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第39章_1

話は、ロゼリア改めロズレイド帰還の少し前、幽霊騒動の直後まで遡る。

夜のトバリシティ――
日が落ちてもなお賑わう街の背後に、巨大な遺跡のようにギンガトバリビルが佇んでいる。
かつてはステキファッションの連中で溢れていたここも、すっかり灯が消えて久しい。
その隣、今は使われていない倉庫の一角に、エレキブル達七武海のアジトがあった。

「ははぁ、古巣に戻ったようなもんでやんすか」
「まあな、いい思い出なんかこれっぽっちもねえが、勝手知ったる何とやらだ。しばらくこっちに居るんなら、どの部屋でも好きに寝泊まりしてくれていいぜ」
遥々訪ねてきたドンカラスとエンペルトを、エレキブルが中へと案内する。
地下へ伸びる階段を下り、重い扉を開けると、ユンゲラーとドーミラーが二匹を出迎える。
「街に比べて随分静かポ……だな。ここにはもう、人間達は来ないのか?」
「ああ、ボスのアカギがテンガン山で消息を絶ってから、ほとんどの奴らが姿を消した。残っているのはほんの数人だろう。人間という奴は、実に熱しやすく冷めやすいものだからな」
ユンゲラーは、そう言って肩をすくめてみせる。
「ところでドン、さっきから気になってんだが、そのホッカムリは何だってんだ?新春かくし芸大会でドジョッチすくいでも踊ろうって魂胆か?」
「ばっ……馬鹿言うんじゃねえ! こ、こりゃあ、ちょっとしたファッションてやつで……」
「ね・ん・り・き~」
ドーミラーが念を飛ばすとドンカラスの頭からブワッとスカーフが持ち上がり、見事に刈られた金太郎カットがお披露目された。
「な、なんだそりゃ! 確かにすげえファッションだぜ!! ガハハハハ!!!」
「畜生! てめえ! またサーフボードになりてえのか?!」
「うふふふ~、捕まえてごらんなさ~い」
エレキブル達が腹を抱えてゲラゲラ笑い転げる中、剥き出しの地肌に青筋を立て、ドンカラスは憤怒の形相でドーミラーを追い掛け回す。
「ククククク……一体どうしたのだ?」
「じ、実は……ぷぷっ」


エンペルトは、森の洋館で起こった幽霊騒動の顛末を(ただし、本物の幽霊の事は除いて)話した。
突如巻き起こった不可解な現象と電化製品の暴走。
その正体は、ゲンガー達に置いてけぼりにされ、長い時間一人ぼっちで待ち続けていたロトムと、ひょんな事から彼を見つけたムウマージが結託した、少々度を過ぎたイタズラ。
始めは大笑いしていたエレキブル達も、その最中にやってきたトレーナーにロトムが捕まってしまい、友達を失ったムウマージが酷く落ち込んでいると聞くに連れ、徐々に神妙な顔付きになる。

「そうか……そりゃあ辛えだろうな。マージも、そのロトムって奴もよ」
「そうなんだ。さすがに掛ける言葉も見つからないポチ……んだ」
「まあねえ、あっしもこんな頭にされた恨みもあるが、思えば可哀想な事をしたもんでさ」
追いかけっこに疲れ果て、ぐったりと隅の木箱に座りこんだドンカラスも、思わず溜息をつく。
「……なーに、ドン達がそんなに心配するこたねえさ」
おいしい水のボトルを差し出しながら、エレキブルは俯く二匹の背中をバン、と叩いた。
「捕まったっつっても死んだ訳じゃねえだろ? 生きてさえいりゃ、また逢えるかもしれねえ。
もっとも、ゴーストに生死があるのかどうかは分からねえがな。
ま、俺らが今こうやってこんな事言えんのも、ピカチュウ達のおかげだけどよ」
「だよね~。あの頃は自由になる日がくるなんて思わなかったもんね」
「そうだな……時が経てば傷も癒える。どんな痛みも悲しみも、いずれは自分の糧となるものだ」


元々はギンガ団の手持ちであり、人間の身勝手によって多くの仲間を失った上、自身も酷使の末に処分させられそうになっていた彼らである。
明るく言い放ってはいるが、その言葉には底知れぬ深い重みがあった。
思わず感慨深くなり、ドンカラスとエンペルトはただ黙然とボトルの水を啜る。
「……できりゃあ……こんなしんみりした時にゃ、もっと別の水分が欲しいところでやすが……」
「まあ待ちな。もうちょっとすりゃ、見回りに行ってるドクロッグが戻ってくるからよ。奴の事だ、デパートの裏手から上等な酒の一本や二本はくすねてくるに違いねえ」
「じょ、上等の?! ホントでやんすか?! クアアア! クチバシが濡れてくるぜえ!」
普段は安酒に甘んじているドンカラスが感慨もふっ飛ばして舞い上がるのを尻目に、
『生きてさえいれば、また逢える……か』
ポッタイシの気の強い、だが、どこか寂しげな眼差しを思い出しながら……
エンペルトはその言葉を胸に刻み付けていた。


