第26章 - 2

外はすっかり夜の帳がおろされ、星々と月が輝いていた。
俺達はパラセクトに導かれ、切り開かれた頂上の広場へと足を踏み入れたのだ。
件の山道の疲れもあり、出発は日のある時の方が良いだろうということで、おつきみ山内にて夜を明かすことにした。
また頭のできが悪い部下に俺達が攻撃されぬよう、パラセクトが今夜中に周辺地域を見回っている者達に伝令しておきたいと言いだしたのもあった。
確かに支配下にあるはずの地域で、本来であれば手下である者に襲われていたのでは笑い話にもならない。実際にそのようなことが起こったのだから救えない。
上に立つ者というのは本当に苦労するのだ。その下の足場が不出来であればあるほど。
その話を聞き、そんな事を考えていた時、不意にパラセクトと目が合った事を思い出す。互いに何か同じものが伝わった気がした。
「あれが例の土産物屋さ……。この時間はもう誰もいないから平気だね」
パラセクトが指差した先にはこじんまりとした小屋が建っていた。
店主が消し忘れたのか今だ明かりが灯っているが、確かに人影も誰かがいる気配も無い。
「あれを見せるためだけにここに連れてきたのか?」
寝床へ案内する前に見せたいものがあると言われ、パラセクトについてきたのだが土産物屋など見せられたところで何も感慨はない。
「違う違う。本当に見せたいのはこっちの方だよ……」
石で造られた柵に囲まれた庭のような所の前へパラセクトは向かっていく。首を傾げて俺はその後に続いていった。
「崩された環境が徐々に戻ってきてるって言ったよね。もう一つここへ戻り始めたのが……彼らさ――」


庭へきらきらと光る星が二つゆっくりと降りてきた。
いや――よく見ると星ではない。それは桃色の不思議な生き物。
くるりと巻いた前髪と尻尾、背中に付いた小さな羽根。丸っこい体型のそのポケモンは――ピッピ。
星屑のような光達を体に纏い、庭の中央に置かれた、真ん中が窪んだ岩の周りをくるくると星々と共に踊るように巡る。
「おつきみ山に人間の手が加わってからめっきり姿を消してしまったんだけど、環境が少しずつ戻ってきてからまた彼らも現われるようになったんだ。どうだい、中々のものだろ?」
確かにこれは一見の価値ありだ。その幻想的な光景に声も出さずに見入ってしまう。ミミロップ達も同様。
ピッピ達が岩を一周するごとに岩の窪みに柔らかな光が注がれる。その光景はまるで空に浮かぶ月から光の雫が降ってきているようだ。
何周かした後、窪みは光でたっぷりと満たされ、一瞬、強く光り輝いた。
――光が収まるとピッピ達はいつの間にか姿を消しており、真ん中に淡く光を放つ石がはめ込まれた岩だけが残されていた。

「残念ながら、彼らと話したことはないのさ……。あの踊りを見せられるとどうも最後まで魅入られてね。そしてこの通り影も形もなくなるのさ」
その気持ち、わからなくもない。どこかぼうっとした気分のまま、パラセクトについておつきみ山の洞窟内に戻り、俺達は用意されたそれぞれの寝床へと通された――。


朝を迎え、俺はミミロップ達を集め今後の指針を話した。
パラセクト達の手で洞窟内ながら巧妙に隠し掘られていた横穴内のため、人間に横穴が見つからぬよう慎重に声を潜めてだ。
トキワの森方面に向かいたい。
――ディグダの穴に最短距離で向かうためとは言ったが、本心はあの焼けてしまった森が三年たった今どうなっているのかを確かめたかったのだ。
パラセクトも加えて話し合った結果、あまり人通りがない朝方の今のうちにおつきみ山を出、三番道路を抜けてしまったほうが良いだろうという事だった。
それならば今すぐここを発たない理由は無い。各自、部屋に戻り、急いで荷物をまとめ始める。とは言っても俺のマントとムウマージの道具袋くらいしか荷物は無いわけだが。
マントの裾に付いた砂鉄や塵を払い落とし、止め具を両肩にしっかりぱちんと付けて羽織った。
織り込まれた電気玉の欠片の影響もあるのかもしれないが、やはり自らの紋章――ドンカラスが勝手にデザインしたものだが――を背負うと気が引き締まるのを感じる。

