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第27章_1

町を外れ、この藪の先――ここを抜ければすぐにトキワの森がある。
焼けた森が頭をよぎる。変わり果てたあの姿が。
ぶすぶすと何かが燃える音と焦げた臭いの記憶が――この草をあと一掻きでトキワの森は目の前だというのに、まるで鉄の扉のように立ちふさがる。
所詮、トキワの森など、故郷など、最も長く過ごした場所というだけでしかない。それだけだ。何ら愛着など無いはず。
……だが、駄目だ。いくら自らに言い訳をしようと、やはりあのような惨状はもう見たくはない。
今、トキワの森がどうなっているのか――まだあの無残に焼かれたままなのか――確かめるのは躊躇する。
草をつかんだまま動かせないままでいる俺の手の横に、すっと背後からのばされた茶色の手が添えられる。

「なーにやってんのよ。しっかりしなさい。あ、もしかして怖いの?」
怖い?俺が怖がるだと?……ふん、何を馬鹿な!
添えられた手を撥ね除け、草を強く握りなおす。
「ふん、少し考え事をしていただけだ。俺が恐れるわけなかろう。さっさと行くぞ!」
「そうそう、それでいいの。私達がいるんだから大丈夫、大丈夫。どーんと構えてなさい」
ぽん、と背中を叩かれ、ぴり、と弱い電気で返した。
一気に草のカーテンをこじ開けた先は――。

緑だ。
まだ弱々しくはあるが、そこは緑でおおわれていた。
昔に比べ随分と規模は小さくなってしまったが……青々とした若い木達が集い、活気のようなものが満ちている。


「この森ってたしか焼けたはずじゃあ……。不思議ですねえ」
ロゼリアはぽかんとして木々を見渡す。
確かにたった三年でここまで自然に治癒するものだろうか。
記憶がどう改変されているか定かではないが、少なくともあの時から三年経っているという自覚は無いはずのミミロップ達は余計異常に思うであろう。
深く考える暇もなく、何か大きな物体が空を切るような高い音を耳がとらえる。
それは空から。
見上げると青い空に黒い点が一つ。音と共に点は徐々に大きくなり、それが青く光る鉄のような物体であることがわかった。
ミミロップ達はまた何かの襲撃かと騒ぐ。いや――あれは恐らく……少々、大きくなってはいるが――。
物体は木の背より少し高い高度で一気に速度を緩め、ふわふわと俺達の前へ降りてきた。
円盤のような部位と、四本の腕のような部位だけで形成された無機質な青く輝く鋼の体。
飛行時に頭上に折り畳んだ腕を脚のように展開し、重量感ある音と共に地上へ着いた。
がしゃがしゃと機械的な動きで、全体的に蜘蛛か蟹のようなフォルムをしたその物体はこちらに顔と思われるものを向ける。
顔面にはバツ字にクロスした銀色の鉄がはめ込まれ、そのバツ字を挟んで左右二つある暗い空洞には赤い目が輝く。
キュイン、とカメラがズームするような音を立てて俺達を赤い目で数秒見回した後、体の下部を開いた。どうやら口のようだ。
「――ぴかちゅう及ビソノ従者ト確認。フウム、驚イタ。めいんかめらニヨル分析ヲ行イ、過去ノでーたト照合シタガ、殆ド変ワッテイナイトハ」


かつてのメタングはメタグロスへと進化を遂げており、パラセクトの言っていた通りディグタの穴とその周辺を管理していた。
メタグロスにディグダの穴へと案内され、互いに積もる話を――と言ってもこちらが用意しなければならないのは、適当なフォローを交えた作り話なのだが――をする事となった。
脚を畳んで浮遊し先を進むメタグロスの背を追いながら、ディグダの穴の内部を見回してみたが、三年前と特に変わった様子はない。メタグロスによる機械的な管理の賜物であろうか。
以前に俺達が一応の拠点として利用していた横穴へ通された。
ここも三年の歳月が経っているのが信じられないほど変化が無かった。
ただ部屋の隅に何かの機材と工具が増えているだけだ。メタグロスが自らを整備するためのものなのだろう。

一通りの話を聞いたが、殆んどはパラセクトの話と同内容であった。
三年前に俺達がシルフビルから姿を消した後、ディグダの穴を任された、と。
トキワの森の再生について俺は尋ねてみた。たった三年で自然にあそこまで回復するなど、まずありえない話だ。
「ウム。コノ記録ハ、約二年ト数カ月程前ノモノダ――」


