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第28章_1

「――起きてくれ、朝だ」
外より目覚めを促す声が響く。
頭の辺りを雑にさすりながら、ゆっくり上体を起こした。ぽっかりと開いた丸窓のような入り口から差し込む光は弱く、薄暗さを感じさせる。
「早めに出発したいんだ。準備を急いでくれ」
羽音と共にピジョンは入り口から顔を覗かせる。
眠い頭から何とかひねり出そうとした俺の返事を聞かぬまま、ピジョンは顔を引っ込めて早すぎるモーニングコールの次の犠牲者がいると思われる場所へと向かっていった。

朝に出発するとは言っていたが、まさかまだ日も思うように昇らぬ内に起こされるとは。鳥の朝は早いということだろうか。
余所から響いてくる短い觜から飛ぶよく通る声を聞きながら、敷き布団にしていたマントを気だるく拾い上げた。
汚れを払い落としてからそれを着込んだ後、入り口から顔を出して外の様子を窺うと、それぞれの“うろ”から眠そうにぞろぞろと這い出して木のもとへと下りていく影が見える。
俺も追うようにして木を下りた。
「これで全員集まったな」
木の下で待っていたピジョンは俺と目を擦りながらぶつくさ文句をもらすミミロップ達を見回す。
後ろには数羽のポッポを引き連れていた。
「ああ。……集まった鳥はそれだけなのか?」
俺がそう言うと、ピジョンは申し訳なさそうに赤い羽毛の生えた頭をさっと撫でる。
「ああ、すまない。ペルシアンの言っていたとおり、多くは集めることはできなかった。それでも何とか八羽が協力してくれた。ぎりぎりだが、何とかしてみせる」


「では、出発しよう」
ミミロップとアブソルは、用意された蔓や木などで編まれた簡素ながら頑丈そうな二つの籠へそれぞれ乗り込む。
籠からは束ねられた蔓が数本のび、その先に括られている太い木の棒をポッポ達が足でしっかり掴んでいる。
ミミロップの籠はポッポ四羽が担当し、アブソルの方は残りの四羽にピジョンが加わる。アブソルの方が重いと判断されたようだが――実際のところは不明だ。ポッポの無事を祈るとしよう。
ポッポ達が一斉に羽ばたくと籠はゆっくりとだが持ち上がり、高度を上げていく。
ムウマージは自分の道具袋の中に無理矢理ロゼリアを押し込み、そのまま袋口を閉じた。
むーむーと声を上げながらもごもごと動く袋を、けらけら笑いながらムウマージは上下左右に揺さぶる。……こちらも無事を祈っておこう。
道具袋をしまい込み、ムウマージはふわりと飛んでいった。
俺も風船の束を結んであるベルトを体に取り付け、重りを切り離す。徐々に体が宙へ浮かび上がっていく。
いざ、双子島へ。


ある程度の高さまで上昇した後、風船の空気とオールである尾の振り加減を調節しながら高度を保つ――のだが。
単独の飛行は随分と久しぶりだ。うまく勘が戻ってこず、上下に大きく揺さぶられながら必死にピジョン達についていく。
余裕綽々でムウマージがぐるぐる飛び回り、気楽にミミロップとアブソルが空の旅を満喫する横で、俺は墜落してしまわぬようやっとの思いをしている。

やっとコツを取り戻し始め、セキチクシティ上空に差し掛かった頃、辺りは大分明るくなっていた。
朝焼けに染まる空と、それを反射し黄金に輝く海面。その光景にミミロップ達は目を奪われ、それぞれ感嘆の声を上げている。
まったく呑気なものだ。これから先、双子島に何が待ち構えているのかわからぬというのに。

しばらく海上を進むと、先の方に島の影が見えてきた。島には形のよく似た小さな岩山が二つ並んでいる。
「あれが双子島だ。昔は二つの島だったらしいが、地殻の変動か何かで一つになったんだそうだ。島までもうすぐだ、頑張ってくれ」