開け放たれたままの玄関をくぐり、後ろ手に扉を閉めるとロズレイドは久方ぶりの洋館を見回す。
踏み込む度に朽ちかけた床板は耳障りにぎいぎいと鳴き、所々が擦り切れ汚れ果てたカーペットは埃を吹き、カビや染みで斑に化粧した内装達は何一つ変わらず、相変わらずの薄気味悪さで迎えてくれた。
ひどいな、とロズレイドは苦笑しながらもどこか不思議と心に安堵感が湧いていた。
仲間達の行方や、今後の身の振り方等色々と考えなければならないことは有るが、何はともあれとりあえずは二階の書庫で荷物の整理をして落ち着こう。
そう決め、ロズレイドは階段へ足を向けると、
「だーれ?」
どこからともなく間延びした声が響いた。
ヒヤリとしたものを感じロズレイドが歩を止めた直後、目の前に突然紫色の霧のようなものが渦巻き、一瞬でとんがり帽子の魔法使いのような姿をしたゴースト――ムウマージが現われる。
「ここはピカチュウとドン達のアジトなんだよー。そーしき……まちがえた、そしきのなかまか、マージのともだちいがいのコは、はいっちゃダーメ!」
ムウマージはぐっと胸を張るようにして堂々と言った。
その姿を見て、ふっ、とロズレイドはため息をつくように笑う。
「やだなあ、マージさん。僕ですよ、分かりませんか?」
ムウマージは怪訝そうに首を傾げ、ロズレイドの周りを少し遠巻きにぐるりと回って観察し始めた。
そして、むー、と唸ると、得た情報を整理するように再度首を傾げる。
「もしかして……ロゼリア?」


どこか不安げに言うムウマージに、ロズレイドは微笑んで頷いた。
「進化した今はロズレイド、ですがね」
なーんだ、と途端にムウマージは退屈そうにする。
「ちぇ、あたらしいともだちが、またきたとおもったのにな~」
「はは、ご期待に沿えずすみません。元気にしていましたか?一匹だけで留守番なんてえらいですね」
みんな居ないけど、どうやら元気そうで良かった。ホッとしてロズレイドは言う。
だが、ムウマージは急に少しふてくされたように頬を膨らませた。
「いっぴきじゃないもーん!」
ぷい、と顔を背けてムウマージは二階の奥へとふよふよ飛んでいく。
――どうも機嫌が悪いみたいだ。何か怒らせることを言ったかな。
それに、新しい友達と、一匹じゃないってどういう意味だろうか。
ロズレイドは確かめて謝ろうと階段を上がりムウマージの後を追った。
そして奥の廊下に差し掛かかった辺りで、不意に背のマント状に伸びた葉っぱに何か引っ掛かったような感触が伝わる。
くいくい、くいくいと続けてその感触は伝わった。これは引っ掛かったわけではなく、何者かが明確にマントを掴んで引っ張っているようだ。
「なんですか、やめてくださ――」
反射的にムウマージの仕業だろうと思い、ロズレイドは気楽に振り向く。
しかし、そこにいたのはムウマージではなく、5から7歳くらいの人間の女の子だった。
驚きのあまり、声すら上げずにロズレイドは硬直する。
次々と疑問と焦りが浮かんで頭の中がぐるぐると回っていた。
女の子は生気の無い青白い顔ににこりと笑みを浮かべる。
――新しい友達って。一人じゃないって……!
その意味と、ドンカラス達が洋館を空けてトバリに言った理由。

ロズレイドはすべてを今、理解した。
「う、うわあああああああッ! ……――」


微風に揺れる木の葉だけが囁きあう穏やかな昼下がりのハクタイの森。
その中にひっそりと佇む洋館前にて。
「んんー……やっと着いたぁー」
静寂を一寸破り、大きく伸びをする影が一つ。
長い鋼鉄島からの船旅を終えてフローゼル達と別れた後、チャーレムもまたすぐに新たな修業の旅に向かった。
既にくたくたのミミロップは、チャーレムの首が痛くなりそうな程見上げた向上心に一応は感心しつつ、半ば呆れながら一匹で洋館へと帰ってきたのだった。

