第40章 - 2

誰にでもない言い訳をして、俺はアブソルを担ぎ上げる。
子どもといえど、俺よりも何回りか大きい体格差に四苦八苦して運ぼうとしていると、物音に気付いたのか机に突っ伏していたロズレイドがむくりと顔を起こした。
「何だ、お前も起きていたか」
「……ええ、ちょっと眠ろうにもどうにも眠れなくて」
赤い顔をして困り果てた様子でロズレイドは答える。まあ、奴の置かれている状況を見れば無理もあるまい。
今は無防備に寝息を立てているとはいえ、肉食のハンターであるマニューラにがっちりと肩を組まれていては気が気でないだろう。
例え同胞であろうと、自制の利かない寝ぼけ様にうっかりあの鋭い爪を突き立てられたり噛み付かれたりすれば大怪我だ。
こやつのことだ、どうせ絡まれたまま抜け出す機会を見出せなかったのだろう。
まったく、図体は無駄に俺よりずっと大きくなりおっても、気の小ささまでは変わらぬな。仕方の無い奴め。
「アブソルをちゃんとした所に寝かし付けに行く。お前も手伝え」
助け舟のつもりで俺はロズレイドに言った。
「あ、はい、分かりました」
何故だか少し名残惜しそうに、ロズレイドはそっと注意深く黒い腕を抜け出して立ち上がった。
「ふう、やれやれ。ああ、えーと、ちゃんとした寝床でしたっけ。皆さんここで雑魚寝しているようですし、二階のベッドが空いているかと」
「そうか」
「いつもはひどい取り合いになるんですよ。今日は運がよかった。あ、その前に少しお待ちを――」
床に置き去りにしていた毛布をロズレイドはそそくさと拾い上げて、マニューラにかける。
「これでよし、と。すみません、まだ二階にも毛布はあるはずなので、先にお貸しください」
どこか妙だ。師弟関係になったとは聞いていたが、こんなにも従順に尽くすとは――そうか。


「な、何ですかその目は?別に他意は……」
「何も言わずともよい。お前の態度を見れば大体察しておるわ」
「あは、あはは……ばればれですか、ね。……その、とにかく内密に頼みます」
顔から火を噴き出しそうなほどに真っ赤になって、ロズレイドはうつむいた。

ああ、やはり何か重大な弱みを握られ、つけこまれてしまっているのだろう。かわいそうに。

「うむ。俺は他の者に公言したりはせん。案ずるな。さあ、アブソルを二階に連れて行くぞ」
「はい……」
協力してアブソルを慎重に担ぎ、俺とロズレイドは二階へと向かう。
どうにか階段を上りきり、廊下を歩む途中、
「それにしても、あの方々――ミロカロスさんと、キュウコンさんと、ボーマンダさんでしたっけ。何と言うか、不思議な方々ですよね」
出し抜けにロズレイドは言った。
「どういう意味だ?」
「……いえ、僕達の周りで何か不可思議なことが起きる前後には、いつも近くにあの方々の影があった――そんな気がしまして」


あくまで何気ないといったふうにロズレイドは口にする。
だが、その言葉にはどこか鎌を掛ける意図を含んでいるように思えた。
「ただの偶然、思い過ごしであろう」
胸に沸く僅かな動揺を隠して、俺は答える。
「……そうですかね」
ロズレイドは呟き、それ以上は何も言わなかった。まさか、神々の正体を悟られているはずは無い。
きっとこやつは奴らの派手な見た目に、妙な神秘性を感じていた程度に過ぎないのだろう。
奴らに接触する時は細心の注意を払っていたつもりだし、隠し切れないような大事に巻き込まれた後は、奴らの介入によりこやつらの記憶は改変されているはずだ。

微かな寝息も聞き取れるような沈黙の中、俺達は寝室までたどり着き、アブソルをベッドの一つに運び込んだ。
同時に、疲れきっていた俺も、もう一つのベッドの脇に背を持たれかけさせてへろへろと座った。
まったく、子どもの癖に、何と言う重さだ……。
俺一匹ではとてもじゃないが二階まではおろか、食堂を出る前にへばり切っていたかもしれない。
礼を言おうと俺はロズレイドを見上げる。