三番道路側の出口へと全員集まり、パラセクトにおつきみ山の管理を改めて任せ、別れを告げた。
洞窟の外へ一歩踏み出す。早朝ということもあり、言われたとおり人間の影も気配も今のところ感じない。
朝の清々しい空気と柔らかな日差しだけがそこにはあった。

「ちょっと待って――」
いざ出発と言う時に後ろから声をかけられ、振り返った。
パラセクトが息を切らせながら洞窟からがしゃがしゃと出てくる。
「ふぅー……忘れるところだった、これを渡しとくよ。ピッピ達が残していく不思議な石さ。役に立つかはよくわからないけど……手ぶらで旅立たせるのも悪いからさ」
手渡されたのは淡い光を放つ不思議な石――昨日の踊りの最後に残されていったものと同じ石だ。岩を割って取り出したのだろうか。
パラセクトに礼を言い、俺達はおつきみ山を後にした。
焼けたトキワの森は三年の歳月を経て、どのような姿になっているだろう――。


朝の道路をそよ風とともに進んでいく。
三番道路もおつきみ山のすそ野を這う山道ではあるが、九番道路とは違い身を隠せるくらいの木々は有り、ごつごつした起伏もあまりなく道はなだらかだ。
人間も早朝ジョギングが日課なのであろう者が一人通っただけ。
身を隠すのはわけない。この辺りはパラセクトの支配下でもあり、野性のポケモン達に不意に襲われることもないだろう。
これ以上ない程の平穏無事な旅路が約束されていた。
いつもこうならばいいのだがな。そんな風に思いながら、どこかゆったりとした気分で歩いていたそんな時――。
突如、耳から耳へと衝撃が突き抜ける。朝の静寂をつんざく爆音。
たまらず耳を押さえ込み、俺達はしゃがみ込む。
数秒鳴り響いた後その音は収まり、恐る恐る耳から手を離し立ち上がった。
「まだ耳が痛い……何だったの?」
耳の付け根辺りを擦りながらミミロップも起きる。
「わからん……。あちらの木々の奥から発せられていた気がするが」
騒音の元凶を確かめるため、発生源と思われる木立の奥へと向かう。
平穏と思われた旅はまたいとも簡単に崩されてしまった。
なぜ我が道はこうも受難続きなのだろうか。面倒事が行列を作り今か今かと待ち構えているかのようだ。


草むらをかき分け木々の奥へと分け入って行くと、木の間隔が広まって草の背も低い場所へと出た。
その広場の真ん中に、小さな三角耳の生えたボールのように丸い桃色のポケモンがこちら側に背を向け、ちょこんと立っている。
奴が騒音の原因だろうか。
「おい、そこのお前。ここで何をしている」
息を吸い込んでいるのか少しずつ膨らみだしたそのポケモンに俺は声をかける。
いきなり声をかけられて驚いたのか、そのポケモンはびくりとしてためていた息を吐き出し縮まった。そしてこちらにくるりと振り替える。
大きな丸い二つの目でこちらの姿をじろじろと見つめた後、小さな口を開いた。
「あー、驚いたぁ!何ですかぁあなた達はぁ。わたしの邪魔をしないでほしいですぅ」
頬をぷうっと膨らませ、大きな瞳でこちらにずいと詰め寄る。
「先程の騒音の原因はお前か?」
「騒音だなんてひどいですぅ。このプリンちゃんのプリティソングを何だと思ってるんですかぁ!」
プリンと名乗ったポケモンは頬をさらに膨らませ俺を睨む。
「あれが……歌?」
驚愕している俺とミミロップ達を見て、プリンはますます膨らんでいく。
しかし突然ぷしゅると音を立てて縮み、目を潤ませて悲しそうにその場に座り込んだ。
「わたしだってわかってますぅ。自分が音痴だってぇ……。だからこっそり練習しようと思ったんですぅ、憧れのプクリンさんみたいになりたいからぁ」
あの破壊的な音の衝撃波は既に音痴という範疇を超越している気がするが、それは口には出さないでおいた。
さて、どうするか。この辺りの平和のためにもこのようなことは止めさせなければだが――。


