第38章 - 4

かっとなった様子でニューラは勢いよく振り替える。
「あの時、俺はすぐ後ろの方にいたから知ってんだっつーの。マニューラが怪我したのはテメーなんかをかばいに行ったせいだってな!」
今にも掴み掛かりそうな剣幕で吐き付けられる怒声。
「マニューラさんの件は僕も心の底から悔やんでいます……。しかし、僕だって途中あんな風に細工をされていなければ、道に迷ってイノムーの群れの前に飛び出すような羽目にはならなかったでしょう」
それを跳ね返すようにまっすぐにニューラの目を見ながらロゼリアは言う。
「俺が何かしたとでも言いたいのかっつの?知らねーな。勝手にテメェが指示を読み間違えたんだろう」
「指示を読み間違えるとは?僕は足跡が不自然に消えていたことを言うつもりだったのですが」
ニューラは余計な口を滑らせたことに気付き、はっとした表情を浮かべる。
「……どうやら両方あなたの仕業で間違いなさそうですね」
その一瞬を見逃さず、矢継ぎ早にロゼリアは続けた。
「……チッ、だがそうだとしても、どうするんだっつーの。テメェみてぇなヘナチョコに何ができるんだ」
しかしニューラは悪怯れることなくすぐに居直り、ロゼリアを今にも殴りかかりそうな様相で睨み返してくる。
やっぱり話し合いだけで解決できるような相手ではないのだろうか。ロゼリアは顔を強張らせる。
「聞かせてください。あなたは僕の何がそんなに気に入らないのですか?」
それでもめげずにロゼリアは尋ねた。手元はいつ飛び掛かられてもすぐ対応できるよう、悟られぬ程度の長さに毒針を構えている。
「弱ェくせにいつまでもぐちぐちうぜぇんだっつの。何でテメェみたいなのが四天王なんだ……!」


「それは……」
ロゼリアは言葉を詰まらせる。ニューラの言葉が思わぬ程深く突き刺さっていた。
組織の四天王に名乗り出たのはほんの軽い気持ちだった。
尊大なピカチュウと勝ち気なミミロル。組織というにはあまりに頼りない規模と顔触れだ。
最初の内、ごっこ遊び程度のもので収まるだろうと当時スボミーだったロゼリアは思っていた。
まさかそれが、地方を股に掛ける大きな本当の組織に成長していくなんて誰が想像できようか。
頼りなかった顔触れにも、ドンカラスやマニューラを筆頭にどんどんと実力ある強力な面々が加わった。
自分よりも余程四天王に相応しいであろう逸材も多くいる事はロゼリアもわかっていた。
キュウコンの言葉や、目の前で見せ付けられたマニューラの強さに深く思い知らされた。
だからこそ名に恥じぬよう努力しようとしているのだ。それなのに――。
「さっきまでの威勢はどうしたんだっつーの。やっぱお前みたいなヘナチョコにゃ似合わねーよなぁ」
そう言うと、ニューラはどこかから光の石を取り出す。
「これを俺から取り返すことすらできやしねえもんな。なあ、やめちまえよ。てめーより俺のがまだ相応しいっつの」
そしてロゼリアへ掴み掛かろうと、片手を伸ばした。
「――馬鹿に……するなぁ!」
――こんな奴に、これ以上足を引っ張られてたまるもんか!
心底頭にきて、思わずロゼリアはニューラの手を振り払い、構えていた毒針を伸ばして突きかかった。
思わぬ反撃にニューラは一瞬度胆を抜かれる。だが、すぐに体をそらし、脇腹に少しかすっただけに留めた。
「ッ――てめえ!」
舌を打ってニューラは、ぜえぜえと肩で息をするロゼリアを思い切り壁ぎわへ蹴り飛ばす。
「冗談じゃすまさねえぞ。悪いのは先にマジになって仕掛けてきたてめえだからな……」
ニューラの目の色は、獲物を狙うハンターのそれにぎらりと変わっていた。
二本の鉤爪を勢いよく飛び出させ、じわじわとニューラは壁ぎわで膝をつくロゼリアに詰め寄っていく。


イノムーの分厚い毛皮にも通るあの爪で本気で引き裂かれれば、ロゼリアのか細い体など一溜まりもない。
このままじゃまずいと、ロゼリアは体にぐっと力を込める。
固そうな壁に叩きつけられた筈なのに不思議と殆ど手傷を負ってはいないようだった。
蹴られた場所はさすがにじんじんと痛むけれど、我慢できない程ではない。
――まだ戦える。
針を地に突き立てて起き上がり、ロゼリアは応戦の構えを取った。