「やれやれ、僕が起きていなかったらどうするつもりだったんですか」
呆れたような仕草をして、ロズレイドは溜め息混じりに言った。
「ふん、お前の手など借りずとも、その時はまた一匹で何か別の方法を探していたわ」
感謝するつもりが、その嫌味な態度についつい俺は顔を背け、いつものような憎まれ口を叩いてしまう。
でも、どうせこやつのことだ。
強がりだと見通されて、いつものように「はいはい」と笑い飛ばすことだろうと、ちらりと俺は横目でロズレイドを見る。
しかし、その眼差しはいつになく真剣で、少し悲しげな光を帯びていた。


「……僕は、僕達はそんなにピカチュウさんにとって頼りないですか」
わなわなと少し震えるようにしてロズレイドは話す。
「ど、どうしたというのだ」
「笑顔で迎えようと話し合ってはいたのですが、どうも僕には無理そうです。……あなたが僕達を置いて一匹で行ってしまった後に一度、せめて消息だけでも聞けないものかとあの洞窟を訪ねてみようとしたんです。しかし、僕達が通ってきたはずの道は最初から無かったかのように閉ざされ、付近に住む方々に聞いて回ってもその存在を確かに知る者すらいなかった」
ロズレイドは一冊の本をどこぞから取り出して見せる。
「そして困り果てた僕達が縋り着いたのが、人間の知識。それも、行き着いたのは、シンオウの神話に関する本です。生と死の混じる地、死した者の還る場所。あの泉と洞窟は、恐ろしげな尋常ならざる地であるように謳われていた……」

ロズレイドはぱらぱらと本を捲り、開いたページを突きつけるように俺に見せる。俺に人間の文字は分からないが、その挿絵――暗闇の中で吼える、幾つものおぞましい触手を生やした長虫のような竜の姿――が目に入る。
「破れた世界の主、生死の狭間に住まう者、反物質の支配者、ギラティナ神の姿だそうですよ。カントーでの一見の後、あの洞窟へ至る前、ゲンガー達に案内された不気味な道の途中で見た巨大なポケモンに、細部は違えどいやに似ていると思いませんか?」
「――!」
「もうあなたとアブソルさんが二度と帰ってこないのではないのかと、僕達はとても不安でした。いえ、正直な所、今も不安で堪りません。また不意にあなた達は姿を消して、今度こそ帰ってこないような気がしてね」
今回もどうにかうまくこやつらを誤魔化すことは出来ると思っていた。
しかし、
「旅中の僕達の示し合わせたかのような記憶の欠落、あまりに神出鬼没に現れては関わってくるミロカロスさん達、その度に何かを秘し隠すようなあなたの態度、今まではどういうわけか思い返そうとも考えられませんでしたが、思い返せば不審なことが多すぎる。あなたは、あなた達は一体僕達に何を隠しているんですか?」


俺がいない間に過ぎ去っていた時間は、思っていた以上に不安と不信感を植え付けてしまっていたようだ。
最早、口先で誤魔化すのは難しい。だからと言って、今までの出来事を洗いざらい話したところで、あまりに現実離れした話に、気が触れて出任せの妄言を吐いているように思われるだけではないのか……。
「確かに今までの僕達は頼りなかったかもしれない。だけど、修行を積んで心身ともに少しは成長したつもりです。だから、もう少し僕達の事を信用してください。あなたの背負うものを少しだけでも任せて頂けませんか。配下としてだけじゃない、あなたの仲間として、どうかお願いです」
――そうだ。こやつらは仲間だ。
何よりも信用すべき者達だというのに、俺は……。
全てを話そう。
例え気が触れた戯言だと思われようと、それは仲間を騙し続けた俺へのツケだ。