「とにかく、だ。そのようなことは止めてもらわねば困る」
事を無闇に荒げる気はない。ここは出来るだけ柔らかに言い聞かせ、止めさせるとしよう。
パラセクトからこの辺りのポケモンには俺達のことがしっかり伝わっているはず。すんなりと受け入れるだろう――。
「嫌ですぅ。何で止めなきゃならないんですかぁ?」
悩む間も無き即答。予想から外れた対応に、出そうとしていた言葉が詰まる。
「……我が直々の命令が聞けんだと? あのようなはた迷惑な騒音を鳴らされては――」
「あんたなんて知らないですぅ。それに騒音って何のことですかぁ!」
「なにぃ?お前のあの下手くそな――」
「下手くそってひどいですぅ!プリンちゃんのビューティフルソングですぅ」
プリンは目をつり上げ、またぶわっと体を膨らませた。
ぐぐと自分の拳に力がこもるのを感じる。だが我慢だ、我慢。この程度のことで平静をうしなうわけにはいかん。
「ビューティフルでもなんでもいいが、とにかく雑音まがいの――」
「雑音って何ですかぁ!」
「だから、聞くに堪えないお前の歌――」
「失礼すぎますぅ!プリンちゃんのゴージャスソングになんて言い草ですかぁ!」
噛み合わないやり取り、傲慢なこの態度。
俺の中で何かが切れる音が聞こえた気がした――我慢の限界というやつだ!


「ちょ、ちょっと! 落ち着いてください、ピカチュウさん!」
目の前の騒音風船に、電気をこめた拳で成敗しよううと飛び掛かろうとしていた俺を、ロゼリアが押さえて邪魔をする。
「は・な・せぇっ!」
「ミ、ミミロップさん、ピカチュウさんを止めるの手伝って下さいぃ!」

「――では、プクリンのようになれさえすれば、お前は練習を止めるのだな?」
ミミロップに両腕で捕らえられ宙ぶらりんな姿勢のまま俺はプリンに云う。
「そうですぅ。やっとわかってくれましたぁ。まったく、わからずやの鼠ですぅ」
「この――ッ!」
「まあまあ……」
修正をくわえてやろうと掴み掛かろうとする手足は虚しく空を掻く。
先程からこんな調子でずっと続いていた話も、プリンは憧れのプクリンという存在に何とか近付くことができれば練習は止めるということで、ようやくまとまった。
後はその方法だ。
「そうですね、せっかく練習していたんですし歌の方を何とかしませんか」
そうロゼリアが云い出し始まったレッスンであったが――。


「ダメです、まるで成長していません……。いい加減、耳が耐えられなくなってきました」
ロゼリアのレッスンは自身の草笛を用いたそれなりに形となったものであった。
だが、プリンの好き勝手に暴れ回っている不協和音達を更生させるには至らず、音感や音程達が帰ってくることはなかった。
その後も、美しい毛並みを維持する美容への道、歪んだ性の悪さを正す精神論、楽しい散歩、おやつのじかん、他にも様々な講義を――よくわからないものまで混じっていた気がするが――試したがあまり成果は上がらなかった。

「全然、プクリンさんに近付けている気がしませんよぉ!ダメダメじゃないですかぁ。役に立たない奴らですぅ」
これだけ何とかしようと奔走する俺達に、感謝の欠けらも無さそうにむくれ面を向けるプリン。
「ええい、まだ何が足りないというのだ!戦闘の経験か?ならば今すぐにでも電撃を――」
「プクリンさんはそんな野蛮なことをしませんよぅ!まったくぅ。いいですかぁ、私がプクリンさんに近づくのに一番大事なのは、月の石っていう珍しい石なんですよぉ。あんたにはとてもじゃないけど手に入らないと思いますけどぉ」
「……まさか、これのことか?」
おつきみ山でパラセクトに手渡された石を取り出し、プリンに見せる。
「あああぁっ!それですぅぅぅ!」
プリンは元から丸い目を更に丸くする。そして、俺の手から引ったくるように石を奪い取った。
プリンの手の中で月の石は輝きだし、それに共鳴するようにプリンの体も不思議な光に包まれる。
――めでたくはないがプリンがプクリンへと進化を遂げた。
丸かった体は少し縦に伸びて楕円状になり、三角だった耳も兎のように長く伸びている。


