第25章 - 3

さて、後は広間の外で待っているミミロップ達を呼び寄せ、出発するだけなのだが……その前に――。
「ところで、お前に一つ尋ねたいことがある」
「んん?何かしらぁん?」
戦いの最中、カイリキーが漏らした、俺を見て嫌なものを思い出したという言葉の意味。
言った本人にとっても、普段の俺にとっても何気ないものだったかもしれないが、何となく心の隅に引っ掛かっていた。

「ああん、あれ?あんたがちょっとだけ、あたしの昔の知り合い――という程でもないか――に、一瞬、被って見えただけよぉ。そいつも、あんたと同じピカチュウだったからぁ。特別、あんたに似てたわけじゃないわよぉん」
「……そのピカチュウはどのような奴だったのだ?」
我がピカチュウという種族は、どこの地方でもそこら中にいるズバットやイシツブテ等と比べれば、比較的生息地の少ない種だ。
だが、特に個体数が少ないわけではない。
一人や二人、ピカチュウ族の知り合いがいてもなんら不思議ではないのだが、そのカイリキーの知り合いだったというピカチュウが何故か気に掛かった。
あの時――シルフビルでバンギラスと戦った時――に頭に響いた声。
その記憶が唐突に、ピカチュウだったという共通点以外に何の脈絡も無いはずなのに思い起こされた。

「あんた、どうでもよさそうなことに食い付いて来るわねぇん。少し長くなるかもしれないけどいいのぉ?」
構わん、と俺が答えると、カイリキーは手の平をぱんぱんと打ち鳴らしてガルーラを呼び出し、何か飲み物を二人分持ってくるように、と告げた。
程なくして運ばれてきた木の実ジュースが注がれた木の器を片手に、カイリキーは怪訝そうに眉の辺りに皺を寄せてこちらを見つめる。
「それにしても、あんた、変な子ねぇん。ピカチュウなんて結構どこにでもいるでしょお?まあ、あいつはちょっと普通じゃない――いえ、異常だったわぁ――」

カイリキーは何かに怯えるように余った腕で自分の体を抱き込み、体をぶるると震わせる。手に持った木の器が揺れて少しジュースが零れた。
「うー、あの目は思い出したくないわぁん……。今、思えば結構いいオトコだった気がするけど、その時――実際に目の前にした時は、そんなこと考える余裕なんて無かったわねぇん――」


木の実ジュースをぐいと飲み干し、自らを落ち着かせるようにカイリキーは大きく息を吐いた。

「――あたしは元々、野性のポケモンじゃないのよぉん。昔――何年くらい前だったかしらぁ……たぶん、あんたの見た感じの若さだと、あんたは生まれる前だと思うわぁん――くらいに、外国で人間同士の戦争があったのよぉ、理由なんて興味無いし知らないわぁ。そこでポケモンも兵器として兵士達に飼われ、使われてたの。あたしもそんなポケモンの一匹だった。あたしの飼い主の兵士は正に山男って感じのいいオトコだったわよぉ。は・つ・こ・い・の・人よ!」
自分の頬に手を当て、カイリキーは身をくねらせる。その気色悪さに背中の毛が少しぞわぞわと逆立つのを感じた。
「……話が脇にそれているぞ」
「あら、ごめんなさぁい。それで、そのピカチュウもそういうポケモンだったのよ。それもかなーり有名な――ねぇん。冷酷で血も涙も無いような奴だという話だった。普通、いくら飼い主――トレーナーである兵士の命令だとはいえ、同族や子どもに危害を加えるのは少し躊躇するものよ?それを奴は平気に何のためらいもなくやってのけたそうよぉん。そしてただのピカチュウだとは思えないその強さ。体格差が何倍もあるポケモンでさえ軽々と単独で倒すとか、一匹だけで戦況をがらりと変えるとか、放った雷で山が割れたとか、伝説の雷鳥、サンダーの化身だとか、他にも噂は色々……。まあ、この手の話は尾ヒレが次々と付くものだから、かなーり大げさに伝わってるんでしょうけどねぇん。とにかくヤバい奴だって噂。事実、ヤバかったわぁ……そんな奴が敵の方だったんだからん!運悪く出会ってしまったのは、もう戦争も終決しかけ。こっちの負けほぼ確実の時よ。心身ともに疲弊して、飼い主の兵士と一緒に退却してる途中だった……。あたし達はとりあえず森の中に逃げ込み、身を隠そうととしたのよぉ。もう少しでたどり着くという時、突然、森の奧の方に雷が落ちたの。その雷のせいで火災が起きて、どんどん木々に燃え広がっていったんだと思うわぁん。それはもう森は大火事よ。そして、奴は燃える森の奥から、ゆっくりと姿を現した――」