「ただいま!」
扉を勢い良く押し開け、大きな声でミミロップは帰宅を告げる。
しかし、いくら待っても返事はなく、誰も迎えに出てくる気配は無い。
洋館の状況を知らない彼女は訝しがりながらも、もう一度
「た・だ・い・ま!」
とより声を強調し張り上げる。
だが、それでもやはり反応はない。
みんなどこかに出掛けているのだろうかとミミロップが諦めかけた時、一階の食堂から微かな物音が聞こえた。
誰かいるんじゃない。私の声が聞こえないはずが無いのに、まったく無視するなんてどういう了見なのよ。
ミミロップは少し腹立たしくなって、文句の一つでも言ってやろうと食堂へ向かった。

入り口をくぐると、すぐに彼女は物音を立てた犯人を探し食堂内部を見渡した。
そして長テーブルに並んだ席の一つに、力なくだらりと座る見知らぬ姿を見つける。
「だ、誰、あなた……新顔? 元気無さそうだけど大丈夫?」
恐る恐るミミロップは、白いバラのような髪型をしたポケモンらしき何者かに声をかけた。
少しの間を置いて、声に気付いた様子のポケモンはゆっくりと顔を上げ、ミミロップの方を見た。
舞踏会に貴族が付ける仮面に似た目元を覆う草のマスクから覗くその目は、虚ろでどこか焦点が定まっていない。
ぞっと背筋に寒気が走り、ミミロップは思わず離れる。
「おや……ミミロップさんじゃないですかぁ……おかえりなさい」
弱々しく今にも擦れそうな声でポケモンは呟くように言った。
「まさか、ロゼちゃん……なの?」
姿は変わり果てているが、その声色と口調にミミロップはロゼリアの面影を見いだす。


「はぁい、その通り……今はロズレイドって言いますが、今まで通りロゼちゃんで良いですよ……ここの友達のみなさんにもそう呼ばれてますしぃ……エヘヘェ」
やつれた薄ら笑いを浮かべ、ロズレイドは答えた。
「そ、そう……進化したのね。一応おめでと。ところでそのみんなはどこに行ったの?」
様子のおかしい不気味なロズレイドの態度に少し怯えながらも、ミミロップは何があったのかを確かめようと仲間の居所を尋ねた。
「やだなぁ、あなたの周りにも沢山いるじゃあないですか」
ロズレイドは不思議そうに首を傾げて言う。ミミロップは驚いて周りを見てみるが当然誰の姿も見えない。
「何も居ないけど……やっぱり何か変よ、あんた」
「うーん、見えないなんて変ですねぇ……じゃあ、あなたにも見えるようにして差し上げましょう……」
糸人形のような不自然な動きで、ゆっくりとロズレイドは立ち上がった。
どんどん気持ち悪くなってきて、ミミロップは後ずさってロズレイドから距離を置く。
「そ、それ以上近づいたら本気で怒るから!」
構えを取りながら威嚇するミミロップもお構いなしに、ロズレイドはふらふらと歩み寄ってくる。

「いい加減にしなさいッ!」
もはや我慢の限界と、とうとうミミロップは強烈なキックをロズレイドに見舞う。
蹴られた勢いでロズレイドは食堂の壁に強かに頭部をぶつけ、そのまま蹲るように倒れた。

「あ……だ、大丈夫!?」
さすがにやり過ぎたかもしれないと心配になり、ミミロップはロズレイドへと駆け寄った。
「うう、なんだか頭が痛い。僕は一体何を……?」
呻きながらロズレイドは頭をさすりつつ体を起こす。
「あ、あれ、ミミロップさん。いつお帰りになったんですか?」
どうやら正気に戻った様子のロズレイドに、ミミロップはほっと安堵の息をつく。
「ついさっき。私が居ない間、何があったわけ?」
「そ、そうだ! 大変なんです――」
ロズレイドは今この洋館が置かれている状況をミミロップに話す。

「なる程……。幽霊なんてどーも信じられないけど、さっきのあんたの様子見たら信じるしかないか。とりあえずマージちゃんを探しましょ。付き合う友達はもっと選ぶべきだってちゃんと教えてあげなきゃね」


