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第35章_1

「遅い……遅いったら遅い。二匹っきりで何を話してんだろ……」
小石を手の平で転がしながら苛立たしくミミロップはぼやく。客間と呼ぶには抵抗のある小汚い石室に追いやられてから随分と時間が経っていた。
ゴースト達はミミロップ達をこの部屋へ押し込めるとさっさとどこかへと姿をくらましてしまい、かびの嫌な臭いだけが客をもてなしていた。
「その台詞は聞き飽きましたよ……」
ため息をつき、ロゼリアは呟く。しかし、直後に凄まじい剣幕でミミロップに睨み付けられ、黙り込んだ。
「蛇女の時といい、私達をのけ者にしてさー。何なの、まったく……」
「そういえば、あの蛇のご婦人といい、ピカチュウさんが二匹きりで話すのはお綺麗な方々ばかりですよね」
再び睨まれ、ロゼリアはあわてて目を逸らす。
「もしかして年上好みなのかなー……。私には見向きもしてくれないし」
「それ以前に性格が問題ですよ、きっと」
そう言い捨てて、そそくさとロゼリアは逃げていった。が、あっという間に捕らえられ、降参の悲鳴を上げる。
ムウマージはそんなやり取りをけらけらと笑いながら眺めていた。

「騒々しい――」
不意に入り口の方から声がして、ミミロップ達は振り向く。九尾の狐――キュウコンは気だるげに入り口をくぐると、足音も無くミミロップ達の傍へと歩んでいく。
「……ゴースト共は行ったか。何のもてなしもせず長らく待たせたことは詫びよう」
部屋を見渡してから、平淡な調子でキュウコンは言う。
「それより、アブソルちゃんはどうなの? そしてピカチュウはどこ?」
「……あまり芳しくない。治療にはとある特殊な薬草が必要でな。お前達の主はその薬草を求め、長い旅に出た」
詰め寄るミミロップに、キュウコンは少し間をおいて答えた。
「ちょっと待ってよ! 私達、置いてかれたってこと? ピカチュウは何て言ってたの?」
「特に何も聞いてはいない」
信じられない。行き先を聞こう。すぐにでもみんなで追おう。ミミロップ達は顔を見合わせて、ざわめく。
「……思うに、お前達は足手纏いと判断されたのではないか?」
キュウコンは少し眉間にしわを寄せて言った。


「それ、どういう意味?」
聞き捨てならないと食って掛かるミミロップに、キュウコンは冷笑を向ける。
「聞けばお前達は己の同一存在ごときに随分とてこずり、散々な負け方をしたそうではないか。それなのに、お前達は自分を高めようとするでもなく、ただ連れ立って馴れ合おうとするばかり。足手纏い以外の何者でもない。呆れられても無理は無かろうよ」
返す言葉に詰まり、ミミロップは怒りで顔を真っ赤にしながら押し黙る。
「お前達が選べる道は二つ。ここで無駄な時をただ過ごすか。ここから出ていき、どこへなりと行くか。前者はできる限りやめてもらいたい。無駄に潰される程、穀に余裕は無いのだ」
「頼まれなくたってこんな所、すぐに出ていってやるわ!」
我慢していた怒りを火山のごとく爆発させ、ミミロップはキュウコンの脇を通り抜けて、床を踏み鳴らしながら部屋を出ていく。
ロゼリアとムウマージも慌ててそれに続いた。
「それはありがたい。そのまま真っすぐ進めば、すぐに外へと出られる。霧が晴れるまで、決して後ろは振り返らぬことだ。命が惜しくばな」

ミミロップ達が外へ出ると、目の前には周囲を岩壁に囲まれた霧深い湖が広がっていた。
岸を進んで行くと、やがて登れそうな箇所を見つけミミロップ達は岸壁を乗り越える。
その先には鬱蒼とした森が行く手を阻んだが、ミミロップはふつふつと沸き立つ怒りを糧に、臆することなく先にうっすらと見える明かりを目指して進んでいった。
森を進むにつれて霧は晴れていき、ミミロップ達は目指していた明かりが人工の物――トバリシティの街並だと気付く。
完全に霧が晴れた後、ミミロップは何気なく後ろを振り返ってみる。
すると、今まで確かに歩んできたはずの森は無く、高い崖が立ち塞がっていた。


