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第30章_1

その屋敷はグレンタウン北西の端にひっそりと存在していた。
屋敷の前に降り立つと、まだ昼過ぎ間だというのにこの場だけがどこか薄暗くなっているように感じる。
長年手入れがされていないのかその敷地は荒れ果て、伸びきった雑木や雑草が身を隠すカーテンのように屋敷の周りを覆っており、その有様はまるで町からその存在を厭われ隔絶されているかのようだ。
洋風の外壁は煤け、幾つもある窓には埃や汚れが厚く積もり、屋敷全体が大きな暗雲を思わせた。

「薄気味の悪い所だ」
このような場所にあの者はどのような関わりがあるというのだろう。
廃墟と化した建物は、シンオウの洋館からも言えるようにポケモンの絶好の住みかだ。
この屋敷にはミュウツーの仲間が住み着いているのだろうか。
だが、何かがシンオウの洋館とは違う。それは見た目のせいだけではない。屋敷全体を纏う空気が
嫌悪を呼び起こすのだ。
普通ではない【何か】がこの屋敷にはある。そう感じさせる原因はわからず、うまく説明はできんが――。

「なに? もしかして怖くなった?」
俺が呟き漏らした一言を耳ざとくも拾い上げたのか、ミミロップがからかうように尋ねてきた。
「ふん、そんなわけないだろう」
「……あの、こんな所に立ち止まってないで、暗くならない内に早く探索を済ませんか」
下らない問答の横から冷静にロゼリアが意見する。だが、見るとその顔は少し引きつり、明らかにいつもより青い。それに気付き、ムウマージがにやにやと笑みだした。
「あー、ロゼリアこわいんだ~」
「ち、違いますよ!」
「どーだかね~、キャハハ」
放っておけば暗くなるまでこのいたちごっこが続きそうだ。
「うるさい、黙れ。さっさと入るぞ!」
「は、はーい」
「ぼわ~ん……」
やれやれ、緊張感が台無しだ……。
はて、前にも似たようなやり取りがあったような気がするが。


観音開きの玄関に施錠をしていたと思われる錆付いた鎖は、ばらばらにちぎられ、人間の言葉が書かれた板――ロゼリアによると【立ち入り禁止】と書かれているらしい――と共に無残に散らばっていた。
ひしゃげたドアノブはその役目を果せなくなり、支えを無くした一対の扉はふらふらと交互に風に揺れている。
軽く右の扉を押してみると、ぎぃ、と耳に障る金切り声のような音を立てて俺達の侵入を許した。

黴や埃の混じった疎ましい臭いが鼻につく。
内部は所々ひびが走り、崩れた壁や天井の破片と埃がそこら中に小山を成していた。
歩むたびに細かい埃や塵が舞い、毛並みにこびり付いて癪にさわる。それにより吐き出されるミミロップ達の文句もまた、募る苛立ちに拍車をかける。

ああ、まったくもって不愉快だ。外観は同じようでもここに比べたら森の洋館は瓦礫に足を妨げられたり、軽く扇いだだけで埃や埃の濃霧が飛び交わない分、最上の豪邸といえよう。
そういえば、ドンカラスは洋館をわざと汚らしい外観のままにしていると言っていたような気がする。
人間が近づきがたい雰囲気を作り出すのに一役買っているのだと。
ドンカラス達が住み着く前はそれこそベトベターでもなければ住みたがらないであろう惨状であったらしいが、現在は自称綺麗好きであるドンカラスの命令で屋敷の美観――いかに恐ろしく、不気味な見た目であるか――を損ねすぎない程度に掃除をさせているらしい。
それが目的だとしても、この屋敷は少々やりすぎではないのか。汚れに無頓着な者もポケモンの中には居るだろうが、少なくとも俺はそのような者とは相容れん。

少し奥の方まで踏み込んでみたが、まだあの者の姿や気配は無い。それどころか誰一匹として見かけてはいない。
鼠の一匹や二――む。ポケモンの一匹や二匹くらいはそろそろ見かけてもいい頃だとは思うのだが。


