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第40章_1

「これからお前達はどうするつもりだ?」
すぐにでも潜り抜けて駆けて行きたい、逸る気持ちを堪え、俺は尋ねる。
「折角の自由。今しばらくは私なりに堪能させていただきますわ」
「そうか。路頭に迷いそうになった時は、いつでも我が下を訪ねるがよいぞ」
「ふふ、考えておきましょう。では、お元気で。波乱万丈な人生を謳歌してくださいませ」
行こう、俺はアブソルの肩に手を置き、共に入り口に向けて歩みだした。
「任せたぞ――」
光に包まれる直前、微かだが確かにギラティナの声が聞こえた。

幽霊騒ぎが収まったことを聞きつけ、洋館にも徐々にポケモン達の姿が戻りつつあった。
しかし、その表情は皆一様に暗く沈み、館内は異様な程に静まり返っている。
ドンカラスも何とか活気を取り戻そうとしたが、虚しく空回りするばかりであった。
テレビルームで一羽ちびちびと不味い安酒を惰性で飲みながら、ドンカラスは真っ暗なテレビの上の止まった壁時計を見上げる。
以前に悪酔いして――本人に記憶は無いが――暴れた拍子に落としてから、中心の大きな歯車が外れて無くなってしまい、動かなくなったものだ。
どんなに歯車の一つが奮闘しようと、ぽっかりと中心に隙間が開いていてはうまく噛み合わず、空回りをするだけ――
ドンカラスはカタカタと虚しく微かな音だけを立てる壊れた時計に己と洋館の現状を重ね、苦笑と共に溜め息を零した。


そんな時、
「ドン! ドン! たい、大変なんだ!」
大声と共にバタバタと騒がしい足音を立て、エンペルトが部屋に飛び込んでくる。
「な、なんでえ、騒々しい」
「いや、もう、ああ、とにかく良い報告だ、とっても!とにかく洋館の外に出れば分かる!ミミロップ達はとっくに飛び出して行った!僕も先に行ってるポチャー!」
驚くドンカラスをよそに、エンペルトは興奮のあまりバタバタと走り回って室内をしっちゃかめっちゃかに掻き混ぜてから、大慌てで再び外に飛び出していった。
「あいつらしくもねえ。一体どうしたってんでえ……」
怪訝そうに顔をしかめやれやれとドンカラスは腰を上げた。
離れ際、ふと崩れた本の山の間から覗くぎざぎざの半円が目に留まり、ドンカラスは何と無くひょいと拾い上げて見る。
「ありゃりゃ、こんなところに隠れてたんですかい、歯車さんよ」
止まっていた洋館の時が、少しずつ動き始めた――。


騒ぎ立つ屋内、交わされる上機嫌な笑い声。
へとへとの俺は何か温かく柔らかな椅子の上で、ぐったりとして座っていた。
――俺の身にいったい何があったというのか……。くらくらする頭にはまったく考えがまとまらない。
「大丈夫? はい、お水」
耳元近くに囁く声と共に冷たく固い感触を口に押し当てられ、俺はなすがまま無意識にごくごくと喉を鳴らす。
ひんやりとした喉越しを知覚するに伴なって、ぼうっとした頭にも徐々に意識が注いだ。
確か、ええと――

光を抜けて森に降り立った俺とアブソルをまず初めに見つけたのは、木の上でぼんやりと見張りをしていたヤミカラスだった。
声をかける間もなくヤミカラスは転げ落ちそうな程に驚き、慌てふためいた様子で洋館に飛び込んで行った。
その後は、まさに蜂の巣をつついたよう。
正面扉が勢いよく開いたと思うと、中から次々に茶色、緑、紫、少し遅れて紺と黒、色とりどり様々な姿が飛び出し、怒涛の如く押し寄せてあっという間に俺達は飲み込まれた。
最早入り混じりすぎて判別不能の歓喜と驚きの声に揉みくちゃにされながら担ぎ上げられ、祝宴の用意だと洋館の中までそのまま運び込まれて、それから……。