カイリキーはまた体をぶるっと震わせる。怖じけを払い落とすように、自分の両頬をばちんと叩いてから、再び口を開いた。
「すぐに分かったわん。あれが“奴”だって。ゆっくりとこちらの方に奴は歩いてきた。小さな体のはずなのに、あたしより何倍も大きな猛獣に迫られているような気分になったわぁん。それはもう絶望したわねぇ。噂が全部真実ならば、地獄の業火から這い出てきた悪魔に出くわしたようなものよぉ?抜けそうになる腰を必死にこらえさせわぁん。あたしはとにかく飼い主を守ろうと必死になった。玉砕覚悟で捨て身の構えで迎え撃とうとして……そこから先はもう覚えていないのよぉ。気付いたときにはあたしの飼い主は捕虜として敵に捕らえられたらしくて――あたしはモンスターボールにずっと閉じ込められてたわぁん。それで元の飼い主とはお別れ……どうなったかも知らない。それから色々あってあたしはこのカントー地方に自分の意志では無く連れられて来て、いけ好かない新しい飼い主の元から逃げ出して、今のあたしがあるわけよぉん」

本人も言っていたとおり、この手の話には大抵、尾ヒレが付くもの。このカイリキーが話す内容にも多分に誇張表現が盛られているのだろうが、そのピカチュウがかなり恐ろしいのだろうということは伝わった。
あの時、頭に響いたピカチュウだったと名乗る不思議な声からは、カイリキーが話すような恐ろしく冷酷な印象は受けなかった。むしろその逆、穏やかささえ感じる程だった。
どうやら俺が感じた心の引っ掛かりのようなものは気のせいだったようだ。あの声の記憶もただ唐突に思い起こされただけなのだろう。俺は何を期待していたのだろうか。


結局、どうでもいい筋肉達磨の身の上話で無駄な時間を過ごしてしまったか……。
「なぁによぉん?ため息なんてついてぇん。急に聞く態度が悪くなったわねぇ?」
話にすっかり興味を無くしたことを感付かれたのか、カイリキーが不機嫌そうに睨む。
「ああ、すまんな。少し聞き疲れてな。あー、それで、そのピカチュウはどうなったのだ?」
「んもおぅん!あんたから聞き出したくせにぃ!どうなったかなんてわからないわよぉん。戦死したーとか、あたしみたいに他の地方に渡ったーとか、諸説あるみたいだけどぉ。噂も聞かないってことは、とっくに死んでるんじゃなあい?」
生死不明か。尚更、俺とそのピカチュウが接点があるとは考えにくいな。
「そうか。うむ、非常に興味深い話であった」
「なぁんか心が籠もってないわねぇん……」
「そ、そのようなことは無いぞ。ご苦労であった」
本当かしらぁ、とぶつぶつ文句を言いながら、不服そうにカイリキーは唇を尖らせている。

ぐだぐだごねられてまた時間を無駄にする前に、ミミロップ達を呼び出してさっさと出発するとしよう。


これからの予定はどうするのか。俺はミミロップ達を広間に集め、イワヤマトンネルを抜け、とりあえずおつきみ山へ向かうと告げた。
前日にイワーク達に聞いた、おつきみ山が人間達の手により、随分とポケモンが住みにくく変えられたという噂が気に掛かったためだ。
だが、一つ問題がある。イワヤマトンネルを抜けた先の道路は、九番、十番どちらも幅が狭い谷底のようになっていて、草木が少なく、非常に人目を避けにくい。
一人連れ歩かなければならない人数が増えた今、普通に通ることは尚更難しい。と、付け加えた。
ちらりとアブソルの方へ目をやると、少し申し訳なさそうにしゅんとしている。気にすることないですよ、ロゼリアがアブソルをフォローする。ピカチュウはいじわるだからねー、ムウマージが続けた。
何気ない、そんなつもりの無い一言で随分と悪党扱いされてしまった。事実、いわゆる世界征服を目指しているわけだし、悪党扱いで別に構わないのだが、どうにも気分が悪い。
さて、前回は――正直な話、記憶が曖昧ではあるが――ここから南西にある、ヤマブキシティの南の道路――つまり六番道路辺りから強引に山道や獣道を北東に抜け、イワヤマトンネルの九番道路側の入り口にたどり着いたはず。
こちらならば多少遠回りになるが、人間にばったり出くわしてしまうことは無いだろう。
急がば回れ――目標には出来る限りの最短距離で真っ先に目指さねば気が焦る性分の俺にとって、あまり好ましくはない言葉である。
しかし、今回はそれに従わざるをえなそうだ。
滅多に無いことだ、感謝しろ。何に向けて言っているのか、そして言えばいいのかわからないそんな悪態じみた言葉を頭の中で呟きつつ、ついでにニャースの様子でも見に行けばいいではないか。
自らの心に言い訳をし、迂回するルートを選ぶことを口にしようとしたその時――。
流れでただなんとなくといった様子であぐらをかきながら俺達の話を聞いていたカイリキーから、それなら良い話があると横槍が入る。


