第23章 - 2

パラスがダークライに正面から飛び掛かる。撃ち落とそうと、ダークライが手に力を凝集させた。
このままでは、パラスは間合いに入る前に撃ち落とされてしまう。その時、ニャースの影がずるりと抜け出して翼を持つ竜のような形に姿を変え、咆哮を上げた。
すると、次の瞬間にはパラスの位置は、時がずれてしまったかのごとく、既に爪の届く間合いへと近づいていた。
起こりうるはずが無い事象。完全に不意を突かれ、ダークライには避けるすべがない。そして気付く。

「貴様らは――ッ!」
「気付いた時にはもう遅いのですよ」
パラスから抜け出した蛇のような影が首を横に振ると、動きに合わせダークライの体が裂かれる。それと同時に、パラスが“何か”をダークライの体内に打ち込んだ。
「――ッ!?」
傷口を押さえ、ダークライは後ろに飛び退き、パラスから距離をとる。
「本来の力が出せればこのまま真っ二つにできたものを。残念ですねえ」


「おのれッ!ミカルゲ!」
ダークライはニャース達にミカルゲをけしかけようとするが、ミカルゲはぴくりとも動かない。
メタングから伸びる九本の尾を持つ獣の影が、ミカルゲを貫き、縛り付けていた。再生もできず、ミカルゲは悲鳴を上げながら萎んでいく。
「……我が下へ還れ」
獣の影は突き刺した九本の尾を広げ、ミカルゲを引きちぎり、四散させた。どす黒い破片は徐々に色が抜けていき、百八個の光り輝く球が天へと昇っていく――。

「……!だが、不意を突かれねば貴様らになど、もう――うッ!?」
ダークライが突然もがき苦しみ始めた。傷口を押さえ、息を荒くしながら地面を這い、ニャース達を睨み上げる。
「何を――何をしたぁ!?」
「先程も言ったでしょう?気付いた時にはもう遅い、と。さて、後はあの方しだいですね――」


突然、灰色の世界が揺れ、上空にひびが入った。
「な、何ごとだ!?」
「この空間に直接干渉を受けたようです。これは――。」
ひびから石の欠けらのような物が落ちてくる。その欠けらに反響するように、腕輪と石板が今までにない強い光を放った。
「何が起こっているんだ……」
光が当たった部位は色を取り戻し、蠢く灰色の根や木々は枯れていく。光はどんどん広がっていき、目も十分に開けていられない程だ。
大きく広がった光は数回瞬き、邪悪な植物と、クレセリアを閉じ込めていた茨を一掃した後、収まってしまった。
「何だったんだ……」
「……ここから出ましょう」
「何?出られないのでは――」
クレセリアはにこりと微笑む。
「状況が変わりました。さあ、早く私に乗りなさい」
「あ、ああ……ニャルマー、行くぞ」
ふと、倒れているサカキが俺の目に入った。
「……どうするんだい?」
ニャルマーが気付き、尋ねてくる。奴は敵、憎むべき存在。だが――。

「……奴も乗せろ」
「ひどい事した奴なんだよ?……いいのかい?」
あの人間を許すことはできない。だが、ここでは死なせない。
人間の起こした所業は人間の手で裁かせ、生きて償わせてやる。
「ニャルマー、手伝え」
「……わかったよ――」


「それでは――参ります」
俺達を乗せると、クレセリアはベールのような翼を輝かせ、重力が反転したかのようにふわりと宙へと舞い上がった。
広大に広がる灰色の世界。地上からではわからなかったが、あの光は俺達の周辺数キロメートルの植物を一掃したに過ぎなかったようだ。その外側は、今だ灰色の植物に覆われている。
ここは深く広い盆地にでもなっているのだろうか。先を見渡しても地平線というものが無く、ひたすら灰色の景色が上へと向かうばかりだ。
見上げてみると、空も地表と同じく灰色で染められていた。真上には新月のようなものが見える。