一階にはいないのかもしれない。そう考え、玄関から入りすぐの所に二階への階段があったことを奥に歩みながら思い出していた時、朽ちゆく屋敷の中で今だ堅牢に一室を塞ぐシャッターを俺は見つけた。
ただの防火扉というものであろうか。だが、そうだとしたら開閉の操作パネルが近くにはどこにも見当たらない。
これでは運悪く逃げ遅れれば最後、閉じ込められてしまい逃げられないではないか。

シャッターの先にあの者がいる可能性は低いが、とりあえず確認だけはしたほうがいいだろう。
しかし、シャッターを力付くで開けるのは不可能に近いと判断し、まだ調べていなかった部屋に向かい何か手段は無いかと足を踏み入れた。
部屋に置かれていたのは半ば朽ち果てた椅子と机。そして――。

この屋敷とあの者は間違いなく深い関わりがある。
年月を経て埃を厚く被ってはいるが、二メートル近い巨躯を持つ実寸大の像――あの者、ミュウツーによく似た像――がそれを物語っていた。
入る前から薄々と感じていた事だが、やはりこの屋敷は何かが変だ。普通に住居として
使われていたのでは無いように思う。


何かあの者について書かれているのではないか。
台座に積もる埃と汚れを払い調べてみると、期待していたような記述は無かったが、代わりに台座の一部分に小さな四角い切れ目があるのを見つけた。
軽く指先でつつくように押してみると僅かに奥へとずれる。秘密のスイッチというものか。
罠の可能性も一瞬疑ったが、そうであればここまで巧妙に偽装はしないだろうとそのまま指先に力を込めた。
数センチ押し込んでカチリと音を鳴らした瞬間、像の目が敵意を示したがごとく赤に輝く。
――やはり罠か!
瞬時に飛び退いて身構えるが、遠くからぎちぎちと錆びた鉄同士が擦れ合うような音が響いてきただけで、それ以上は何も起こらなかった。
……背後からくすくすと数匹の混じった笑い声が聞こえてくる。俺は大きく咳払いし、きまりの悪さを抱えながら部屋を出た。
恐らく閉じられていたシャッターが既に開いていることだろう。
まったく、シャッターの開閉スイッチごときに趣味の悪い仕掛けを……。やはり人間はろくなものではない。

先程のシャッターは確かに開かれていた。
しかし、その先の部屋はまた新たなシャッターに阻まれ、並んで二つある行き先はどちらも固く閉ざされている。
室内を探しても当然のように開く手段は無い。
装置が古びているため動作不良を起こしているのかと、像の在った部屋に再び戻り、スイッチを入れ直しては往復することを念のため数回繰り返しても、状況は変わらなかった。
右と左、二枚のシャッターは並んで口を閉ざし続けている。
これ以上為す術はないと一階に見切りをつけ、二階の探索へ向かおうとした時、ロゼリアが俺を呼び止めた。


「あれをよく見てください」
ロゼリアが指す方向――シャッターの上の辺り――を見てみると、錆付いた周りと比べて縦線状に真っ直ぐ錆が剥がれている部分が確認できる。
極最近に何回も擦れて出来たような擦り傷だ。
「こんな傷、最初にこのシャッターを見たとき付いていましたっけ」
「いや、そのような覚えはない。……何が言いたい」
「この二枚のシャッター、最初は開いてたんじゃないですか?つまり一枚目、入り口のシャッターが開くと同時に、この二枚のシャッターは閉まるんだと思うんです」
「ふむ。だが、先にミュウツーがこの屋敷に来ているはず。何らかの手段を見つけてこのシャッターを開け、その時から既に傷がついていたのではないか? 俺達が今まで傷を見落としていただけかもしれん」
「確かにあの傷だけではそうともとらえられますが……次はあれを」
次にロゼリアが指したのは右のシャッターの下、隅。色合いからして、元は剥がれてそこら中に散乱している四角い床タイルの一枚だったようだ。
シャッターに挟まれでもしたのか、ばらばらに砕かれている。左のシャッターの隅にも同じ物があった。
「像のある部屋にまた戻る前に、シャッターにあれを立て掛けておいたんです。屋内ですから強風なんて吹きませんし、地震なんて起きましたか?ちょっとやそっとじゃ倒れません。寄り掛かっていたものが動いたりしない限りは」
「……なるほど。では誰かにスイッチを押しに行かせればいいのだな」
「そういうことです」
さて、どうするか。