ニューラは低く唸り声を上げながら、向けられた針先を凝視する。
口先では馬鹿にしきっていても、野性的な本能が針が持つ毒に危険を告げ易々と踏み込めないでいた。
塵の一つさえ見逃さぬ程に凝らした目は、針先がほんの僅かに動くのを逃さず捉える。
即座に放たれた、本来であれば避けがたい程の鋭利な刺突。
しかし、何か仕掛けてくることを先読みしていたニューラは難なく見切っていなした。と同時に反撃を振るう。
刃がその身にかかるすれすれの所で、ロゼリアは咄嗟に伸ばしたもう片方の針で爪を受けた。
「うう――ッ!」
それでも大きな体格差のある一撃は止めきれる筈もなく、針はみしりと悲鳴を上げ、ロゼリアは再び体ごと大きく後方に飛ばされる。

――実力以前に、身体の出来からして違いすぎる。やっぱり僕のやり方じゃ勝てないのか……?
どうにかうまく着地しながらも、その心は折れかけていた。
すぐにでもまたニューラは向かってきそうだ。ロゼリアを睨んで舌なめずりしながら、爪を研ぎ合わせている。
苦し紛れにロゼリアは葉を何枚もカッターのようにして投げ放った。
ニューラはまたしても素早くかわしていき、避けきれなかった分には凍える息を吹き掛けて容易く萎れさせてしまった。


葉の途切れざまにニューラは一気にロゼリアへ駆け寄り、右手で首根っ子を掴んで地に押さえ付けた。
そしてゆっくりと左手を上げ、爪をロゼリアに見せ付けるようにかざす。
絶体絶命。ロゼリアにはニューラの爪が、本で知った人間が死刑に使う断頭台の残忍な刃に被って見えた。
まさに刃が下ろされようとしたその時――
「何だか楽しそーだな、お前ら。オレも混ぜてくれよ、ヒャハハ」
聞き覚えのある声が部屋の入り口から響く。

びくり、としてニューラは動きを止めて声の方を見る。
「どーした、オレに見られたくないことでもしてたのか?まあ!てめーらったらいけない子ッ!」
「マ、マニューラ……!」
案の定、そこにはマニューラが立っていた。飄々とした様子でマニューラは二匹に歩み寄っていく。
ニューラの目からハンターの気迫は一瞬で消え失せ、叱られた飼い猫のような怯えきったものへと変わる。
慌ててニューラはロゼリアから離れた。その拍子に、きらきらした何かがこつんと地に転げる。
「んー、なんだこりゃ?」
興味深そうにマニューラはそれ――光の石を拾い上げた。ぎくりしてニューラは身が震えだす。
「へー、こりゃ綺麗な石だ。何だお前ら、これ賭けて決闘でもしてたのか?」
ぶんぶん、とニューラは首を縦に振るう。そしてちらとロゼリアを横目で睨んだ。
へー、ほー、とどこかわざとらしく大げさに言いながら、マニューラは石とニューラ達を交互に見やる。
そして出し抜けにニューラを殴り飛ばし、呆気に取られるロゼリアの額をぴんと爪で軽く弾いて転ばせた。
「ヒャハ、オレの勝ち。というわけで今日からこの石はオレのものだな」
勝ち誇った様子でマニューラは光の石を掲げる。


「うぐぐ……ひでえ、こんなことしなくても後でお前にやるつもりだったんだっつの……」
殴られた頬を痛そうに押さえながらふらふらと起き上がり、ニューラは言った。
「ヒャハ、欲しいものは自分の力で取ってこそ価値があるんだよ」
「なんだそりゃ……」
ニューラはがっくりと肩を落とす。