「抜け道――だと?」
「えぇん。あんた、あたしの部屋にある天窓は見たでしょおん?あの上、舗装されてなくて人間は登ってこれない、九番道路沿いの山道に繋がっているのよぉん。北側の崖の上ね。そこを進んでいけば、丁度、ハナダシティ北東の小さな森辺りにたどり着けるってわけぇ」
遠回りをしなくて済むのならばそれに越したことはない。ニャースなど別に後回しで構わないだろう。
申し出を受け入れる旨を伝えると、カイリキーは立ち上がり、付いてこいと俺達に言った。
例の長い廊下をぞろぞろと渡りきり、体格に合わない階段を登らされる。その高い段に登り辛そうに登っているであろう俺とロゼリア。
何段目かに手をかけた時、マントの裾に何かを引っ掛かけられ、突然、身を宙にひょいと浮かされた。落ちそうになっている事態を理解し、声を上げそうになる前にぽふんと俺は白いもふもふした背中に着地する。
俺の後ろにいたのはアブソル。どうやらわざと俺のマントを引っ掛けて持ち上げ、背中に乗せたらしい。
「……何のつもりだ」
「登りにくそうだったから」
仮にも神にまたがるのはどうかと思ったが、自ら言い出した事だし、まあ、いいか。
難儀していたところだ、ここは甘えさせてもらうとしよう。
同じように苦労していたロゼリアの方を見ると、ミミロップが仕方なさそうに持ち上げていた。
ミミロップは俺を不機嫌そうに睨んでいる。ロゼリアはその状況に居心地悪そうにただ苦笑していた。
何故、俺が睨まれなければならないのか、皆目、見当もつかない。持ち上げるのが嫌ならば止めればいいではないか。
腑に落ちない気分にさせられながらも階段を登りきった。


軽く礼を言った後、アブソルの背を降りた。後ろでも何かを少し乱暴に下ろす音と、うわっ、という声が聞こえた気がするが、気にしないでおく。
カイリキーは既にさっさと階段を上がりきり、入り口の前で仁王立ちをしている。
俺達が遅い、などと文句を垂らしながら苛々した様子で待っていた。
ミミロップと言い、このカイリキーと言い、これだから雌という奴は――……?
出かかった思考が違和感に遮られて止まる。そういえばあの筋肉の権化の方は雄であったな。
すっかり態度や立ち振舞いに馴れて洗脳されそうになっていた。

とにかく、こいつらは小さな事やよくわからないことで一々機嫌を悪くするため扱いに困る。と、つくづく思ったのだ。
――いや、そういえば我が部下に扱いやすい者など一人として居ないな。
カイリキーに付いて部屋の入り口をくぐりながら、気付きたくなかったことに気付いてしまった。
歩きながら小さなため息が漏れる。恐らく俺の顔面は苦い笑いでいっぱいになっていることだろう。

「それじゃあ、開けるわょぉん」
カイリキーはそう言い、どこから何時の間に持ち出してきたのか木製の脚立の上に乗り、ガラスの天窓をひょいと押し開けた。
そして奥を何やらごそごそと手で探った後、太い蔓で編まれた縄ばしごを引っ張って下ろす。
「さ、どうぞぉん」
促され、はしごに歩み寄り段の部分では無く、横の部分を掴んだ。段から段までの距離が俺には長く、普通には登れないのだ。一本の綱を登るようにやっていくしかないだろう。
「ちょっと待ってください」
登ろうとしていた俺をロゼリアが止める。
「あのですね、縄ばしごでは僕やアブソルさんが登れないと思うんですが」
それもそうだ。両手が薔薇になっているロゼリアは勿論のこと、アブソルの前足も、とても縄を不自由なく掴める構造はしていない。