単独で行動させるのは避けたいところだ。さらなる異常性を未だ内に秘めていそうなこの屋敷に、隙を見せてはならない。
暗闇に潜んだ何かが、いつ牙を剥いて喉元に喰らいかかってきてもおかしくはない、そのような思いが拭いきれなかった。
「それならば俺が行ってこよう」
そう最初に名乗りを上げたのはピジョンであった。
「これだけ穴だらけの壁や天井だ。シャッターの向こう側に抜ける道も他にあるかもしれない。その場合、飛べる俺のほうが都合がいいだろう。穴を降りた先は八方塞がり――なんて可能性もあるしな。それにペルシアンへの土産話ももっと増やさなきゃあならん。独自に少し調査もしたい」
確かに適任ではある。反対する理由はない。
「ではムウマージを共に行かせよう。気紛れ故に役に立つかはわからんが、邪魔にはなるまい。何が起こるかわからん。なるべく単独行動をさせたくはないのだ。こちらとしても直属ではない借りられてきた立場の部下を、物言わぬ姿で返すのはあまりいい気分ではないのでな」
「ありがたい話だ。心遣いに感謝させてもらう」

「あの……」
恐る恐るといった様子でアブソルが声を出す。
「ボクもついていっちゃダメかな? 色々な場所の話をピジョンさんからもっと聞きたいし……」
そう言えばここに来る迄の間も、何やら話をしてもらっていたようだった。だが、時と場合というものがある。
「駄目だ。飛べぬお前ではピジョンの探索の足手まといとなろう」
「いや、俺は構わんぞ。二人がかりで運べばなんとかなる。それに俺の話をこんなにも真剣に聞いてくれるなんて嬉しくてな。探索にも張り合いが出るというものだ」
「いっしょにいこ~」
じろりと視線が一斉にこちらへ集まる。
……俺は至極まともな理由で却下したつもりだ。しかし、このままではまた不当に世紀の大悪党のような扱いを受けそうだ。
「……好きにするがいい」
「わぁい、ありがとう。じゃあ行ってくるね」


ピジョン達の背を見送り、俺とミミロップ、ロゼリアは閉ざされたシャッターの前へと向かった。
「まったく、ロゼリアちゃんもムウマージちゃん達についていけばよかったのにー。私達に気をつかいなさいよね」
「え! そういうことだったんですか?」
「断じて違う。勝手な戯言だ。耳を傾けるだけ時間の無駄だぞ、ロゼリア」
「冗談です。わかっていますよ」
ちぇっ、と軽く舌打ちし、ミミロップは足元に転がっていたタイルの破片を蹴飛ばした。

くだらないやり取りから程なくして、前後のシャッターがぎちぎちと音を立て動き始める。
どうやら無事にスイッチを操作できたようだ。
ゆっくりとシャッターは駆動し、数十センチ程度にまで開いた時、右のシャッターの隙間から何かの影が滑り出てきた。
そして、運悪くその正面にいたミミロップへとその影は牙を剥き素早く飛び掛かる。
だが、俺が反応し電撃を放つ前に、襲撃者の牙は目標に到達することはなく、ミミロップの健脚により蹴り飛ばされた。
その勢いのまま襲撃者は壁に叩きつけられ、鈍い音を立てて床へと落ちる。
「いきなり何、こいつ!」
襲撃者――毛色が全体的に少し白っぽいラッタ――はぴくりとも体を動かさずに地面に転がっている。
「やりすぎた……? 結構やばい場所に蹴りを入れちゃったかも……」
「……仕方あるまい、正当な防衛だ。確かペルシアンに貰った道具の中に元気の塊が――」
ラッタに駆け寄り、マントの左内ポケットを探ろうと体を捩った瞬間、俺の右頬に鋭い痛みが走った。
先程まで瀕死で倒れていたはずのラッタは立ち上がり、俺の頬を浅く裂いた前歯を厭わしい笑い声のようにぎちぎちと擦り鳴らしていた。