クレセリアはどんどん上昇していく。かなり上空まで来た筈だか地平線は一向に見えない。
――何かがおかしい。地表と空の区別が無いように見える。
上昇するにつれ、灰色の地表はまだ上へと反り返るように広がっている事がわかり、灰色の空だと思い込んでいた部分を否定していく。この世界は球体の裏側のようになっているのだろうか?
そして、真上に浮かぶ新月が徐々に大きくなっているように見える。近づいているのだ。
どうやらクレセリアはあの新月のような場所を目指して昇っているらしい。

「あの黒い月のようなものは何だ?」
「あれはこの世界の中心。――悪意の核」


この世界の中心――って、何故わざわざそんな危険そうな所へ向かう。
「待て、何故中心になど!?折角できたあのひびから逃げられはしないのか?」
「あの亀裂では抜け出すには不十分。それにあの核の中には私を生み出した御方が捕われているのです」
それと脱出に何の関係があるというのだ。
「……その御方とやらを助けられればどうにかなるとでも言うのか?」
「はい、必ず。あの御方は絶対です」
きっぱりとクレセリアは言い切ってみせる。
ダークライの中心など何が待ち構えているのかわかったもんじゃない。
……だが、これしか頼る道は無い――か。

「わかった、救出に協力しよう。だが、悪意の中心になど近づいて無事に済むのか?助ける方法は?」
「貴方の持つ腕輪と石板、そしてその欠けらから、あの御方と同じ力を感じます。貴方には、あの御方のご加護が。事実、先程も悪の力を退けました。大丈夫、必ず何とかなります」
なる程、確かに俺には神の加護が――ん!?

つまりクレセリアの言う、あの御方とは――!


さらに加速し、クレセリアは上を目指す。
こんな尋常ではない速度で上昇されては、本来ならば相当な風圧と重力を俺達は体に受ける筈だが、不思議とそれは感じなかった。
頭上の新月はみるみる大きく広がっていき、着実に近づいているのがわかる。
異様な外観が目視で確認できる頃には、黒色は頭上一杯に広がりその巨大さを嫌というほど見せ付けていた。
悪意の核――新月に似たこの巨大な物体は不気味に脈打っており、表面にはどろどろした黒い泥状のものが流れ、血管のような細い管が張り巡らされている。まるで生き物の心臓のようだ。

「準備はよろしいですか?」
悪意の核まで後十数メートルという位置でクレセリアは一時停止し、こちらに振り向き俺に覚悟を問う。
危険なことなどとっくに承知している。しかし、既にこれしか道は無いのだ。俺は無言で頷いた。

「では道を開きます」
俺の返答を確認したクレセリアは、頭部の三日月のような角を輝かせ、力を集中させ始めた。
そして、クレセリアがしなやかに首を振ると、光の刃が悪意の核に向かい放たれ、核の表面を三日月形に切り裂く。
核は苦しげに大きく脈打ち、切れた管からは黒い霧のようなものが吹き出す。三日月形の傷口は光り輝き、泥を蒸発させ寄せ付けないでいる。
「参りましょう……悪意の中心へ」
傷口に向かいクレセリアが飛ぶ。核の内部――はたして鬼が出るか蛇が出るか。


「ぐぉぉ…奴が…来る………」
息を荒げ、胸を抑えるダークライの血走った目にはすでに先ほどまでの余裕は無い。
凄まじい形相でパルキア―――パラスたちをにらみ付ける。
「このままでは…すまさんぞ…」
「どうぞご自由に、貴方なら今の私たちを消し去ることもでしょう。―――もっとも消し去った頃には貴方も終わりでしょうけどね」
ダークライをあざ笑うようにパラスが淡々と言い放つ。

「グッ…………」
怒り、憎しみ…既にダークライの感情は限界を超えていた。
「…………」

しばしの静寂―――
パラス達はいつでも戦えるよう構えを解かない。

―――不意に

ドロリ―――ダークライの体が溶けるように闇へと…形を失っていく。
「覚えていろ…奴を再び封じ込めたら…次は貴様らの番だ…」
最後に顔も解けてなくなり、どんな光も通さないような…闇の球体となった。