「これで満足か?」
最早、怒る気力もない。全員、げんなりとしている。
「はい、一応ありがとうございますぅ。おかげでプクリンになれましたぁ」
「では、約束どおり騒音を喚き散らすのは止めよ」
「はいはい、わかってますよぉ。それに騒音じゃなくて、プクリンちゃんのゴージャスプリティソングですぅ!」
もうこいつとかかわり合いになりたくはない。早くこの場を離れ――。
「あ、そうだぁ、この辺に住んでるならあんた達もこれを見ておいたほうがいいですよぉ。パラセクトさんに云われた従わないといけない奴らだそうですぅ」
そう云い手渡されたのは、黄色、茶色、緑色、黒色、白色、計五匹のよくわからない不恰好な生き物の絵が書かれた木の板だ。

「……この絵を書いたのは誰だ?」
「サンドパンらしいですぅ」
「そうか……」

「おっ!ピカチュウさんじゃないか。今丁度、ここらの奴に伝え終えたところで――あれ?何か皆さん怒ってらっしゃる?……ねぇねぇ? 何か言ってくだ――」
怒りの矛先はすべてサンドパンへ。

その後、俺達は無事に三番道路を抜けた。
おつきみ山在住の部下に負傷者一名。


日の位置からしてそろそろ人間達も活発に動き始める時刻だ。
トキワの森はニビシティの南。おつきみ山を目指す者などで人通りの多いと思われるニビシティの南東を避け、北側から回り込むように南西に抜けることにした。
それにしても――ここは三年経ってもあまり変わらぬ町並みだ。おつきみ山の変化を見て、どうなっていることかと思っていたが。
相変わらず大きな建物は少なく、ヤマブキシティのようにびっしり所狭しと軒を連ねてはいない。
まあ、その方が人間が比較的少ないということで俺達にとっては都合がいいのだが。

ニビシティ北の林の中を進んでいると、不意にマントの裾をくいと引っ張られる。
なんだ、という言葉と共に肩越しに振り返ると、アブソルが興味深そうに前足でニビシティの方を指し示す。
「あれ、なぁに?」
示された方角を見やると、十メートルくらい離れた先に青いビニールシートがかけられた大きな建物が見える。
あの辺りは確か博物館か何かがあったはず。周りに資材のような物が置かれていることから、改装工事か何かをしているのだろうか。
「人間が自分の巣を作り替えているのだ。危ないから近寄るんじゃないぞ」
アブソルはふーん、と答えた後、再び博物館の方を前足で示した。
「でも既にあの子、近寄ってるけど……」
その先ではムウマージが、工事現場の脇に乱雑に積まれたがらくたの山らしき物を何やらごそごそやっていた。
「何をやっている!早く戻ってこい!」
俺がそう叫ぶとムウマージはこちらを向き、いつもの気の抜けた返事をして道具袋を隠し持ったスカートの辺りをごそごそしながら戻ってくる。
どうやらまた何かくだらない物を拾ってきたらしい。ムウマージのおかげで道具袋の中はいつもがらくたばかりだ。
ビーダマにおはじき、手の取れかけたような人形、他にも様々ながらくたが沢山。有益な物は本当に少ない。
「きらきらつるつるしてて、うすいちゃいろでとうめいな、いしみたいなのひろった~。まんなかにちっちゃいむしがはいってるんだよ~」
ほくほく顔でムウマージは戦利品を語る。だが、どうせいつものように大した物ではないだろう。
さあ、早くニビシティを抜け、トキワの森へ向かうとしよう。

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