ぼんやりと見回す目に、広い卓上をステージ代わりに妖しく踊るマニューラとニューラ達、ついでに半ば無理やりな様子で付き合わされるロゼリア……進化した今は確かロズレイドと言ったか、の姿が写る。
ああ、そうだ、そうだった。食堂で開かれた宴にはシンオウ各地の配下も招かれて必要以上に盛り上がり、俺は――はっとして自分の今置かれた状況を再度確認する。
後ろから、抱えるように俺の胴に回されている見覚えある茶色の腕、覗き込むミミロップの顔。
俺が座らされていたのは椅子などではなく、こやつの膝の上――


「――ッ!? ――――! !!」
「逃げちゃだーめ」
声にならない声と共に俺は逃れようとするが、腕にぎゅっと阻まれて膝上に戻される。
「今日はずっと一緒にいる約束でしょー?」
……こんな、まったく身に覚えの無い約束をさせられる程に俺自身も大いに飲み食いさせられ、現状に至るようだ。
「……アブソルはどうした?」
仕方なく抵抗を一時諦め、俺は尋ねた。
「疲れてマージちゃんと一緒に先に寝ちゃったわ」
ミミロップは俺を抱えたままくるりと振り返ってみせる。部屋の隅でアブソルは毛布をかけられ、すーすーと寝息を立てていた。
添い寝するようにムウマージも傍らに横になってふわふわ浮かんでいる。
ほ、と俺は安心して息をついた。
それにしても――。
「いいぞ、いいぞ! もっとやりなせえ、クハハハハ!」
騒ぎ続けるドンカラスを筆頭とするポケモン達の姿をちらりと俺は見やる。
こやつらと来たら、本来の宴の主役だったであろう俺とアブソルが先に潰れていようと、もう殆んどお構い無しではないか。
まったく、てんでばらばら、不揃いで、とことんやかましい奴らだ。とてもうまく制御仕切ることなんてできやしない。
だが、だからこそ――呆れて眺めていた筈の口元が、自然と弧に緩む。


……さて、悪酔いも持ち直したことだ。もう少しこやつらに付き合うとするか。
支配者たるものが先に潰れきっていては格好がつかぬ。
俺は盃を手にし、ミミロップが酌をした酒をぐいと呷った。
「お邪魔するよ」
不意に食堂の外から微かに響いてくる声。喧騒に包まれ大半が気付かずにいる中、俺は一体誰が今頃遅れて来たのだろうかと目を向ける。
入り口をくぐって現れたのは、白金銀色の毛並みをした狐と、七色に淡く輝く鱗をした蛇――!
俺は思わず含んでいた酒を盛大に噴き出し、げほげほと咳き込む。

「な、な、な、何をしに来た貴様ら!」
「あら、いつでも訪ねてよいと仰ったのはあなたではありませんか、ふふふ」


「な、何でこいつらが一緒なのよ! ひょっとしてグルだったの?!」
俺を抱えたまま、ミミロップがムッとした顔で二匹を睨み付ける。
「一体何の用?! あんた達なんて呼んだ覚えはないわよ!!」
「まあまあ、折角のお目出度い席で、そんな恐ろしげな顔をするものではありませんわ。何しろ私達は、あなたの主とは特別な関係なのですから……」
「 な ん で す っ て ~ ~ ~ ~ ~ ? ! 」
ミロカロスは意味有りげな微笑を浮かべ、ミミロップを挑発するように言う。
「それに、あやつ……アブソルを治癒したのはこの私だ。呼ばれて然るべきだと思うが?」
明らかにミミロップをからかい、その反応を楽しんでいるミロカロスを横目で睨みつつ、キュウコンは冷然とした態度で言い放つ。
その事を持ち出されると何も言えぬ様で、ミミロップはグッ……と唇を噛む。
「ふん……前より少しは成長した様子だが、短気な性格はそのままのようだな」
「へ~んだ! 私もロゼちゃんも、強ーくなる為に辛~くて厳し~い修行を積んできたんだから!あんたがゴーストの元締めだか何だか知らないけど、もう大きな口は叩かせないわよ!」
「ならば重畳。精々無駄に命を落とさぬよう頑張る事だな」
キュウコンに軽く往なされ、ミミロップは不貞腐れたようにプイッと横を向く。

