スポンサーリンク

第32章_1

失意に暮れる空に、アブソルの嗚咽と鎮魂歌のような低くうねる風の音だけが響く。
グレン島で起こった事、そしてピジョンとポッポの悲報を伝えるため、俺達はペルシアンのもとへ戻ることにした。
眼下の島は炎獄と化し、近づくことすらかなわない。島中を赤熱の舌が這い回り、すべてを舐め取っていく。
それが海面にまで達すると、境界線を侵され怒り狂ったかのように海が爆発的な水蒸気を上げ激しく荒れ始めた。
どうすることもできない自然の猛威。なされるがままに圧倒され、翻弄されるしかない。
無力感に苛まれる中、俺は立ち上る水蒸気の合間に、争う二匹の巨獣の姿を垣間見たような気がした。

6番道路の外れに辿り着くと、すぐにペルシアンが現れ俺達を出迎えた。
見回してもピジョンの姿がないことを聞いてくるペルシアンに、俺はピジョンの最期を話す。
ペルシアンは言葉では平気な風を装っていたが、ふらふらと力なく木に寄り掛かり、今日はもう休み、詳しい話はまた明日に聞かせてほしいと言い残して森の奥へと去っていった。
俺達は主を亡くした木のうろを借り、やりきれなさに眠れない夜を過ごすこととなった。
朝になっても、もうあの短い嘴から発するよく通る声が起こしに来ることはないのだ。


翌朝、使いのオニスズメに呼び出され、俺達はペルシアンのもとへと向かった。
ペルシアンは前回訪れた時と同じ木の下、鳥達の集合場所に座って待っていた。目の下に隈が出来ており、少しやつれて見える。
俺達を連れてきた事をオニスズメが報告すると、ペルシアンはオニスズメを下がらせこちらへ向き直った。
「ぐっすり眠れたかニャー? ……まあ、あんたらのその様子だと聞く迄もないかニャ」
精一杯そうに軽口を叩いた後、ペルシアンは真剣な表情へと戻る。
「それじゃあ、じっくり漏れなく聞かせてもらうかニャ。噴火する前、グレン島で何があったのかを全部ニャー」
言われた通り、俺達は島での出来事を包み隠さず話す。ピジョンがアブソルを庇った為に怪我を負い、それが最期へと繋がった事も――。
聞いている間、怒りか悲しみかにペルシアンの肩は震え、足元の地面は立てられた爪で深く抉れていった。
話し終えると、涙を必死に堪え謝るアブソルのもとへ、ペルシアンは詰め寄るように近づいていく。
目の前でペルシアンの前足が振り上げられ、アブソルは目をぐっと閉じた。


――これはさすがにまずいか。
しかし、俺が割って入ろうとする前に、ペルシアンの右前足はアブソルの頬にぺたりと力なくつき、ごしごしとさすった。
「うざったいからいつまでもめそめそしてるんじゃないニャ。別に恨んじゃいないニャー。あんたらを恨むなんておカド違いってことくらいボクにもわかってるニャー。憎むべき相手は別ニャ」
前足を離すとペルシアンは深くため息を吐いた。
「また空っぽの墓を作らなきゃいけないのニャ。よりにもよってあいつの、あの大バカのニャー……」
そう言って俯いたペルシアンにムウマージが寄っていき、くいくいと尻尾を引っ張る。
「何ニャー?」
「これ、あげる」
ムウマージが取り出して見せたのは一枚の茶色い羽。たしかムウマージが双子島で……。
「これは、この羽は……!」
「ピジョンのだよ~」
羽を受け取ったペルシアンは一瞬だけ瞳を潤ませた後、我に返ったように大げさに鼻を啜り、目から雫を拭いさった。
「……ありがとニャ。少しは気分的にマシになったニャ。――こんなことになった原因はそのミュウツーというポケモン、奴に大きくあるニャ。
オトシマエは絶対につけさせてやるニャ。死んだ二羽はいいヤツらだったニャ。ピジョンは昔からのクサレ縁だったニャ。
今から我がペルシアンの目達は全力でミュウツーの捜索に当たるニャ。そして情報はあんたらにもタダで教える、それでいいかニャ?」
「ああ、頼む」


二人の男が、机を挟んで深刻な顔をし向かい合っている。
「それで、島の被害の程は?」
立派な椅子に腰掛けた茶髪の男は青年と呼ばれるようになってまだ間もないといった風だが、その目は自信に満ち、ある種の威厳のようなものがある。
「壊滅だよ。島の九割が溶岩や火山灰に覆われて、復興の目処も立たないな」
書類の束を片手に持ち向かいに立つのはそれよりも年が上と思われる逆立った赤髪の青年。
マントを羽織った独特の服装から、ドラゴンタイプのポケモンを主に扱うトレーナー、ドラゴン使いだということがわかる。
「死傷者は?」
「偶々居合わせたレンジャーの迅速な手配で、運良く軽傷者だけで死者は出ていないそうだ」
「勲章ものだね。良かった」
茶髪の青年はほっと胸を撫で下ろした。しかし、またすぐに難しい顔へと戻る。
「それにしても、最近は不可解な事が多すぎるよ。数日前にハナダの洞窟近辺をうろつくロケット団の残党らしき怪しい三人組を見たという証言。その同時期くらいから目撃されるようになった正体不明のポケモン。そして今回の兆候無しの異常な突然の噴火。こうも立て続けだと関連性を疑ってしまうな」
「どうも、そう見て間違いないかもしれないな」
「と言うと?」