ハクタイの館―――

ドンドンドンドン
「開けてくれ~七武海エレキブル一行のお帰りだ~」
カチリと鍵が開き、中からエンペルトが顔を出す。
「ご苦労だったポ・・・な。疲れているところ悪いがドンに報告を頼む。」
「おうよ!」

「それで―――どうだったやんすか?カントーの様子は。」
「おおむね順調といったところだ。既に相当の範囲でボスに賛同する声が広がっている。中には三年以上の付き合いだと言いはる奴もいたぞ。それほどボスを慕っているという事だろう。」
任務も成功に終わり、上機嫌でテーブルに出されたオボンの実にかじりつくエレキブル。
「それからもうひとつ、どうやらボスの側近がひとり増えたらしい。
話によれば、ボスはそいつに普通以上の気を使っている様に見える、とのことだ。」
「ほぅ、ボスも隅に置けないでやんすねぇ。きっとミミロップの姐さんからそいつに乗り換える気で―――」
ガツンッ!ガツガツンッ!
突然ドンカラスの後頭部を衝撃が襲う!
「あぎゃぎゃぎゃっ!…だ、誰でぇ!」
「…ッ!」
「げぇーーっ!?あ、姐さん!?ということはボスも・・・ありゃ?」


「―――と、いうわけなの。」
「なるほどなるほど・・・姐さん、そりゃあうまく出し抜かれましたな。」
ドンカラスの一言にミミロップがあっけに取られる。
「えっ、どゆこと?」
「よくある話でさぁ、二人の仲に嫉妬した女性がそれを引き裂こうと策略を巡らす・・・つまりそのキュウコンが言ったことはボスを独り占めする為の口実だったに違いねぇ!」
(昨日やってたドラマのまんまだお・・・)
あまりに突拍子のない意見に皆のため息がこぼれる。
だがミミロップだけは衝撃を受けたように立ち尽くした。
「まあ、一理ありますね。理由はどうあれ、僕たちがいては何か不都合な事があったのかもしれません。」
すかさずロゼリアがフォローを入れる。が、
「そ、そうだったのね・・・早く戻らないとっ!」
ミミロップにはロゼリアの声などまったく耳に入っていない。
今にも部屋を飛び出していってしまいそうだ。
「しかし、どうやってあそこまで行くつもりですか?霧が深い上におおまかな道筋もわかりません。」
「そういうことならあっしにいい考えが」
待ってましたとばかりにドンカラスがいそいそと後ろの棚から分厚いファイルを取り出した。
「ボスがいつ帰ってきてもいいようにこの島周辺の情報は全部まとめてここに記録しているんでさぁ。えっと確か・・・あった、ここから西へ行ったところにあるこうてつじまに助けになりそうな奴がいますぜ。なんでも波動とやらを感じ取って物を認識できるとか。」
「確かにそれなら霧の中でも迷わず辿り着けそうね。その話、もっと詳しく聞かせて!」
流石のドンカラスもミミロップの勢いにタジタジである。
「こ、この情報はチャーレムからのもんなんで、これ以上のことはあいつに聞いてくだせぇ。今はたぶん裏庭で瞑想してるはずですぜ。」
「わかったわ、ありがとうっ!」
誰かが止める間もなく、次の瞬間にはミミロップは部屋を飛び出していた。

「・・・ひとりで行ってしまいましたね。」


ミミロップの心中は穏やかではなかった。洋館に着いてからも、キュウコンの言葉が頭を巡っていた。
ひどく辛辣ではあったが、言っていたことはそれほど間違ってはいない。それがまた苛立ちに拍車をかけた。
今はロゼリア達と馴れ合ってばかりじゃいけない。強くなってあの忌々しい狐と、黙って自分を置いていったピカチュウを見返してやる。
固く決心して、ミミロップは洋館の扉を蹴り開けて勢いよく外へ駆けていった。
ドンカラスのくだらない冗談など真に受けてはいないが、一人で飛び出ていく口実にするには丁度良かった。
裏庭へ出ると、ミミロップはすぐにチャーレムの姿を見つけることができた。チャーレムは平たい岩の上で座禅を組み、身動き一つせずに深く目を閉じていた。
一見すると眠っているように見えるが、感覚を根のごとく周囲に張り巡らし、意識を研ぎ澄ませている。
「何用か?」
歩み寄る存在に気付き、チャーレムは目を開けた。
「ちょっとあんたに頼みたいんだけど」
ミミロップはチャーレムに事情を話す。