「ええ。ではどこから探してみましょうか」
尋ねるロズレイドをよそに、ミミロップはそっと壁に片手をつき深く目を閉じて集中する。
「こっちよ」
それだけ言って、ミミロップは壁を手探りしつつ二階の方へと歩いていった。
何をやっているのかと不思議に思いながらロズレイドは後を追い掛けていく。
壁伝いにミミロップは二階の廊下をどんどん進んでいき、ある一室の前でぴたりと足を止めた。
「この部屋だ」
ミミロップは確信を持って扉を押し開ける。
そこはかつて人間が住んでいた頃、寝室として使われていたらしき部屋で、今もドンカラス達により来客を泊めるゲストルームとしてもっぱら利用されている。
最後に洗われたのがいつか分からないような薄茶ばんだシーツの敷かれたベッドと、年季の入ったタンス等が備え付けられている部屋の中で、壁に掛けられている不気味な肖像画が何よりも目を引いた。
しかし、肝心なムウマージの姿はどこにも見当たらない。
「居ないようですけど……」
「隠れているだけよ」
そう言って、ミミロップは奥の肖像画を見やると、描かれている黒い顔の赤い目がぎくりとして一瞬揺れた。
ふふん、とミミロップは笑い、肖像画の前に行く。
「出てきなさい。かくれんぼはおしまい」
両手を腰にやり、ミミロップが声をかけると、
「むー、ばれちゃったー。ミミロップにはかなわないなー」
観念した様子で絵が喋り、中からムウマージが姿を現した。
「なんと。どうして分かったんですか?」
驚くロズレイドに、ミミロップは得意げに微笑む。
「波導を感じ取ったの。きびしー修行の成果ってやつね。ま、その話は後にして、それよりも今はマージちゃん」
「んー?」
こっそり部屋を出ていこうとするムウマージを呼び止め、ミミロップは幽霊のことを話す。
「みんな怖がるし、イタズラされて困っているの。だから新しい友達には悪いけれど、帰ってくれるようにマージちゃんから言ってくれないかなぁ。
ドン達がずっと帰ってこなかったらマージちゃんも嫌でしょ、ね?」
ミミロップはムウマージの目を見ながら諭すように言った。
「むー……わかった~」


しょげた様子でムウマージは返事をする。
思っていたよりも素直に引き下がってくれたようで良かったとミミロップはホッとする反面、洋館に一匹きりにされてムウマージも寂しい思いをしていたのだろうと少し罪悪感を感じた。
「ごめんね、マージちゃん」
謝るミミロップに、きょとんとしてムウマージは不思議そうに首をかしげた。
「わるいのはマージでしょ~?」
ううん、とミミロップは首を横に振るう。
「いいの。相談もしないで飛び出して行って悪かったわ。ドン達もドン達よ。マージちゃんを置いてけぼりにしちゃってさ。お化けくらいなんぼのもんじゃいって、どんと構えてる甲斐性も無いなんて情けないったら!」
「”ドン”だけに、ですか」
茶々を入れるロズレイドをミミロップはじろりと睨む。
「いや、すみません、つい。マニューラさん達との長いキッサキ暮らしが少々口の方に響いているようで」
「……ま、とにかく! これからは私と、ちょっと頼りないけどロゼちゃんもまた一緒だからね」
「うん!」
幾らか心が晴れた様子で笑みを浮かべてムウマージは頷く。
「じゃあ、みんなとバイバイしてくるね~」
それから少し名残惜しそうにしながらもムウマージは部屋を出て行った。


「もう大丈夫そうね」
後ろ姿を見届け終え、ミミロップはやれやれとベッドに腰を下ろした。
「さて、これからどうします? すぐにでも支度はできますよ」
壁に寄り掛かり、ロズレイドは答えを分かりきっているといった顔でミミロップに聞く。
「どうするって、私は洋館でしばらくゆっくりするつもり。あー、岩場以外の所で寝られるってさいこー」
ごろりとベッドに寝そべり、ミミロップは気の抜けた声で答えた。
予想外の返答にロズレイドは心底意外そうな顔をする。
「何その顔。言いたい事でもあるわけ?」
「いえ、てっきりすぐにでもピカチュウさんを追いに行くと言うのだと思っていたものですから」
なーんだそんなこと、とミミロップはなんてことはないように笑う。
「無理に追うのはもうやめたの。意固地になっちゃってまた喧嘩になるのは分かりきってるから。
一匹で行ったのはきっと何か事情があってのことだろうし、元気になったアブソルちゃんと一緒にちゃんと帰ってくるって信じて待ってる。
私達が今出来るのはピカチュウが帰って来た時、怒ったり責めたりしないで笑顔で迎えてあげられるようにするだけよ」
「そうですか。はてさて、いつまで我慢していられることやら。言いだしっぺが一番笑顔を守れるのか怪しい所がなんとも」
嫌味っぽく言いつつも、いつもピカチュウの事となればすぐに熱くなって飛び出していったミミロップが、しばらく会わない内に随分と変わったものだとロズレイドは心の中で感心した。
「うっさいわねー」
「僕は下で新たな年を祝うささやかな宴の準備でもしてきましょう。お熱くピカチュウさんを迎えるにもしっかり英気を養っておきませんとね」
投げつけられた枕をひょいと避け、ロズレイドは笑いながら逃げていった。

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