赤髪の青年は書類の束から一枚を抜き出した。
「例のポケモンの目撃された場所を点として順に線で結んでいくと、ハナダの洞窟の辺りからグレン島まで繋がるんだよ。そして噴火後にその線はハナダまでまた折り返している」
「……確かに何かありそうだね。もしもそのポケモンが火山を噴火させるほど強力で危険なポケモンなら、何とか対策しなきゃいけない」
「ハナダに調査員を派遣するか?」
「いや、僕が直接行ってくるよ。セキエイ高原の景色も見飽きたし、挑戦者の相手ばかりするのも退屈だからね」
そう答えると茶髪の青年は椅子を立ち上がり、かけてあった赤いジャケットと鍔付きの赤い帽子を手に取った。
「やれやれ。とんでもないチャンピオンだ。君のことだ。どうせ止めても聞かないんだろうな。わかった、俺の方で許可を取っておこう。だがくれぐれも気を付けてくれよ。レッド君」
「わかってるよ、ワタルさん」

---

「遂に目撃情報が入ったニャー。ハナダの北西にある洞窟に、それらしきポケモンが入っていくのを見たと!」


じめじめとした厭な空気が、鬱蒼と生い茂る木々と草むらの間に瘴気のように立ちこめ、毛にまとわりついてくる。
ハナダシティから川を隔て北西に位置する小高い丘の麓に、洞窟は口を開けて待ち構えていた。
人の手により入り口が封鎖されていたようだが、既に鉄の扉は蝶番が壊れたのか外れており、その役目を果していない。

奴は、ミュウツーは恐らくこの洞窟の奥にいる。そうペルシアンの一報が入ったのは、鳥達が情報の収集を始めてから二日程経った後だ。
すぐに話し合い、俺とミミロップ、ロゼリア、ムウマージ、アブソルの計五匹で調査に向かうことにした。
ペルシアンも調査へ行くことを望んだが、俺達の身に何かがあった時の為に待機しているよう説得したのだ。
アブソルにも残るように言ったのだが、頑なに聞かず、仕方なく連れてくることになった。

「んじゃあ俺っちらはここらで待ってりゃあいいんだな」
プテラはペルシアンの部隊に身を置くことを自ら決め、ピジョンの後任を任される事となった。
ミミロップとアブソルの空輸を他の鳥達と共に引き受けてもらい、俺達は空から洞窟の前まで辿り着いたのだ。
「せいぜい気ぃ付けておくんなせぇよ」
「ああ。ご苦労だった」
プテラに礼を言い、俺達は入り口の方へと歩んでいく。
ここから先、一瞬でも気を緩めることはできない。
ミュウツーを止める。力付くでも、あの圧倒的な力と戦うことになろうと。

ふと、入り口付近の土に靴の跡が残っていることに気付く。くっきりとして真新しく、つい先程できたかのようだ。
――まさか人間が来ているのか? ……厄介な事になった。


ペルシアンから話を聞く以前にも、ハナダ北西の洞窟には狂暴な化け物が住むという噂を風の便りに聞いたことがある。
この洞窟に入った姿を最後に行方をくらませた者も数多く、人間はおろか一帯に住むポケモンでさえ、まともな精神の者は洞窟付近にあまり近づこうとはしないのだという。
いつ頃か人間の手により封鎖が施され、洞窟は開かずの魔窟と化した。
その内部に今、俺達はいる。
洞窟内はひやりと寒く、奥からは水が流れるような音が響いてくる。
ハナダ川の支流でも通っているのだろうか。
岩陰や頭上、前後にも常に気を配り、襲来に備えながら進む。ミュウツーのこともあるが、人間の存在にも注意を払わなければならない。
俺達と同じく、ミュウツーを追ってきたかのような時機での人間の出現。偶然とは思えない。
ミュウツーを知っている。そして、奴を造った実験の関係者の可能性がある。
ミュウツーがこの洞窟を訪れたことも偶々ではないのではないか。深い関わりがある地だとすれば、そこに付随してくるのは――あの屋敷で見たもの。この洞窟に住むという狂暴な化け物の話と嫌に繋がる。

