第38章 - 5

出来上がったステージを、観客のニューラ達がぐるりと取り囲んでいる。
相手のニューラは気だるそうにロゼリアを睨んだ。
「やれるもんならやってみろっつーの」
少し怯みながらも、ロゼリアは言い返す。
「僕…負けません」
ニューラはフンと鼻で笑った。

「ごちゃごちゃ言ってねえで始めるぜ!審判は俺だ!」
マニューラが叫ぶと、観客のニューラ達も一斉に沸き立つ。
「ギャハハ!ひ弱そうな草なんざやっちまえ!」
「負けんなよ!ニューラ族の強さを見せつけてやれ!」
好き勝手叫ぶニューラ達。ロゼリアは気押されてしまいそうになった。
そんなロゼリアに、マニューラが声を掛ける。
「ビビってんのかロゼリアちゃん?ハンデつけっか?ヒャハハ」

自分を小馬鹿にするマニューラ。
気だるそうにこちらを睨むニューラ。
観客のニューラ達にさえ、自分はなめられている───悔しい。

「僕は四天王です!ハンデはいらない!」
ハクタイの森から始まった僕達の冒険。
度重なる危機を、僕達は乗り切ってきたじゃないか。
下っ端のニューラに負けてはいられない。

「ふん、精々頑張れよ!」
マニューラはフッと笑う。やはりこいつは根性がある。
「ヒャハハ!どっちかが倒れたら負けだからな!じゃあ─始めろ!」

戦闘開始!


「さっさと終わらせてやる!」
「わぁぁっ」
ニューラの氷の礫が真っ直ぐロゼリアに飛んでくる。
間一髪直撃は避けたものの、ロゼリアの葉は抉られた。
「遅い!」
容赦なく飛んでくる氷の礫に、ロゼリアは逃げ惑うことしか出来ない。
このままでは、体力を減らされてしまうだけだ。この寒さでは長期戦になればなるほどロゼリアには不利になる。
「何とかニューラの動きを止めなきゃ─あれを使おう!」
ロゼリアはくるくると回転し、手の薔薇をニューラの足元に向けた。
「まきびし!」
「チッ!」
ニューラは攻撃を止め、隅に逃れる。
「わたほうし!」
「そんなものが効くか!」
動きを鈍くしようとしたロゼリアのわたほうしはニューラの凍える風によって消えてしまった。
「はっぱカッ「だましうち!」
葉を飛ばそうとした隙をつき、ニューラは一瞬でロゼリアに迫り打つ。
「くっ…」
ロゼリアは倒れ、ニューラが拳を構える。
“来る!”
ロゼリアは身構えようとしたが──
不意に何を思ったか薔薇の中から何かを取り出し口に含んだ。


「冷凍パンチ!」
ニューラの拳は確かにロゼリアにヒットした。
が…
「花びらの舞!」
ニューラが飛びのく間もなく、花びらがニューラを囲いこみ傷を負わせる。
「なぜ耐えた!?」

「ヤチェの実ですよ」
ふらつきながらロゼリアは言った。
かつてピカチュウがそうしたように、ロゼリアはドンカラスに貰ったヤチェの実で攻撃を軽減したのだ。
ロゼリアは花びらを総動員して、ニューラをまきびしの上に投げ出した。


ニューラはかなりの痛手を負っていた。
まきびしに阻まれ、未だに体制を立て直せていない。
しかしロゼリアのダメージの方が深刻だった。目を回し、混乱してしまってもいる。
「くっ…」
それでもふらふらと、ロゼリアは立ち上がろうとする。
駄目なんだろうか?僕は足手まといのまま…?

観客のニューラ達も静まっている。
どちらが先に立ち上がるか、固唾を飲んで見守っている。

その時、マニューラが氷の椅子から立ち上がり叫んだ。
「ロゼリア!てめえは四天王じゃねーのかよ?怖ーいピカチュウ様の、尖兵じゃねえのか?そんなんじゃ俺がてめえの四天王の座をいただいちまうぜ!ヘタレにゃ過ぎた地位だ!」
マニューラはそう言い切ると、光の石を弄びニヤリと笑う。
これは挑発だった。

「僕は、僕は…」
ロゼリアの頭に様々な記憶が流れる。
ヤミカラスに虐げられていたスボミー時代。
あれから、ピカチュウさんに助けられた僕はシンオウを駆け巡り、カントーでは…思い出したくもないが…カイリキーなどとも戦った。
僕は四天王なんだ!

「あっ、おいっ」
ロゼリアの神通力が暴走する。
技はマニューラにもニューラ達にも効かないが、光の石が惹かれるようにマニューラの手を離れた。
光の石はロゼリアの近くに落ちる。それに共鳴するように、ロゼリアの体が光りだした──


おめでとう!ロゼリアはロズレイドに進化した!