その隙を見て俺は二匹に詰め寄り、ミミロップには聞こえぬよう小声で囁いた。
「貴様ら……今度は一体何を企んでいるのだ?!」
「別に何も企んでなどおらぬ。好きに生きさせてもらう、と言ったではないか。今まで役目に縛られていた分、少しぐらいこのような席で羽目を外してもよかろう」
キュウコンは、ふと、部屋の隅で眠るアブソルの方へ目を向ける。
「まるで何もなかったかの如く安らかに……呑気なものよ……」

……そう言いながらも奴の横顔は、心なしか微笑んでいるように見えた。


「おう、何でえ何でえ! ボス直々のお客様でやんすか?」
俺達の様子を察知し、ドンカラス達がわらわらと集まってくる。
そしてミロカロスとキュウコンの姿を見るや、配下達――特にオス共が俄かに色めき立つ。
「カアアー! こりゃすげえ別嬪さん達じゃねえですかい! このぉ、ボスの色男!」
やけに緩んだ顔付きで、ドンカラスは俺の背中を翼でバシバシ叩く。
「……そんなものではない……げほっ……こいつらが勝手に……」
「ささっ、こんなむさ苦しいあばら屋ではありやすが、ゆっくり寛いでいっておくんなせえ」
俺の言動を遮り、ドンカラスは羽先で塵を払うような仕草をしながら、二匹を上座へと勧める。
「あらまあ、それではお言葉に甘えて……」
「では、正式に参加させてもらうぞ」
勝ち誇ったような顔付きで、ミロカロスとキュウコンは俺の近くに座った。
ミミロップは膨れっ面をしながら、両腕で俺の体をきつく締め付ける。く、苦しい……
無理矢理マニューラに付き合わされているロズレイドも、困惑した顔でこちらを見ている。

「あ~ん?何だよロゼ。テメーもやっぱ、あーゆーキンキラしたのがいいのかぁ?」
「ち、違いますよ! そんなんじゃ……だって……だって僕は……」
マニューラに絡まれ、しどろもどろになるロズレイドの頬が真っ赤に染まっている。
あいつも大分飲まされ、大いに酔っ払っているに違いない。気の毒に。

それにつけても……
「まさか、貴様らの如き輩が、二匹も揃ってこんな下賤な場に来るとは……」
「あら、二匹ではないですわよ?」
「あやつときたら……役目を離れた途端、時間にルーズになりおって」
何だと……?


聞き返す間もなく グギュグバァッ! という衝撃音と共に、俺の背後の壁がガラガラと崩れ落ちる。
「うわっ! 何でえ?! またビッパの友達でやんすか?!」
「違うお! ボクこんなの知らないおー!」
ぽっかりと開いた壁の穴からのっそりと現れたのは――背に赤い羽の生えた青い竜――
「何故貴様まで来る?! 今更どういうつもりだっ?!!!」
「ようやく身内の確執も解決したので、和解の宴があると聞いて来たのだが……」
全く悪びれる様子もなく、ボーマンダは平然と答えた。
「どこでどう間違ったらそんな話になるのだ?! ……それ以前に玄関から入れ!!!」
「急いでいたものでな、時空の調整を少々誤ったようだ」
「貴様……まだ寝ぼけているのか……?」
「……相変わらず自分勝手ですわね……」
流石のミロカロスとキュウコンも呆れ、揃って溜め息を吐いた。

