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第31章

――ミュウツー!
浮遊感から解放されたとともにもたらされる宙に放り出されたかのような感覚。自らが置かれた状況を認識する間もなく背に鈍い衝撃が走る。
目の前に広がるは、所々を枝や葉の形をした黒い影で乱雑に切り取られた、赤く染まりかけている空……?
投げ出された手足に伝わる雑草と土のような触れ心地とマント越しから背に伝わる湿り気。ここは――外!
思考を妨げるぼんやりとした濃霧のような感覚を左右に頭を振るって吹き飛ばし、飛び起きた。
ミミロップとロゼリアは探す迄もなく俺の傍に倒れていた。怠そうに唸りながら二匹とも起き上がろうとしている。とりあえず無事なようだ。
俺達が飛ばされた場所は雑木林と化している屋敷の敷地内だった。すぐ先に屋敷の玄関が見える。
周りの木々から数羽の小さな羽音がこちらへと飛来する。外で待たせていたポッポ達だ。ピジョン達の姿はない。
聞くと、まだ俺達以外に誰も戻っていないという。まだあの中に居るというのか。まさか身に何か……。
だとすればぐずぐずしてはいられない。救出に向かわなければ。
ポッポ達はその場に待たせ、俺はミミロップとロゼリアを連れて屋敷のもとへと急いだ。
しかし、開け放たれていたはずの扉は隙間なく閉ざされ、ミミロップの力で押しても引いても、果ては蹴りつけようがびくともしない。
ロゼリアの毒針も、俺の電撃をも効果をなさない。見えない壁のような力に全て阻まれてしまうのだ。
「いたた……。鉄みたい」
「あの方の力なのでしょうか。この障壁の頑強さ、そして三人を同時に同じ場所へ転送できる程の制御力。嘘だと疑いたくなるほど強力な念動力です……」
ミュウツーの言葉――直にこの島は滅びる――が頭を過る。一体何をするつもりだ。何を企んでいる。
何もできず焦燥感だけが募っていく中、後方からどさりと大きめのものが地に落ちたような音が響く。
振り向くと先程まで何も居なかった空間に、倒れる三つの影――。

「ムウマージ!アブソル!ピジョン!無事だったか!」


グレン火山上空に浮かぶ白き影。夕闇に支配された空のような深い紫色の瞳に憎悪を湛え、島を見下ろす。
全ての生命に死をもたらす地獄の業火を中心に孕んでいる忌まわしき地。私はこの島で生まれ落ちた。
ならば私はその地獄の業火より生まれし悪魔となろう。どのような非道な行いをしようと、罪の意識に心揺らぐことはない。
島の胎動を感じる。地の奥底でうねり、暴れている。ごく最近まで何者かの力で抑えられていたかのようなあまりに急激な変化だ。
だが、丁度いい。
ミュウツーは深く目を閉じ、全神経を念動力の放出に集中させる。ミュウツーを中心にびりびりと大気が振るえだし、徐々に広がる念力の振動は火山の奥深くにまで浸透していった。

滅びるがいい、忌まわしき地。我が記憶とともに。
「これは新しい私の生誕、そして逆襲の始まりを告げる祝砲となろう!」

ドクン――島全体が震える。悪魔の誕生に恐れているようにも、王の光臨に歓喜しているようにも、それは見えた。


ピジョン達の話では、屋敷のポケモンに襲われて戦闘中、目の前に突然何者かが現れ、確認する間もなく気が付けば外に倒れていたそうだ。
これもミュウツーの仕業だろう。借りはこれで返したということか。
幸い三匹に大きな怪我はなく、ピジョンが翼に少々の爛れたような傷を負っている程度であった。
「ベトベターに不意を打たれてな。なあに、大したことはない」
「ごめんなさい、ボクを庇ったせいで……」
傷の理由をピジョンが話す横で、悲痛な面持ちでアブソルが顔を俯かせる。
「気にするなと言っただろう。大人としてかわいい子に怪我をさせるわけにはいかないからな」
そう言ってピジョンは笑み、翼でアブソルの肩を軽くぽんぽんと叩いた。
「俺からも礼を言う」
「ああ。で、そっちは何があった?」

地下で起こった事のすべてを俺はピジョンに話した。
襲い掛かってきた者達の事、見つけた日誌の内容。ミュウツーとの対峙。話を進めるごとに各々の表情に怒りや憎しみ、沈痛なものが浮かんでいった。
「ミュウツーの島が直に滅ぶという言葉、不気味だな」
「うむ……だが屋敷には入れず、こちらから打てる手立てが無い今、忠告に従わざるをえないように思う。何が起こるかわからん、いつでもミミロップ達を運んでの飛行は可能か?」
「そうだな……。そんなに深い傷じゃあない。治療し、少し休めば――」
その時、地が突如として唸り声を上げ揺らぎだす。
「な、なにぃ?」
「地震だ!」

グレン島崩壊のカウントダウンは始まった。


揺れは収まることなく激しさを増していく。周りの木々が揺さ振られ、がさがさと不安を煽る音を立てる。
「ちょ、どうしよう!」
「ゆれてるのー?」
「落ち着け、ただの地震ならばそのうちに収まる」
恐慌をきたしかけているミミロップ達とポッポ達を、俺とピジョンは落ち着かせるように努めながら、籠を隠させておいた場所へと急ぐ。番を任せているポッポ達の方は無事だろうか。
横で地を駆けていたピジョンが不意に歩を止め、宙の一点を見上げた。それに伴って俺達も止まる。
「どうした?」
視線の先には、木々の合間から覗くグレン火山の頂。黄昏に染まる空に煙を上げている。
「まさか、あれが奴の言っていた滅び……」
そう呟くと、ピジョンは何かを覚悟したような表情をし、走りだした。
「急げ! あの火山がもし爆発するとなれば、ここら辺一帯が、いや、島中が高熱のガスと砕け散った岩石の波に一瞬で飲まれるかもしれん。そして湯水のように溶岩が火口からあふれ出て残る全てを焼き尽くしながら覆っていき――」
「ひえぇ!」
ピジョンの解説にミミロップ達は悲鳴を上げ、揺れなど最早ものともせずに駆け出した。
ポッポ達も必死に羽ばたきを早める。