ロゼリアの進化。
突然のことに、マニューラもニューラ達もポカンと口を開けていた。
しかし次の瞬間──

「ヒャッハー!」
「これは!ヤバくなってまいりました!ギャハ!」
「やるじゃない、あの子!」
「ニューラお前ピンチかも!ヒャハ!」

観客のニューラ達から爆発的な歓声が上がった。盛り上がる展開に、もはや敵味方はないらしい。

「ちくしょう!」
ようやく体勢を立て直したニューラがロゼリア──いや、ロズレイドに飛び掛かる。

しばし呆然としていたロズレイドは、沸き上がる力に何かを悟った。
ニューラの拳がロズレイドを打とうとする瞬間。葉が嵐のようにニューラに吹きつける。

“リーフストーム!!”

観客のニューラ達が口々に叫ぶ中、ロズレイドは気を失った。


「ん…」
ロズレイドは目を開ける。
「お目覚めか?ロゼリア─いや、ロズレイド」
「マニューラさん…」
ロズレイドは辺りを見回した。いつも使っていた氷の巣穴で、藁の上に寝かされている。傷も手当てされていた。

「お前の勝ちだ。思わぬ形で光の石を取り返したな、ヒャハハ!」
僕は勝ったんだ。
「せっかくハンデも用意してやってたのによ!」
そう言って、マニューラはキラキラ光る粉の入った瓶を振った。
「それは…?」
「光の粉だ。光に反射して、目を眩ませるもんだ。ウチのニューラが悪かったな。ほらよ、もってけ!」
マニューラが投げた瓶をロズレイドは慌てて受けとめる。
「色々ありがとうございました、マニューラさん」
「ふん、糞カラスに頼まれちまったからな」
マニューラはそっぽを向く。照れているらしい。

「ところで─これからどうすんだ?帰るか?」
マニューラから話を振られ、ロズレイドは久しぶりに想いを馳せる。
ミミロップとムウマージはどうしているだろう。そろそろ合流すべきかもしれない。
「僕、帰ります」
ロズレイドは静かにそう返した。
マニューラは頷くと、去っていった。

時は動いていた。


翌日。
ロズレイドが帰ると言うと、ニューラ達は様々な道具を餞別にとくれた。
珍しい木の実やムウマージが好みそうな呪いと清めの御札、元気の塊など人間の道具もある。
よほどニューラとの勝負が気に入ったらしい。

「用意もできたし…行こう」
さすがにカプセル温室が使えなくなったため、帰りはマニューラ達の引くそりに乗っていくことになった。
歩き出そうとするロズレイドを、しかし引き止める声一つ。

「おい!」
光の石を盗ったニューラだった。
「なんですか?」
ロズレイドは驚く。向こうから会いにくるとは思わなかった。
「いや、あの…悪かった」
気恥ずかしいらしく、挙動不審である。そして、何かのレンズを差し出した。
「これ…やる」
ニューラはそれだけ言うと逃げてしまった。ロズレイドはその背中に叫んだ。
「ありがとう!」

「オイ、行くぞ!」
マニューラが呼びに来る。ロズレイドは慌ててレンズを道具袋に詰め、外に向かった。
ニューラ達が手を振り叫ぶ中、マニューラ達の引くそりは雪の中を滑りだした。
目指すはハクタイの森である。


マニューラ達が引くソリはテンガン山の北西を越え、そろそろ遠目に鬱蒼と生い茂る森の木々が確認できるようになった。
ソリの上でロズレイドはじっと自分の手を見る。一輪だった薔薇の手は花束のようにボリュームが増し、ロゼリアだった頃よりも随分と豪華で力強くなった。
「あー、もうダリぃや。後はテメーらに任せた」
そう言うとマニューラは綱を離してソリに飛び移り、ロズレイドの隣にどかりと座り込んで一息吐いた。
どきりとしてロズレイドは手に向けていた視線を上げ、横へと移す。
大人と子供程あったマニューラとの身長差も、今や殆ど変わらない。
見上げなくてもその横顔がすぐ近くにある。意識すると何だか妙な胸の高鳴りをロズレイドは感じた。
何やら袋を漁っていたマニューラも、その視線に気付く。
「なーにちらちら見てんだよ。まさかホレたか?ヒャハハ」
取り出したサイコソーダの缶を爪で器用に開けつつ、マニューラは冗談っぽく笑った。
「……そうです。ダメですか?」
精一杯の声を絞りだし、それでも呟くようになってロズレイドは言った。
マニューラは飲みかけていたソーダを盛大に口から吹き出す。
「キャッ、何!?ばっちいわね!」
運悪くその前にいたメスのニューラが悲鳴を上げて睨む。
ぎょっとした様子で別のニューラ達も振り向いた。
「ごほっ、だって、何かこいつがよぉー……」
「い、いや、ほんの冗談ですから。あなた流に言えば、『ジョークだよ、びびったか?』って所ですか」
慌ててロズレイドは先程の言葉をかき消すように声を上げた。
「チッ、随分と生意気言うようになったじゃねーか。オメーには百万光年はえーよ」
口元を拭い、マニューラは肘でロズレイドをどんと突いた。
「そりゃそうよね。尻に敷かれるだけじゃすまないわ、きっと」
「カビゴンの下敷きになった方がマシだ、ギャハ」
げらげらとニューラ達は笑いだす。
「後で覚えとけよテメーら……」
マニューラは眉間と口端をぴくぴくと引きつらせて唸るように言った。
ほっと安心しながらも、どこか残念そうな複雑な顔をしてロズレイドはため息をついた。