派手な新ゲストの御登場に皆が騒然とする中、急に黄色い歓声が上がる。
「きゃーん! 何かと思えば、渋くてクールでタイプ:ワイルドなイケメンじゃな~い!!ちょっとピカチュウ! 何でこんなステキな知り合いのコト今まで黙ってたワケ~?!」
「い、いや、別に知り合いという程では……ぶほぉっ!」
今度は興奮した様子のメスのニューラが、俺の脇腹を肘鉄でガシガシ突く。
「はああ? おめえ、こんな羽トカゲ野郎が好みかっつーの?!」
「悪タイプだけに悪趣味ってか! ギャハハ!」
「うっさいわね~! 邪魔よあんた達! さ、お兄さんも一緒に飲みましょ!」
メスのニューラはオスのニューラ達を電光石火の早業で蹴散らし、思わず絶句するボーマンダを引っ張って隣りに座らせ、いそいそとお酌など始めた。

……奴らの「正体」を知ったら……こいつらは一体どんな顔をするだろうか……


「さあ、てめえら! 張り切ってお客仁を楽しませなせえ!」
「よっしゃあ! 七武海名物『乗ってけサーフィンUSA』いくぜー!」
「うわあ~! またそれか~! や、やめて~!」
思わぬ珍客共のせいで、場の空気は更にヒートアップしている。
「まったく……貴様らが来たおかげで、配下共が無駄に盛り上がってしまったではないか」
すっかりお株を奪われた俺は、憮然としたまま杯を空ける。
「お望みなら、クレセリアやユクシー達も呼びましょうか?もっとも、エムリットはさる人間を構うのに忙しい様子ですが……」
「冗談ではない! これ以上エライ奴らが集われてたまるか!」
「ほほほほほ、いいじゃありませんか」
「たまには羽を伸ばす事も必要だ」
「ふん……まあ、悪くはないな」
ポケモン達の馬鹿騒ぎにも妙に馴染んでいる、このやんごとなき奴ら……
本当に、ただ羽目を外しに来ただけなのか?
本当に、何も企んでおらんのだろうか?

――宴の夜は更けていく……


数刻前までの洋館を引っ繰り返しそうなどんちゃん騒ぎが嘘のように食堂内は静まり返り、寝息やいびきだけがまばらにあちこちから響いてくる。
室内は机と床の区別も無く雑多なゴミや酔い潰れて寝ているポケモン共が一緒くたになって散らかり、まさに掃き溜めと言うに相応しいような惨状となっていた。
そんな品行方正とはかけ離れた吹き溜まりに、すっかり馴染みきって寝転がっている三つ柱。
よもや本当にただ自由を満喫しに来ただけだというのか。
確かにいつでも訪ねろとは言ったものの、こんなに間を置かず、威厳も気品もへったくれもない間の抜けた姿を晒されるとは思いもよらなかった。
最も、こやつらも遥か高みを流れど、元まで辿れば源は我らと同じ。
創世の神によって創られ、育まれたもの達だ。所変われば品も、ポケモンも、人間も、神も変わる。
だが、同じ場所に立ってしまえば、本質はあまり変わらないということだろうか。

だからといって、何もここまで堕ちることも無かろうに。
神の存在など信じてはいなかった俺でも、今の状況には頭がくらくらする程だ。
もしも、こやつらを厚く信仰している者達がこの名状しがたいだらしない寝相や、下々の者と一緒になって吐き散らしていた冒涜的な言葉、いつかのコンテストのリベンジ戦という名目で行われた奇怪で異様な儀式に長い身をのたうち踊らせていた姿を見知れば、たちまち正気を失って卒倒、発狂しかねない。
ああ、何と恐ろしい邪神どもであろうか。せめて、アブソルだけはこんな風に育たぬよう見守ろう。深く心に誓った。

そのために今出来ることは、この堕落しきった空間から一刻も早くアブソルを連れ出してやらねば。
濃厚な酒気漂う堕落した部屋に子どもをいつまでも転がしていては、健康にも情操にも悪い。
ふん、他の馬鹿者どもは目覚めた時のおぞましい頭痛と気だるさに精々苦しむがよいわ。
……決して、宴の主役を降ろされて、いじけているわけではないからな!

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