メタグロスがディグダの穴周辺の管理に着任した時は、まだトキワの森は焼き払われた無残な姿のままであった。
人間達にも森を復興させる意志がある者はいたようだが、訪れる人員は少なく中々作業は進んではいなかったそうだ。
恐らくその人間達の管理者が資金を出し渋っていたのではないかとメタグロスは云う。
それが二年程前、突如として変わった。
今まで、被害の規模に比べ明らかに足りない人数が数日に一度復興作業に訪れるくらいであったのが、ある日から急に十二分な数に膨れ上がり、それも毎日のように訪れるようになったという。
作業はあっという間に進み、現在も植林が続けられているらしい。トキワの森が昔の姿を取り戻すのもそう遠くはなさそうだ。
急に復興にあたる人員が増えたのは、ポケモンリーグによる多大な援助が行われたからだという。
三年前にチャンピオンの座に就き、現在もその座を守っている者の意向という噂だそうだ。
リーグという組織の中でもかなり上の立場に上り詰めているらしい。
また例のチャンピオンか……。
一体、どのような者なのだろう。人間だというのに何故ここまで――。


「コレカラノ予定ハドウスルノダ。ココデ休息シテ行クカ?」
まだ日も高い。進める内に進んでおきたい。
「いや、今はいらん。すぐに発つ」
これからニャースの様子を見に行く。そうメタグロスに伝えると、俺達はクチバシティ側の出入口へと案内された。
ニャースが現在いる場所は、今の時間帯ならばクチバシティの北――6番道路を少し東に外れた森の辺りだそうだ。
「恐ラク、ドウセマタ木ノ上デ昼寝デモシテイルコトダロウ」
メタグロスはため息のようなノイズを混じらせ、そう呟いた。

「それでは任せたぞ」
「ウム、了解シタ」
メタグロスに今まで通り一帯の管理を任せ、俺達は別れを告げる。
「ム、少シ待テ」
出口へ向かおうとしていた俺達を、メタグロスは唐突に呼び止めた。
振り向くと、ムウマージがずっと持って眺めている透明な薄茶色の石を、メタグロスは興味深そうに見つめている。
メタグロスの視線に気付き、ムウマージはさっと背の方に石を隠した。
「これムウマージのだも~ん。あげないよ~」
ぷいっと顔をそらし、ムウマージはメタグロスから遠ざかる。
「欲シテイルワケデハナイ。ソレハ琥珀デハナイカ?気ニナルコトガアル。少シノ間、ジックリ見セテホシイダケナノダガ」
そう云い、メタグロスはこちらにちらりと目配せする。


「ムウマージ、見せてやれ」
ムウマージは不満そうな声を上げながら渋々メタグロスに石を渡す。
渡された石をメタグロスは銀色の爪先で慎重に掴み、赤い目で穴が開きそうなほど見つめはじめた。
キュインキュインと絶え間なくズーム音のようなものをたてている。
「ウム、コレハ琥珀ニ間違イナイナ。気ニナッテイタノハコノ中央ニ入ッテイル、コノ吸血性ノ小サナ昆虫。ドウヤラ何ラカノ生物ノ血液ガ未消化ノママ固マッタヨウダ。分析カラ導キダシタ年代カラシテ古代生物ノモノデアルコトハ間違イナイ」
もういいぞ、とメタグロスは琥珀をムウマージに差し出す。飛び付くようにムウマージは琥珀を奪い返し、道具袋の中にごそごそと隠した。
「グレン島ニハ化石ナドカラ古代生物ヲ復元サセル研究ヲ行ッテイル施設ガアルト聞ク。ソノ琥珀カラモ何カヲ蘇ラセルコトガデキルカモシレンナ」
グレン島か。あのような小さな虫に残された血液から生き物を復元できるなど、どうにも信じられん怪しい話だが……。一応、覚えておくとしよう。
どうやって人間の目を盗んで復元をするのか、果たしてその時までにムウマージは琥珀に飽きているのか――色々と問題はあるがそれはその時に考えるか。

とりあえず今はニャースが先だ。


ディグダの穴を抜けると、そこはクチバシティの東の外れ。潮の匂いが鼻をくすぐる。
クチバシティはカントー地方の海の玄関といえる大きな港町だ。
町は活気に溢れ、別の地方から訪れた外来の者達やこれから旅立つであろう人間達で常に賑わっている。
当然、そんな町中をこんな昼下がりから俺達が通るわけには行かない。
クチバシティ東の11番道路を経由し、そこから北西へ抜けて目的地であるクチバシティの北――6番道路方面に向かうとしよう。
海見たかったな、としゅんとするアブソルをなだめながらクチバシティを後にした。

この東にのびる11番道路という道は、非常に不可解な造りをしている。舗装された道はぐねぐねと迷路のように数本のび、その交錯する道の合間に草むらが点々と存在しているのだ。
どうせならば真っすぐに舗装すれば良かろうに。人間は何を考えてこんな訳のわからない道にしたのだろうか。相当頭や性格がねじ曲がった者が設計を担当したに違いない。
東の先、12番道路に今は用は無い。この辺りは修業に励むトレーナーも多いと聞く。長居は無用、早く北西に抜けて6番道路を目指すとしよう。

しかし、6番道路東の森辺りという大まかな情報で、はたしてニャースを見つけられるのだろうか……。今更ながら気付く。
ニャースが確実に戻ってくる拠点がわかればいいのだが、住みかはヤマブキ周辺を気まぐれに転々としているようで、メタグロスもはっきりとした位置はわからないようであった。
うーむ、こんなことミミロップ達には言えんな……。
どうするか――。