「……分かった、話してやろう」
腹を決め、俺は口を開いた。途端に曇っていたロズレイドの表情が晴れる。
まずはどこから話すべきなのか悩みながら、次の言葉を発しようとした時、
「お待ちくださいな」
室内に高く透き通った声が響き渡る。その瞬間、周りの空気が全て固まってしまったたような感覚に包まれた。
目の前のロズレイドも、まるで瞬間的に凍り付いてしまったかのように動きを止め、瞬き一つ無く完全に静止している。
「やはり少し困ったことになっていましたわね」
声と共に空間をすり抜け、俺の隣にミロカロスが降り立つ。
続けて部屋の角の薄闇から滲み出るようにキュウコンが現れ、ボーマンダは最初からそこにいたかのように物音もなくいつのまにか室内に鎮座していた。
その立ち振る舞いに、つい先程まで酒に酔っていた気配など微塵も感じさせない。


「お前達、なんのつもりだ!?」
「我らが役目を降りるにあたり、最後の事後処理をせねばならぬ」
「こうなっては仕方ありませんわね」
じっとロズレイドを見やり、キュウコンとミロカロスは言い放つ。

まさか、こやつらの真の目的は、自分達の正体を知ろうとする者の始末――!?
「やめろ、貴様ら!俺はもう貴様らのことで仲間達を騙し続けたくはない!」
頬に電流を迸らせ、俺は叫ぶ。とても勝ち目のある相手ではないが、見殺しにはせんぞ。
身構える俺を見てミロカロスとキュウコンは顔を見合わせる。ふん、とボーマンダも鼻を鳴らした。
「何を勘違いしていきり立っておる」
「話は最後まで聞きなさいな。我らの目的はあなたと同じです。我らの口からも直接、この方に真実をお話いたしましょう」
「な、何……?」
「立つ鳥跡を濁さず。我らがあなた方の間に徒に蒔いてしまった不和の種は、ちゃんと刈り取って処理して行くのが筋だと――この狐めが申しまして」


ミロカロスの意外な言葉に促されるまま、俺はキュウコンに視線を向ける。
「お前の為等と思い上がるでないぞ。私はただ我らの事でお前達の間に軋轢が生まれたと、勝手な恨みを抱かれても鬱陶しいと思ったまでだ」
キュウコンはばつが悪そうに僅かに眉間をひそめて言った。
「だが本当に良いのか?お前達も自身の存在が明るみに出ることは好まぬだろう」
「これから世に飛び立とうとする者が、何ゆえこそこそと日の陰を歩み続けねばならぬ。しがらみを脱ぎさった今、隠すも話すも己の自由だ」
「心配なさらずとも、世界を生きる者の一つとして我らは己が身は己で守りますわ。それに、あなたも、あなたが仲間に選んだ者達も、我らの力を利用せしめようとするような姑息な者達ではないと信用しております故」
にやり、とほくそ笑むようにしてミロカロスは言った。
例え我が下にアブソルがいようと、俺の世界征服の野望には神族が与することはないということも、遠回しに告げているのかもしれない。
しかし、そんな予防線を張らずとも、向こうから協力を申し出られたとしても、俺の答えは殆ど変わらなかっただろう。
「……ふん、当然だ。お前達の超越した力など借りずとも、我が覇道を歩む足は鈍ることは無い。神の力に頼らねば何も出来ぬような軟弱な輩は、我が配下に一匹としておらぬ。もしおればその根性、一から叩き直してくれるわ」
栄光は己の手と力で掴んでこそ輝く。過ぎた力に半ば振り回されるようにして得たもの等、すぐに扱いきれなくなって手からすっぽ抜けてしまうに決まっている。
「ええ、そうでしょうとも。では、ディアルガ」
ミロカロスの合図にボーマンダは頷き、どすんと前足を踏み鳴らす。途端に周囲の硬直した感覚は解け、
「――?……ええッ!?み、皆さんいつの間に……!」
ロズレイドは突然目の前に現れたとしか思えないであろう三匹の姿に、吃驚の声を上げた。