先ほどの傷など何でも無かったかの様にラッタは俺へと襲い掛かってくる。
だが、黙ってやられてやる程俺は親切ではない。
例え親切だったとしても願い下げだ。
右頬の傷は運よく電気袋から外れており、電気をためるのに支障はきたさない。

「不意打ちで俺に傷をつけるとはいい度胸だ。」
死んだ振りをしているのかもしれない、と疑わなかった俺のミスなのかもしれないが。
俺は向けられた前歯にアイアンテールを叩き付けた。
「ギャアアアアアア!!!」
痛みで叫び声をあげるラッタに、10まんボルトでとどめを刺す。
念のため、アイアンテールでなぎ倒すと黒焦げになったラッタは地に伏せ、動かなくなった。
「ちょっと、やりすぎじゃない?」
「そうですよ。」
……確かに、少しやりすぎたか?
しかしまあ、これで暫くは目を覚まさないだろう。


「ふん、そのうち目を覚ますだろう。」
そう言い、あのラッタが出てきたシャッターの先に視線をやる。
あのラッタは何故ここにいたのだろうか?
人間の作った建造物に住みついているポケモンもいる――ドンカラス達もそうだった――のだから、このラッタもここに住み着いていたポケモンの一匹である可能性もあるか。

油断すべきではなかった。
いや、あそこまでやっておいて、俺の頭に油断の字は無かった。
断じて、俺は油断などしていなかった。
だが。

「あ………。」
ロゼリアの驚愕のあまり掠れた声。背中に走る激痛。
めりめり、と嫌な音を立て、俺の背中に突き立てられた何か。
ミミロップが攻撃した主を蹴り飛ばしたおかげで、激痛から解放された。

いつでも攻撃出来る様、頬袋に電気をためながら振り向いた、俺の目に飛び込んできたものは、

先程の不快な笑い声を上げ、立ち上がった白いラッタの姿だった。


背中の重苦しい痛み。額に嫌な汗が滲む。
喉に詰まり荒らぐ息。目の前のありえない事象が一層それを助長した。
常軌を逸した耐久性。この先がどうなっているか想像もできない封を解かれた魔窟――開かれたシャッターの奥――から現われた新手では断じてない。
焦げた毛先がそれを証明している。だが、それも元の色をじわじわと取り戻しつつあった。

「僕達は悪い夢でも見ているのでしょうか……」
痛みと、鋭く張られた意識がそれを否定する。
「なんなの、なんだっていうの! まるでゾンビ……」
仮にゴーストがとり憑き、ラッタを操っているのだとしても、肉体の異様な再生能力の説明がつかない。
ラッタにそのような能力が備わっているとは聞いたことがない。
深い眠りに身を任せ全身の傷を癒す技法も有るには有るが、瞬時に数回できるような代物ではない筈だ。
それ以前に、再生は完全に目覚めた状態で今、目の前で起きている。
ぎちぎちと前歯で威嚇しながら、ラッタは狂気めいた高ぶりに見開いた目で、こちらを値踏みするように見回す。
精神の高揚に同調するがごとく、白が毛並みから他の色を加速度的に奪っていき、侵食が末端にまで達する。
同時、放たれた電撃と葉の刃を跳躍してかわし、同じ鼠とは思えぬ大型の肉食獣のような咆哮を上げながら手負いの俺に向かい駆け出した。
その猛進の速度たるや凄まじく、殴りかかったミミロップを突き飛ばし、身に受ける電撃や突き刺さる針など最早ものともしない。

回避――も間に合わんか。
正面からの衝撃を覚悟し電磁の壁を展開した時、直前でびくりと体を硬直させラッタが動きを止めた。
「今度はなに……?」
がくがくと身が震えだし、後退りし狂乱の声を上げながらラッタは自らの顔を掻き毟り始める。
掻き毟ってできた傷はその都度塞がっていくが、代償のようにびしびしと体に亀裂が走っていく。
苦しみ藻掻き、半ば転がるようにして、ラッタは茫然としている俺達の横を擦り抜け、開け放たれたシャッターの奥へと――屋敷の地下へと続く階段を駆け降りていった。

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