ようやく島上空にたどり着き、少しずつ風船の空気を抜いてゆっくりと地に降り立つ。
すっかりへばり果たポッポ達はよろよろと籠を下ろしす。
息を切らしながら倒れこむポッポ達に、申し訳なさそうに礼を言いながらミミロップとアブソルは籠から下りた。
ミミロップを運んでいた鳥達の方が明らかに疲労が激しいように見えるのは、ピジョンの助力の差だけなのだろうか。
疲労の度合いを見るとピジョンがあちら側にいたとしても――いや、考えるのはやめよう。
色んながらくたと共に振り出されてぐったり倒れているロゼリアの脇で、ムウマージはロゼリアを気にも留めず落としたがらくたをせっせと拾っている。気の毒に。
手の取れかけたぬいぐるみが僕をずっと睨んで――などと呻いている。トラウマがまた一つ増えたか。

島を探索していると、岩山にぽっかりと開いた洞窟をピジョンが見つけ、俺達はその前へと呼び寄せられた。
ひんやりとした空気が洞窟から漏れている。
「この中が怪しいと思わないか。この冷気、あの鳥が身を隠すのにぴったりじゃあないか。……探索してみよう」
疲弊しているポッポ達は外で休ませ、俺達はその洞窟を探索することにした。
入り口をくぐった瞬間、ぞくりと全身の毛が逆立つ。これは洞窟内部の気温の低さのせいだけではない。
――この洞窟、何かが居る。ピジョンの予想は恐らく当たりだ。


吐く息は白く濁り、足の裏からは冷ややかな感覚が伝わってくる。
「うう、寒い、寒い。ねえ、ピカチュウ。抱っこしてもいい?」
「断じて断る」
ちぇっ、とミミロップは長い耳で自らの体を包んだ。
この気温……マントがある俺や、耳であの通りのミミロップと厚い毛並みのアブソル、霊体であるムウマージは比較的大丈夫そうだが、心配なのはロゼリアだ。
外での待機を勧める俺に、ロゼリアは平気だと返す。とても平気には見えないのだが本人がそう言うのだ。無理だけはするなとロゼリアには伝えた。

「いつ何が起こるかわからない。全員、離れないように行こう」
ピジョンのいう通りになるべく離れぬよう、洞窟を進む。
広い洞窟の内部は地から天井、そこらに転がっている岩までもすべて氷に覆われ、外からの光で淡く煌めいている。
音まで凍り付いてしまったかのように、洞窟内は静まり返っていた。俺達の足音だけが静けさに響き渡る。
奥へと行くたびに冷気は少しずつ強まっていくが、ピジョンの探し求める化け物鳥どころか一匹もポケモンの姿を見かけない。凍った岩ばかりがその数を増していく。
やれやれ、と、凍り付いた岩の一つに何気なく手をかける。ぐらりと簡単に岩は倒れ、転がった。
「――ッ!」
反射的に手を戻し、飛びのく。洞窟内に混じりあった悲鳴が反響した。
凍った岩だと思っていたそれは、ポケモンの姿をしていた。平たい嘴のような突起と全体的にずんぐりとした造形からして、これは元々はコダックであったのだろう。
――縄張りは近そうだ。



時はピカチュウ達がグレン島へと旅立つ数日前。
場はハナダシティ近郊の洞窟。
元より怪物が住んでいるだとか、組織のアジトになっているだとか、とかく黒い噂が絶えない場所である。
事実、通常では考えられぬ程凶暴化した強力なポケモン達が住み着いており、グレン島のポケモン研究所より派遣された調査隊が命からがら逃げ帰ってきた過去を持つ。
命を軽んじている者や事情を知らぬ者が入り込まぬよう、そして内部に住み着く凶暴なポケモン達が外に出ぬよう、入り口も封鎖を施され、開かずの洞窟と化したはずだった。
人為的な力で壊された施錠。留め具を無くした鉄扉が虚しくキィキィと音を立て揺れている。
人間にとってポケモンにとっても絶大な脅威は、洞窟の奥深くで目覚めさせられようとしていた。