隠し場所に辿り着くと、籠は有るがそこに見張りにおいた三羽の姿はなかった。
「あいつら、先に逃げたのか?」
「……いや」
籠の影を見て俺は否定する。
散らばった茶色の羽。深い傷を負ったポッポが一羽、籠の傍らに倒れていた。まだ息はある。
「何があった」
俺はポッポをそっと抱え上げ、尋ねた。横からロゼリアが回復薬をポッポの傷口に吹き付ける。
「すみません、おかしなコラッタに襲われて……」
「他の二羽は?」
ポッポは黙って首を横に振るう。
「……わかった。もう休むがいい」
「何ということだ……これではポッポの数が足りない。五羽ではとてもじゃないが島の外まで運んで逃げるのは無理だ」


刻々と崩壊へ向かう震える大地に立ち尽くし、誰一匹として口を開くものはいない。
現状、運ぶことができるのはミミロップかアブソルのどちらか一匹。だが、どちらを助け、片方を見捨てるかなど誰も選ぶ事はできなかった。
地の震動音に遠く空から響く雷鳴似た音が加わる。音が響いてくる方角を見上げると、噴き出る煙の量が一層増している火山が目に入った。
最早、一刻の猶予も残されていない。しかし――俺には選べん。他の手段も見出だすことができない。
絶望が立ち込め俺達を包み込もうとした時、一陣の風が吹き抜ける。
上空を高い声で鳴きながら低空で旋回する大きな影。鳥ではない。コウモリのような翼、二本角の生えているトカゲに似た頭部、風に揺れる長い尾――それは翼竜。
研究所の通風口内で復元を待ちわびる中、盗み聞いた研究員達の話を思い出す。
琥珀の中に残っていた遺伝子は古代の翼竜プテラのものであると。
「奴を呼び止めろ! お前を甦らせてやったのは我らだと!」

「するってえと何かい。おれっちは石ころになっちまってて、それをおめぇさん達が助けてくれたってのかい」
ポッポ数羽がかりで何とか飛び回るプテラを呼び止めることができた。
怪しむように降りてきたプテラに俺達は必死に説明した。
「にわかにゃ信じらんねえ話だが、よござんしょ。おれっちも白亜っ子の端くれでい。困ってる奴ぁ放っておけねえってもんだ」
そして、どうにか協力をこぎつけることができた。
俺達はピジョンの指示の下、手早く脱出の準備を始める。
ムウマージがロゼリアを道具袋に詰め込み空に浮かび上がっていく。プテラはたった一匹でミミロップを乗せた籠を任されたが何とか持ち上げ、上昇していった。
続いてポッポ五羽がアブソルを籠に乗せ飛ぶ。
俺は傷ついたポッポを任された。ミミロル――現ミミロップを運んだ時に比べれば軽いものだと快諾する。
風船とベルトを取り付け、ポッポを蔓で抱くように胴に固定し、徐々に浮かび上がっていこうとした時、違和感に気付く。
ピジョンがいつまでも飛び立とうとしないのだ。


「何をしている。噴火までもう時間は無いのだろう」
「悪いが、俺はここでお別れだ」
ピジョンは申し訳なさそうに右の翼で頭の赤い飾り羽をさっと撫で、言った。
「何の冗談だ。つまらんことはやめろ」
「傷を負った翼が痺れてな。飛べないんだ」
苦笑し、ピジョンは体を捻り左の翼の爛れた傷を見せる。
「な……! 何故そこまで状態が悪いと言わなかった」
「あの子に責任を感じさせたくなかった。そして言えばお人好しのあなた達のことだ。また誰を助けるか悩んでしまっただろう?」
「この馬鹿者がッ!意地でも俺はお前を助ける。そしてたっぷりと説教してくれるわ」
俺はピジョンの右の翼をしっかりと掴み、必死に浮かび上がろうとする。しかし、その体は持ち上がる気配すらない。
「無駄だ。ペルシアンには命令を達せずすまないと伝えておいてくれ。あなた達を恨むようなことはしないはずだ」
握る手を無理矢理振り払うと、ピジョンは右の翼を大きく羽ばたかせた。
「悔いはない。俺は仲間達の下へ直接この羽を持っていくとするよ。短い間だったが、あなた達と旅ができて楽しかった。……じゃあ、な」
巻き起こされた風に風船がとらわれ、俺の体が上空高くへと飛ばされた瞬間、鼓膜が破れそうな程の爆発音が轟いた。
揺れる大気、降り注ぐ火と灰の雨。火山から下る高温ガスと砕けたマグマの死の波は島中に一瞬で広がり、ピジョンの姿と、その名を呼ぶ俺の叫び声をかき消した。

かくしてグレン島は滅び、二羽の死力を尽くし未知の敵から籠を守った勇敢なる部下と、一羽の大事な仲間を俺は失った。
だが、これはミュウツー、そして“自分”達との戦いのほんの幕開けでしかなかったのだ。

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