「――なる程。各地を放浪している波動の達人、その名はルカリオ。彼が今、鋼鉄島に滞在しているのは確かだ。だが弟子は滅多にとらんと聞くぞ」
「それは大丈夫よ、きっと」
名を聞いた時のミミロップの既に知っていたかのような態度と、その妙な自信をチャーレムは怪訝に思う。
だが、断る理由も無いし、ごねられるのも面倒だった。
「まあいい。格闘家の端くれとして彼とは一度、手合せしてみたかったところだ。案内しよう」
噂に名高い波動の使い手の技を一目見ておきたいとも思い、チャーレムはミミロップを島まで連れていくことに決める。
「ありがと。でも島なんでしょ。泳いでいける距離なの?」
「水上の足はある。おぬしらがカントーに行ってる間、ドン達は何もしていなかったわけじゃあないぞ」
チャーレムは岩から降り、洋館とは反対方向へとどんどん歩いていく。
首を傾げながらもミミロップはその後をついていった。


「ふーん。感じも良いし、確かに便利な水上アッシーくん達だったわ」
岸で見送るフローゼルとブイゼル達を見て、ミミロップは呟く。
「今日は態度が特別良いだけだ」
あの海賊共が愛想よく見送りまでするなんて、おぬしの他にはマニューラが乗った時ぐらいだ、とチャーレムは語る。
組織に組み込まれてから時も経ち、海賊達もそれなりの立場を得ていた。ドンカラスやエレキブルなど組織の有力者には海賊達は無愛想ながらもしっかりと従うが、それ以外に対しては随分と態度は荒っぽくなっていた。
もはやビッパなど一匹で海賊達を呼び付けたが最後、ホエルオーの体を洗うモップ代わりにされる。

「それにしても……。これ、登るわけ?」
鋼鉄島の中心に高く聳える武骨な山を見上げ、ミミロップは呆然とした。
「ああ。ルカリオ殿は頂上で鍛練に励んでいるそうだ。この島は人間もよく修行に訪れる場所。人目につかないようにするには多少の不便も仕方あるまい。これも彼に課された修行の内だと思うのだな」
そう言うと、出っ張りやへこみにうまく手足を引っ掛けながらチャーレムは黙々と岩を登り始める。
大きくうなだれた後、仕方なくミミロップも続いた。
――でも思い出すなあ、色々と。私のこと覚えてるかな。

息も絶え絶え、頂上まで最後の一踏張りをやっとの思いでミミロップは登りきる。
自分と同じ道程を辿ったはずなのに悠然としているチャーレムを、化け物でも見るかのようにミミロップは地にへばりつきながら見つめた。
「信じらんない。普通もう動けないって。水、水ないの」
「なっとらんな。記憶が正しければ、この先に泉が湧いていたはず。ほら、あれだ」
チャーレムが指し示した先にある水面を見た途端、ミミロップは跳ね起きる。
そして半ば転びかけながらも驚くべき速度で駆け寄っていき、泉に頭を突っ込むようにしてそのまま全部飲み干してしまうのではないかと思う程の勢いで水を飲み始めた。
「十分に元気ではないか……」
呆れ返るチャーレムを尻目にミミロップは水から顔を上げて満足気に息を吐く。
「ンまあーい! これだけ水が美味しく感じるなんて、すごく久しぶり。さすがに感涙する程じゃあ無いけどね」