――――

「――我らに語れることは、これで全てです」
話を聞き終え、ロズレイドは半ば放心したような顔をしてその場に立ち尽くしていた。
何せ実際に関わってきた俺でさえも、改めて思い返せば信じられないような出来事ばかりだ。
だが、エスパーやゴーストポケモンではないというのに、いや、そのどちらであろうとも、おいそれと真似できないような事象の数々――時の巻き戻しや停止、空間の跳躍、影との同化や操作等――
を何度も実際に軽々と見せ付けられれば、只ならぬ絶大な力の存在が事実だと思い知らされる。
「とても信じがたい話だろう。全て受け入れろとは言えぬ」
「……ええ、想像していた以上に壮大な話です。しかし、信じざるを得ないのでしょう」
そう言って、ロズレイドは沸き立つ感情を堪えるようにぶるぶると体を震わせ始める。
「今まで俺がお前達に隠し通そうとしていたのは、決してお前達の事を蔑ろにしようとしていたわけではない。それだけは信じてほしい」
「分かっています。ちゃんと話そうとしてくれた以上、これ以上責めたりはしません。それよりも、決めたんです!」
その声は怒りというよりも、何か大きな目標を見つけたような、前向きな興奮に震えているようだった。


「な、何をだ?」
今までに無いロズレイドの勢いに圧され気味になりながら、俺は尋ねる。
「前から少し考えていたんです。僕にしか出来ないことは何だろうって。そうして思いついたのが、あなたと我々の伝記を記すこと。王と国には後世に語り継ぐ伝記の一つや二つ必要でしょう」
「伝記……ううむ、悪くはないが、お前以外に文字を読み書きできるような者がいるのか?」
「ポケモンの中にも、マニューラさん達の様に独自のサインを生み出し、理解できる方々がいます。その皆でアイデアを出し合って協力し合えば、きっと色んなポケモン達にも理解しやすい、素晴らしいものが出来上がるはず!こうしちゃいられない、今聞いた話を少しでも忘れてしまわない内に、大筋だけでも書き留めておかないと。それでは、お先に失礼します!」
ミロカロス達に深々と礼をすると、ロズレイドはいそいそとしながら部屋を飛び出して、いずこかへ駆けていった。
少し呆気にとられながら、俺とミロカロス達はその後姿を見送った。
「はてさて、どうなることやら……。何にせよ、私達が出来る限りの事はしましたわ」


「やれやれ、感謝するぞ。一番何かと疑り深い彼奴の信用があれば、外の者もどうにか信じさせられよう。俺も少々話し疲れた、今日はこのまま休ませてもらう」
俺は空いた小汚いベッドの上に向かってひょいと跳んだ。
「ウサギのお嬢さんの腕の中には戻らなくてよろしいんですの?」
気が抜けて体勢を崩し、俺は顔からベッドにすっ転ぶように墜落する。
「ゴホッゲホッ――唐突に何を抜かすか」
巻き起こった埃に咳き込みながら、俺はミロカロスを睨んだ。
「あら、宴の席であんまりにも仲睦まじそうにしていらっしゃったので、てっきりもう夫婦か何かなのかと」
「冗談ではないわ。あの時は、あやつに無理やり押さえつけられていただけのこと。あやつと俺はあくまで君主と臣下だ。最も信頼をおく仲間の一匹でもあるが、それ以上でも以下でもない」
あらぬ誤解に俺はしかと反論する。例え一時、心を乱されることがあろうと、結局はそこに帰結するのだ。……せねばならぬのだ。
「ほんの戯れごと、そんなにむきにならずとも分かっていますわよ」
くすくす、とミロカロスは扇のような尾先で口元を隠して笑った。
――分かっていますとも。その中で、ミロカロスはぽつりと呟き、表情には薄らと一瞬だが物憂げな色が浮かんだ気がした。
「この現身をとりますと、どうにも俗っぽくなっていけませんわね」
取り直すように言って、ミロカロスはむにゃむにゃと寝言を呟くアブソルを見やる。
その眼差しはアブソル自体というより、アブソルを通して何か遠くのものを見つめているようだった。
「……さて、用事も一先ず済みました、私はそろそろ御暇させていただきます。楽しき宴でした。絶えず形変わる我が内においても、今宵は不変に煌き続ける一粒の良き追憶となりましょう」
俺に向き直ると、ミロカロスは静かに礼をした。

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