「…ふぅ」
一気に緊張が解け、ドサリと三匹は座り込む。
「何とかうまくいきましたね…」
「しかし、もし奴が我らを消しにかかったらどうするつもりだったんだ?」
「逆にそのほうよかったのですけどね…私たちは消されてしまうでしょうが、時間さえ稼げればあの方が確実にダークライを封印できたはずですから…」
「目的のためなら自分の命も歯車に使う…相変わらずだな」

目的の達成…その充実感、安堵感が三匹の中に広がっていた。
「―――我らに出来ることはここまでだな」
メタングか浮き上がり、ギラティナが体から出ようとする。
「―――待ってください、まだ大事な仕事が残っています」
ピタリとメタングの動きが止まる。
「どういうことだ?」
「―――そろそろですね」

………ドタドタドタ

廊下のほうから足音が響いてくる…
「…またアレをやるのか」
ニャースが長いため息をついた。
「―――これも計算通りか?」
「フフフフ………さて、どうでしょうね?」

その後、ニャースとメタングが部屋に流れ込んできたミミロップたちをごまかす事に奮闘したこと、パラスがずっとクスクス笑っていたことは言うまでも無い。


悪意の核に刻まれた輝く三日月へクレセリアが飛び込む。
辺りが三日月の光に包まれ――眩しい、まともに目を開けていられない。
たまらず目を閉じ、何秒かそのまま光の中を進んでいると、体が浮遊しているような感覚に一瞬、陥った。
それを境に強い光は急に収まり、下半身からは石の床に座っているような冷たい感触が伝わってくる。

目を開け、首を左右に振り素早く状況を確認する。何が起こったのか――俺はいつの間にかクレセリアの背ではなく、洞窟のような場所に座り込んでいた。
周りには両脇に多数の風化した柱のような建造物が並んでいる他には、瓦礫の山があるだけで誰の姿も見えない。
どうやら、クレセリア達とはぐれてしまったらしい。
またわけのわからない所に飛ばされたものだな。ちっ、無駄にだだっ広い面倒な体内だ。
心の中で毒づきながら、ため息混じりに俺は立ち上がる。背後は瓦礫の山で埋もれているようだ。とりあえず前進するしか道は無い。
そういえばこの場所、どこか見覚えがあるような。
そんなことを考えながら、左右に森のように並ぶ柱や床のタイルを眺めつつ、転がっている瓦礫を避けながらあてもなく二本足でぺたぺたと歩を進めていく。

しばらく歩いていると、金の腕輪が淡く光を放っている事に気付いた。進むたびに何かに共鳴するように徐々に光が強くなっている気がする。
この先に何かが――俺は四足で駆け出した。


後ろ足で地を蹴り前足で地を捉え、跳ねるように駆け続ける。腕輪の光はどんどん強くなっていく。
走りながら俺は思い出す。そうか、この洞窟はテンガン山の頂上――神との決戦の地、槍の柱によく似ているのだ。
脳裏をかすめる戦いの記憶。
思えばよく勝てたものだ。圧倒的過ぎる力、対峙しているだけで潰されてしまいそうな荘厳で無慈悲な威圧感。
あれで戦いに殆ど力を割いていなかったというのだから恐れ入る。
その絶対的な神を救出に向かっているのだ。
超越者である奴からすれば、ただの数多くいる鼠の一匹でしかなかったであろうこの俺が。
これほど滑稽な話はあるだろうか。

さて、色々と思いを巡らせているうちに行き止まりにぶち当たる。
何かしらあるだろうと考え無しに突っ走ってきたわけだが、あったのは途中で壁により途切れている下へと続く階段のみ。
思わせ振りな腕輪の輝きを恨めしく睨み付けながら俺は大きくため息を吐き、行き止まりの壁に背で寄り掛かろうと体重を壁に任せて――ッ!?
本来止まるであろう位置を通り過ぎ、壁の中へと背中が落ちていく。隠し部屋――!
そのまま豪快に背中を床に打ちつけ、衝撃ののち鈍痛がじわりと襲う。情けないやら痛いやら。俺は咳き込み、よろよろと立ち上がった。

くすくす――。

後ろから何者かの笑い声が聞こえる。背中を尾でさすりながら振り向いたその先には――。

「面白いね、君」

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