー野郎共をぶっ飛ばす算段でもしてやがれ」
そう言うと、マニューラはゴロンと横になった。
「あーあ、何か無駄に体力使っちまったぜ。おいロゼ、一眠りすっから、あのヘナチョコ笛でも吹いてくれ」
「でもあれは……あまりお気に召さなかったんじゃ……」
「いーんだよ。オレが気まぐれなのは知ってんだろ。気が変わらねーうちに頼むぜ」
「あ……はい」

ロズレイドは手から葉を一枚ちぎり、口に当てて静かに吹き始めた。
心安らぐようなメロディが潮騒に乗って流れ、マニューラはすぐに大きなイビキを掻き始める。
つられてアブソルとムウマージ、それにプテラが寄り固まって眠り始めた。
ついでにフローゼルまで舟を漕ぎ始めたので、軽く電撃を食らわせてやって本来の漕ぎ場に戻らせる。

しかし……


いくら弱みを握られ、師弟関係を結んだとはいえ、身分的にはロズレイドの方が上なのだ。
このような様では、他の配下共に示しが付かないではないか……などと考えていると、
「ふ~ん……そっか、そういう事……ふ~ん、ふふふっ」
ロズレイドとマニューラを交互に見ながら、ミミロップが不穏な含み笑いを浮かべている。
「?どうした?何がおかしい?」
「ううん、何でもな~い。あ~、でもこれじゃ、確かにドンが反対する訳よね」
「??……意味が分からん」
「い~のい~の、どーせ分からないでしょ。相変わらずニブチンなんだから」
「?!だから、それはどういう意m……」
「あ、あー……!私も眠くなっちゃった。お、おっやすみ~!」
俺が睨みを効かせるとミミロップは慌てて飛び退き、大きな耳で体を包みながら横になった。
全く、どいつもこいつも……

どうも、俺だけが取り残されているようで居心地が悪い。
だが、目の前に広がる広大な景色、頬袋を撫でる潮風は実に心地良い。
思えば、以前カントーに向かった時は、妙な機械の中に入らされるハメになっていた上、ダークライの妨害に遭ったせいで、こんな風に海の旅を楽しむ余裕などなかった。
ロズレイドの草笛の音はまだ続いている。
俺も横になり、大海原に沈んでいく夕陽と共に目を閉じた。


―― 森の洋館の食堂

「今頃ボスたちは海の上か…」
「…またクソネコがいねぇが、とりあえず揃ったな。」
「では、始めるポ…ぞ。」
エレキブルが立ち上がる。
「前に話題になった離島の事だが、フライゴンたちが話をつけてくれたようだ。」
フローゼルが付け加える。
「ナギサ方面のポケモンは俺様たちが仲間にしたぜ。」
「つまり、シンオウ全土はボスの支配下にあるということですかい。」
「しかしまだボスの仲間になってない者もいるポチャ。」
「それはつまり…」
「ボスの話の神様を除いた1、2匹以外は、ボスに反対しているポチャ。」
「…反乱分子か。」
ドンカラスはフローゼルを睨む。
「どうするんだ?」
今まで黙っていたユキノオーが口を開いた。
「ややこしい事になる前に排除しなくてはならないな。」
「あぁ、では――

『ドン!新しい友達を連れてきたお!』
ビッパが勢い良くドアを開けた。
「…エンペルト、反乱分子は…」
ドンカラスが疲れた様に言った。
「排除だポチャ…」
5匹の溜め息とビッパの悲鳴が重なった。

続かない

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