「脳波、心搏、正常だ。記憶の初期化も完了している。赤ん坊のように真っ白――とはいかないがね」
培養液で満たされた大きなカプセルからは何本ものコードが伸び、周りを囲む機械に繋がっている。
 研究員風の男が機械の前で忙しなく指を動かし、作業をしている。
「後は洗脳ってやつをするだけか」
カプセル内に浮かぶのは長い紫の尾を持つ、背の高い生物。体中にプロテクターのような物を付けられ、胎児のような格好で身動き一つせずにいる。
そして黒い服を着た二人の男がその様子を見ていた。二人とも服の胸の辺りにアルファベットで大きくRと書かれている。


「しかしツイているぜ。まさかこいつがちゃんと保存されてる状態で見つかるとはな。解散した時のゴタゴタで処分されてると思ってたが、なあ?」
黒服の一人、目の釣り上がった男がカプセルにぽんと手を置いて振り向き、研究員風の男に声をかける。
「ああ。暴走を起こしかけた一件から凍結され、それからどうなったかはわからなかったが……まさか失敗作の廃棄場代わりにしていたここに、専用のカプセルごと紛れ込んでいるとは」
「しかし一度暴走しかけた奴なんて大丈夫なのかぁ?」
もう一人の黒服、腕組みをしながらカプセルを眺めていた小太りの男が不安げに尋ねる。
研究員風の男はポケットからごそごそと何かの極小さなチップを取出し、小太りの男に渡して見せた。
「これから洗脳処理もしっかり施す。そして仕上げにこのポケモンの頭にもそれを埋め込むんだ。道中で失敗作共に俺達が襲われる事はなかっただろう?あいつらの頭にもそのチップが埋め込まれている。特定の信号を発している相手を襲わなくするんだ。お前達にも発信機を持たせておいたはずだ」
むう、とうなった後、小太りの男はどこか不信を感じながらも黙った。
「へっ、こいつさえ操れりゃ何でも自由自在だ。かつての栄光を取り戻せばサカキ様も戻ってきて下さるはずだ」
釣り目の男はもう一度カプセルをぽんと叩き、愛しげに撫で回した。

――ビーッ!
突如、アラーム音が鳴り響く。驚いたように研究員は機械の一つに飛び付き、目を見開いた。
「バカなッ!拒否反応だと?まずい、目覚めるぞ」


「な、冗談だろ?」
「ダメだ、間に合わない。銃を構えておけ!」
怯えた様子で男達が銃を用意する中、カプセルが煙を吹きながらゆっくりと開いていく。床が漏れだす培養液に濡れる。
身に繋がれたコードを引きちぎりながら、そのポケモンは目覚めた。
拘束具のプロテクターを剥ぎ取って握り潰し、そのポケモンは白い表皮をあらわにした。

――お前たちは……何だ。
男達の頭に直接声が響く。
「ひ、ひいいッ!」
恐怖に駆られ、黒服の男達がトリガーに指をかける。
「バカが! 早まるんじゃあないッ!」
研究員風の男の制止を聞かず、白いポケモンに向けて黒服達は発砲する。しかし、白いポケモンが左手を掲げると弾丸は手前で固定されたようにピタリと止まった。

――敵、か。
白いポケモンが左手を振るうと、固定されていた弾丸が勢い良く飛び、黒服達を撃ち抜いた。
腰を抜かし後退る研究員風の男にじりじりと白いポケモンは歩み寄っていく。

――敵は……殺さなければならない。
「ひ……」
断末魔の叫びが、洞窟内に木霊した。


――私は、何だ?

自問しながら、白いポケモンは辺りを見回す。
――わからない。
不意に自分の出てきたカプセルがポケモンの目に留まる。
カプセルにはMewtwoと刻印されたプレートが、上部に取り付けられていた。
――ミュウツー……私の名前か? 私は何故ここにいる? わからない。
ふらふらと探り歩く内に、ミュウツーは男達の物だったと思われるメモ帳を見つけ、拾い上げる。
――蘇らせるための機材を盗みだした……場所はグレン……島のポケモン屋敷――?
突然、ミュウツーは頭を押さえ込み苦しみだす。
――何故か聞き覚えがある。何か、私に関わる何かが?
「……行ってみよう」

脅威は解き放たれた――。

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