道なき道をひたすら北西を目指し進んでいく。
この辺りには人間が滅多に来ないため安心はできるのだが、俺の顔をちくちくと的確に突くに丁度いい高さの雑草たちが非常に欝陶しい。
そろそろ6番道路辺りには来れただろうか。これまでの道程でそれらしき姿を見かけることは無かった。見かけたといえばせいぜいオニスズメやポッポ等が頭上を飛び去ったくらいだ。
ニャースの位置情報は今いるこの辺りだろうという不確かなもの。当てもなくあちらこちらを探り歩むが一向に見つかる気配は無い。木々の葉の合間から覗く空は少しずつ赤みを増している。

ねぇ、と俺の背にミミロップの声がかかった。
「ちゃんと居場所はわかってるのよね?まさか適当に進んでるんじゃないでしょうね」
はっきり言って図星である。
痛い所を突かれ何も答えられず、振り返りもせずに俺は黙ってどんどん進む。
きっと図星だったのよあれ、また深く考えもせずに突き進んだんですね、まぬけ~、もしかして迷子なの?
――顔には雑草、背中には雑音がちくちくと刺さる。
なんだか出発の時は自信満々で格好つけてたわよね、実際は何の根拠もなかったんですね、まぬけ~、もしかして本当に迷子なの?
――うぐぐ……我慢の限界だ!
目の前の雑草を思いきり払いのけ、大きく息を吸いながら振り返る
「ええい、うるさい! 静かにし――」
――ふぎゃあッ!
俺の怒鳴り声に反応するように、すぐ横の樹上から驚きが混じった叫び声が上がる。
そして何かがその樹から落下し、どさりと音を立てた。


樹の上から突然落下してきた“それ”は、前足で頭をさすりながら体をゆっくりと起こした。
しなやかさの中に強靱さを秘めたその体躯は敏捷な肉食獣を思わせる。
「いたた……ビックリしたニャー。突然大声出さないでほしいのニャ」
ぶつぶつと文句を言いながらこちらに体を向け、呆気に取られている俺達を縦に細長い瞳の目でじとりと一睨みした。
この展開は前にも覚えがある。とぼけた様子、樹の上で眠る癖――姿形は少々変わってはいるが間違いないだろう、あのニャースだ。
あの頭でっかちだった体がよくもまあここまで変わるものだ。額には小判の代わりに宝石のようなものが一つ輝いている。
「久しいな、ニャース」
「んー?あんたら何て知らないのニャー。それにボクはペルシアンだニャー。あー、落っこちてぶつけたところが痛い痛いのニャー」
素知らぬ風にニャース――ペルシアンはぺろぺろと前足で顔を洗い、白い毛並みを整え始めた。
先っぽがくるりと巻いた長い尾を馬鹿にしたようにふらふら振っている。
どうやら三年前と同じように“あれ”を食らいたいようだ。
「それならば仕方がない、我が電撃を用いたショック療法にて思い出させてくれよう」
電流がほとばしる音を聞き、ペルシアンはびくりとしてこちらに向き直った。
「じょ、冗談だニャ。久しぶりだニャー、ピカチュウサマ。ボクの所に来ようとしてたのは知ってたニャ。何だか随分とうろうろ迷ってたみたいだニャー?」
……?何故、俺達が迷っていたことまで知っている。


「……ずっと見ていたのか?」
「その通り。ボクの目達がばっちりとニャー」
そう含みを持たせように言い、ペルシアンは左の口端をにやっと上げた。
どういうことであろうか。道中にずっとつけられているような気配は感じなかった。
それに、低木や背の低い雑草しかない平原ならともかく、背の高い木々や草が鬱蒼と生い茂る見通しの悪い森の中で遠くの様子を窺うなど不可能なはず。
俺達が来ようとしていた事を事前に知っていた風なのも不可解だ。
俺達が6番道路に向かおうとしていたのを知っているのはメタグロスだけのはず。
俺達がディグダの穴を出た後ペルシアンがたまたま訪れ、話を聞いて先回りしていたとは考えにくい。
「気付かなかったかニャー?ボクの目達はずっとあんたらを見てたんだけどニャー」
考え込む俺を見、ペルシアンは得意げににやにやと笑む。
見かけたものなど精々、小型の鳥ポケモン達が俺達の頭上を数回ほど飛び去っていったくらい……――!
「その感じだと何となくわかったかニャー?そろそろ一斉報告の時間だニャ……。紹介するニャ――」
そう言うとペルシアンは深く息を吸い、地に四肢をしっかりと構え、思いきり大きな鳴き声を上げた。

ガサガサと森の木の葉達がここを包囲するかのように一斉にさざめき始め、無数に重なった羽音がそこら中から集まってくる。
木の葉と羽音の大合唱が収まる頃には、森中を埋め尽くしているのではないかと思ってしまうほどに、木という木の枝という枝に鳥ポケモン達がずらりと並んでいた。
「これがボクの――カントー一番の情報通、ペルシアンの目達だニャー」

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