さて、どうするか。アブソルは右前足を上げ、自分の手のひら――肉球を恨めしく見つめている。
「仕方ないわねぇん――」
カイリキーは鼻で息をふん、と飛ばした。
その子達二人は、縛るか何とかして蔓に引っ掛かってなさぁい。あたしが上から引っ張り上げてあげるわぁん」
見せびらかすようにカイリキーは腕の一本をぐいと曲げ、岩山みたいな力瘤を作ってみせた。
「それはありがたい。」

カイリキーの助力で難なく全員、外へ上がれた。真昼の強い日差しが上から照りつけている。
周りは岩肌に囲まれ、緑は枯れかけているような雑草だけが辛うじて数本生えていた。
正に岩山といった風景だ。一本、何とか通れそうな道のようなものが、岩山の斜面や崖に沿って曲がりくねりながら先に伸びているのが見える。
「あたしはもうこれでいいかしらぁん」
顔の汗を拭いながら、カイリキーは足を投げ出して座っている。
「うむ、ご苦労であった。イワヤマトンネルの管理はお前に任せたぞ。他のポケモン達と共に一帯を治めよ」
「ええ、わかったわぁん。大船に乗ったつもりでいなさぁい」
どん、とカイリキーは右腕の二本で胸を叩いた。

こうして俺達はイワヤマトンネルを後にし――。
「ちょっと待ってぇん」
カイリキーに不意に呼び止められ、俺は振り向く。ちゅっ、と唇を尖らせ、カイリキーは投げキッスをよこす。
……心底げんなりしながら俺達はイワヤマトンネルを後にすることになった。
なんと幸先の悪いスタートか。目指すはおつきみ山。


『パチリスの逆襲リターンズ』

ここはシンオウ地方、ソノオタウンの近くにある谷間の発電所横に広がる草むら。――そこに集まる三匹の小さな影。
彼らを覚えている人はいるだろうか?
「出番でしゅよ!半年ぶりの出番でしゅよ!」
リーダー格らしき一匹が、青いラインが一本入ったふさふさしている大きな尻尾を振り回しながら、嬉しそうに叫ぶ。
「たぶん誰も覚えてないんだぞー……」
「何でまた集められたんでちか……」
下っ端らしき同種の二匹が、前歯が少し出しゃばっている口でぼそりと呟き、やる気がなさそうに小さな白い体を椅子代わりの切り株に預けている。
そう、ピカチュウを勝手に敵対視し、自らもシンオウに覇をなさんと立ち上がったパチリス達だ。
何をやってもいっつも失敗ばかり、登場もすっかりと無くなり、野望もすっぱりと諦めていたかと思われていた彼らだが――。
「……何だか誰かにボロクソ言われてる気がするでち」

「あのにっくき黄色鼠がいないうちにここを乗っ取ってやるんでしゅ!」
その野望を諦めてはいなかった。
リーダー格らしき一匹は自分の座る一番大きな切り株の上に立ち、天を突くように右腕を突き出して高らかに宣言した。
「まだそんなこと言ってるんだぞー?」
「所詮ボク達では電気鼠には勝てないんでち……」
――この二匹を除いて。過半数がその気では無いため、往生際の悪い一匹に振り回されている――と言い換えた方が通りが良さそうである。
白けた目でリーダーを見つめる下っ端二匹。
片方の一匹は、そんな話ならもう聞く価値がないでち、と、頬袋に隠し持っていたモモンの実を取り出して齧り出してしまった。
「……ボクの分は無いんでしゅか」
「無いでち」
きっぱりと切り捨てられ、リーダーはムギー、と地団駄を踏み出した。もう一匹の方から深いため息が漏れる。
「それにここを乗っ取っても、なんの事かわからないけど後10数レスで終了なんだぞ」
切り株から腰を上げ帰ろうとしてしていたもう一匹が、地をならし続けるリーダーの方に振り向きもせずに告げる。
「えっ?」
素っ頓狂な声が上がり、ぴたりと地団駄は止んだ。何事も無かったかのように他愛のない話をしながらぞろぞろと帰りだす下っ端二匹。

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