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第24章

全身全霊を拳に込めダークライの胴を打ち抜く。
たたき込んだ力は雷となって奴の中を駆け巡り、炸裂音を轟かせながら黒い暗雲を食い破るように体中から電流の帯が飛び出した。
一瞬で内と外を同時に焼かれ、叫ぶ間も無く灰色の煙を上げながら悪意は地へと墜ちる。骨と古い布がくすぶるような嫌な臭いが鼻につく。
「――貴様になど懺悔する猶予も与えない」
ぴくりとも動かないダークライを見下ろしながら俺は言葉を吐き捨て、手中にいまだ残る苦い電流の感触を握り散らした。
表面張力を無くした水滴のように悪意の体は崩れ溶けていく。後には大きな黒い水溜まりだけが残った。塞がれた階段が元に戻る。

「アブソル!」
名を叫びながら俺は倒れているアブソルの下へ駆け寄る。目を閉じ、返事はない。
もう――駄目なのか?心臓が押し潰されるような感覚、目の前がぼやけて揺らぐ。
「アブソルッ!」

「うるさいなあ――」
ぱちりとアブソルが目を開けた。

押さえ付けられていた心臓が跳ね高鳴る。
幻ではないか確かめるために自分の目をこすり、ぼやける揺らぎを拭い取る。

「そんなに大きな声出さなくても、聞こえてる」


幻や幻聴などでは無い。ぐぐりと四肢に力を入れ、アブソルは立ち上がった。
驚いたことにアブソルが背中に受けた傷は既に塞がっており、傷跡も徐々に消え始めていた。毛並みの赤い染みもそれに伴い漂白されていく。
「驚いた? ボクも驚いた」
「一体、どうなって――」
嬉しさ、驚き。色々な感情が沸き立ちながら混ざり合い、自分が現在どういう表情を浮かべているのかわからない。少なくとも冷静を装える表情でないことは確かであろう。
「……ボクは何があっても死ねないみたい」
どういうことだ?浮かび上がり口に出そうとした疑問を遮るように、アブソルは俺の顔を覗き込んできた。じろじろと目元辺りを見つめてくる。
「目、少し赤いよ」
はっ、と我に返り、俺は急いで顔を背ける。俺としたことが何たる醜態。顔に熱が集まる。
「気のせいだ、お前の目の色が映っただけだろう」
「ふふ、弱虫」
「う、うるさい!手下ではなく同等な友として、この程度のことで死なれては困るのだ。いいから早くここから出るぞ!」
顔を向けずにアブソルの肩の辺りの毛並みを掴み、手を引くように出口へ引っ張って行く。

この時、俺は気付けなかった。 アブソルの思い詰めたような表情に。そして不気味に泡立つ黒い邪悪な水溜まりに――。


階段を登りきり、槍の柱に似た通路をアブソルと共に駆け抜ける。
入り口があるのならば出口は必ずどこかにあるはず。当てにしていた神の助けには頼れなくなった。自力でなんとかして脱出するしかすべは無い。
とりあえず一番最初に降り立った場所まで戻ろうと考えていた。はぐれたクレセリア達も、もしかしたらここにたどり着いていて出会えるかもしれない。

――ァァッ!
背後から小さく声のようなものが聞こえた。
「何か言ったか?アブソル」
俺は立ち止まり、振り替える。
それに気付いたアブソルが前足で急ブレーキをかけ、転びそうになりながら立ち止まった。
「危ないなぁ。ボクは何も言ってないけど」

――ギイィィィァアアッ!
断末魔の叫びのような不気味な声はどんどん大きくなる。泥を詰めた水風船を割るような音を立てながら、暗闇から何かが追ってくる。
「な、何だ……?」
腕輪が再び光を放ち始め、廊下を照らす。
追跡者は速度を緩め、ゆっくりとその名状しがたき姿を光の下へ晒した。
黒くどろどろとした皮膚、巨大なスライム状の体は壁のように廊下をびっしりと塞いでいた。
体からは様々なポケモン達の部位が意味も規則も無く突き出ている。俺の尾と耳に似たパーツもあった。
この怪物自体の頭部と思われる部位は辛うじてダークライの面影を残している。腹部はギザギザに裂け、歯と口になっていた。
知性を失った目をこちらに向けると、ダークライだった腹部に開いた大きな口を開いた。腐った鉄のような臭いが辺りに広がる。
そして、耳をつんざくような音量で意味をなさない言葉にならない声を喚き散らし始めた。それが恨み、嫉み、呪咀、冒涜が詰まったものだということは、声に乗せられてくる感情から伝わる。
まさに悪意の集合体。悪夢の塊。
思いつくかぎりの言葉を吐き終えたのか、怪物はゆっくりと獲物を追い詰めるようにびちゃびちゃと這ってくる。俺はじりじりと後退りながら怪物から距離を離す。