まだ茫然としているロゼリアを、マニューラは試すように見つめた。
「なーんか、まだ諦めきれないって顔に見えるな。だが、オメーじゃオレに一生かかっても勝てそうにねーし……」
そーだ、とマニューラは手を打つ。そしてすごすご部屋を出ていこうとするニューラの腕を掴んで引き寄せた。
「こいつとまた決闘して勝てたらこの石はくれてやるよ」
「は、はぁ!?」
意味がわからないと言った風に二匹は思わず声を上げる。
「やっぱこんな石ニヤニヤ眺めてるより、テメーらが戦うの見た方が楽しそうだからよ」
「こんな奴、今すぐにでものしてやるっつの」
そう言って飛び掛かろうとするニューラをマニューラはガツンと殴る。ニューラは頭を抱えてうずくまった。
「勘違いすんな、今すぐじゃねー。日時はその内いつか、オレの気が向いたら決める。その間、互いに手出しは一切無用!破った奴は群れから即追放だ。そいつにいつでも見張らせておくからな」
マニューラはそう言って何の変哲もない岩壁の一ヶ所を指差す。
二匹が怪訝に思っていると、突然壁の一部が紫色にどろりと溶け落ち、メタモンが姿を現わした。
驚く二匹を見て、メタモンはマニューラに変身し、ひゃはーと得意げに嘲笑う。
「そーいうわけで、おとなしく決闘の日が決まるまでうずうずと焦らしを味わってな、ヒャハハ」


分かったよ、とニューラは諦めて呟く。しかし、その直後に何かに気付いたように「ん?」と首を小さく傾げた。
「……待てっつの。ちょっと考えたら、俺が勝っても何もメリットがないんじゃねえか。石は元々お前にやるつもりのものだったしよ」
じろりと視線を向けるニューラに、マニューラは面倒臭そうに舌打ちする。
「ならオメーはどうしてほしいんだよ?」
言われて、ニューラは少し考える素振りを見せた。
「そのヘナチョコ野郎から四天王の座を剥奪だ。そしてマニューラ、お前が代わりにその座についてくれ」
マニューラは解せない顔をする。
「……どういうつもりだ?」
「お前を差し置いてこんなヘナチョコが四天王なんて前々から気に食わなかったんだっつの。お前だって納得いかねえだろ?」
ニューラは立ち尽くすロゼリアを指差して訴える。マニューラは呆れた表情を浮かべた。
「おいおい、別にオレは……」
「俺にさえ堂々と叩きのめされたと聞きゃ、ネズミやカラスの野郎もこいつがどんだけヘボか思い知るっつの。かっこよく完勝決めてやるから見てろよ、マニューラ」
言うだけ言うと、ニューラはロゼリアに余裕の一瞥をくれてから、意気込んだ様子で部屋を出ていった。
メタモンは慌てて変身を解き、岩に同化しながらその後をこっそりつけていく。
マニューラは大きくため息を吐いた。
「変なことになっちまったなあ、おい」
ロゼリアに振り向き、マニューラはやれやれといった風に手をひらひらとさせる。
「は、はい」
ロゼリアは深刻げに頷いた。
「これでオメーは余計に負けられなくなったわけだ」
マニューラは再び大きなため息を吐く。
「……ちょっとついてきな」
マニューラはそれだけを言い残し、部屋を出ていく。ロゼリアは黙ってその後をついていった。

そうして着いた先――。震え上がるほどの冷気がロゼリアを迎える。
「オレのとっておきの場所だぜ。今日からここがオメーの遊び場さ、ヒャハ」


マニューラは自慢の名所を披露するように片腕を広げ、ロゼリアに言った。
案内された巣穴の奥深くは、砕かれたような氷の塊達が乱雑に放置され、地から天井まですっかり殺風景にごつごつと凍てついたその様子は、とても絶景とは言い難い状態だ。
氷という如何様にも美しくなりえる素材を持ちながら、その粗暴さが台無しにしているその有様は、どこか誰かさんに似ているとロゼリアは思った。

「あまりに素敵な場所すぎて言葉も出ねーかよ?ついでに寝泊りもここでしてもらうからな」
「は、はあ……って、えええっ!」
ロゼリアは自分の耳が信じられず、思わず大声を上げた。
上層の部屋でもロゼリアにとっては寒いくらいだったのに、こんな氷の穴でとても寝れるはずがない。
「ヒャハハ、声を上げるほど嬉しいか。何せオレが昔使っていた部屋だからなー」
懐かしげにマニューラは大きな氷塊の一つにそっと左手を触れる。
「オレもこの巣に来たばかりの頃はよく難癖つけられて絡まれたもんさ。その度に――」
そう言いながらマニューラは空いた手で不意に拳を握り、氷塊に思い切り打ち付けた。
岩のような氷塊は容易く割れ、破片がパラパラと辺りに飛び散る。
「こんな風にそいつをぶっ飛ばしてやったっけな。そしてまた別の奴に絡まれて、またぶっ飛ばして、繰り返してる内に気付いたらいつのまにかリーダーだ、ヒャハハ」
手に纏う冷気を振るって払い、マニューラはロゼリアに笑い掛けた