「行け! エーフィ!」
緩やかな曲がり角に差し掛かろうとした時、人間らしき声が道の先より響く。
咄嗟に全員を角の手前で止め、俺は壁を背で這うようにして覗き込んだ。
道の先では人間が繰り出したと思われる薄桃色の猫に似たポケモンが、一匹のゴーリキーと対峙している。
だが肝心の人間の姿は岩の影になって見えない。


やはり悪い予感は当たっていた。
ゴーリキーの常軌を逸した、狂気に蝕まれた目。体の末端は色素が抜け落ちたかのように白い。
化け物の正体は奴――いや、奴ら、か。他にもまだ大勢、この洞窟には失敗作達が巣食っていることだろう。
対するエーフィと呼ばれたポケモンは臆することなく座ったままゴーリキーと睨み合い、人間の指示を待っている。
さて、加勢すべきか否か。まだ岩影にいる人間が、俺達にとって無害かどうかは判別できない。
「ここは少し様子を見るか」
「そうですね」
俺達は高みの見物を決め込むことにした。どちらにせよ、奥に行くにはあの空間を避けては通れない。
どの程度やれるのか手並みを拝見させてもらおう。あわよくば漁夫の利を得ることもできるかもしれん。

暫らくの睨み合いが続いた後、痺れを切らしたゴーリキーが筋肉で盛り上がった剛碗を振り上げ、雄叫びを上げながらエーフィに向かっていく。
見たところエーフィはエスパー。相性上はゴーリキーに有利だ。
だが、あの猛進を止めるのは相当難儀するだろう。
失敗作とはいえ、奴らの頑強さは屋敷で嫌というほど味わった。


「オーケー。エーフィ、ぎりぎりまで引き付けるんだ」
接近させるだと?
近距離ではあのゴーリキーには明らかに分が悪い。遠距離から仕留めるのが定石だと思うのだが。
エーフィは人間の指示に反することなく小さく返事し、慌てる様子も見せず立ち上がる。
「今だ!」
ゴーリキーが間近にまで迫りその碗が振り下ろされた瞬間、エーフィは飛び上がって拳をかわした。
そのままゴーリキーの頭上を飛び越えると、無防備な背中を踏むように蹴りつけエーフィは更に高く跳躍する。
なんと。
背後からもミミロップ達の驚嘆の声が上がる。
「エーフィ、サイコキネシス! 投げ飛ばせ!」
間を置かず飛ぶ指示に、エーフィは空中で額の宝石と目を輝かせ、前のめりに体勢を崩され抵抗できないゴーリキーを容易く念動力で捕らえた。
そしてエーフィが宙返りするように体を一回転させると、大きな人型の体は回転に合わせて浮き上がり、エーフィの見えない大きな背中に背負われて投げられたかのように、奥へ勢い良く吹き飛ばされていった。
数秒後、豪快な着水音が響く。どうやら川に落とされたようだ。
流されていっているのか、怒りに満ちた咆哮もどんどん遠退いていく。
何という無茶な……。だが、巧い。
相当の経験を積み、完璧な意思の疎通ができていなければ、トレーナーの指示越しにあんな真似はできん。
ここまでポケモンと心を通わせているとは、悪い人間ではない――のか?


岩影から人間の手が伸び、エーフィの頭を優しく撫でる。
エーフィは、すました風を装っているが、嬉しそうに小さく喉を鳴らした。
「うん、よくやった。ありがとう。戻れ、エーフィ」
そして人間は礼を言い、モンスターボールにエーフィを戻した。

やはりポケモンを実験材料にするような輩には思えない。だが、それならば何故この洞窟にやってきたのか。
ただ命を捨てに来たようにも、興味本位で洞窟探険に乗り出した無知な愚か者とも違うように感じる。
今まで拾えた数少ない情報だけでは、幾ら頭の中で組み合わせ並べようと答えが出ることはなかった。
そうこうとしている内に、姿の確認もできぬまま人間がその場から離れていく足音が響く。
「どうします?」
「少し、奴の後をつけるぞ」
ロゼリアにそう答え、俺は曲がり角の先に歩を進める。
もう少し見極める必要があるな。
わけもわからぬまま放置し、ミュウツーと対峙している時に横から割り込まれては目も当てられない。
相手は思った以上に強力な使い手だ。慎重すぎる程でちょうどいい。

道の先に背後からではあるが、人間の全身を確認することができた。
俺達は適当な物陰に身を隠し、様子を見る。
人間は川の手前で止まり、腰のモンスターボールのホルダーに手をかけて何かを繰り出そうとしていた。
赤い帽子に袖の短い同色のジャケット。少なくとも研究者には見えない。
あの格好、どこかで見覚えがある。確か――三年という時の流れ、かなり成長してはいるが、あれは――。
と、その時、俺達の頭上を越え人間に向かって滑空していく影が一つ。
大きな翼と、全身の半分以上をしめているような大きすぎる口が特徴の異形のコウモリ――ゴルバット。シンオウの者とは別個体だ。
その接近に赤い服の人間はまだ気付いていない。

スポンサーリンク


TOP