「……ピカチュウ、その腕輪をボクに渡して」
後退しながらアブソルが自分の肩ごしにこちらに首を振り向かせ、感情を押さえるように静かに言う。


「何故だ?」
「倒れていたとき、ボクの頭に声が響いたんだ。全てを聞いたよ。腕輪に入っている力を返してもらった時、隙間は埋まり、全ては助かるって」
アブソルは顔を伏せる。
「そして、たぶんボクは――」
腕輪を渡せば全ては解決するだろう。だが、それは――。
「さあ、早く――えッ!?」
こちらに振り向き、差し出してきたアブソルの手を無理矢理引き、俺は駆け出す。

――ギイィィィァァアッ!
怪物が咆哮を上げ、水っぽい足音を立てながら追ってくる。
「な、何をするの!?早く腕輪を――」
「うるさい、黙っていろ!」
何か――それ以外に何か他に道は無いのか?

――無常にも駆け抜けた先には道はなく、行き止まりには瓦礫がうずたかく積まれていた。
「くそッ!」
瓦礫に電撃を放つが虚しく焦げ跡がついただけだ。
びちゃりと足音がすぐ後ろから聞こえてくる。がちがちと歓喜の声を上げるように歯を打ち鳴らす音が聞こえた。
「ごめん」
アブソルが俺の腕から腕輪をくわえて奪い取る。
「止め――ッ!」

「さよなら」


――すべてが光に包まれた。

眠る前のようなぼんやりした意識の中で、頭に聞き覚えのある声が響く。
「お疲れ様です。主が無事に戻られ、すべては元通りに。あなたの働きに深く感謝します」

――パルキアか。
「悪意は力を奪い取られ、新たな神族として迎えたクレセリアの監視の下、辺境の島に幽閉されることとなりました。これは主の裁量によるものです。本来ならば地獄の方がまだましと思えるような責め苦を永遠に――と言ったところなのですがね」

――俺達はどうなる?
「あなた方がいたのは時空が捻じ曲がり、本来の流れに沿わない三年前のカントーです。すべてが終わった今、三年後のカントー――正常な時空へとお送りします」

 ――カントーで新たに加えた手下は?
「その辺りの辻褄は何とか私達の方で合わせておきます。多少の違いは出るかもしれませんが……その辺りはご自分で理解と判断をお願いします」

――アブソルはどうなる
「あの魂は器の一時的な埋め合わせでしかありません。本来の主が戻られた今、邪魔でしかないのです」

――……!
「ただ、ちょっとした小細工をさせて頂きました。これも主の裁量によるものです。それでは――」


光が収まり、俺はどこか草むらの上で目を覚ました。上半身を起こし、俺は立ち上がる。
ここは確か10番道路――?
「あっ!ピカチュウやっと起きた!」
「もう、やっと起きたんですか?――を目指す、その前にここで夜を明かすとしよう。明日は早いぞ!とか言ってたのはピカチュウさんですよね?」
「ピカチュウねぼう~」
普段と何一つ変わらないミミロップ達の声が聞こえた。今までの全てが長い悪夢だったような気がしてくる。その思いを覆したのは――。

「もう! そんな子、いつの間に仲間にしたのよ!」
「ずっとその子、ピカチュウさんの寝顔を嬉しそうに眺めてましたよ」
「だれ~?」

――振り向いた途端に抱き込まれ、顔がうずまった毛玉地獄。

END

「むー、むむー!(息ができん、離せアブソル!)」
――主はいわゆる大団円というやつがお好きなのですよ。私も嫌いではありません。

とぅーびーこんてぃにゅー?

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