ロゼリアは色々な意味で震え上がる。本人は極めて簡単に明るく言っているが、壮絶でバイオレンスな日々だったに違いないと想像できた。
その中で、ふとロゼリアに疑問がわいた。
「あの、じゃあマニューラさんはここで生まれたわけではないんですか?」
恐る恐るロゼリアは尋ねる。
「あー……まーな。色々あったのさ」
余計なことを言ってしまったと、面倒臭そうに頬を掻きながらマニューラは答えた。


「とにかく、新参者は嫌でも目立つってことだ。口先だけじゃどうにもできねえ。ここの奴らに心底認めさせるには力を見せ付けるしかねえんだ。分かったよな、ロゼちゃんよ?」
「わ、分かっています」
ロゼリアはがたがたと寒さに縮こまりながら頷く。マニューラは不安げに息を吐いた。
「……この程度の寒さでへばってるようじゃ奴の吐き出す冷気ですぐにダウンだ。
何が何でも慣れろ、死ぬ気で対処を編み出せ。オメーにもう後はねえ」
「そんな……」
無茶だ、ロゼリアは弱気に声を漏らした。
「言っておくが、またアイツに負けるようなら、たぶんもう庇いきれねえぞ。オレにもニューラ達への顔向けってもんがある。オメーばかり贔屓はしてらんねーんだ。……ま、その時にゃオレ自身も庇う気をなくしてるかもしれねーがな。見込み違いだったってよ。じゃ、オレはそろそろ行くぜ。上でニューラ達も待ってるだろうしな。そーだ、これをあいつらに自慢しねーと」
そう言うとマニューラは光の石を取り出し、当て付けるように見せ付けながら部屋を出ていった。

突き付けられた辛い言葉と状況に、ロゼリアは独り震えながら目を熱く滲ませる。
――強くならなくちゃなんだ。もうこれ以上誰も頼れない。
ロゼリアは目を拭い、震えを無理矢理押し込め、体をぴんと伸ばして気張る。


強くなりたい。
光の石を盗られたことでその決意を新たにしたロゼリアは、氷の穴で修行に励んでいた。

草は弱点が多い。炎は天敵であり、鳥や虫も苦手である。そして、寒さにも弱い。
この寒さの中、素早い動きが必須となる毒針の突き合いは不利になる。
この場所に慣れていて、非常に俊敏なニューラが相手では尚更である。
そのため、ロゼリアは己の毒の純度を高めながらも、遠距離攻撃が可能となる葉を用いた攻撃を模索していた。
「花びらの舞は多分一度しか使えないな…」
ロゼリアは氷の塊に向かって葉を飛ばす。
一部は刃となり氷を切り裂いたが、多くは冷気にやられ枯れてしまった。
僕はやっぱり、ピカチュウさん達の足手まといにしかなれないのかな。涙が出そうになる。

その時、マニューラがドアを蹴破って入ってきた。


「ヒャッハー!元気でやってるか、ロゼリアちゃん?」
マニューラは相変わらず陽気に尋ねる。
加えてなぜか、今日はとても機嫌が良いようである。
「はい…」
沈んでいるロゼリアにマニューラは何か言おうとしたが、ふと枯れた葉が散乱している氷塊に目をやった。
「葉っぱで氷に対抗しようってか?ヒャハハ!無茶するぜ!」
「そうですかね…」
あっさり笑い飛ばされ、さらに意気消沈した様子のロゼリアに、マニューラは不意に珍しく真面目に呟いた。
「葉っぱ一枚一枚は弱ぇもんだが、束になれば─そうさな、嵐のように囲んじまえばちっとは効くかもな?ヒャハ!」
ロゼリアは顔を上げる。
かつて読んだ人間の書物に、そのような技が載っていた気がする。
「ありがとうございます、マニューラさん!」
少し元気を取り戻したロゼリアに、しかしマニューラは信じられないことを告げた。
「まぁ明日までに精々頑張れよな、ヒャハハ!」

「…え?」
ロゼリアは一瞬戸惑い、マニューラを見上げる。
「明日、お前はあのニューラと戦うんだよ!もう話はつけてある。じゃあな!ヒャハ!」
マニューラは陽気に手をふりながら去っていった。

「ええええええええぇぇ!?」
少したって、ロゼリアの雄叫びが巣穴に響いた

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