付きあいきれないと、チャーレムはミミロップを置いてさっさと先に、ルカリオが仮住まいとしているらしい洞穴の方へと向かった。
置いていくなと文句をたれながら、ミミロップはチャーレムを追う。
洞穴はそこそこ広く、湿気もそれ程ではない上、近場に先程の泉もあり、確かに巣穴には絶好の環境だと感じられた。
程なくして二匹は、瞑想に耽る一匹のポケモンを見つける。
人型ではあるがその頭部は犬か狐に似ていて、黒い覆面をしているかのような模様がある。そして、全身が短めの毛並みに覆われていた。
毛の色は部位によって大きく異なり、大体は青色だが、手の先や膝から下は黒く、胴はクリーム色をしている。
二匹の接近を察知したのかポケモンは両目を開き、無言のまま不思議な力強さに満ちた赤い瞳を二匹に向けた。
チャーレムは両手の平を合わせ、深々と礼をする。その横で、ミミロップは拳法のような構えをとって、深く静かに息を吸う。
「お初にお目にかかる、ルカリオ殿。我が名はチャーレム。そしてこの者は――」
チャーレムが話し終わらぬ内に、ミミロップは拳を燃え上がらせ、気合いの声を上げながらルカリオに向かっていった。
ルカリオは即座に戦闘態勢に入る。その構えは、先程のミミロップものとよく似ていた。
右手に群青色のオーラのようなものを纏わせると、それを輪状に変化させ、向かってくるミミロップに放つ。
水の波紋のように宙を伝わっていくそのオーラに触れた瞬間、ミミロップの炎は消えさった。
そして、それとほぼ同時にルカリオは間合いを詰め、炎を纏った脚でミミロップを蹴り飛ばす。
だが、大分加減されていたのか、ミミロップはすぐさま受け身を取って、起き上がった。
「いたた……。いやー、さすがの強さですね。あははー、あのー、そのー、お久しぶりです、師匠。私のこと覚えてます?」
ルカリオは深く目を閉じ、迷惑そうに小さく鼻でため息を吐く。
「この波導の色、その振る舞い――姿は大分変わってはいるが間違いない。覚えているぞ。熱心にしつこく付き纏ってきた割りには、すぐに音を上げて逃げ出したお前が、今更何をしにきたのだ」
二匹のやり取りを、チャーレムは呆気に取られてただただ見ていることしかできなかった。そして、ふと、ルカリオの雰囲気がどことなくピカチュウに似ていることに気付く。


痛いところを突かれ、ミミロップは苦笑いを浮かべて言葉を一瞬詰まらせたが、ここまで来て引き下がることはできなかった。
「また色々教わりたいかなー、なんて」
「断る」
すげなく一蹴され、ミミロップは無理矢理作っている笑顔を引きつらせる。

「また教えてほしいだと?どれだけ面の皮が厚ければそのような台詞が吐けるのだ。一瞬の気の迷いで、お前を弟子になどしてしまったことを今でも深く後悔している。お前を傍に置いてからというもの、ろくな事が無かった。大体、あの時も――」
今までやりどころがなく溜まっていた欝憤を噴出させるようにルカリオは説教を続けたが、急に鼻をぴくりとさせて黙り込み、ある一点に目を向けた。
視線の先、ミミロップの手にはどこから取り出したのか銀紙に包まれた板状の物体が握られている。
「気付きましたー? とろける程に甘ーいあれですよ、あれ。師匠、確か甘いの大好きでしたよね」
銀紙の端を少し剥がしてみせ、悪戯っぽくミミロップは笑う。手に握られていた物の正体はチョコレートだ。
ルカリオは酒に縋りつくアルコール中毒者のようにチョコレートに手を伸ばし掛けたが、はっと手を戻して垂れかけていた涎を拭い、己の頬を叩いた。
「……それがどうした」


平然を装うルカリオを、意地悪げににやつきながらミミロップは見つめた。
「その様子だと、随分ご無沙汰って感じですね。本当は師匠のお土産に持ってきたんですけど、教えてくれないなら必要なさそうかな。私も今は甘いもの控えてるし……処分しちゃおっかなー」
そう言って、ミミロップは片方の手に炎を灯す。そして、じりじりとチョコレートへと火を近付けていった。
「一度溶けてからまた固まったチョコってあんまり美味しくないんですよねー」
「おのれ、卑怯な真似を……」
炎が近づくにつれて少しずつチョコレートは溶け始め、地に滴った。同時にルカリオの頬にも冷や汗が伝う。
一滴、二滴、三滴――。

「えぇい、わかった! また面倒をみてやる。だからそれ以上溶かすのをやめて、それを渡せ!」
堪らずにルカリオは声を上げる。勝ち誇ったようにミミロップは微笑んだ。
「きゃー、さっすが師匠! ありがとございまーす!」
嬉しそうに飛び付こうとしてくるミミロップを避け、チョコレートを奪い取ると、ルカリオはそっぽを向いた。

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