薄暗い木々のアーチを抜け、奥にそびえ立つ洋館の前でソリはゆっくりと止まった。
「さーて、お家にご到着だぜロゼちゃんよ」
ひょい、とマニューラはソリから飛び降りて言う。すぐ後に続いてロズレイドも降り立ち、マニューラ達に振り向いた。
「皆さんわざわざ送っていただいて、何とお礼を言っていいか。本当にありがとうございました!」
深々とロズレイドは礼をする。
「へっ、何を勘違いしてんだよ。オメーを送ったのなんてほんのついでさ」
マニューラは不適に笑って言った。
え?とロズレイドは不振気に顔を上げる。
「今、糞カラス共はトバリの方にしばらく出張ってて、洋館にはあのぼんやりしたゴースト以外誰も居ねえだろ」
そんな話は聞いてはいたがそれがどうしたのだろうか、ロズレイドは首を傾げた。
「こんなチャンス逃すわけにはいかねー。なあ、テメーら」
ニューラ達もニヤリと笑みを浮かべる。
ますます首を傾げるロゼリアを置いて、マニューラは玄関へずかずかと歩んでいき、扉を乱暴に蹴り開けた。
「ヒャハー!かかれ、テメーら!」
「おう!」
ニューラ達は呼応し、一斉に洋館へとなだれ込んでいく。
そして中から次々に食料の詰まった袋を運び出してはソリへと積み上げていった。
「ちょ、ちょっと!そんなことしたら――」
ようやくマニューラ達の企みを理解し、止めようとする。
「五体満足の上に進化までさせて帰してやったんだ。特別ボーナスってやつさ、ヒャハハ!オメーも、ほら!」
叫ぶロズレイドの口へ、マニューラは袋から取り出した木の実を一つ無理矢理押し込める。
もがもが言いながら思わずロズレイドはそれを飲み込んでしまった。
「美味かったかー?これでオメーも共犯だ。黙っておいた方が身のためだぜ、ヒャハハ!」
「そ、そんなー…」


そうこうしている間に、ニューラ達はあっというまに限界まで積み荷を乗せ、落ちないようしっかりと縛り上げている。
「終わったぜ、マニューラ!」
ニューラの一匹が声をかける。
「よーし、引き上げだ!!」
マニューラはロズレイドから手を離し、ソリの縄を一本拾い上げた。
「それじゃーな。あばよ、ロゼ!」
そう肩越しに手を振ると、マニューラ達は行きとは比べ物にならないくらいのスピードでソリを引いて帰っていった。
――嵐のようだった……。
終始圧倒され、ロズレイドはしばし茫然としてその場にぺたりと座り込んでいた。
ふう、と息を吐き、ロズレイドは草のマントに付いた砂埃を払いつつゆっくりと起き上がる。
何だか感慨に浸る暇もなかったな。そんな風に思いながら、ロズレイドは何となく道具袋を覗く。
中にはニューラ達から貰った道具が沢山詰まっている。
――何だかんだで結構良い方達だった……かな。
ふふ、と静かに笑って袋を閉じようとした時、貰った覚えのない缶が目にとまる。
よく見ると、それは道中マニューラが飲んでいたサイコソーダの空き缶だった。
ああ、勝手に入れたんだな。まあいいや、代わりに捨てておこう。
水を差された気分になりながらロズレイドは空き缶を取り出す。
ふと、缶の底側を見ると、何か刻まれたような傷が付いていることに気が付く。
それは紛れもなくマニューラのサイン――

『いつか また 来い』

ロズレイドは空き缶をゆっくりと大事そうに道具袋の奥へと押し込んだ。

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